Fall


 2−1

「あのね〜」
 智史から、話を聞き終えた風折迅樹(かざおり・としき)は、あかささまに呆れた声を上げた。
「君がトラブルに巻き込まれるたびに、裏で僕が何かしてると思いこむのはいい加減やめてくれない。いや、確かに若い頃はそんな事があったのは認めるけど、それって大抵は涼がらみの事だったでしょ。この話のどこに涼が絡んでくる要素があるっていうのさ」
 高校時代ならば「それは、涼が絡んでいたらそんなこともやりかねないってことですか?」と問いかけて墓穴を掘ったであろう智史だが、年齢を重ねて僅かに賢くなったらしく、その件に関してはサラリと流す。
「いえ、それならそれでいいんです。万が一、風折さんが関わっているなら、こっちが下手に動くのは良くないと思って確認させて頂いただけですから」
「それはそれは、お気遣い感謝致します」
 智史の言葉に対し、台詞の内容とはかけ離れた──つまり、ちっとも感謝なんかしていなさそうな──口調で、返答する風折を見て、その様を傍観していた弘樹はやれやれとため息をついた。
 涼とは、風折が経営する芸能プロダクションの看板歌手である。というか、そもそもそのプロダクション自体が、高校時代に涼の歌声に魅了された風折が彼をメジャーデビューさせる為に作ったものだったりするのだ。
 もう過去のことなので詳しい記述は省くが、この世に涼という人間が存在するが為に、風折に無理難題を押しつけられて、大変迷惑するというのが──ありがたくないことに──高校時代の最大の思い出になっているというのは、紛れもない現実というヤツで。
 何かといっちゃ、風折を疑いたくなるのは、こちら側からしてみれば、あまりにも当然過ぎる思考の流れなのである。
 そんなことは重々承知していながら、そちらの方は大変丈夫な棚に上げっぱなしにしておいて、自分の迷惑だけを主張するのが、風折迅樹という生き物だ。
 そこまで解っているのなら関われなければいいのにと彼を知らぬ人は思うだろうが、それが許されるなら、弘樹と智史は困らない。
 関わったら関わったで怒られるし、避ければ避けたでいちゃもんをつけられる。とまあ、核廃棄物なみに慎重な扱いが必要とされる人間が彼なのである。
 その扱いの難しさときたら、折り紙どころか箱書き付きだと弘樹は思う。
 つい先刻の智史とのやりとりにしたって、智史が反抗的な態度を取ったら取ったで腹を立てるくせに、素直に言うことをきいたらきいたで腹を立てられないことが不満だから、ああいう嫌味ったらしい口をきいたのだ。
 これでいて、風折は大切で大切で大切で仕方がない涼とは別の意味で、智史のことを好いているらしいから、本当に始末が悪い。
 しかも、すごく好きな相手にはものすごく親切で、割と好きな人間はかなり理不尽な要求をし、ちっとも好きではない相手に対してはこれまた優しくて、嫌いな人間に対してはもちろん容赦が無いとくれば、下手に好かれること自体が迷惑だ。
 ──その点、あの人は幸せだな。
 そんなことを考えつつ、弘樹はつい先刻、自分たちを玄関で出迎えてくれた風折の妻の顔を、その脳裏に浮かべた。
 風折曰く、別に愛情はないけれど、親を安心させる為に結婚してみただけさ──な割には、お世辞抜きで美人の部類に入る女性は、数ある見合い写真の中から、ババ抜きのごとく、涼が1枚引き出した相手であるとか違うとか。
 まあ、どちらにしても適当に選んだに違いない妻が、「私と仕事どちらが大切なの?」だとか「本当は私のこと好きでも何でもないんでしょ」とか言い出さない、賢明な女性であったところが、風折の強運なところである。
 そんな彼女の名前は、「行」と書いて「ゆき」という。彼女の性格が極めてさっぱりしていて、付き合い安く感じるのは、読み方はともかくとして、普通の親は女の子には使わないであろう漢字が使用されているせいだろうか。
 いや、例えどんな性格の女性であろうと、風折の妻をやっているというだけで、自分たちは無条件にその人を尊敬してしまうに違いないが。
「しつこいのを承知で最後にもう一度確認します。この件に関して、俺がどんな行動を起こそうと、後になって風折さんにクレームをつけられることはない。そういうことでいいんですね」
「本当にしつこいよ。いいって言ってるでしょっ!」
 弘樹がつらつらとそんなことを考えている間に、智史と風折の話は、どうやら最終確認段階にたどり着いていたらしい。
 声を荒げられるのを承知でしつこく何度も、更には「いいんですね」のところに、アクセントを置きつつ風折に確認をとるのは智史の自衛策である。
 風折が本当に関わっていないのならばともかくとして、何かの理由で口を噤んでいるだけだとしたら、ここで言質をとっておくのとおかないのでは、こちらが間違って彼の邪魔をしてしまった場合に、その結果に差が出てくるからだ。
 まあ、その差にしても、とてつもない嫌がらせをされるのか、ものすごい嫌がらせで済むかといった、言葉遊びに近い僅かなものなのだが。
 ──いや、それよりも……
 弘樹は、先日前田がテーブルに叩きつけた偽神崎智美の本を読んでからこちら、ずっと抱えていた不安を振り払うよう、小さく首を左右に振った。

