12. ENEMY
『ゆかり、お前、滅茶苦茶しやがったなっ!』 「なんのことよ」 寝入りばなを杉崎の電話によって起こされた工藤は、不機嫌に返答した。 『アレだよ。ドラマの挿入歌の話。『フラッシュ』に決まってたのに、ムリヤリねじ込んだんだって』 「あら、もうバレちゃったの。でも、この業界じゃ、よくあることじゃない。どうしてそんなに怒ってるのよ」 『デビューする前から同業者の反感かってどうするって言ってんだよ。今日スタジオですれ違った時、すっげー目つきで睨まれたから、何事かと思って、奴らのマネージャ捕まえて問いただしたら、恨みがましく教えてくれたよ』 「ふ〜ん、いい度胸ね。大先輩にガン付けるなんて」 『って言っても、単独のデビューはこっちが後だしな。あいつら、やっと人気が出てきだして、ここらあたりでヒットを一発飛ばしたい処だ。そりゃあ、腹も立つだろうさ』 「で、用件は何なのよ。まさか『フラッシュ』に挿入歌を歌わせろって訳じゃないんでしょう。そんなことしら、連中、尚更怒るわよ」 『誰もそんなこと言ってねーよ。チャンスはきっちり活かす』 「そうでしょうね。じゃ、なに?」 『涼だよ。俺と違ってあいつは全くの素人だ。まず滅多なことはないと思うが、デビューするまで、情報は一切漏らさない方がいい』 「そうね、デビューしたら、風当たりが強いのは確かだし、あたし達にできるのは、それを少しでも遅らせてあげることだけね。OK、承知しました」 『サンキュー。夜遅く悪かったな、じゃ』 「全くだわ。なーんてね、おやすみ」
工藤が杉崎に電話でたたき起こされた同時刻。風折は自室で原田(お忘れかもしれませんが、風折の側近です)から同じく電話で報告を受けていた。 「ふ〜ん、なかなかやるね。こりゃ、僕の出る幕はないかな」 『お言葉ですが、もし可能でしたら『フラッシュ』をうちのプロダクションに引き抜いた方が得策かと』 「あ〜ん? 何も引きぬかなくても、おいしい仕事のひとつもやっとけば問題無いんじゃない」 『問題ありますよ。彼ら、あからさまに『アゲンスト』と曲風がかぶっているじゃないですか。ということは西沢くん(お忘れかもしれませんが、涼の名字です)たちとも同じことが言えると思います。今回の件があろうがなかろうが、敵対することは目に見えています。それなら手元に置いた方が扱いやすいかと』 「解った。それは君に一任する。で、肝心の会社は予定通りに開けそうなの?」 『はい、当初の予定通り、年明けには』 「取りあえず、僕が生徒会長引退するまで頼んだよ」 『迅樹さん……。西沢くんが居ないからって、一生私に会社の経営やらせるのはやめて下さいね』 「さ〜て、どうしようかなぁ。って訳にもいかないだろう、ちゃんとやるさ。それじゃね」 さすがに長い付き合いだけあって、原田は風折に痛いところをついてくる。目標のない仕事なんて、つまらないだけなのは容易に想像がつく。 風折はゆっくりとした動作で、マルボロに手を伸ばした。彼は涼と同居するようになってから、きっぱりやめたはずの煙草を再び吸うようになっていた。苦労してやっと手に入れた幸せな生活も、崩されるときは余りにも簡単で唐突なのは、世界中の歴史の教科書にも載っている悲しい事実である。 な〜んて、大した代物ではないが、風折にとって、つまんねー展開になってきているのは確かである。 そして、風折のそんなモヤモヤが、誰にぶつけられるのかというと、それはやっぱり──彼なのである。
「困ります。マジで。風折さんだって知ってるじゃないですか、俺、今、親父に勘当されてて、仕送りストップしてるから、仕事は絶対に休めないって。生徒会長なんてとんでもなく大変なものと両立出来るわけないです。それに俺、経営に関して全く興味がないし、学校潰しちゃうかもしれませんよ。あっ、それにほら、生徒会長やりたくてジタバタしている奴が居るじゃないですか。YS電気の社長令息、笹森喜明。やっぱり、やりたい奴にやらせるのが一番ですよね、ねっ」 相変わらず、漫画にしたなら、台詞でコマがあふれ、人物の入る隙間もない様なしゃべりを披露しているのは、風折のスケープゴートになっている、気の毒な神岡くんである。 その傍ら、伊達は無言で彼らのやりとりを眺めていた。