昼下がりの保健室《番外編》(2)
〜in southern island 〜



 朝──というより、単なる午前中という表現が正しい10時近く。
 料理人を兼任する管理人が用意してくれた、いわゆるイングリッシュブレックファスト仕様のブランチを食べている4人の心境は、たった1人を除いて、大変複雑なものだった。
 そのたった1人は言うまでもなく、保健医だ。
 では、残された3人はというと、それぞれにそれぞれが思うところがあったのである──。

☆   ☆   ☆

●浪岡 蓮(なみおか・れん)の場合
 天王寺先生は一体どういうつもりなんだろう。
 僕がいつも保健室で時間を潰している理由を知りすぎるほど知っている天王寺先生が、気分転換だといって誘ってくれた旅行に、どうして冬野が呼ばれているのだろう。
 僕はどうしてもそれが解らない。
 いつまでも逃げていないで、いい加減に決着をつけろ、ということなのかなとも思うけど、そんなに簡単に決心がつくなら、苦労はしないって。
 それとも、現実を見つめて、普通の友人として見られる様に非日常の中でリハビリしろとでも?
 もし、天王寺先生ががそう思っているなら、それは作戦ミスってやつだ。
 さすがに、普段からアウトドアが大好きだと言っているだけあって、こんな南の島での冬野は、あきれる程に魅力的なんだもの。
 何てったって太陽の下が似合う。
 波間を泳ぐ姿も格好良くて。
 自分と同じ年だというのに、すでに出来上がった体は男の色気満載だ。
 前髪から水の滴る様子なんて見ていると、もうそれだけで僕はくらくらしてしまう。
 そんなものにくらくらしているなんて、同じ男として変だとは解っているけど、してしまうものはしょうがない。
 僕と違って頑固な程に真っ直ぐな髪。
 別に手入れとかしていないはずなのに凛々しく整った眉。
 その下の眉とは対照的な二重まぶたの優しい瞳。
 通った鼻筋、薄い唇。
 その全てが僕をひきつけてやまない。 
 とはいえ、僕が冬野に魅かれた理由は外見的なことなじゃい。
 この気持ちがいわゆる恋心に変わる前から、僕は冬野が人間として好きだった。
 ううん、っていうより、人間的に好きだからこそそれが恋に変わった。
 きっとこっちの表現の方がより正しい。
 僕が、しみじみ冬野ってすごいなと思うのはこんなところ。
 自分がどんなに不利な状況に置かれても、友人の秘密は絶対に守ること。
 面と向かって言うことはあっても、他人の陰口は言わないところ。
 誰にでも分け隔て無く親切なところ。
 決して他人に流されること無い、自分の価値観を持っているところ。
 その全てに僕は憧れる。
 嫌なことがあると、僕はすぐに逃げ出してしまうから。
 それでなくとも、人間としての冬野は僕にとって憧れてやまない対象なのに、燦々と輝く太陽の下にいる彼は、その外見もいつもの3割増で眩しくて直視出来ない。
 惚れ直すことはできても、あきらめることなんてとてもできない程に。
 そして、やっぱり僕は自分の中の我侭な感情と向き合うことになる。
 全然面識のなかった中原先生とも、すぐに仲良くなって一緒に遠泳なんかして楽しそうな冬野を見るたびに──
 それが、彼の長所だと自分も認めているくせに──
 彼と仲良くするのは、彼に優しくされるのは僕だけであって欲しいと願ってしまう。
 僕には……。
 僕には彼を好きでいる資格さえないというのに──

