11. PROGRESS

「ダメ、この間本人に会ったんだけど、例の歌詞の使用も、新たな作詞の依頼もどっちも断られたわ」
 再び、都内某所のスタジオで、涼、杉崎、工藤の3人の会合は行われていた。
「工藤さん、やっぱ、かみ…否、神崎さんに会ったんですか?」
「会っちゃいけない?」
「工藤さん、高校生いじめないで下さいよ。でも、役得でしたね。誰も知らない神崎智美に会えて」
「まあね。でも、知らない方がいいことがあるっていうのが、つくづく解ったわ」
「なんです? 神崎智美が実は男だったとか?」
「………」
 涼は、一応風折からことの次第の報告を受けていたので、工藤の台詞にはそれほど驚かずに済んだが、杉崎の言葉には身体が硬直した。
 杉崎のいきあたりばったりな適当な発言も、時にはズバリと事実を示していることがあるらしい。
「そんなんじゃないわよ。旦那が居たのよ、高校生の分際で。こちとら30目前で予定もないときてるのに。あ〜あ、神様って不公平ね」
 工藤の発言を聞く限り、神岡と伊達は、前田の作戦をどうやらうまくこなしたらしい。
 工藤は神崎智美の高校生で作家で旦那持ちといった恵まれた境遇を羨ましく思ったらしいが、実際の彼女(彼?)は決して幸せな境遇とは言い難い。
 大きなため息を、それと知れずにつくために、工藤は煙草に火を点けた。
「工藤さん、煙草吸うんなら、廊下に出て下さい」
「解ってるわよ。1本吸ったら戻ってくるから」
 ドアに向かう工藤の背中に向かって、涼は小さく呟いた。
「だから、無理だって言ったのに」
「お前、いつそんなこと言ったよ」
 確かに言ってはいない。心の中で思っていただけでは相手に伝わる筈などないのである。
「言いませんでしたっけ?」
「言っとらんっ! それより涼、作詞はできたのか?」
「バッチリです」
 神崎智美がNGな以上、杉崎は涼の作詞が使い物になることを祈りつつ、それに目を通した。
「どうですか?」
 涼の明るい問いかけに、杉崎は心の底から泣きたくなった。
「お前さぁ、否、学祭で聞いた時から思ってたんだから、言わなかった俺も悪いけど……。自分が幾つか知ってるか?」
「この間、17になりましたけど」
「だろう。で、なんでこの歌詞なんだよ。まあ、確かによくまとまってるよ、俺の渡した曲にもしっかり乗ってる。だけどな、普通高校生がこんなに人生捨ててるか?」
「でも、それ、別に高校生の設定じゃないですけど」
「だ〜か〜ら〜、これはお前が歌うんだよ」
 トントントンとボールペンでレポート用紙を叩きながら、杉崎はイライラを隠せない口調で言った。
「こういう歌なら、歳くってから嫌でも歌わせてやるよ。お前が高校生だという事実は、俺たちにとってマイナスじゃない、プラスだ。少年の気持ちを思い出としてじゃなく、リアルタイムで歌えばいい。背伸びなんかするなよ」
「背伸びなんて……」
「してるよ」
 不満そうに発せられた涼の言葉を、杉崎は最後まで言わせなかった。
「ノリのいい曲に、大人びた歌詞乗せて、カッコ良けりゃいいってのは素人の時の話だ。歌っていうのは心に響く何かがあって、初めて本物になるんだよ」
「そう、一発屋で終わりたくないなら、杉崎に言われたこと、よく考えた方がいいわよ」
 いつの間に戻ってきたのか、工藤が突然二人の会話に割って入る。
「ねえ、工藤さん、この際だから、こいつにもう一週間、時間やってもいいでしょう。その時ダメなら他をあたるってことで」
「いいけど、それがギリギリよ。これ以上ないってくらい無理して、来春の学園ドラマの挿入歌の話、決めてあるんだから」
「無茶するな〜。詳しいことが何も決まってないのに」
「だって、あなた、締切決めなきゃ、いつまでたっても仕事しないでしょう」
 ……どっかの同人作家か。
「まあ、いいや。ってな訳で、涼、これリライトね。それにいいか、忘れるな。最初に心があってこそ、聴き手にそれが伝わるんだ」
「あっ! 杉崎さん、俺、あなたが言いたいこと解りました」
「そうか、解ればいいんだ」
「これってガラスの仮面ごっこですよねっ」
「なんでやねん!」
 涼としてはボケたつもりなど毛頭無いのだが、杉崎&工藤からは、ユニゾンで、しかも何故か大阪弁のツッコミが入ったのであった。

