13. DEAD OR ALIVE
「全くもう、どうして君の周りには、こう我慢の足りない人間ばかりがいるんだい?」 原田の運転するカルセドニーシルバーのベンツS320の後部座席にて。 風折は涼に向かってあきれた口調で問いかけた。 もちろん、彼らは運転手付きのドライブを楽しんでいる訳では決して無く、工藤が収容された病院に駆けつける途中である。 「迅樹……、お前にそんなこと言う資格ないぞ」 「僕の悪いとこなんて僕が全部解ってるからそれでいいの。ったく、前代未聞のバカップルだな、あの人たちは」 「迅樹……言い過ぎ」 「言い過ぎじゃないさ。愛する人間を残して交通事故なんかで死んだ杉崎さんもばかだし、彼のことをずっと覚えていてあげるって役目を放り出して死のうとした工藤さんもばか」 「杉崎さんは好きで死んだ訳じゃ……」 「死んでる場合じゃない時に死ぬ奴はばかだね。僕なら意地でも死なないよ。地獄の28丁目位まで行ったって絶対に戻ってくる。行きがけ、否、帰りがけの駄賃に地獄の番犬のでもつかまえて帰ってくるよ」 「28丁目って……しかも地獄確定かよ。って、なんで迅樹はそんなに怒ってるんだよ」 「はんっ。地獄行きが決定してる僕だから、はっきり言うけどね。ぶっちゃけ、彼女がどうなろうと僕には関係ない。だけど、涼には関係あるでしょ。どうせ君のことだ。彼女に万一のことがあったら、俺が工藤さんの望むようになれなかったから彼女が……とかってぐちゃぐちゃ悩むんでしょ。君に憔悴されたり、あげくにまた妙な決心とかされたら、僕が困るの。畜生、工藤ゆかり、この風折迅樹を困らせるとは、いい度胸だな」 「……迅樹、お前、なんでいきなりそんなに全開で復活してるんだよ。ついこないだまで、あんなに煮詰まってたくせに」 「僕が欲しくて欲しくてしょうがなかった言葉を、君がくれたからさ。現状に何も変わりがなくても、待っていてもいい、諦めなくていいってことが判るだけでも人は救われるんだよ。同時に、やるべきことも見つかったよ。それこそ首と胴体が切り離されたって死んでる場合じゃない位のね。だから、工藤さんの意識が戻ったら、きちんと君が彼女に伝えてあげなきゃ。彼女にはやるべきことがあるって」 「迅樹……」 「了解?」 ゆっくりと頷く涼を確認して、風折はステアリングを握る原田に無茶苦茶な要求をした。 「原田、アクセルベタ踏みでかっとばせっ! 事故るのも渋滞にはまるのも警察に捕まるのも許さない。急げっ!」 ☆ ☆ ☆ 原田は風折の無茶な要求に完璧に応え、彼らは奇跡の所要時間で病院に到着した。あくまでも脇役であるが、彼はやるときゃやる男なのである。 しかし、彼らがそこで赤石から得た情報は、決して喜ばしいものではなかった。 あと数分でも発見が遅れたならば、三途の川を渡りきったというギリギリのラインで、一命だけはとりとめた工藤だったが、意識が回復する可能性は五分五分、最悪、このまま目覚めない可能性もあるとのことだった。 「工藤ちゃんのことだ。三途の川の船着き場で財布開けてみたら5文しか入ってなかったんじゃないかな。なのに、きっと粘って船頭に値下げ交渉してるんだよ。早く帰ってくればいいのに」 容態を涼たちに告げた後、赤石が不謹慎な発言をする。 だが、その場にいた誰もが、彼をとがめることはなかった。 そんなことでも言っていなければ、やりきれない赤石の気持ちが良く理解できたからだ。 余談だが、もちろん涼は三途の川の渡し賃が六文だなんてことは知らなかった。 とはいえ、赤石が何を言っているのかぐらいは、なんとなく想像がつく。 「こうなったら、後から着いた人をカツアゲしてないことを祈るばかりですね」 「やめてくれよ涼、工藤ちゃんならホントにそれくらいのことしそうだよ」 「あんたはいいから帰りなさいよっ! とか言ってそうですよね」 「そして、自分のことは棚に上げて説教してるんだぜ。残された家族のことを考えてごらんなさいとかなんとか言っちゃって。ったく、それを言いたいのはこっちの方だっつーのっ」 勝手に想像されて、勝手に怒られては工藤もイイ迷惑である。 しかし、そんなこともあるかもしれない、と誰もが思ってしまうのが、工藤ゆかりという女なのであった── ☆ ☆ ☆ 意識が戻るか否かの問題は残るものの、工藤の命が助かったことに一応の安心をみた涼たちは、病院をあとにした。結局、身内以外は面会謝絶な病室の前に、いつまでものたくっていたところで、どうしようもないからだ。 そして現在。再び彼らは原田の運転する車の後部座席に収まっていた。 「涼」 「何?」 「今回の件で思ったんだ。いつどこで、何がどういう風に起きるか解らないって。だから言っておくけどさ」 「何をだよ」 「僕は君の為に死ねるけど、君は僕の為に死んじゃ駄目だからね」 「何だよそれ。来る時と言ってることが違うじゃないかよ。死んでる場合じゃないんだろう」 「違わないよ。君のために命をかけることなんて簡単に出来るけど、そんなことされたら残される方がたまったもんじゃないでしょ。だから死なないの」 「それだったら俺も同じだよっ」 「だから駄目だって言ってるでしょう。僕が命がけで大切にしている人物の命をかけるなんで、いくら涼でも許さないよ」 「又、無茶苦茶なことを。