14. PRESSURES

「イケてるわね。ドラマの設定にもバッチリって感じよ。やれば、できるじゃない」
 工藤の言葉に、涼はほっと胸をなで下ろした。
「ところで、工藤さん……」
「まあ、誰だって人生に一度や二度は、素晴らしい作品ができることはあるからね。それをコンスタンスに出してこそプロなのよ」
「あの〜」
「あっ、そうそう。サポートスタッフ紹介するわ。彼らを見たら、あなたたち、あたしに向かって土下座して、ありがとうございました(号泣)って言いたくなるわよ。ふふ〜ん、ちょっと待っててね」
「……」
 彼女にものの見事に無視されてしまった涼であるが、所詮、我が道を行ってしまっている工藤に対抗できる器ではないのである。
「杉崎さん……」
 圧倒的パワーの工藤の前に、杉崎の存在感はかなり薄い。そんな杉崎に涼は小さな声で呼びかけた。
「何だよ」
「尊敬します」
「するな、悲しくなる」
 どういう意味で涼が言葉を発したのかなどは、聞かなくても解る。あんな工藤と長年付き合っている杉崎を涼は本気で尊敬しているのだ。それが解るだけに、杉崎は自分でも悲しくなったのである。
 それに、サポートスタッフの件については、涼はともかく、杉崎にはひとこと相談があっても良かったのではないだろうか。
「じゃ〜ん、ご紹介しま〜す」
 どんよりとした雰囲気の男二人とは裏腹に、工藤は絶好調だった。
 ゆっくりと、声のした方を振り返り、杉崎と涼は腰を抜かしそうになった。但し、理由は別である。
「アレンジは僕に任せて☆ ベースの赤石正臣」
「指先は音楽を語る♪ キーボードの松田孝伸」
「パワーと若さは財産だ! ドラムの中田和巳」
 待っている間にろくでもない打ち合わせでもしていたのだろう。特撮ヒーロー物の様なポーズを決めて、彼らはそれぞれ名乗りを上げる。
「ねっ、びっくりしたでしょう」
 工藤のいかにも楽しそうな発言に、杉崎はあきれた声をあげた。
「確かに驚いたよ。お前らもお前らだ。赤石さんはともかく孝伸、それに和巳、どっちかは話が来た段階で、俺に知らせても良かったんじゃないか?」
「あたしが口止めしたの。だって、びっくりさせたかったんだもん」
 20代も黄昏時になって『だもん』はないと思うが、工藤は無邪気にこう言った。
「しっかし、むさくるし〜な。キーボードはケーコちゃんでも良かったんじゃない? 紅一点で」
「杉崎さん、それ、ひでーですよ」
 冗談だと知りつつも、松田が杉崎にくってかかった。
 ちなみに涼は、この段階でもまだ、口を開けたまま、信じられないほど豪華なメンバーを見つめていた。
 杉崎にとって、赤石は先輩であるが、もちろん面識はある。加えて、残りの二人は後輩であるからして、気楽に仲間意識を持てる。が、普通に考えるなら、彼らは新人ユニットのサポートに付くことなどありえないと断言できる程、すっげー人たちなのである。
「すっ、すっ、すっ、すっ、すぎさきさ〜ん」
 という訳で、涼は杉崎の名前が漢字で言えない位に動揺していた。
「なに? これが杉崎がさらって来たって噂の高校生か?」
「えっ? 中坊じゃなかったっけ?」
「かわいいね〜。工藤さんに襲われなかった?」
 かなり年上の男共に囲まれて、頭をなでなでとかされながら、涼は杉崎に助けてくれと、視線を流す。
「襲ってるのは、ゆか…、ゴホッ、工藤さんじゃなくて、お前らだろうが。ほら、散って散って」
 パッパッと涼の周りから彼らを振り払い、杉崎は涼を後ろにかばった。
「本当はお前の隠し子なんじゃないのか?」
 面白そうに赤石は杉崎をからかった。
「勘弁して下さいよ。12の時の子ですか?」
「産むのはともかく、産ませることは充分できる歳じゃないか」
「えぇ〜、だって、俺まだ童…ぐはっ」
 すこーん、と工藤の回し蹴りが、下品な発言をしかけた杉崎の後頭部を直撃する。
「健全な高校生の前で、下品な冗談言ってんじゃないわよ!」
「このばかっ、殺す気か!」
「一回死ねば!」
「よく、そんな処まで足が上がりますね」
「はっ?」