賢明な彼は、下手に口を挟むと自分にお鉢が回ってくることを知っていたからだ。 「君が『かもしれない』なら、笹森は確実に学校を潰すよ。それともなに? あんな典型的な2代目に後が務まるような仕事を、僕が大変なフリしてやっていたとでも言うのっ!」 「いえっ、決してそういう意味では。じゃあ、医者の息子の村上孝幸、あいつは3代目ですよ」 「君だって医者の息子だろう。それに、何代目かなんていうのは関係ない」 「うちは、あいつんちと違って開業してませんし、医者にもなりませんってば」 「それはともかく、要は僕と理事長が任せられると判断するかどうかが重要なの」 「だから、俺には生活があるんですってば、大学の入学金とかも稼がなきゃならなし、卒業したら家賃がかかるじゃないですか。今稼いでおかなけりゃ、俺、進学できなくなりますよ〜。それに今のシリーズはともかく、もうまんがの原作の話、決定しちゃてて、これはすぐには終了できませんよ」 「だったら両立するんだね。これは決定だ。君に選択の余地は無い」 「そんな、横暴ですっ! 善良な学生の生活を脅かす権利が、何処の世界に存在するって言うんですか」 「言っておくけど、この学校に居て内職できるのは君くらいなもんだよ。いくらアルバイトがOKされてても、そんな余裕のある奴はいないの。みんな、勉強で忙しいからね。授業中以外に勉強していない君が、傍目には一番暇に見えるのは、仕方がないんじゃないのかな」 「何を根拠にそんなこと言ってるんですか? もしかしたら、余裕なふりして、家で勉強しているかもしれないじゃないですか」 「黙れ! 君が先刻あげた二人、たかだか学年30番をキープするのにどれだけ勉強していると思う? 聞いて驚け、一日8時間だ。彼らはそれでも生徒会長をやりたいんだよ。気持ちは解らないでもないが、彼らには生徒会長をこなす力量も体力もない。だけど、君は違う。解るよね」 「話が戻っちゃいますけど、彼らは生活がかかってないじゃないですか」 「だから、両立しろと言ってる。それに、これは言いたくないけど、作家をやめてしまえば、生活の心配はなくなるんじゃないの? 高校生の息子を本気で勘当する親なんていないよ」 「……」 「近々、正式に任命がある。それまでに、よく考えるんだね。じゃ、帰るね」 手を振りながら退室した風折がまくしたてた、もっともらしい理由の裏っ側に、彼の私情が120%の割合で含まれていようとは、お釈迦さまでも気付くまい。風折、お前も悪(わる)よのう。 「どうするんだ? 作家、やめるのか?」 風折が訪問してから後、初めて伊達が口を開く。 「お前さぁ……」 「ん?」 「いくら大賞受賞したからって、嫌いでこんな仕事続けられると思うか?」 「……いや」 「おふくろの名前、智美って言うんだ」 「……そうか」 「俺、学校はやめられても、作家はやめられない。ダメなんだよ、作家やめたら、もう一回おふくろが死んじゃう。今度は俺が殺すことになっちゃうんだよっ! 俺はそんな自分を絶対に許せない、絶対にだ」 自分にすがりつき、嗚咽をあげる神岡を見て、伊達は決心した。神岡を強く抱きしめ、低く言い放つ。 「解った、俺がやるよ。風折さんの先刻の口振りだと、会長がわたしじゃ駄目な理由なんて無い筈だ」 「……こう…き」 「締切前のあの修羅場、目の当たりにしている者じゃなきゃ、理解なんてできないさ。風折さんだって悪気があった訳じゃないし、そんなに思い詰めるな」 ポンポンと神岡の頭を叩き、伊達は穏やかに言った。 が、風折に悪気は充分あったはずである。 「弘樹……」 「何だ?」 「俺がお前より、おふくろの方が大事だなんて、勘違いするなよ。お前のために、俺が捨てられないものはない、捨てたくないものはあってもな。生徒会長は俺がやるよ。吐き出したらすっきりした。両立してやるさ」 ペチッと両頬を叩いて、神岡はソファから立ち上がった。 「今回は、随分と復活が早いな」 「信じてくれる奴がいるからじゃない?」 「ゾッとする台詞だな」 肩をすくめて伊達がとぼけた返答をする。 ちなみに、本編には殆ど関係がないのに、このふたりがことあるごとに登場するのは、作者にひいきされているからに他ならない、悪しからず。 |