14. A DENOUEMENT

「涼、涼く〜ん。ちょっとおいで」
 テレビ局の廊下にて。
 自分の楽屋からおいでおいでと手招きする佐久間に呼ばれ、涼は警戒しつつも無視することは出来ず、彼の楽屋へと招かれた。
 例によって。もう好きにしろよと、読者に呆れられることは百も承知で前章から一気に時は流れる。
 現在は、フォーチュンと佐久間が行動を別にしてから、1月ばかり経つ頃合いだ。
 出くわすことがあれば、挨拶もするし、世間話もしたりはするが、わざわざ呼ばれる理由が解らない。
「どうしたんですか?」
「工藤さんってまだスリーピングビューティーやってるんだよね」
 佐久間の発言に涼は表情を曇らせた。
 未だ目覚めない工藤のことをそんな風に言う佐久間に、とてもじゃないが良い感情が持てなかったのが、その最大の理由だ。
「ええ。身体的にはもう、問題ない筈なんですけどね」
「悪い、別にちゃかすつもりはなかったんだ。そんな顔しないでよ」
「いえ」
「あのね、この間、僕引っ越ししたんだよ」
「はい」
 だから何なんだ、と言いたい気持ちを涼は、驚異の忍耐力で押しとどめた。
「そうしたらさ、懐かしい物が出てきたの。何だと思う?」
「さあ」
 素っ気なく涼は応えた。
 現在の涼の心境は、女性に「年幾つ」と聞いて、「いくつに見える?」と聞き返された男性のそれに良く似ている。
 つまり、そんなクイズはやりたくありませんって感じだ。
「少しは考えてよ。まあ、いいか。ほら、コレ」
 これ以上もったいぶっても楽しくはなさそうだと感じたのか、佐久間は涼にカセットテープを差し出した。
「なんですか? コレ」
「王子様のキス」
「はあ?」
「内容は聞けば解る。そして、これはヒント。工藤さんって面白いんだ。全然別のことしてても、杉崎の声とギターの音に条件反射で振り向くんだよ。あれっ? あたし何で振り返ったのって顔して、その後、ああ、杉崎かみたいな感じで。アレすげーよ。頭より身体が先に反応するんだから」
「……言われてみれば、そんなところ有りましたね。でも、それがどうしたんですか」
「どうしたって……、その首の上に乗っかってるのが頭だって言うなら、ちょっとは自分で考えてよ。僕の用件はもうおしまい。そら、帰った帰った」
 言葉と共に、佐久間が涼を部屋の外へと放り出す。
 そして、少しはまともになったかと思いきや、相変わらず鈍いままの涼は、訳も解らず廊下に2分程立ちつくす羽目になったのである。

☆   ☆   ☆

「はは〜ん。佐久間さんって案外と親切な人なんだねぇ〜」
 風折は涼が持ち込んだテープを玩びながら、独り言のように言った。
 相変わらず鈍い涼ではあったが、多少は成長しているのだ。自分で判らないことは同種の人間に相談すればよいという判断が出来るくらいには。
 と言うわけで、そのテープはここにあるのである。
「って、聞きもしないで、何が解るんだよ」
 そんな風折の言葉を聞いて、涼がもっともな疑問を投げ掛けた。
「君は聞いたんでしょ。中身は何だった? 当てて見せようか。杉崎さんのギターでしょ。もしかして肉声も録音されてるかな」
「なっ、どうして……」
 ズバリ、それが大正解です〜、といった内容を指摘され、涼は少なからず動揺した。
 動揺すると途端に日本語があやしくなる処も健在らしい。
「話の流れで普通は解るよ。ところで涼、君、あとどのくらいサニーとの契約残ってるの?」
「はあ? 何だよいきなり。……えっと、契約書にサインしたのが10月だから、あと2月くらいかな」
「まあ、丁度いいね。君、契約更新はしないで、僕の事務所に移りなよ」
「また、そんな勝手なことを……」
「勝手かなぁ〜。工藤さんが解雇された今、サニーに対する義理はないでしょ」
「そりゃ……、まあ」
「移ってくれなきゃ、僕も工藤さんの真似するかもよ」
「迅樹、それって脅迫……」
「それくらいしたって良いでしょ。見てよこの目の下のクマ。ここ1年の僕の平均睡眠時間がどれくらいか知ってる? ナポレオン並だよ。ちなみに3時間ってことだから。それもこれも君の為なのに、冷たいな〜。会社もこんなに大きくしたのになぁ〜」
「解った解った、その件はあとで考えるから。先にテープの件を解明してくれよ」
「それをする為に、今、移籍の件を話してるんじゃない」
「はいっ?」
「このテープを利用して、新曲を出す。使えそうな台詞なら杉崎さんの台詞を使ってもいいかな。それ、工藤さんに聞かせたくない?」
「! 迅樹、それって──」
「ねっ。解ってみれば、簡単でしょ。佐久間さんは、それを提案してたの。でも、それって現実問題として難しいよね。だけど、僕なら何とでもするよ。どんな技術スタッフだって集めてあげるし、面倒な手続きだってやってのける。どう? これでも移籍する気にならない?」
「……なるほどな。解った、移籍する。ただ、迅樹、一つだけ頼みがあるんだけど」
「何?」
「工藤さんの目が覚めたら、彼女をここに呼ぶって訳にはいかないかな」
「涼──」
「やっぱ駄目?」
「何言ってるの。約束したでしょう、サニーから移籍する時は優秀なスタッフ引き抜いてくるって。それが出来ないなら、君を事務所には入れないよ」
 そんなことは最初っから、勘定に入っていると言わんばかりに風折は片目をつぶった。
「迅樹……。サンキュ」
「どういたしまして。言葉だけじゃなくて、飛びついてくれたりするともっと嬉しいんだけどな」
「それは後で」
 長いこと、うざったいくらいゴチャゴチャやっていたこの二人だが、どうやらうまいこと纏まりそうな気配である。

