Pain in my Heart (2) | 原作:諸々の事情により秘密 Novelize:諸々の事情により冴木 |
和泉澤学園は名門男子高として有名だが、その反面、スポーツ系が滅法弱いことでも有名だ。 進学校にはありがちと言ってしまえばそれまでだが、一応エスカレーターで大学部まで進める学校なのだから、もう少し、真面目に部活にいそしむ奴がいても良いのではないか、と尚紀は思う。 尚紀が所属しているのは、そんな駄目駄目スポーツ部の中でも、昨今のブームの恩恵で少なくても必要人数×2.5人位の部員を確保している、まともな部類のサッカー部だ。 これは本当にまともな方で、野球部は2年前から常にレギュラー割れしている状態だし、バスケ部なんて、ある時とない時が5年置きくらいにやっている、さまよえる湖ロプ・ノールのような存在だ。 とはいえ、そのまともな筈のサッカー部でさえ、部室に貼られている毛筆で書かれた作者不明の目標が『地区大会1回戦突破!』であることからも、実力の程は知れよう。 そして、進学校のスポーツ部が弱いのと同じくらいありがちな話で、このサッカー部、弱いだけあって部活内の雰囲気は大変良かった。 中等部からサッカーをやっている人間ならば、すぐにゲームに参加させてもらえるし、もともと気のいい連中が多いので先輩後輩の仲も良い。 こんな有様だから、和泉澤学園においては、先輩後輩の上下関係は、かえって文化系クラブの方が厳しいというのが、もっぱらの噂で事実である。 そんな雰囲気の手助けもあり、尚紀は部活の休憩中に、中等部でも同じ部活の先輩であったサッカー部の部長に、気になっている人物──例の白衣の男だ──のことを尋ねてみた。 「白衣の先生? 普段でも白衣着てるのは化学の高瀬と保健医の天王寺だけど……そいつ眼鏡かけてた?」 グラウンドの隅にどかっと腰を降ろし、スポーツ飲料のペットボトルを傾けながら、部長は尚紀に向かって問いかけた。 「ええ、っていうか名字が天王寺なら、保健医の方で間違いないッス」 「天王寺ねぇ〜。今年のニューフェイスがらみの話か?」 「ええ、まあ。詳しいことは勘弁して下さい」 そんな尚紀の様子を見て、部長はなんだか知った風な笑みを浮かべたものの、その辺の転がっていた木の枝を拾い、地面に器用に天王寺の顔を落書きしながら説明をしてくれた。 「天王寺徹。うちのOBで去年から高等部の保健医をやっている。生徒の悩み事の相談に乗ってくれたりして、割と信頼されているし人気も高いみたいだ」 「へぇ〜、あいつが。そんな風には見えなかったッスけどね。だいたい、なんで高等部は保健室にまで男がいるんですか。天王寺の前は女の先生だったんでしょ」 「ああ、去年定年退職した角倉がな。言っちゃ悪いが男がいるのと大差ないぞ。それにだ、言っとくが、天王寺の人気が高いのは男だってせいもある」 「はぁ〜」 「間抜けな声出すなよ。考えてもみろよ。ウチの生徒の悩みで友達には話せないことって何よ?」 「何よって……まさか……」 部長の問いかけに尚紀は固まった。 この学校に3年も居て、いまさらその手の人間の存在に驚くことはないが、そんな相談を先生相手にする人間の気が知れなかったからだ。 「なっ、女より男相手のほうがまだしも相談しやすいだろう。ましてや、ウチのOBだ。その手の相談なんて慣れたもんだよ。ただ……」 まあ、人それぞれだから、とでも言うように、尚紀の肩をポンポンと叩いて話していた部長が、途中で何かを思いだしたように口ごもった。 「ただ?」 そんな部長に、尚紀は彼の台詞の語尾を繰り返し、続きを促す。 「う〜ん。未確認情報を無責任に話すのは俺の趣味じゃないんだが……」 「先輩っ、そんなところでもったいぶらないで下さいよっ。他言しませんから」 詰め寄る尚紀にやれやれと首を振り、部長は意を決したように頷いた。 「よし。ただ、この話は鵜呑みにするな。確認は自分で取れよ。奴に関してちょっと変な噂が流れている……」 ☆ ☆ ☆ 「見つけた」翌日、昼休みにはいつもどこかに姿を消してしまう渉を捜して校庭に出た尚紀は、運良く桜を見上げる彼の姿を見つけることが出来た。 繊細そうな見た目から想像できる通りに、どうやら食の細いらしい渉は昼食をとっている気配がない。 成長期なのに大丈夫か等と、朝・昼・晩+夜食にカップラーメンと1日4食食べる尚紀は、余計なお世話だと知りつつ心配になる。 これで渉が自分と同じ第2寮にいるのなら、少なくとも朝飯と晩飯だけは食べているか否かを確認できるからちょっとは安心なのだが、優遇されている筈の第1寮はなぜか食事がつかないらしいのだ。 それには、尚紀などが聞いたら口が開いたまま閉じなくなるようなものすごい理由があるのだが、この件に関して彼は一生知ることがないし、今は話の流れにも関係ないので割愛する。 とにかく、はらはらと散る桜の花びらの中にいる渉は、最初の印象と同様、一瞬、実在の人間かと疑ってしまう程に、尚紀の目には儚げに映った。 「桜好きなの」 「なんで俺にかまう?」 渉に近づき尚紀が問うと、冷たい視線と共に質問が返ってきた。 「えっと…。