☆   ☆   ☆

●冬野 椿(とうの・つばき)の場合
 変だとは思っていたんだ。
 いつも、やさしい笑みを絶やさなかった浪岡の笑顔が消えたその時──
 俺は自分の巻き込まれたゴタゴタでいっぱいいっぱいだった。
 そう、正に巻き込まれたという感じで、俺が何をしたって訳じゃない。
 口の堅いことで定評がある俺は──白状すると、口が堅いも何も、興味のない奴の話なんて覚えていないだけなんだが──去年の秋口、どっかの大企業の役員なんかよりも、よっぽど相談役という肩書きのふさわしい人物だった。
 学食に行く途中で、部活(弱小バスケ部。練習は週に3回。運動部なのに終わってるよ)を終えた後に、風呂に向かう途中、給湯室でインスタントラーメンを作っている時に。
 次から次へと物陰からクラスメートだの後輩だのあげくに先輩だのが現れ、女に振られそうだとか、先輩に告白されて困っているだとか、××は俺のこと好きだと思うか? だとか。
 そんなことは、本人でなんとかしてくれという相談事が目白押しだった訳。
 めんどいなぁ〜と思いつつ、目の前に弱って倒れそうな人物がいるのに、それを放っておける程には、俺は非情じゃなかった。
 結局、その女と話したり、後輩の彼氏の振りをしたり、先輩を励ましたりして、気になりながらも浪岡と話す時間を取れずにいるうちに、浪岡の様子はいよいよおかしくなった。
 食欲が落ちてきていたし、同室の俺が部屋で話しかけても生返事しかしない。
 既に秋なのに夏ばて? だなんて俺が間抜けなことを考えるくらい体調が悪そうなのに、それでも土曜の夜は毎週外泊をする。
 今までは1回だってそんなことをしたことがないというのに。
 浪岡の実家は静岡だから毎週帰ろうと思って帰れない距離じゃないが、外泊の理由がそんなんじゃないことは判る。
 なぜ、そう思うのかと聞かれたって明確には答えられないけど。
 強いて言うなら、刑事の勘ならぬ、俺様の勘だ。
 さり気なく外泊の理由を聞いてみても、向こうもさり気なく誤魔化すばかりで。
 それどころか、その内、俺と視線を合わせるのさえ避けるようになった。
 絶対に何かある──
 俺は既に確信していた。
 思えば、俺がドタバタしていて、消灯時間ギリギリまで部屋に戻れない日々が続いていた頃、浪岡は何か話したそうな目で時折こちらを見ていたんだ。
 ちょっと、気になりはしたものの、疲れからそれを、言わないなら大したことじゃないのだろうと判断したのは、他ならぬ俺。
 安易に口に出せない悩みこそ、より深いものであることを知らない訳ではなかったのに。
 自分の評価が下がるのを恐れて、本当はどうでもいい人間の面倒をみている場合じゃなかったのに。
 話す気のない相手から、無理矢理話を聞き出すなんて、それこそ俺の趣味じゃないってのもあるけど、タイミングを逃したてのが一番の理由だろう。
 結局俺は、どうすることも出来ずに、浪岡を見つめているしかなかった。
 このままじゃ駄目だと思いつつ、なすすべもないまま日数だけが流れていったある日。
 浪岡は夜7時を回っても部屋に戻って来なかった。
 他の奴ならともかく、最近の浪岡は自室にいる時間を殆ど寝て過ごしている状態だ。
 こんなに遅くなるなんて、もしかしてどこかで倒れているんじゃ──と俺がジャケットに手を伸ばした時、部屋のドアが開いた。
 そこに立つ浪岡は、相変わらず俺と視線を合わせようとしないものの、昨日──否、今日の朝までは確実に──背負っていた、重苦しい雰囲気を身にまとってはいなかった。
 なんでいきなり?
 首を傾げた疑問の答えはすぐに出た。
 その日から浪岡は保健室に日参するようになったからだ。
 そりゃ、保健室に詰めている天王寺は、医者で心理学に長けていて養護教諭で、俺なんかよりもずっと専門家で大人だろうけど、相談ぐらいなら俺だって乗れるのに。
 親友──そりゃ、照れくさいから口に出して言ったことはないけどよ──だと思っていたのは、俺だけだったんだろうかとまで思う。
 それに、徐々に元気を取り戻してきた浪岡が他の友達とは楽しそうに話しているのに、相変わらず俺を避けるようにしているのが、大いに気に入らない。