☆   ☆   ☆

■お・ま・け♪ ←実践編が苦手な方はご注意下さい。一応そーゆー話です。〈15禁〉

☆   ☆   ☆

「なんでよ〜っ」
 あの世とこの世の狭間にて。
 冗談みたいな話だが、工藤は本当に道に迷っていた。
 三途大橋を降りた途端、辺りを深い霧に被われ、道が全く見えなくなったからだ。
「意味わかんないじゃない。あたしにどうしろっていうのよ〜」
 工藤は訳もわからず、何かに対して怒っているが、別にこれは神様とか閻魔大王のせいではない。
 折角この世から家族や友人が声をかけてくれているのに、それに反応できない工藤の方に問題があるのだ。
 そんなことは露知らない彼女は、悪態をつきつづけて今に至る。
 が、突然──
 何かに呼ばれた様な気がして、工藤は後ろを振り返った。
 すると、あれほど深くて何も見えなかった霧が晴れ、彼女の背後に道が一本続いているのがハッキリと見て取れた。
 ようやく道を発見できた安堵から、工藤は細かいことは一切考えずに、その道の先へと足を進めた──

☆   ☆   ☆

「あれで本当に目が覚めるところが工藤さんらしいと言えば、工藤さんらしいよなぁ〜」
 100年前からここに居たかのように、部下を取り仕切る工藤の姿を眺め、涼はこっそり呟いた。
「君も人のことは言えないよ」
 そんな涼の呟きを耳にして、風折が声を掛けてきた。
「何が?」
「途中で何があったところで、結局、君はこの世界に居るじゃない。君の運命は歌と共にある。そういうの何て言うか知ってる? GIFTっていうんだよ」
「ギフト? それって、アレか」
「お歳暮とかのことじゃないよ。神様の贈り物、つまり天賦の才能ってやつ」
「才能ねぇ〜」
「そう、悔しいけど、たとえ僕と知り合っていなかったとしても、君の居場所はステージさ」
 肩をすくめて言った風折に、涼は笑みを浮かべながら首を横に振った。
「それは違うぜ、迅樹──」
「どうして、そう思うの?」
「そんなんだから、俺にみんなが思っているよりばかだろうなんて言われちゃうんだよ」
「言ってくれるね」
「だってそうだろう。フォーチュンを再結成してから、俺はお前に贈る歌しか歌ってないって気付かなかった?」
「えっ──」
「ほら、気付いてなかっただろう。お前本当に俺のこと好きなのかよ」
「………言うまでもないね。好きにきまってるでしょ。魔王に誓ってあげるよ」
「あ、あははは〜〜。マジ? 傑作〜。サイコーに迅樹らしい。魔王に誓われちゃ信じるしかねーよ」
「でしょ」
 腹を抱えて笑い転げる涼に、相変わらずの涼しい顔で風折はウインクを飛ばした。
 風折がこれから乗り越えなくてはならない障害は、きっと数え切れない程あるのだろう。
 だけど、今は涼と共に日々を過ごせることを、素直に喜ぶことにしよう──
 涼と出逢えたこと。
 それが、神様が風折にくれたGIFTだと思うから──
FIN

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