12. DETERMINATION
「あたしは聞いてないわよそんなことっ!」 某日深夜、工藤は携帯電話の向こうの通話相手──赤石にかみついていた。 別に工藤を怒らせている事実は赤石がやらかした事ではない。 多分工藤の耳には入っていないだろうことを、親切に報告したに過ぎない。 サポートしていた新人には顔を忘れられ、親切にした相手にはかみつかれる。 赤石、早くも厄年か? が、当の赤石はそんなことは微塵も気にしていない様子で応えた。 『あっ、やっぱり』 「やっぱりじゃないわよっ! 佐久間が自分の組んだユニットでなにをやろうと彼の自由だけど、よそのプロダクションのユニットを勝手に復活させていい訳ないでしょっ!」 『確かに非常識だとは思うけどね……』 「非常識過ぎるわよっ!」 『でもさぁ〜』 「でも、何よっ!」 『サニー的には何か不都合あるの?』 「えっ?」 『工藤ちゃんだって、いつまでも涼を『Fish Hellの〆鯖男』にしときたい訳じゃないでしょ。これって都合のいいことはあっても、不都合ないと思うんだけど』 「そっ、それは確かに……。でも、佐久間の思い通りになるかと思うと異様にムカつくわっ。それに、赤石くんはそれでいい訳? サポートって形じゃなくて、西沢くんとユニット組むことになるのよ? 役不足じゃない?」 『何? 工藤ちゃん。涼の相棒が俺じゃ役不足だっていうの? ちょっと傷つくよそれ』 「違〜うっ! 役不足ってのは本来実力のある役者が端役を演じる時に使う言葉なのっ! 赤石くんに通じる様に言うなら、西沢くんのほうが役不足ってこと」 『へぇ〜、でも一般的には逆の意味で使われてるよね』 「そう。今や完全に逆の意味。じゃあ、赤石くん『情けは人の為ならず』って諺の意味知ってる?」 『下手に情けをかけると人のためにならないから、余計な情けはかけない方がいいってことだろ』 「それも違ぁぁぁ〜うっ! 本当は、人に情けをかけるとそれがまわりまわって自分に返ってくるから、情けは人の為じゃなくて自分の為になるってことなの」 『何だよそれ、解りにくいなぁ〜』 「そのままの意味でしょうが! じゃあ『あわや』の意味は?」 『……工藤ちゃん、俺達、日本語の乱れを嘆くために電話してるんだったっけ?』 「えっ? ああ、ごめん。フォーチュンの件だったわね」 『相変わらずマイペースだなぁ〜。とにかく、僕ら『Fish Hell』のサポート連中はそのまま、フォーチュンに移行することに異論はない。キーボードの孝信にも連絡とってみたんだけど、そういう話があるんなら一も二もなく乗っかるって言ってたぜ』 「なんか、あたしの知らないところで、どんどん話が進んでるじゃないのよ」 『工藤ちゃんに限らず、涼のマネージャーだって知らないから安心してよ』 「それの何処が安心できるのよっ! ……まあ、意図して集めようとしたってなかなか集まらないようなメンバーがこんなにサクサク集まるなんて、すごく恵まれた話だとは思うけどね」 『そうそう、都合のいい話には乗っかっとけって。それにさ、佐久間さん悔しがってたぜ〜、例の記事の件。多分、涼を抱えてる限り、自分の思い通りにコトが進まないことに気付いたんじゃないの?』 「それが本当だったら、あたしの溜飲も下がるわ。そうね、西沢くんのマネージャーと上層部にはあたしが話通しておく。お願いだから佐久間に勝手に記者発表とかさせないでね。そんなことしたら、あたしはともかく、マネージャーのくびが危ないから」 『アハハ……。OK、気に留めておくよ。じゃ、バ〜イ』 「うん。わざわざどうもね。あっ、赤石くん」 『何?』 「今までありがとう。じゃあね」 『えっ? ちょっ…』 赤石の言葉を最後まで聞かずに電話を切った後、工藤は小さくため息をついた。 結局、自分は涼の為に何もしてやれはしなかった。 この好都合な展開は、涼が自分の実力で勝ち取ったもの。 ──あたしの存在価値ってあるの?── ☆ ☆ ☆ ● 工藤、独白 ●上への説得は簡単なもので済んだ。 ううん、説得というよりも、報告のみで済んだという感じもする。 西沢くんが佐久間の機嫌を損ねてユニットが解散になった訳じゃない。 これから大きく伸びるってところでやむなく解散したフォーチュンが復活。軌道に乗るまではバックにプロフェッサー佐久間がついてくれるなんて、サニー側からみても願ってもない話だもの。 ただ、やっぱりあたしはフォーチュン付きにはなれないらしい。 確かに『ONLY ONE』は今が勝負時で、この時期をどう乗り切るかで、一時期ちょっと流行ったバンドになるか後々まで集客数を見込めるバンドになるかが決定すると言ってもいい。 そう思うから、前フォーチュンの時ほどではないものの、無茶もした。 ここで1〜2曲CMソングでもやれば、後はドラマやアニメ主題歌につながり、取りあえずの安定をみるってところ。 ここで彼らを放り出すのは我ながら無責任だとは思うけど、ここまできていれば後はよほどの間抜けじゃない限り下手の打ちようがないって気もする。 つまり、あたしじゃなくてもね。 でも、これって『ONLY ONE』に限らず『フォーチュン』にも言えることで……、ううん、『フォーチュン』にいたっては、あたしが関わらない方が順調に進んでる? あたしだってこの年(本厄ってヤツ?)だもん、挫折や屈辱なんて両手両足の指を合わせても足りないくらい味わっている。 