 浪岡の一番の友達は絶対に俺じゃなくてはならない。
 何故って? それが決まりだからだ。
 誰が決めたかって? そんなの俺に決まってる。
 なのに、浪岡ってばあんまりじゃないか。
 もしかして、俺が無意識に浪岡の嫌がる何かをしたのだろうか?
 だなんて考えている内に俺の我慢はあっさりと限界に達した。
 趣味じゃないだなんて言っている場合じゃない。今日こそは浪岡に一連の行動を問いただそうと決心した、1年の冬休み間近。
 昼休みにまんまと外側のカリカリが絶品なメロンパンとヴォリューム満点カツサンドを手に入れて、教室に帰ろうとしていた俺は、黒縁めがねで笑顔が爽やかじゃない白衣の男にブレザーの襟首を掴まれた。
 あれよあれよという間に保健室に連れ込まれ、あげくに鍵なんかもかけられて、もしかして俺って食われちゃう〜(滝汗)。
 ってな状況で、保健医が俺に語った話の内容は折角手に入れた昼食の魅力を皆無にするものだった。
 思いもよらなかった現実──
 怒りに身体が熱くなるより前に、浪岡の気持ちを思うと心臓が冷たくなる。
 言葉が出ない──
 確かに、秘かに噂はされていたんだ。
 工芸の講師の細川が、生徒に手を出しているって。
 でも、でも──まさか、浪岡が!
 唇を噛みしめる俺に保健医は問いかけた。
 『彼は君の友達でいる資格はないかい?』と。
 その問いかけに俺はかぶりを振った。
 そんなことある筈がない。
 何があったって、浪岡は浪岡で、俺の一番大事な友人だ。
 どうして、どうして守ってやれなかったのだろう。
 悔しさのあまり、唇を噛みしめすぎて、口の中に血の味が広がる。
 浪岡が一番辛い時に、何もしてやれなかったのは俺。
 どちらかというと、浪岡の友人でいる資格がないのは俺の方かもしれない──
 こんな奴に頼るのは情けないと思いつつも、結局は頼れるのは目の前の保健医しかいなくて、俺は尋ねた。
 浪岡の為に、俺は何が出来るのかと。
 その質問に、待ってましたとばかりに、保健医はにやりと笑って言った。
 抱いてやれ。浪岡はお前が好きだ──と。
 そんなこと出来るかよっ。
 そのあまりにぶっとんだ提案に、俺は絶叫して保健室から飛び出した。
 でも、一端そんなことを聞かされてしまうと、どんなに意識しないようにしても、浪岡をそういう対象として見てしまう自分に気付いた。
 そして、改めて気付く。
 浪岡が自分に相談してくれなかったことが、あんなに悔しくてしょうがなかったのは、浪岡にとっての一番が自分じゃなくてはならないのは、既に彼に恋していたからだと。
 だから、おれは冬休み明け、保健室のドアを開けた。
 あんな奴に教えてもらうのは、やっぱり屈辱を感じるけど、自分がどうすればいいか教えて貰う為に。
 相変わらず感じの悪い笑顔と共に、保健医は頼んでいないことまで、必要だからと実践込みで色々教えてくれたけれど、俺はその教えを、未だ有効活用出来ていない。
 事件から半年が過ぎて、浪岡は徐々に落ち着きを取り戻しつつあるが、自分は逆だ。
 浪岡を意識しすぎて、却って素っ気ない態度をとってしまう。
 こんなんじゃ駄目だとは思うものの、相談事を聞くのと同様、こういうことはタイミングが大切だ。
 そのタイミングを掴めないまま、保健医にはでんでん虫かお前はと罵られつつも、結局は夏休みを迎えてしまった。
 多分、いい加減に業を煮やした天王寺がこの南の島行きを計画したんだろうけど、それが目的なら、今のこの状況はどういうことだよ。
 飛行機の席のみならず、コテージの寝室まで中原と一緒だなんて。
 新卒の中原とは歳が近いし、奴はあまり教師臭さも身に付いていないから、友人としては悪くない。
 が、それとこれとはやっぱり別だ。
 表面上はそつなく会話をしながら、お互いにそれが上滑りしていることに気付いているだけに尚更そう思う。
 『浪岡は僕が貰う』発言は、俺をけしかけるためにの脅しだとは思うものの、それを証明するように、保健医は浪岡にべったりで。
 顔には出さないものの、やっぱりそれは不満らしい中原は当てつけの様に俺をあちこちに引っ張り回すという有様。
 畜生、絶好のタイミングってのは、一体いつやってくるんだよ──

