16. 『FLASH』

「どうしてですか!」
「何も、新人同士でつぶし合うことはありません。そんな、ちゃちなCMソングにこだわらなくても、来期のドラマの主題歌の仕事が来てますよ」
 風折のプロダクションでの出来事。原田(思い出して下さい、風折の側近です)と『フラッシュ』のリーダーでヴォーカルである真柴桂(ましばけい)は衝突していた。
 設立と同時に『フラッシュ』は風折のプロダクションに移籍して来ていた。
 元々ライヴハウスで中堅の事務所にスカウトされた彼らは、4人組のバンドで、今の処、風折の事務所の稼ぎ頭だ。
 したがって、まだ大学生で不在の多い風折社長の代理である原田が、直接面倒をみている。
「ちゃちって、ブティック『glad』のCMですよ。あそこのCMソング歌うのって、今や一種のステイタスじゃないですか」
「『glad』の前回のCMソングは『アゲンスト』ですよ。わざわざ、僕たち『アゲンスト』の亜流で〜す、みたいな仕事をする必要があるとは思えません」
「ここで引いたら、俺たち『フォーチュン』の後手後手に回っていることななります。デビューはこっちが先なのに、悔しいじゃないですか!」
 真柴は声を荒げて反論したが、原田は冷静な態度を崩さなかった。
「後手になんて回ってませんよ。時期はともかく、レヴェルは完全にこちらが上です。あなたたちが主題を歌うドラマは、『月9』です」
「げっくー?」
 その言葉に、真柴は驚きの声をあげた。
 それもその筈、『月9』とは、ハギテレビ月曜9時枠のドラマの略であり、毎回30%台の視聴率を叩き出す、驚異の時間帯なのだ。
「そうです。それにひきかえ『フォーチュン』ときたら、土曜の8時で旭テレビ、しかも挿入歌。比べ物にもなりませんね。『glad』のCMソングくらい歌わせときゃいいんです」
 原田の自信たっぷりな物言いは、何故か人を納得させる魔力がある。そんな原田の台詞に、真柴は首を上下に何度も振って応えた。
 原田彰彦、27歳。伊達に風折の側近をやっている訳ではないのである。


☆   ☆   ☆


「風折さん、聞きましたよ。今度『フラッシュ』が、月9の主題歌やるんですって? いいんですか、涼より売っちゃって?」
 卒業したにも関わらず頻繁に寮を尋ねてくる風折に、うんざりしていた神岡も、今日ばかりは、待ってましたと問いかけた。
「売れないと思うよ、残念ながら。同じ時期に涼はブティック『glad』のCMソングやるし」
「確かにそれもすごいですけど、『月9』の威力にはかなわないんじゃ……」
 一応、反論してみたものの、神岡だってばかではない。風折が、何かを企んでいると感じ取っていた。
「主題歌のことを知ってる位だから、今回のドラマの主演が、アイドルの『内山みぞれ』なのも知ってるよね」
 神岡と伊達が頷くのを待って、風折は言葉を続けた。
「僕が分析する限り、彼女は人気がある割にドラマの視聴率は取れない。多分、今回のドラマはここ10年の『月9』の最低視聴率をぬりかえることになるよ」
「風折さんが言うなら、そうでしょうね」
 割とあっさり、神岡は風折の説明に納得した。
 短くはない彼との付き合いで知ったことだが、風折が○○と思う、という発言をしたならば、ほぼ100%の確率で、その通りになる。以前、神岡は伊達と、風折は占い師としても充分食っていけるのではないか、と語り合ったことがあった。
「まあね。それより弘樹、なにコレ。飲んでびっくりしたよ」
 センスの良いティーカップの中身を指さし、眉をひそめながら、風折は伊達に問いかけた。ちなみに中身は、普通なら飲む前に、においで気付く代物だ。
「梅こぶ茶です。知らないですか」
「知ってるよ! 僕が聞きたいのは、何故梅こぶ茶がティーカップで出てくるのかってこと」
「だって、風折さん、前にお茶はマグカップで出すなって怒ったじゃないですか」
「………もしかしなくても、それって、僕に対する嫌がらせ?」
「いえ、見解の違いでしょう」
 と、伊達はしゃあしゃあと言ってのけたが、実際は神岡に対する風折の態度に憤慨した彼の、ささやかな仕返しであろう。伊達弘樹、態度のでかい割に、やることはセコかった。
「それより風折さん、今はともかく、将来的には涼を引き抜くつもりなんでしょう? その時『フラッシュ』はどうなるんです」
「さぁ〜てね。でも、僕の事務所なんて別に大手じゃないからね。その頃には『フラッシュ』に愛想つかされて、移籍されちゃうかもしれないね」
「されちゃうんじゃなくて、させるんでしょう。風折さん、日本語は正しく使わなきゃダメですよ」
「何のことかな?」
 風折は神岡のつっこみに、とぼけた返答をした。
 地球上の全人類に、幸せに過ごしたいと思ったのなら、風折に関わらないことをお勧めしよう。


☆   ☆   ☆


「話が違うじゃないですか。原田さんが『月9』だって言うから、俺達、あのCM蹴ったのに、蓋を開けてみりゃ視聴率は最低で、こっちはオリコン10位にも入らず、『フォーチュン』は4位ですよ4位!」
「結果はともかく、話は違ってませんよ。あなたたちが歌ったのは間違いなく『月9』の主題歌です。それにトップテンは逃したと言っても11位。次は期待できる順位じゃないですか」
 登場するたびに熱くなっている真柴桂に対して、普段は有能な原田は、しれっと返答した。
 しかし、原田の台詞を聞く限り、この結果は予定外のことだったように聞こえる。風折を始め、こんな悪党共に踊らされている『フラッシュ』は、神岡とは別の意味で気の毒である。
「だ〜か〜ら〜、あの時点で俺の希望を通してくれてれば、俺はこんなに怒らずに済んだんですよ!」
 頭の上でお湯が沸かせそうな位、怒りを爆発させて、真柴は原田に絡み出した。
「最終的に納得したのはあなたです。今回の結果は残念でしたけど、あっちの作詞をやっているのは、所詮素人、そろそろネタも尽きてくる頃です」
「だから何だよ」
「その点、あなたは違いますよね。あんなポッと出のガキと違って、下積みから一歩一歩積み重ねてきた実力者です。そろそろ、その才能が世間に認められる頃ですよ。人生ゲームだって、最後にトップに立った者の勝ちじゃないですか。慌てない、慌てない」
 一休み、一休み。
 一休さんじゃあるまいし、適当なことを抜かしながら、原田は真柴をなだめた。
「まあ、そう言われちゃうとなぁ」
 真柴は照れながら頭を掻いた。こんな台詞で気をよくする辺り、あまり賢くはないことは明白である。
 だからこそ、まんまと原田に丸め込まれているという処か。
 まっ、人生知らない方が幸せなこともあるということで……

<<BACK      ●和泉澤TOP●       NEXT>>

   

楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] ECナビでポインと Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!


無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 解約手数料0円【あしたでんき】 海外旅行保険が無料! 海外ホテル