9. GOSSIP
「何だよコレッ!」 バサッ── ☆ 「佐久間め〜。どういうことよっ!」 バサッ── ☆ バサッ。ガッシャーン── 「……涼。どう…して……」 ☆ ☆ ☆ 某日。時を同じくして。よく似た行動が、異なる場所で行われていた。 この時3人が、床や机や花瓶に投げつけた物は、タイトルでも想像がつく通り、いわゆるゴシップ誌という奴である。 ──以下、週刊誌より抜粋──
暇人な作者が組んだ、週刊誌仕様のレイアウトがみたかったら→コチラ まあ、ありがちといえば、ありがち過ぎて誰も信用しない様な記事ではある。 真相を先に暴露してしまうなら、この記事は全くのガセである。 しかし、今までの佐久間の生き様が、みょ〜な信憑性を与えてしまったのである。 斯くして、無意味に長いこのシリーズで、今までは決して考えられなかった3人が顔をつきあわせる状況が整ったのである── ☆ ☆ ☆ 怒りのあまり、自室で床に投げつけた週刊誌を、それだけでは飽きたらず、ぐしゃぐしゃにして、更にはむしり取るようにして雑誌の解体にいそしんでいた。5分ほどその作業に没頭していただろうか、そんなことをしていても何の生産性もないことに、ようやっと気付いた涼は、携帯電話を取り上げた。 着歴をスクロールし、発信しようと思ったところで、携帯が『Beads』というバンドの『GIMME YOUR LOVE』を奏でた。これは涼に思いつく限りの女王様ソングだ。 つまり、工藤からの着信である。 「はい、西沢です。工藤さん、あの…」 「西沢くん、あたし。例の記事読んだでしょ。今から向かうから自宅から出ないで。解ったわねっ!」 返答する間もなく、携帯はブチッと切れた。 声が反響していたところをみると、多分駐車場からの電話であろう。 と、なると、工藤のことだ。ものすごいスピードで、しかも何故か警察につかまることもなくやってくるだろうから、到着までは後20分といったところだ。 ならその間に、風折に電話をと思ったところで、又しても着メロが鳴り響く。 こちらは同じく『Beads』の『Calling』。言わずと知れた風折の指定着信音。 この辺りのネタは単なるお遊びなので、深く追求しないで頂けるとありがたい。 ともかく、どうして工藤も風折もこの絶妙なタイミングで電話が掛けてこられるんだ、と、疑問に思いつつも涼は電話に出る。 「ああ、迅樹。今電話しようと思ってたんだ」 『あ、そう。なんで』 「なんでって、ご挨拶だな迅樹。用事がなきゃ俺が迅樹に電話しちゃいけないのかよ」 『そういう割には、引っ越し先の連絡の手紙以降、ちっとも連絡はなかったみたいだけど』 「迅樹〜。あんまりいじわるなこと言ってると嫌いになるぞ。まあ、冗談はともかく、アレだろ。例の週刊誌の件で電話くれたんだろう」 『まあね。それが解るってことは、君もその件で僕に電話をくれようと思っていた訳だ。それはなんで?』 「なんでって、又質問攻めかよ……。もちろん、迅樹が気にしてると思ったからだよ」 『それは、事実無根なガセネタだから安心させてくれる為の電話? それとも、本当で今までそんな性癖を隠して、僕と素知らぬ顔をして同居していた事に対する謝罪する為の電話?』 「迅樹! いい加減にしろよっ! ガセだからに決まってるだろうが!」 『まあ、口ではなんとでも言えるよね……』 「迅樹っ! ああ、解ったよ。お前がそこまで言うなら、お前の目を見つめてガセだって宣言してやるよ。お前の得意な誘導尋問だって受けてやるよっ! だからこっちに来いっ! 悪いけど俺は部屋から出られないから」 『ちょっ…、涼』 ピッ。 今度は涼の方から通話を切ってやる。 ── そこまで疑心暗鬼に陥るなら、電話なんかじゃなくて来いっていうんだ。 今度は携帯電話を床に叩きつけようとして、危ういところで思いとどまる。 週刊誌はともかく電話を壊したところで自分が後々困るだけだ。 「畜生っ!」 涼はリビングのソファーに身を投げ出すように、横になった。 むしゃくしゃする時にはたとえ短時間でも寝るに限る。と、いうのが、涼の主義である。 しかし、むしゃくしゃしている時に寝られる人間というのは、あまり多くは存在しないように思われる。 やはり、涼という人間は、ある意味大物であった。 ☆ ☆ ☆ 涼のマンションのエレベーターにて。風折迅樹はここにきていよいよご機嫌が悪くなっていた。 なぜなら、見覚えのある女性がエレベーターに同乗していたからである。 多分、向こうは風折の顔は知らないだろう。しかし、自分は彼女のことを良く知っている。 工藤ゆかり── 涼と自分を引き離した一件に、深く関わっている人物の一人である。 軽い衝撃と共に、エレベーターが6階で止まる。 先にフロアに降り立った女性が、降りる階数、又向かう方向も一緒な自分を不審に思う頃合いだ。 振り返ることまではしないものの、確実に風折を意識している緊張感が背中から漂ってくる。 