13. AROUND PEOPLE

「ってな理由(わけ)で、俺、後継げないから」
 今回ばかりは食事時を避け、涼は真面目に両親にデビューに関しての報告を行っていた。
「そうか、好きにしろ。お前より、拓の方が商才あるしな。それよりお前、いつまでうちに居るんだ?」
 頭から反対されるのも億劫だが、ここまで邪魔者扱いされると、涼にしたって少し淋しい気がする。
「自分のうちに居て、何が悪いんだよ」
「うちが手狭だから、あんな近くの高校に通ってるのに、お前を下宿させてたんじゃないか。勝手に引っ越したかと思えば、勝手に帰って来やがっって。後を継がないお前なんて、もう、うちの子じゃないよ〜ん。さっさと出ていけ」
 ベロベロバーと、大人げない仕草と共に、涼の父親は彼を挑発する。
 ちなみに涼は5人兄弟の一番上で、弟と妹が2人ずつ居る。
「このっ、くそ親父」
「なんだとぉ〜。誰のおかげでそこまで育ったと思うんだ。口を慎めっ!」
「口が悪いのは、親を見て育った証拠だよ〜ん」
「母さんに向かってなんてこと言うんだ」
 自分のことではないと思うあたり、神経の太い親父である。
「母さんじゃないよっ、親父だよ!」
「なんだとっ、俺の何処が……」
「おだまりっ、近所迷惑じゃないか! 涼、父さんだって、あんなこと言ってても淋しいんだから、あまりひどいこと言うんじゃないよ」
「母さん……」
「ほら、しんみりするんじゃないよ。有名になってあたしのために『SMAC』のサイン持って来てやるよ位は言いなさい」
 涼の額を軽く小突いて、彼女はカラカラと笑った。
「お前はいい歳して、まだあんなガキどもにうつつを抜かしているのか。ミーハーめっ」
「好きなもはしょうがないでしょ。まあ、それは冗談としても、涼、頑張りな。みんな応援してるから」
「サンキュー、母さん。俺、頑張るよ!」
 両手の拳を握りしめ、涼は目を輝かせて言った。
「ところで、涼……」
「ん? 何?」
「いつ、出ていってくれるんだい?」
 折角の感動的なシーンを、台なしにした母親の台詞に、涼は次の瞬間叫んでいた。
「今すぐ出ていくよ!」


☆   ☆   ☆


「で、戻って来ちゃった訳……」
「俺、ここに居ちゃ、ダメかなあ」
 涼の上目づかいな問いかけに、風折は腕組みして、う〜んと唸った。
「いや、僕はかまわないんだけどね。ほら、この間も言ったでしょう。僕がプロダクションを設立するって。別のプロダクションの人間と同居しているっていうのは、君のために良くないと思うんだ」
 かまわないどころではなく、涼が戻って来たというのは、イェ〜イ、やったぜ、踊っちゃおうかな〜、と言わんばかりに風折にとって嬉しい出来事である。しかし、現実は甘くない。
「でも、俺、行くとこないし……」
 うなだれる涼を見て、風折は、それでいいんだ、君の帰ってくる場所は僕の処だけさぁぁぁぁん(ドップラー効果)等という妄想に突っ走りかけて、危うい処で留まった。
「まあ、暫くは大丈夫だろう。僕の名前は伏せて、今、友達の処に転がり込んでるんですって、工藤さんに相談するといい。住む処くらい、手配してくれるよ」
「俺、迅樹と一緒に居たいなぁ」
 なっ、なんて可愛いんだ僕の涼は(勝手に私物化中)、だったらふたりで遠くに逃げようか、といった感情を気力で再び振り払い、風折は断腸の思いで涼を諭した。
「いつでも遊びに来るといい。ここに来る分には問題ないと思うから、ねっ、君の部屋はそのままにしておくし。取りあえず、住所が別なら問題ないよ」
「うん。でも、暫くはまた、よろしくな」
「こちらこそ」
 やっぱり迅樹はやさしいな〜、と感動している涼に心を込めて、知らぬが仏、という言葉を贈る。


☆   ☆   ☆


「あの、くそボーズ、一体何処に行方くらましやがったんだ」
 涼が風折の家に帰っていることなど、つゆ知らない杉崎は、涼の母の『さあ、多分友達のうちにいるはずですよ』という報告を聞いて、途方にくれていた。
 先日、一週間後に再び打ち合わせの約束はしたものの、時間と場所は決めてはいない。それで、連絡を取ろうと思ったらコレである。杉崎が怒るのも当然といえよう。
 トゥルルル、トゥルルル……
 杉崎が工藤に連絡を取ろうと受話器に手を伸ばした途端、コール音が鳴る。
「はい、杉崎。いそがしーから、後に……りょうっ」
『すいませんっ、また後で電話します』
「待て、切るな。お前、今、何処に居るんだ?」
 電話を切ろうとする涼を慌てて制し、杉崎は問いかけた。
『友達のうちです』
「そんなことは知ってるんだよ、連絡先を教えろ」
『ダメなんです、事情があって。俺からマメに連絡取ります』
「なんだよ、そりゃ。まあいい、詳しいことは明日だた。10時にNスタ、時間厳守、OK?」
『はい、10時にNスタですね。……いつもと一緒じゃないですか』
「間違わなくていいだろう。じゃ、明日」
 電話を切った後、なんだか急に疲れに襲われた杉崎は、早々にベッドに入った。
 どうやら、涼の相手をしていて疲れを感じない人物は、この世に風折ひとりの様である。


☆   ☆   ☆


 土曜の放課後、誰ともなしに涼の元バンドのメンバーは、人気のなくなった教室に集まり、雑談を交わしていた。
「つくづく、うちのバンドって、涼なしに成り立たなかったんだなぁ」
 ドラマーである東山は、ため息をつきながら、他のメンバーに向かって言った。
「解散、するか」
「潮時だな」
 ギターとキーボード担当が、低く呟く。
「なんだか話が凄すぎて、羨ましいとも思えないよ」
 自嘲気味にベースの人間は微笑う。
「もうちょっと、卒業するまでは、一緒にやれると思ったんだけどな」
 本当に残念そうに、東山は言う。
「将来、自慢できるぞ。俺達は涼と一緒にバンドやってたって、応援してやろうぜ」
 空元気のキーボード。
「帰るか」
 自分の台詞に、無言でダルそうに帰り支度を始めたメンバーを見て、東山は今日が土曜日で良かった、と考える。
 この雰囲気に、夕日が差し込む教室というのは、あまりにはまり過ぎて涙が流れそうだ、と思ったからだ。
 静かに、しかし確実に、涼の周りは変化しつつあった──
   

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