7.解ってみると簡単なこと

「塚原、ちょっといいか?」
 かおるが食堂で絶叫した日から3日後の放課後、当の絶叫男はピアノ練習室に籠もる直前の緑を間一髪のところでつかまえた。
 緑が普段使っている練習室は、以前壮太の回想でも出てきたが、完全防音で、その中に入ってしまった人間を呼び出すには校内放送を使う以外に方法はない。
 このことを考えると、緑と出逢ったあの日、たまたま彼が別の練習室にいたのは、かおるにとって色々な意味でラッキーだったといえるだろう。
「ああ、月形。何、変な顔してるんだよ。どうかした?」
「あのさ、話っていうか聞きたいことあるんだけど……」
 口ごもるかおるを見て、緑は先に釘を差すことにした。
 新が寝込んでいた数日間、自分が浮上するためにかおるを利用してしまった罪悪感と、風邪引き男への同情から、彼と一緒に過ごしていたが、それで勘違いでもされたら、自分はともかく、彼本人を傷つけると思ったらからだ。
 冗談にとられることのないよう、緑は表情を硬くして素っ気なく告げる。
「何? 言っておくけど、愛の告白とかだったらお断りだよ。前に早川も言ってただろ。俺、恋人いるから」
「……知ってる。昨日お前がウチの卒業生と腕組んで歩いてるの見たから。それはそれでショックだったんだけどさ……」
「はぁ〜」
 かおるの返答を聞いて緑は素っ頓狂な声を上げた。
 確かに自分は昨日壮太と会っていた。
 しかし、それは壮太の部屋に行っていたのであって、公道を二人で歩いた覚えはない。
 過去も現在もそして多分未来においても、人目につくところで、腕を組むことなんて有り得ない。
「月形、ちょっと入れ」
 少々パニックをおこしながらも、緑は練習室にかおるを引っ張り込み、ドアを閉めた。
 いくら身近な人間にはバレバレだとはいえ、自分の恋人が男だと宣伝して歩くつもりはない。練習室内の方が廊下よりは雲行きの怪しい話をするのに適しているのは言うまでもない。
「慌てなくてもいいって。今更お前の相手が男だったことくらいじゃ驚かないから。っていうか、俺、最初から塚原の相手って男だと思ってたふしがある」
「なんでそう思うんだよ」
 事実はどうあれ、周りからそんな風に思われるのが緑にとって面白い訳がない。
 緑は、はぁ〜とため息をつきつつ、かおるに向かって問いかけた。
「だって、塚原のこと最初に見たとき、ウチの制服着てるのに、女の子かと思ったぐらい可愛かったし……。聞きたいことって何? って言われたとき、俺、一瞬彼氏いるのって聞きそうになったもん」
「ははっ、言わなくて良かったなそれ。っていうか、お前、俺に殴られたい訳じゃないんだよな」
 決して嬉しくはないかおるのコメントに緑の眉が中央に寄る。一応不快感を露わにしながらも、緑はかおるに話の続きを促した。
「違うって。まあ、なんていうか最近色々あっただろ。これ、告白になっちゃうかもしれないけど、聞き流してくれ。確かに、俺、塚原のことイイなって思ってた。最初素っ気なくされた時はすごくショックだったし、一緒にお茶飲めたときは凄く嬉しかった。でもさ、周りから色々暗示されてたものの、昨日、決定的なシーン目撃しちゃっただろう。なんか、アレ見て、自分の気持ちが解らなくなった。こういう環境だから、恋人に男もアリかなって普通の奴よりは簡単に思えるけど、自分に男の恋人と腕組んで町中歩ける勇気あるかなとかって思うと、そこまでは出来ない様な気がして。こんなこと思う時点で、どんなに頑張っても俺の負けなんだなって思った」
「成る程、それで?」
 ここにきて、やっと緑はかおるの勘違いに気付いた。かおるが目撃したのは、きっと自分の姉と壮太がいまだに敵視する背の高い男である。
 体型で判れよと思わない訳ではないが、余計なことは言わない。なぜなら、かおるの話はきっとこれで終わりではないから。
「だからさぁ〜、俺、新に、塚原とのこと協力してくれって頼んだ手前、ほら、新ってイイ奴だろう、何とかしてくれようとか思って行動におこされちゃ、新にも塚原にも迷惑だし……。で、自分の心境の変化を報告しようと思ったんだけど、ココ最近──風邪で寝込んだ辺りから、あいつ変なんだよ、心ここにあらずって感じで……。A組でなんかあったりした?」
「別にウチのクラスでなんかあったって訳じゃないよ。自分で心当たりあるだろうが」
 緑は苛立たしげに吐き捨てた。
 自分で自分の気持ちに気付けない人間には好感が持てないからだ。
 何事においても割と勘がいい緑は、個人差があると解ってはいても、そういう人間にはどうしても苛立ちを感じてしまう。
 相手の気持ちを感じ取ることが出来なくては、その気持ちを受け入れるにしろ拒否するにしろ、相手に無駄な労力を使わせることになるからだ。
「心当たり?」
 本気で困惑するかおるに、緑は再びため息をついた。
 自分の気持ちを自覚している新にならともかく、こんな鈍くさい相手に忠告をしてやる程、本来の緑は暇でも親切でもない。
 が、これ以上自分の時間を無駄にするのも、得策だとは思えなかったので、このもどかしいふたりの為に、緑は失血死覚悟の出血大サービスをしてやることにする。
「ないとは言わせない。普通だったら、お前が絶叫した日の俺と早川の会話聞いてたら気付くだろうに。多分、早川の様子が目に見えて変になったのって、お前が俺を好きだって、奴に相談した時からじゃないか? 早川が3日も寝込んだのってきっと風邪のせいばっかりじゃないぜ。それにだ、これは俺が言うべきことじゃないと思うし、言っていいことだとも思わない。だけど、お前と早川の為に言う。あいつ、多分、この学校の誰よりも甘い物が苦手だぜ。そんなあいつがどうして甘味同好会なんてやってるのか、よく考えて見ろっ! そして、そんな早川に、どうして俺を騙したんだって怒りを感じるなら、俺はお前を軽蔑する。後は自分で考えろっ! ほらっ、出てけよっ」
 息もつかずにまくし立て、緑はかおるを練習室から文字通り蹴り出した。
 そして、廊下に放り出されたかおるは、緑に言われたことの意味が咄嗟には理解できず、その後15分間、その場に立ちつくしていた。