「あの……どちら様?」 同じドアの前に立った風折を見て、いよいよ工藤は見て見ぬ振りをやめた。 「友人です。有無を言わさず呼びつけられましてね」 短くはないが長くもない人生で身に付いた、営業スマイルと共に風折は答える。 しかし、『どちら様?』という問いかけには、自分の部屋でもないくせにと反感を覚えていた。 「えっ? ……まあ、いいわ。詳しいことは西沢くんから聞くとして……」 ピ〜ンポ〜ン。 工藤はドアチャイムを鳴らした。 10秒ほど待っても部屋の中で人が動く気配はない。 再び、ピ〜ンポ〜ン。 更に5秒後。ピンポンピンポンピ〜ンポ〜ン。 「おっかしいなぁ〜、部屋から出るなって言ってあるのに。まさか、逃げたとかっ!」 「それはないでしょう」 慌てて携帯を取り出す工藤を風折が制した。 「どうして?」 「僕が電話をした時には、部屋から出られないから来てくれと言われました。彼は室内にいますよ」 「じゃあ、どうして出てこないのよ!」 「多分、寝ているんでしょうね。仕方がありません。開けましょう」 風折はキーホルダーをポケットから取り出し、その中から1本のキーを選び出した。 その1本の引っ越し先を告げる手紙と共に送られてきたものだ。 多分使うことはないと思っていたのだが、風折はその鍵を引き出しの奥にしまい込むことを出来ないでいた。 「はぁ? 寝てるって、この状況で? しかも開けるって?」 一方、工藤は少々パニックに陥っていた。 ここは自分が涼に頼まれて用意したマンションだが、その工藤でさえ、鍵は持っていない。 涼とマネージャーが持つのみだと思っていたその部屋の鍵を何故、この青年が持っているのだろうか? それをいうなら、マネージャーを差し置いてこの部屋に飛んできている工藤も場違いな訪問者だと言えるだろう。第三者的な視点で見れば、どっちもどっちというヤツだ。 もちろん、風折は親切にその理由を説明してやろう等とは思わない。 部屋の鍵を開けて、さっさとリビングに上がり込む。 「涼っ! 涼、起きて!」 身体を揺さぶられ、ゆっくりと目を開けた涼に向かって風折は優雅に微笑んだ。 「おはよう、涼。人が来るのを知ってて寝るのはよした方がいいと思うよ。締め出しくらう方はたまったもんじゃないからね」 「ん? 迅樹……、としきーっ!」 夢の中で、特大餃子を15分以内に食えたら10万円というチャレンジの真っ最中だった涼は、一瞬、現実の世界に戻ってくるのが遅れた。しかし、最近とんと見ていなかった風折の顔を認識した途端一気に目が覚めた。 「おはよう。いい夢見られた?」 「おはようじゃねーよ! よくも、あんな散々言ってくれたよなっ! ほら、聞けよ。何でも答えてやるよ。なんならあの日のアリバイ証明してやろうかっ!」 「アリバイ証明って……、出来るの?」 「あの日、俺は、この部屋で名探偵コ○ンの映画スペシャル見てたんだよ!」 「……涼。もし、君が事件に巻き込まれたとして、そのアリバイ警察に言って信用してもらえると思う?」 「相変わらず、まわりくどいな。迅樹が信じてないだけだろう。でも、これならどうだ! 俺はそのビデオを録画しながら手動でCMカットもしてたんだ! 捜せば証拠のビデオも出てくるよ!」 「……君、案外暇なんだね」 「たまたまだよ!」 「一応芸能人なんだから、マスターテープ買うとかレンタルしてきてダビングするとかすればいいのに、TVを手動でCMカット?」 「二十歳を過ぎた男が、そんなもの買ったり借りたりなんて、恥ずかしくてできる筈ないだろっ」 「恥ずかしいなら見なきゃいいのに……」 そんなふたりのやりとりを見つめながら、工藤は途方にくれていた。 この緊急事態に、こんなのんきな内容の会話をしているふたりが、もし、杉崎と涼だというのなら、杉崎に身体を張ったツッコミを入れれば良いだけなのだが、相手が素性も判らない他人ではそれもできない。 しかし、涼の言っていることが本当ならば、解決策はありそうだ。 人が聞いたら物笑いの種になりそうなアリバイなだけに、信憑性はあるだろう。 この際、涼の男としてのプライドは捨てて貰おうと、工藤は決心する。 説得できる自信はある。 普通に考えて、どちらの噂が男として不名誉かは比較するまでもないからだ。 全くの余談だが『DESTINY』シリーズに出てきた女編集者がどう考えるかまでは、作者は関与しない。 「西沢君。お友達との面白い会話は後でゆっくりしてもらうとして、その、ビデオっていうの捜してくれる?」 工藤の指示に、風折との会話に夢中になっていた涼は、驚いた表情を見せる。 「工藤さん、来てたんですか?」 「来るって言ったでしょっ!」 シャーッ。 猫が敵を威嚇しているかのような、怖い擬音を背中に背負って工藤は涼に向かって噛み付いた。 そして、風折も、涼も、工藤も。 この出会いが、末永く、酒がはいる度に苦笑とともに語られることになるとは、まだ知らなかった── |