でも、よりによって杉崎が最後に関わったバンド『フォーチュン』にここまで必要とされないとなると、悲しくなる。 誰かに言えば慰めてくれるかもしれない。 西沢くんがサニーに入ったのは、あたしを必要としてくれているからだとか、佐久間の記事の被害を最小限にくいとめたのは、あたしの功績だとかって。 でも、あたしが欲しいのはそんな言葉じゃない。 自分が、彼らの為になっているという実感が欲しい。 もちろんそれが、自分勝手な思いだってことも解っている。 いつまでたっても杉崎の幻を追いかけていることにだって── 忘れられるものなら、忘れてしまいたい。こんなことになるのなら、出逢わなかった方が良かったとさえ思う。 杉崎と出逢わない人生なんて、ちっとも楽しくなかったとは思うけど、それでもいい。 もし、人生をやりなおせるなら、あたしは杉崎と出逢わず、つまらない一生を生きてやる。 25歳くらいで、嫌いじゃない人と結婚して家庭に入り、子供の運動会には張り切ってお弁当を作り、朝早くから旦那を場所取りに向かわせるのだ。 それはそれで、きっと幸せ。 ちょっと、物足りなく感じる時はあるかもしれないけど── なーんてね。 なんのかんのといっても、あたしは杉崎に出逢えたことを、都合のいい時にしか信じていない神様に感謝しなくちゃならないんだと思う。 だって、世界中の誰もが自分よりも大切に思える人間に出逢えているとは思わないから。 あたしは杉崎を助ける為なら沈みかけた船の中にだって戻れるし、燃えさかる家屋の中にだって飛び込める。 但し、大量の悪態はつくだろうけど。 そして、杉崎も助けられた恩も忘れて、散々あたしをばか呼ばわりするだろう。 端からはどう見えようと、それがあたしと杉崎の信頼関係ってやつ。 なのに、なのによっ! 勝手に交通事故に巻き込まれて、あたしが助けに行けないところで死んだ上に、その後で、思わせぶりな花束を届けるってどういうことよっ! もし、杉崎が事故なんかに遭ってなくて、あたしがあの花束を受け取ったなら── きっと、あたしは杉崎にくってかかるだろう。 薔薇はともかく30本っていうのは、なんの嫌味って。 メッセージカードをつまみ上げ、待たせたなってどういう意味よ? 言っとくけど、あたしはあんたなんか待ってないわよって。 だいたいユニットがこれからって時に、何考えてるのって そして、犬も食わない痴話喧嘩を延々とやったあげく、最終的には杉崎のいうことをきいたんだろう。 その夜は、嬉しくて嬉しくて、次の日の化粧乗りが最悪になるって判っていても眠れなかったんだろう。 それなのに、なのに── なんで、あんたは死んでるのよっ! 今、ここで怒ってみたって、どうなるものでもない。 だから── あたしに出来ることなんて何も無いって判った今── あたしは、杉崎に直接文句を言ってやろうと思う。 両親のことを思うとちょっと、心が痛むけど、あのふたりは駆け落ちまでして一緒になった人達だから、あたしの気持ちをきっと解ってくれるだろう。 あたしは緩慢な動作で、いえ電の脇においてあるメモ用紙を1枚破り、ペンを取る。 伝えるべきことは少ない。 ──杉崎のところに行きます── ☆ ☆ ☆ ● 同時刻、赤石 ●「気になる〜、なんか気になる〜」 仕事を終えた後、赤石は車の中で先程からずっと同じ台詞を復唱してた。 電話を切る時工藤が言った言葉。 どうして、単なる『ありがとう』じゃなくて、『今までありがとう』だったのか。 しかも、あの会話を断ち切るような『じゃあね』。 気に留める程のことはないのかもしれない。単に今後『フォーチュン』に関わるのを止めるという決心の言葉だったのかもしれない。 しかし、赤石は何か嫌な予感がして仕様がなかった。 車を道路脇に止め、携帯電話を取り上げる。 1回、2回……… 延々と続くコール音。 「やっぱり、おかしい……」 もちろん仕事中で電話に出られないことなど、しょっちゅうある工藤だが、そういう時は大抵電源を切っている。 周りがうるさくてコール音には気付いていなかったとしても、工藤は常にバイブもオンにしているから、電話に気付かないことなどまず有り得ない。実際、今までそういうことはなかった。 ましてや、夜9時半から工藤が寝ていることなんてありえない。 確認の為、サニーに電話を入れる。 その結果手に入った情報は、工藤は仕事中ではないということ。 体調不良を理由に、夕刻、早退したそうだ。 今度は、工藤の自宅の電話を鳴らす。 彼女は出ない。 再び、携帯電話。 30回鳴らしても、やはり工藤は出ない。 10分待って、再度コール。 コール音を40回数えた時点で赤石は決心した。 車をUターンさせ、工藤のマンションへと向かう。 駐禁の標識を思いっきり無視して、マンションのエントランスの前に車を付ける。 マンションの管理人を半分というか、完全に強迫して工藤の部屋の鍵を開けさせた。 「工藤ちゃん? 僕だ、赤石だ。入るよ」 管理人が止めるのを振り切って、部屋へと上がり込む。 まずはリビング、そして寝室。 どこにも工藤の姿はない。 まさか杉崎の墓だろうか──と踵を返しかけた時、赤石はバスルームから漏れ出る光に気付いた。 勢いよくそのドアを開け、赤石が目にした光景は── 真っ白に青ざめて目を閉じる工藤の姿と、真っ赤に染まった湯船だった── |