☆   ☆   ☆

「はぁ〜っくしょい」
 秋も深まっているこの季節、何もせずに廊下に15分も立ちつくしていては、本人は気付かずとも身体が先に反応する。
 かおるは大きなくしゃみをして我に返った。
 ついでに、やっと回転しだした頭で、先程緑に言われたことを考えてみる。
 仮にも天下に名の通った名門校和泉澤の生徒なのだ、鈍いとはいえ、かおるだってばかではない。
 新が俺を……好き?──
 未だ、疑問を抱きながらも、そう仮定すれば、確かに最近自分の身の回りに起きている出来事をすんなり納得できる。
 例えば、今まではどんな下らない話でも、根気よく付き合ってくれた新が突如として素っ気なくなったこととか、やっぱりデカイ奴っていうのは栄養も沢山必要なんだなぁ〜としみじみ感じていた新の食欲が格段に減っているところとか。
 それに、自分の周りの人間も、微妙にそれを認めているふしがある。
 かおると新がどんなにべったり一緒にいても、誰も何も言ってこないのに、緑とはちょっと一緒にいただけで、周りがざわめくところとか。
 つまりは、自分たちより、周りの方が勝手に納得していたのだ。
 共学校ならともかく、和泉澤において、これは珍しい。男女でお前ら仲いいよなと言われるのは、暗にデキてんじゃないのと言われているのと同じだが、男同士だと話は別だ。
 いくら仲が良くたって、事実がどうであったって、交際宣言でもしない限り、周りはそれを友情だと認識する。
 なぜなら、そういうことにしておいた方が、付け入る隙ができるからだ。
 かおるの見解だと、新は悔しい程に、はっきり言ってカッコいい。
 身長は高いし、顔だってジャニーズ系とかじゃないけれど整っているし、何よりクールな雰囲気が魅力的だと思う。
 そんな新なのだ。隣の女子校で新の写真が秘かに高値で取引されているという噂もあるし、中等部の後輩や同級生だって新に憧れている奴は少なくない。
 普通だったら、お前は単なる友人だろうと、押しのけられても文句の言えない立場だ。
 なのに、自分が新の傍にいることを認められているのは、きっと自分よりも周りの方が新のことを良く知っているから。
 緑の言っていたこと──新が甘い物が苦手だというのは、きっと本当のことなのだろう。
 それを知っているから、周りは新の気持ちを尊重した。それこそ、暗黙の了解ってやつで。
 緑に言われるまで、それに気付かなかった自分も間抜けだが、新にしたって周りが自分の気持ちに気付いているだなんて思いも寄らないだろう。
 あいつ、そういうところが、鈍いからなぁ〜。
 自分のことは棚に上げ、かおるはそんなことを思う。
 新は、自分が他人に必要とされていないと思っている節があって、多分それがクールな雰囲気を醸し出しているんだろうけど、かおるとしてはそんな新が必要以上に自分を過小評価しているように思えてならない。
 だからなのか、新は何かに執着するということも少ない。例えば欲しがっていた限定発売の洋楽CDだって、売り切れだったらさっさと諦めてしまう。
 そんな新に、自分を偽ってでも執着してもらえたと思うと素直にかおるは嬉しかった。
 たとえ、今の今まで、自分が新には友情しか感じていなかったとしても。
 だからと言って、新に対して恋愛感情がわいた訳でもなかった。
 でも、少なくても、友人としての新は失いたくない。本気でそう思う。
 新にしたって、そんなに急激な変化は望んでいない筈だ。
 本人に確かめた訳でもないのに、かおるはそう確信していた。
 きっと、暫くは今のままでいい──
 この先どうなるかなんて考えたって解らないし、自分の気持ちが変化するなら、それはそれで悪くないとも思う。
 だから、先刻緑に聞いた、新の隠し事は自分は知らなくてもいいことだ。
 新がしたいというなら、とことん自分の甘味趣味に付き合ってもらうことにする。
「取りあえず、報告だな」
 かおるは緑を諦めたことを、新に告げることにした。
 多分、それが今自分が新にしてあげられる一番のことだから。
 為す術もなく途方にくれていた、新との関係の修復に、一応の解決策を見いだせたかおるの表情は明るかった。
 善は急げと、もう一度大きなくしゃみをしてから、かおるは自分と新の部屋へと向かった。
 しかし、同じ男として、相手をしみじみとカッコいいと思えてしまう時点で、新に恋愛感情を持てる地盤が出来ていることに、かおるはまだ気付いていなかった──

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