☆   ☆   ☆

●中原光昭(なかはら・みつあき)の場合
 いや、別に俺だってばかじゃないんだから、天王寺先生が何かを企んでいることぐらいは解るさ。
 でも、先生、やりすぎだって……。
 先生が浪岡くんと仲良くすれば仲良くするほど、冬野くんの眉間にしわが増えていく様を、近くで見ている俺の気持ちも考えて欲しい。
 そりゃ、そうだよな。
 ルームメイトっていうことは、冬野くんは多分、浪岡くんの一番親しい友人なんだから、新人の俺の耳にさえ入ってくるくらいよからぬ噂のある天王寺先生を不審な目で見てしまうのは当然だ。
 その度に俺は、冬野くんを引っ張ってやれ遠泳やら、やれ密林──というよか林──探検だの、彼の視線を別の方向に向けるのに全力を注がなきゃならないんだから。
 まあ、冬野くんも天王寺先生がいきなり何かをするとは思ってはいないみたいで、俺の誘いにのってくれる訳だけど、これって、現実からの逃げだよなぁ〜。
 飛行機の席分けの時からあれ? って思ったことだけど、こちらについてみたら、寝室の分け方も飛行機と同様だった。
 最初は飛び入りで旅行に参加した冬野くんの存在が謎だった訳だけど、程なくその理由は知れた。
 浪岡くんの想い人はこの冬野くんなんだと。
 だから、天王寺先生はわざと浪岡くんにベタベタして冬野くんが脈有りかどうか、確かめているつもりなんだろうけど、それって参考にならない気がするぞ。
 冬野くんが浪岡くんのことを好きだとしたら、もちろん嫌だろうけど、単なる友人だとしてもそれはかなり嫌だろう。
 否、俺だったら確実に嫌だ。
 自分の友人の性癖如何はともかく、相手がアレなのはちょっと……って絶対思う。
 天王寺先生は自分がどう思われるかなんて、ちっとも気にしないから誤解されやすいんだけど、実際は意外な程誠実で、仕事熱心だ。
 そう、今は夏休みで、ここは旅行先であるにもかかわらず。
 だけど、これは俺だから思うことで、他人にそれを理解しろっていうのは無理な話だ。
 それに、俺だって思うくらいだ。
 先生、浪岡くんにべたべたしすぎ──
 いくら、生徒が同行していると言っても、今は夏休みで、ここは南の島。
 もう、ちょっとは俺をかまってくれてもいいんじゃないだろうか。
 夏休みの当直が一緒だった時には必要以上にかまわれてえらい目に遭った上、その後もなんのかんのと、天王寺先生の思うがままに、非常に非生産的な夏を送っていた俺ではあるが、それはそれ、これはこれ。
 小さな島とはいえ、反対側に回れば人目も完全になくなることだし、自分でも何言ってんだかとは思うものの、普通の恋人同士みたいに手なんかつないで浜辺を散歩なんてしてみたい。
 それにさ、場所が変われば俺だって、少しは開放的な気分になるかも解らないわけだし──
 結局、恋愛ごとっていうのは、本人同士がなんとかするしかない訳だし、もう、いいんじゃないのかな〜。
 ああ、俺って教師失格かも。
 結局、自分の都合ばっかり考えてる──

☆   ☆   ☆

 それぞれの思いが、それぞれの胸の内で渦巻く南の島。
 時は満ちたとばかりに保健医は、その日の夕方中原に耳打ちをした。
 とっておきの場所を見せてあげる。1時間後に島の反対側においで、と──

<<BACK    NEXT>>

●和泉澤TOP●


PC用眼鏡【管理人も使ってますがマジで疲れません】 解約手数料0円【あしたでんき】 Yahoo 楽天 NTT-X Store

無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 ふるさと納税 海外旅行保険が無料! 海外ホテル