4 ある日の深夜、数少ない学生時代の友人に呼び出され、火村はアリスを伴ってK地区にある公園へと出向いていた。 頻繁に連絡を取ることはないものの、火村が初めて開発に関わったシリーズのアンドロイドを、お祝いだと1年分のボーナスを注ぎ込んで購入してくれた彼は、紛れもなく友人だ。 そんな彼──芹沢からの、深夜の電話。 出る前からとてつもなく嫌な予感がした。 その予感を裏付けるように、錯乱状態で単語ばかりを叫び続ける友人をなだめながら、ようやく聞き出しのがこの場所だったのだ。 この時間にアリスを連れ出歩くことに少々不安を感じたものの、彼が必要になる可能性を考慮し、左手の認識票を包帯で隠して、同行させることにした。 徒歩10分程度の間隔で設置されているものの、その利用料金の高さから、通勤等での利用頻度は極端に低いクイックゲート(出られる場所が駅に特定されている《どこでもドア》みたいなものだ)を使い、電話を受けてから15分で到着したこの公園で、火村は自分の嫌な予感が的中したことを知る。 アンドロイド狩り── アンドロイドが人間には手出しできないのをいいことに、集団で暴行をする。 その多くは、アンドロイドに自分の仕事を奪われたという逆恨みから行れるものだ。 それは、人型ロボット──いわゆるアンドロイドが発売された当時からあったものだが、彼らが盗難防止も兼ねた警報装置を標準装備するようになってからは、その数は激減していた。 が、ここ数年で、その数が再び増加し始めたのだ。 その警報装置を黙らせる方法をネット上で簡単に入手出来る様になったことも、事件の増加の一端を担ってはいたが、最大の理由はemotion-systemにあった。 同じシリーズのアンドロイドであっても、育て方によってその性格に違いが出る。 よほどのへまをしない限り、自分好みの顔をして、自分好みの会話をする、自分だけのアンドロイドを手に入れられるのだ。 ましてや、最初はボキャブラリーも感情表現も貧困だったものを、自分で育てあげるのだ。その過程には子供を育てるのとよく似た感覚が発生する。 気付かぬうちに、何よりもそのアンドロイドが一番大切な存在になってしまう程に。 火村が以前、専務に向かって漏らしていた通り、アンドロイドが人型のロボットであることも、また悪く作用した。 仕事ばかりではなく、自分の愛する人まで機械に奪われる。 相手が機械だと解っているにも関わらず、人々は人間に感じるのと同様の嫉妬心と不安を抱いてしまうのだ。 アンドロイドと名の付くもの、全てに憎悪を抱いてしまう程に── * * * 火村は自分の足下に広がる光景を見て、ゆっくりと首を横に振った。「残念だが、俺にはどうするどうすることもできないな」 「どうにもって…お前が開発したアンドロイドだろっ」 声を荒げて芹沢が火村に掴みかかる。 横にいたアリスが二人の間に割って入ろうとするのを視線で押しとどめ、火村は自分の胸元を掴んでいる友人に向き直った。 「俺が開発した訳じゃない。開発スタッフの一人だったというだけだ」 「それでも、お前が開発したんだろ」 「ああ、確かに。たとえ、俺が開発していたのがハードの方じゃなくてソフトだったとしても、既に彼女のパーツが生産停止になっていても、俺は彼女と全く同じ姿をしたアンドロイドを作ることはできる」 「だったらっ! テレサをっ、テレサを今すぐ生き返らせてくれっ!」 「最後まで話を聞け。テレサのemotion-systemは後から増設されたものだ。それが最初から搭載されている現在のタイプならば、溶鉱炉にぶち込まれたところでデータを取り出すことは可能だが、彼女は無理だ」 「……どういうことだ?」 「最新機種への買い換えを考慮して、バックアップディスクが簡単にイジェクトできる仕組みになっていたのが裏目に出た。いくら惨い有様でも外側だけなら簡単にリストアできる。問題はアレだ」 火村はテレサの残骸から1m程離れて銀色に光っている2インチディスクの残骸を指さした。 力任せに踏みつけられたと見えるそのディスクは、まっぷたつに割れており、とてもデータを読みとれる状態ではなかった。 「アレって……」 「そう、あのディスクがお前の取り戻したがっているテレサ自身というべきものだ。残念だけど、諦めてもらうしかない」 「残念だけどって──そんなに簡単に諦められるかよっ。俺が──俺が何年テレサと一緒に居たと思うんだ? 10年、10年だぞっ! 単なる家事ロボットだった時から10年。emotion-systemを搭載してから2年だ。テレサの感情表現が豊かになっていく様子が、俺にとってどんなに嬉しかったと思う? テレサの笑顔がどれだけ俺を支えてくれたと思う? それを簡単に諦めろだとっ! お前がそれを言うのかっ!」 芹沢の手が再び火村の胸元にかかる。 それをゆっくりとした動作で払いのけ、火村は静かな口調で告げる。 「俺は事実を言っているまでだ。こぼれたミルクを嘆いても無駄だ。