俺、気になるんだ……。お前のこと」 なんでって聞かれても…と、口ごもりつつ、それでもなんとか尚紀は自分の気持ちを伝えた。 尚紀の言葉に渉はきょとんとした表情を浮かべるが、すぐさまそれは固く──何かを拒絶するようなものに変化した。 「──まあね。確かに俺、クラスになじんでないし。もし、クラス委員の責任感とかでやってるんなら……」 「違うっ!」 ふいと横を向いて冷静にそんなことを言ってのける渉に言葉を失っていた尚紀だが、クラス委員の責任感云々のくだりになって、気付けば自分でもびっくりしてしまうような大声で、それを否定していた。 そう、自分が張り切ってクラス委員に立候補したのは事実だが、渉の言うような気持ちは全くなかった。 それとこれとは関係ない。 それを証明したくて尚紀は言葉を続ける。 「俺は、あくまでも個人的にお前のこと気になってる、っていうか、好きなんだよっ」 尚紀のあまりの迫力に、渉は言われた内容を頭の中で処理しきれずに固まった。 そんな渉を見て、尚紀は一瞬にして我に返る。 ── なっ、今、なんて言った? 俺。 「あ、えーと、そーゆーイミじゃなくてさっ」 慌てて両手を横に振りつつ、言い訳をする尚紀の様子を見て、渉はこらえ切れずに笑いを漏らした。 「ははっ、変なヤツ」 ひとしきり、含み笑いをした後、こんどは穏やかな笑みを添えて、今度は渉が尚紀に話しかける。 「俺、ろくにお前と友達らしい会話もしてないのにな。……でも、サンキュ」 ── 笑った。 渉の笑みを見て、尚紀は嬉しい気持ちになる。 その気持ちは丁度、シミュレーションゲームで発生条件が厳しいイベントを見られた時のものと、よく似た感覚。 「そーやって笑ってた方がいいよ」 余計なお世話だと言われる前に、尚紀は渉から視線を外し、桜を見上げながら、独り言のように語り出した。 「何か辛いことがあるんだろうけど、楽しいことだって、きっとたくさんあるから。ここも結構いい学校だし」 「うん……」 期待していなかった渉の返事を聞いて、尚紀は自分が彼に受け入れられたことを知る。 急ぐと事をし損じやすいと知りつつも、尚紀は先日から聞きたくてどうしようもなかった話を、桜から視線は外さず、渉に振った。 興味本位などではなく、渉の他人を排除する様な、このかたくなな態度には、絶対に奴が関わっていると確信していたから。 「この間『兄なんて認めない…』って言ってたよな」 3秒程待ったが、渉からの返事はない。 やっぱり、聞いちゃいけないことだったのかと、尚紀は慌てて付け加える。 「あっ、言いたくなかったら別にいいんだけどっ」 「あいつは……ほんとは俺の従兄弟なんだ」 興味本位で聞いている訳ではないということが伝わったのだろうか、渉はぼつりぼつりと語り出す。 「中1の時、両親が事故で死んで……、あいつの家にひきとられたんだ。だけど……」 だけど……の後、渉は何かを思い出すように空を見上げた。 「嫌な奴だったのか?」 多分に個人的感情を含んだ尚紀の問いかけに、渉は首を横に振った。 「いや…、そーゆーんじゃないんだ」 話すか否か、渉の表情からはそんな葛藤の様子が見て取れる。 「ごめん…この話はもう…」 「そうか……悪かったな。で…」 出来れば話してくれることを望んでいた尚紀だが、本人が話したくないことを無理矢理聞き出すことはしたくない。 別の話題を振ろうと笑みを浮かべたところで、尚紀の目は、崩れ落ちる渉の姿を捉えた。 「おいっ!」 地面に倒れる直前、間一髪のところで渉の身体を抱き留める。 「大丈夫か?!」 「平気……ただの貧血……」 平気といいつつ、渉の顔色は真っ青だ。 「渉……」 心配になって声をかけるが、今度は返答がない。 「またやったようだな」 どーしよう?! とパニックをおこしかけたところで、のんびりとした声が振ってくる。 声のした方を見上げると、話題の張本人天王寺が白衣のポケットに片手を突っ込みなら、ふたりを見下ろしていた。 「あんた…」 眉をひそめる尚紀を後目に、腐っても保健医、天王寺徹はテキパキと脈を取ったり、あかんべさせてまぶたの中の色を見たりと、診察らしきことをした後、渉の身体を抱きかかえた。 「保健室に運ぼう。渉は少し身体が弱くてね。よく貧血を起こすんだ」 「………」 診察はともかくとして、いくら小柄だとはいえ、こんなに軽々と渉を抱きかかえられる力と、渉のことならなんでも知っていると言わんばかりの保健医の態度がやけに胸に刺さって、尚紀は言葉が出なかった。 この気持ちは多分、目の前の男に対する──嫉妬。 「君は教室に戻りたまえ。授業があるんだろう」 「…いえ、俺もつきそいます。聞きたいこともあるし」 気持ちで負けてどうするよっ、と自分に気合いを入れ、尚紀は天王寺の目をしっかりと見据えながら言い切った。 ☆ ☆ ☆ 渉──わたる。ゆらゆらと水の中を漂っているような浮遊感を味わいながら、渉は夢の中へと落ちていった。 聞こえるのは自分の名を呼ぶ天王寺の優しい声。瞼の裏に映るのは差し伸べられた天王寺大きな手。 世界中で頼れるものはそれしかないと感じたあの日。 お兄ちゃん── 嫌わないで── |