 涼の、相変わらず、のほほ〜んとした物言いに、危うくいつもの痴話喧嘩を始めてしまいそうになっていた工藤と杉崎は、一気にやる気をそがれ、揃って間抜けな声をあげた。
「ギャハハ……、まったく、面白い子だね、君。おじさんと仲良くしようか」
 赤石はそれにウケまくっていた。何やら女子高生を誘惑しているような怪しげな台詞で、涼に話しかける。
「俺そんなに面白いですか? 杉崎さんに初めて会った時にも大笑いされたんです」
「うん」
 捨てられた子犬のような上目づかいで問いかけた涼に、間髪入れず即答した後、赤石は杉崎を振り返り、再び冗談めいた言葉を投げ掛けた。
「杉崎ー、もしかして、僕たちってコミックバンドのサポートなの?」
「んな訳ないでしょーが。少なくても俺にはギャグの才能はありませんよ。まあ、百聞は一見に如かず、否、この場合は、百見は一聞に如かずですかね。とにかく、こいつの声、聞いて下さいよ。おい、涼」
「はいっ」
 言葉で反論しても埒があかないと悟ったのだろう。杉崎は涼に向かってマイクを放り投げた。
 関係ないが、杉崎たちが単なる打ち合わせのためにスタジオを利用しているのは、その都度、涼の発声練習も一緒に行って居たからである。今まで、全くそんな描写はなかったと言われてしまえばそれまでだが、行と行の間でとか、☆印の前の空いたスペースで、きちんとやっていたのである。
「ファイトォ〜、いっぱぁ〜つっ!」
 ってな理由で、歌う前の発声練習として杉崎が涼に言わせている台詞がこれである。元ネタが何なのかは言うまでもないが、こんな発声練習をやっていて、コミックバンドではないとよく言ったもんだ。
「……」
 一般的に、こういうギャグはやっている本人たち以外は、ちっとも面白くない。案の定、サポートスタッフの面々は思いっきり退きまくっていた。
「涼、取りあえず『forever』。いくよ〜ん」
「OKで〜す」
 ふざけているとしか思えない彼らの台詞が発せられてから、きっちり1分24秒後。つまりワンコーラスを涼が歌い終わった時点で、スタジオ内には、ちょっと前とは対照的に、妙な緊張感が漂っていた。
 いくら杉崎が見つけてきたからといって、赤石を筆頭にサポートスタッフが、涼の実力をいきなり使い物になるレヴェルではないと、なめてかかっていたのは仕方のないことだろう。
 つまり、涼の歌声は、そんな彼らの余裕を一気に払拭するのに充分なものだったといえる。
「……工藤さん。杉崎のテープと、その子の歌詞、それから僕に2時間程、時間くれます?」
「だって、ここ、2時間しか借りてないわよ」
 赤石の突然の問いかけに、工藤は理由が解らぬまま返答する。
「延長してください。今すぐに、後2時間」
「ちょっと、カラオケボックスじゃないんだから。そんな無茶言われても……」
「後が詰まってるって言うんなら、キャンセルさせてください。それでシのゴの言ってくる奴がいるんなら、僕が直接脅しかけちゃるっ! 孝伸、僕の車からシンセ持ってきて、これ鍵。和巳、君のウォークマン貸して。僕は外部制御不能モードに入るから。みんなはお茶でも飲んでから帰って来てね、それじゃ」
 ジャケットの内ポケットをゴソゴソと探りながら、廊下に出ていった赤石の背中を眺め、杉崎は涼の頭をポンッと軽く叩きながら、満足気な声をあげる。
「やったな」
「何がですか?」
「赤石さんを本気にさせたってことさ。取りあえず、先刻の曲アレンジして、お前に歌わせてみたいんじゃない」
「えっ、マジ。俺、うわぁ〜。どうしよう」
 感動のあまり、涼はしゃがみ込んで意味不明の言葉を口走っていた。
 そんな涼を暫く見下ろしていた杉崎が、突然工藤に問いかける。
「涼の言語中枢とかけて、発売当初のプレステと解く、その心は」
 なんだかんだ言っても付き合いの良い工藤は、その問いかけに3秒だけ思案し、ニヤッと笑って杉崎に人差し指を突きつけた。
「故障が多い!」
 お後がよろしいようで──チャンチャン。
   

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