諦めるしかない」 「出来ないって言ってるだろう」 「なら、どうしてこんな時間にテレサを一人歩きさせた。ましてや、テレサは女性型だ。狙われやすいことは解っていただろう」 「………」 火村の言葉に友人はがっくりと膝をついた。 「俺を……迎えにきてくれたんだ。危ないから出歩くなって言ってあったのに。こんな──こんなことになるなら、emotion-systemなんてつけるんじゃなかった」 いくらアンドロイドであるとはいえ、不自然な方向を向いて閉まっているテレサの頭部を抱きしめて、彼は涙を流していた。 しばらく彼の様子を黙って見下ろしていた火村だが、やがて自分もゆっくりと膝をつき、友人の肩に右手を置いた。 「人の形をしていても、彼らは所詮プログラムだよ」 「違うっ!」 「違わない。彼らがプログラムである証拠に、お前が育てたなら、今のALシリーズでも半年程度でテレサと同じ性格になるよ」 「……でも、それは、テレサじゃない。テレサ、テレサッ、目を開けて」 「芹沢……」 二度と目を開けることのないテレサの残骸を抱きしめて、彼女の名を呼び続ける友人に、火村は声はもう届かない。 今はただ、傍らに立つアリスと共に、火村は友人を見守ることしかできなかった── * * * 「結局、お前の出番はなかったな。つき合わせて悪かった」芹沢が落ち着くのを待って、元はテレサと共に自宅に送り届け、彼の代わりに警察に被害届を出して帰宅した時には、すっかり朝になってしまっていた。 今日が休日で助かった等と考えながら、火村はアリスにねぎらいの言葉をかけた。 テレサがあんな致命的な状態でなければ、自分がハードの修理をして、アリスにソフト面を担当して貰おうと考えて連れていったものの、結局は彼のバッテリーを無駄に使っただけの結果となってしまった。 火村が会社側に根気強く交渉したので、今のアリスは自分の維持費どころか、嫁さんと子供を余裕で養っていける程の収入を得ていたから、いくら彼がバッテリーを消費したところで自分の財布は痛くも痒くもないが、無駄なことは嫌いだ。 「アリス?」 いつもならば、すかさず『ほんまに悪いわ』ぐらい言いそうなアリスが黙っているので、さてはまたトリップしてやがるなと、火村は彼を振り返った。 これも、他のアンドロイドには無い特徴で、その反面アリスにはよくあることなのだが、彼は考え事をしている時、無意識に外部情報を遮断する傾向にある。 それでも、処理するのを止めているだけで、情報を完全に遮断している訳ではないので、緊急事態には反応する。 その状態のアリスをすぐさま使い物にするには、多分『命令』をするしかないのだろうが、火村は命令しないという最初の約束を守って、それを試してみたことがないので、事実は不明だ。 そして、そんな時、アリスが考えている内容は大抵の場合、昨日見たドラマの主人公はどうしてあんなに大根なのかだとか、何故あそこの家のドアは緑のタータンチェックなのかといった考えたってどうしようもないことばかりだ。 アリスのそんな状態を、火村はトリップしていると表現する。 今日はさしづめ、警察の制服は一着いくらぐらいするのだろうとでも考えて原価率の計算でもしているのかと思っていた火村だったが予測ははずれた。 トリップしているならば、瞳の輝きと共に表情が失われ、本当に人形めいたものになってしまっている筈のアリスは、なんと表現すればいいのか咄嗟には思いつけない複雑な顔をして火村をじっと見つめていたのだ。 「アリス、どうした?」 火村が声を掛けてもアリスは応えない。 ただ、無言でこちらを見つめるばかりだ。 悲しげで切なげで、でも、微笑んでいるようにも見える表情で。 「アリス……もしかしてテレサのことがショックだったのか?」 その他に、アリスがこんな表情を浮かべている理由が思いつけなくて、火村は問いかけた。 自分の仲間が、無惨に破壊されている姿は、たとえテレサの修理が可能であっても見たくはないだろう。 更に、出かける際、火村がアリスの認識票を隠させた事実と相まって、アリスはテレサの身に降りかかった災難を身近なものに感じてしまったのかもしれない。 やっぱり、連れて行くんじゃなかったと、火村が昨夜の自分の行動を改めて反省していると、ふいにアリスが口を開いた。 「テレサのことは残念に思うけど、所詮他人や、別にショックいう程のものやない。ショックを受けたのは君の言葉にや」 複雑な表情を一転させ、わざわざ意識してつくったらしい無表情な顔で静かに告げると、アリスは火村の横をすり抜け、自室へと入ってしまった。 ドアを閉める瞬間、溜まった情報を処理するためにスリープするから邪魔するなと言い残して。 残された火村は、為すすべもなく廊下に立ちつくすことしか出来ない。 ──俺の言葉? 昨夜からの出来事を回想してみても、火村は自分がどの場面でそんな言葉を言ったのか解らなかった。 後になって考えてみたならば、それがものすごい失言であったにも関わらず── |