☆   ☆   ☆


「で、俺の処に来た訳か。ハハッ、なんの為にあんな苦労をしたことやら……」
 その晩、神岡は苦虫を30匹位噛み潰した顔で、向かいのソファに座るふたりを見つめていた。
「智史、なんて表情してるの。今晩、涼が悪い夢でも見たらどうするんだい」
 知ったことか。
 風折&涼、このゴールデンコンビ以外の人間なら、誰しも神岡の心中を察したことであろう。
「風折さん、最初に言っておきますけど、涼の作詞の才能の有る無しなんて、俺には関係ありませんよ」
「なに言ってるの。元はと言えば、君が先方の依頼を断るからじゃない。それに、君があんな歌詞書くから、涼が無理な要求されて苦労してるんだよ。関係ないとは、よくもそんな無責任なこと言ったもんだね」
「………」
 無茶苦茶な理論である。それに脅迫してまで智史に書かせた張本人は、涼の隣に居る人であるのに。
 実の処、風折は強引ではあるが、決して常識が通用しない人間ではない。どちらかというと、完全なる理論武装で相手を言い負かすタイプである。
 とどのつまり、涼が関わっている時に限り、感情が彼を支配してしまうらしい。
 そのとばっちりを一気に引き受けてしまっている神岡は、気の毒としか言いようがない。
「でも、智史にはどうしようもできないでしょう。涼にしたってゴーストなんて使いたくないだろうし」
 グラスに入ったウーロン茶を配りながら、伊達がさり気なく神岡に助け船を出した。
「いやっ、もちろん自分で書きますよ。できないなら、他の人でもいいです。ゴーストに書かせるって形だけは絶対にやりたくないです」
「じゃあ、何が目的なんだよ」
 感情にまかせて吐き捨てた後、神岡は慌てて風折の表情をうかがった。
 案の定、鋭い視線が飛んできている。
「ズバリ、聞きます。この間の歌詞、どんな設定で書いたんですか?」
「なっ……」
 一瞬にして、神岡の顔に朱が走る。そして、何故か伊達も少々赤面していた。
「教えてやればぁ〜」
 ことの成り行きを面白そうに傍観しながら、風折はふざけた口調で言った。
「風折さんっ、余計なこと言わないで下さい」
「もしかして企業秘密だったりします?」
「否、そういう訳じゃ……」
 涼の残念そうな物言いに、多少同情心を動かされたのか、神岡は思わず否定の言葉を発していた。
「じゃあ……」
 嬉しそうに口を開いた涼を、神岡は制した。
「待てよ。設定なんて聞いたって意味ないぜ」
「意味ないですか」
「そう。だって、あれは俺にしか書けないから」
「そりゃ、神岡さんはプロだから、俺に実力が足りないって言われりゃそれまでですけど」
「そういうんじゃないよ。それから、どーでもいいけど、お前敬語使うのやめろよ。同じ歳なんだから」
「はあ」
「あれは、俺だ」
「はあ?」
「設定も何も無いの。ありゃあ、俺の本音だよ。頼むからこれ以上俺に恥ずかしい発言させないでくれ」
 今度は耳まで真っ赤になりながら、ヤケ気味に言い放ち、神岡は仕事部屋へと引っ込んだ。
「……」
 無言でそれを見つめる涼の肩を、風折がポンッと叩いた。
「そういうこと。自分が誰かに一番伝えたいこと、書いてみたら?」
 噂のウインクを飛ばしながら、風折は明るく言う。
「迅樹、この間のアレ、ガラスの仮面ごっこなんかじゃなかったんだな」
「まあね」
 風折迅樹、相変わらず食えない男である。

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