18. RESOLUTION
「ソロで活動はしないって、どうして……」 「そう言って貰えるのは、ものすごくありがたいと思います」 「なら、どうして!」 杉崎が他界して、1ヶ月。 工藤が、照明を落とした喫茶店の中でも判る程やつれているのは、涼をソロで再デビューさせるために、奔走していた為だけではないだろう。 「俺、杉崎さんに引っ張られて、訳も解らないうちに、この世界に飛び込んじゃったけど、まだ、プロの世界でやっていける器じゃないって思ったから。このまま芸能界に残って、杉崎さんの名前を汚すだけじゃないかって」 「そんなことない。もし仮に、あなたの言う通りだったら、何故、杉崎のいない今、サポートスタッフの誰ひとり、抜けるって言わないの? みんな、あなたを認めてるわ」 声を荒げ、大きな身振りと共に言った工藤に対し、涼はうつむき加減でゆっくりと首を横に振った。 「俺、考えたんです。確かにレヴェルの高い人たちの間でもまれることは、実力を付ける近道です。やっぱ、遮二無二(しゃにむに)頑張っちゃいますしね」 「頑張るのが嫌になった?」 「まさか。でも、このままじゃ、俺、温室育ちの歌手ですよ。厳選された肥料と環境を与えられて、これで育たなきゃ嘘だって位の。工藤さん、より厳しい環境で最後に生き残るのは、薔薇と雑草のどっちだと思います」 「な〜に、恰好いいこと言ってるのよ。そりゃ、劣悪な環境で生き残るのは雑草ね。だけど、人間は何故、手間ひまかけて、薔薇を育てるのかしら? 答えは簡単。それだけの価値があるからよ」 「俺にはそんな価値ないですよ」 「価値がないんじゃないわ。まだ、認められていないだけ。でも、そこまで言うなら、外に出るといいわ。後悔したって、それはあなたの責任だもの」 「そうですね。後悔しないと断言はできません」 「だけど、忘れないで。そして、諦めないで。杉崎以外にも、雑草の中から薔薇を見つけだす能力のある人はいるわ。もちろん、あたしも含めてね。必ずもう一度スカウトに行くから覚悟してなさい」 ビシッと目の前に人差し指を突きつけられ、涼から思わず笑みが漏れる。 「また、車で誘拐するんですか」 「ううん。今度はヘリで」 工藤の何処まで本気か判らない冗談に、今度は2人揃って笑い声をあげた。 「その時は、もし、その時が来たなら……。杉崎さんの元相棒という肩書きを、堂々と背負える自分で居たいと思います」 工藤の目をしっかり見据えて言い切った涼を見て、工藤は確信する。 彼はもう一度、この世界で羽ばたくと。 「大丈夫、あなたなら。多分、いえ、きっと……」
「チャーンス! これは、チャンスだ。今こそ、我々の力を世間に認めさせる機会である」 何処かの新興宗教の教祖のような怪しげな台詞を、風折の事務所で口走っているのは、『フラッシュ』の真柴桂である。 「それって、『フォーチュン』に決まっていた仕事を全部、君たちがやるってこと?」 珍しく事務所に居た風折は、チラリと視線を流して、あきれた口調で問いかけた。 「もちろん。イメージ的にあいつらの代わりになれるのって、俺たちだけでしょうが」 「……そういうの、なんて言うか知ってる? 他人のふんどしで相撲を取る、って言うの。どうしてそこまで『フォーチュン』に固執するかなぁ」 19歳の風折に、24歳の真柴が諭されているのは、傍から見てもかなり異常なシチュエイションである。 「だって、どう考えても実力はこっちが上なのに、人気は向こうが上。あげくの果てに、あんな卑怯な手でミリオンセラーになるなんて。どれもこれも、あなたの部下が俺たちの売り出し方を失敗しているせいじゃないんですか?」 「……それ、本気で言ってるの?」 「本気も嘘も事実でしょう」 「うちの売り出し方の失敗云々は、まあ、どうでもいい。卑怯な手でミリオンセラーって発言の方だよ」 「だって、アレって、いわゆる解散コンサートとかと同じ扱いの最後の一儲けじゃないですか」 「……もう一回聞くよ。それ、本気で言ってるの?」 「俺だってもう一回言いますよ。本気も嘘もない。これは事実です!」 「解った。そこまで言うなら、こっちも手の内を明かそう。隠したって知ってるんだよ、君たちに引き抜きの話があることは。スカウトしてもらった事務所から、あっさり僕たちの事務所に移籍した君たちのことだ。引き抜きやすいと思われても仕方がないね」 「なっ……、何のことだ」 真柴の眼が、驚愕に見開いた。 「今更隠し事はなしだぜ! うちは君たちの売り出し方を失敗してるんだろう。その上クイーンレコードからの引き抜きじゃ、心が動くのも無理はないさ。違約金は要らない、さっさと出ていけっ!」 「おっ、俺たちは、この事務所の稼ぎ頭だぞ! そんな強がり言っていいのかっ」 引き抜きの件を盾に、風折の事務所から有利な条件を引き出そうとしていた真柴は、予定が狂いだし、焦っていた。 「強がりじゃないさ。どんなに稼いでくれても、人間的に尊敬できないアーティストは、僕の事務所に不要だよ。クイーンレコードの気が変わらないうちに、さっさと契約した方が利口だぜ、なぁ、真柴」 「畜生っ! 覚えてろ」 普段、丁寧な口調で話している人物が、こういった乱暴な言葉づかいをすると、とてつもない迫力がある。もちろん風折も例外ではない。そんな迫力で詰め寄られ、反撃不可能と判断した真柴は、捨て台詞を吐いて、事務所を後にしようとした。その背中に、更に追い討ちを掛ける風折の台詞が、いつもの口調で届いた。 「覚えていますよ。ただ、あなたたちが僕に忘れられない位、テレビや雑誌に出ていてくれればの話ですけどね」 それに対する真柴の応えは、ドアを閉める大きな音だけだった。 この対決、圧倒的な差を付けての、風折の勝利と終わったのである。
「また一緒に住もうって……。だって、迅樹の事務所『フラッシュ』が居るし、ヤバイよ、それ」 ある夜、風折は涼のマンションを訪れて、かねてから考えていた提案を申し出た。 「別にいいんじゃない。もう、ライバルって訳でもないんだし。もっとも彼ら、もう、うちの事務所には居ないけどね」 「えっ?」 「引き抜かれて、クイーンレコードに移籍したよ。だから、問題はない。もちろん、君に僕の事務所に入って貰おうなんて思ってないから、安心して」 「でも……」 「君の部屋はちゃんとある。それに涼、大学は行っておいた方がいいよ。人生の選択肢を増やすためにもね。僕は、今からでも、君を大学に合格させることができる、優秀な家庭教師でもあるよ」 「選択肢……」 「そう。たとえ、君の進んでいく道が変わらなかったとしても、学生生活は必ずプラスになる。稼いだんだろう、進学費用くらいは」 「稼いだって……、そんなに稼げたかどうか」 「もし、足りなかったら貸しとくよ。出世払いで返してね。ってな訳で決定。明日にでも業者入れるから」 「最初に同居することになった時にも思ったけど、迅樹って強引だな」 「それが、僕の長所だからね」 例のウインクを飛ばして、風折はにこやかに言う。 こうして再び、風折は涼との同居に成功したのである。 |