13. AROUND PEOPLE
「ってな理由(わけ)で、俺、後継げないから」 今回ばかりは食事時を避け、涼は真面目に両親にデビューに関しての報告を行っていた。 「そうか、好きにしろ。お前より、拓の方が商才あるしな。それよりお前、いつまでうちに居るんだ?」 頭から反対されるのも億劫だが、ここまで邪魔者扱いされると、涼にしたって少し淋しい気がする。 「自分のうちに居て、何が悪いんだよ」 「うちが手狭だから、あんな近くの高校に通ってるのに、お前を下宿させてたんじゃないか。勝手に引っ越したかと思えば、勝手に帰って来やがっって。後を継がないお前なんて、もう、うちの子じゃないよ〜ん。さっさと出ていけ」 ベロベロバーと、大人げない仕草と共に、涼の父親は彼を挑発する。 ちなみに涼は5人兄弟の一番上で、弟と妹が2人ずつ居る。 「このっ、くそ親父」 「なんだとぉ〜。誰のおかげでそこまで育ったと思うんだ。口を慎めっ!」 「口が悪いのは、親を見て育った証拠だよ〜ん」 「母さんに向かってなんてこと言うんだ」 自分のことではないと思うあたり、神経の太い親父である。 「母さんじゃないよっ、親父だよ!」 「なんだとっ、俺の何処が……」 「おだまりっ、近所迷惑じゃないか! 涼、父さんだって、あんなこと言ってても淋しいんだから、あまりひどいこと言うんじゃないよ」 「母さん……」 「ほら、しんみりするんじゃないよ。有名になってあたしのために『SMAC』のサイン持って来てやるよ位は言いなさい」 涼の額を軽く小突いて、彼女はカラカラと笑った。 「お前はいい歳して、まだあんなガキどもにうつつを抜かしているのか。ミーハーめっ」 「好きなもはしょうがないでしょ。まあ、それは冗談としても、涼、頑張りな。みんな応援してるから」 「サンキュー、母さん。俺、頑張るよ!」 両手の拳を握りしめ、涼は目を輝かせて言った。 「ところで、涼……」 「ん? 何?」 「いつ、出ていってくれるんだい?」 折角の感動的なシーンを、台なしにした母親の台詞に、涼は次の瞬間叫んでいた。 「今すぐ出ていくよ!」
「で、戻って来ちゃった訳……」 「俺、ここに居ちゃ、ダメかなあ」 涼の上目づかいな問いかけに、風折は腕組みして、う〜んと唸った。 「いや、僕はかまわないんだけどね。ほら、この間も言ったでしょう。僕がプロダクションを設立するって。別のプロダクションの人間と同居しているっていうのは、君のために良くないと思うんだ」 かまわないどころではなく、涼が戻って来たというのは、イェ〜イ、やったぜ、踊っちゃおうかな〜、と言わんばかりに風折にとって嬉しい出来事である。しかし、現実は甘くない。 「でも、俺、行くとこないし……」 うなだれる涼を見て、風折は、それでいいんだ、君の帰ってくる場所は僕の処だけさぁぁぁぁん(ドップラー効果)等という妄想に突っ走りかけて、危うい処で留まった。 「まあ、暫くは大丈夫だろう。僕の名前は伏せて、今、友達の処に転がり込んでるんですって、工藤さんに相談するといい。住む処くらい、手配してくれるよ」 「俺、迅樹と一緒に居たいなぁ」 なっ、なんて可愛いんだ僕の涼は(勝手に私物化中)、だったらふたりで遠くに逃げようか、といった感情を気力で再び振り払い、風折は断腸の思いで涼を諭した。 「いつでも遊びに来るといい。ここに来る分には問題ないと思うから、ねっ、君の部屋はそのままにしておくし。取りあえず、住所が別なら問題ないよ」 「うん。でも、暫くはまた、よろしくな」 「こちらこそ」 やっぱり迅樹はやさしいな〜、と感動している涼に心を込めて、知らぬが仏、という言葉を贈る。
「あの、くそボーズ、一体何処に行方くらましやがったんだ」 涼が風折の家に帰っていることなど、つゆ知らない杉崎は、涼の母の『さあ、多分友達のうちにいるはずですよ』という報告を聞いて、途方にくれていた。 先日、一週間後に再び打ち合わせの約束はしたものの、時間と場所は決めてはいない。それで、連絡を取ろうと思ったらコレである。杉崎が怒るのも当然といえよう。 トゥルルル、トゥルルル…… 杉崎が工藤に連絡を取ろうと受話器に手を伸ばした途端、コール音が鳴る。 「はい、杉崎。いそがしーから、後に……りょうっ」 『すいませんっ、また後で電話します』 「待て、切るな。お前、今、何処に居るんだ?」 電話を切ろうとする涼を慌てて制し、杉崎は問いかけた。 『友達のうちです』 「そんなことは知ってるんだよ、連絡先を教えろ」 『ダメなんです、事情があって。俺からマメに連絡取ります』 「なんだよ、そりゃ。まあいい、詳しいことは明日だた。10時にNスタ、時間厳守、OK?」 『はい、10時にNスタですね。……いつもと一緒じゃないですか』 「間違わなくていいだろう。じゃ、明日」 電話を切った後、なんだか急に疲れに襲われた杉崎は、早々にベッドに入った。 どうやら、涼の相手をしていて疲れを感じない人物は、この世に風折ひとりの様である。
土曜の放課後、誰ともなしに涼の元バンドのメンバーは、人気のなくなった教室に集まり、雑談を交わしていた。 「つくづく、うちのバンドって、涼なしに成り立たなかったんだなぁ」 ドラマーである東山は、ため息をつきながら、他のメンバーに向かって言った。 「解散、するか」 「潮時だな」 ギターとキーボード担当が、低く呟く。 「なんだか話が凄すぎて、羨ましいとも思えないよ」 自嘲気味にベースの人間は微笑う。 「もうちょっと、卒業するまでは、一緒にやれると思ったんだけどな」 本当に残念そうに、東山は言う。 「将来、自慢できるぞ。俺達は涼と一緒にバンドやってたって、応援してやろうぜ」 空元気のキーボード。 「帰るか」 自分の台詞に、無言でダルそうに帰り支度を始めたメンバーを見て、東山は今日が土曜日で良かった、と考える。 この雰囲気に、夕日が差し込む教室というのは、あまりにはまり過ぎて涙が流れそうだ、と思ったからだ。 静かに、しかし確実に、涼の周りは変化しつつあった── |