あっ、じゃあ、迅樹が命をかけるなんて俺が許さない」 「許してくれなくて結構。僕は僕の思う通りにやるもの」 「何だと〜、じゃあ、俺も好きな様にやるよっ」 「だから、それは駄目。なぜなら、僕が許さないから」 「だぁ〜〜っ、どうしてそうなるんだよっ!」 「どうしてって、そう決めたから。大体、元々は君が言い出したことじゃない。諦めるのを許さないだなんて、死ぬのを許さないよりもっと無茶だよ。それに、僕は死なないって言ったら死なないけど、君はどっかで抜けたことやらかしそうだもの」 「元々って……、そもそもそれは、お前があんな無茶をしたからじゃないかよ。そうだよっ、お前、最近、俺に対してやることも言うことも無茶苦茶だぞっ。結局、何がしたいんだよっ」 自分の言ったことは、すごく丈夫な棚の上に上げて、涼はネクタイを掴み風折に詰め寄った。 そんな涼に、風折は和泉澤学園法学部の女子学生の間で、それを拝めたならば一生幸せに暮らせると噂されている(どんな噂じゃ)、究極の微笑みを添えて、こう言った。 「愛の告白♪」 そんな風折の返答に、涼は比喩ではなく本当にずっこけた。 そして、あきれた様に言う。 「お前……みんなが思ってるよりばかだろう。そんなこと今更言われなくても、知ってるって」 このバカップルっ! と、原田が心の中で悪態をついていたかどうかは、Xファイル並のトップシークレットである。 ☆ ☆ ☆ 風折が、一般受けはしにくいだろう愛の告白とやらをやらかしていた、丁度その頃。工藤はあの世とこの世の狭間で、川の渡し賃を値切ってもいなかったし、カツアゲもしていなかった。 じゃあ、何をしていたかというと、三途大橋(笑)の真ん中で杉崎と大喧嘩の真っ最中だったのである。 あの世だって進化しているのである、いつまでも船頭が船を漕いで人を渡している訳ではないのだ。 三途大橋は、あの世新歴36482年に新築されたばかりのニールセン様式の橋である(いい加減にしとけよ冴木)。 「ばかだばかだと思ってたけど、お前はどこまでばかなんだっ! なんでこんな処まで来てるんだよっ!」 「そんなのあたしの勝手でしょっ。ちょっと、邪魔しないで通してよっ!」 「いーや、邪魔するね。お前さぁ〜、高校生の頃から、切羽詰まるととんでもない現実逃避する傾向はあったけど、ここまで来るとやりすぎだぞ。いくら逃避したところでどうなるもんでもないだろうが。さっさと帰って仕事しろよ」 「だって、仕事がないんだもん。するべき仕事がないんだから、あたしが何処で何してようとあたしの勝手じゃない」 「だもん、じゃねーよ。涼はどうするんだ、涼は」 「西沢くんなら、大丈夫よ。赤石くんもいるし、なんだか頭の切れそうなお友達もついてるし、運もいいし……」 「大丈夫とか大丈夫じゃないとかの問題じゃないだろう。いい大人がそんなことで拗ねるなよ。だいたいお前、俺より大人な筈だろ。俺は享年29歳、お前は今32だっけ? 年下に説教させるなよ。」 「何でそんなこと知ってるのよっ!」 「はーんだ、単純計算。死んでから3回盆に帰省したからそんなもんだろう。それとも、もう3か?」 「いちいち女の年齢計算するんじゃないわよっ。まだ辛うじて32よっ、相変わらず感じ悪いわねっ」 「そういうお前だって、相当感じ悪いぞ。俺が享年29歳で死にたかったと思うか? 涼と組んでこれからって時にっ。恥を忍んで花屋に30本もの深紅の薔薇を注文したあの時にっ! 未練を残したままこっちにくる羽目になった俺に対して、すごく残酷なことしてるって解らないのかよっ! 誰よりも俺の気持ちを解ってくれるのがお前じゃなかったのかよっ!」 「陸……」 杉崎の言葉に工藤は唇を噛む。 そんな簡単なこと、そんな当然のことを、杉崎に言われるまで気付けなかった自分に腹が立った。 そして、本当に自分はばかなのだとも思う。 まだ、間に合うだろうか? まだ、帰れるのだろうか? 「大丈夫だよ。お前はまだ帰れる──帰りたくないって言ったって絶対この先には行かせないからな」 杉崎の言葉に、工藤は今度は素直に頷いた。 「それにさ、俺、お前に頼みがあるんだよ」 耳打ちされた内容に、工藤は思わず吹き出した。 「まかせといて! 確かにそれは心残りよね」 杉崎の胸をこぶしでトンと叩いた後、工藤は回れ右をした。 歩き出した工藤の背中に杉崎が声を掛ける。 「迷子になるなよ」 「あんたと一緒にするんじゃないわよっ!」 振り返りもせずに、工藤は大声で言い返した。 振り返ってしまうと、解っていても、やはり杉崎の傍に居たいと思ってしまうから── そんな思いを振り切る様に、工藤は元来た道を力強い足取りで戻り出す。 杉崎の頼みっていうヤツを聞くために。 そして、思わず笑っちゃう杉崎の頼みとは。 ──ガラスの仮面の最終回がどうなるのか、今度来る時教えてくれよ── これだもの、笑う以外に何が出来るというのだ。 ── だけど…… ── 工藤は歩きながら首を傾げた。 ──あの連載、あたしが死ぬ前に終わるのかしら?── 基本的にそういう問題ではないのは言うまでもない。 結局、場所を何処に移したとところで、工藤と杉崎の会話は代わり映えしないのである。 でも、彼らはそれでいいのだ──。 |