☆   ☆   ☆

「なあ、弘樹。どう思う?」
 コーヒーと嫌味をごちそうになっての風折宅からの帰り道、ずっと風折に対して呪詛めいた言葉をブツブツと呟いていた智史が、ふいに弘樹に向かって問いかけてきた。
「どう、思うって何を?」
「風折さんが、本当にこの件に関して無関係かどうかだ」
「さあ? でも、風折さんの言うとおり、今回の件に関しては涼が絡む要素がないとは思う」
「だよなぁ〜」
「そもそも、何でお前は今回の件に風折さんが絡んでいると思ったんだ? わたしの知らない間に風折さんに嫌がらせをされそうなことでもやらかしたのか?」
「いや、そんな心当たりがあったんなら、本人に確認するまでもなく、風折さんの仕業だって確信したさ。そうじゃなくってさ……」
「なら、何だ」
「あの──偽神崎智美の書いた話って、すっげー絶妙なんだよな……」
「というと?」
 何気ない返事をしながらも、弘樹も実はその点は気になっていた。
 本職の編集を欺いた10年前の偽物の力量もある意味大したものだったが、今回の偽物は格が違う。
 前回の偽物は、漢字の使い方と文節の長さにツメの甘さがあったが、弘樹の見る限り、今回の偽物にはそれがなかった。
 更には、主人公がいかにも智史が作ったキャラっぽい考え方をしているのも気になった。
 そう、もしかして、この文章を書いたのは、本当に智史ではないかと疑いたくなる程に。
 これこそが、弘樹が先程振り払おうとした、不安の正体である。
「お前、アレ読んでみて思わなかった? 俺は思ったぜ。いかにも俺が書きそうな話だって。しかも、漢字の使い方もほぼ完璧」
「ああ、確かにそれは感じたな。だが、どの辺りが絶妙なんだ?」
「あそこまで完璧に俺の文体や思考をトレースできているのに、その反面、俺の書いた文章じゃないって証明できる部分が残されているところ」
 智史の言葉に弘樹は目を見開いた。
「証明──できるのか?」
「できる。だからこそ、風折さんの仕掛けた罠じゃないかと思ったんだ」
「智史……話を戻すが、だからお前は風折さんに罠を仕掛けられるようなことをした覚えがあるのか?」
「だからないって言っただろ。一応、俺としては、今回の件に風折さんは関わってないと判断したが、お前はどう感じたか。俺が聞きたいのはそこだよ」
 改めて問われ、弘樹は首をひねった。
 が、ひねったところで出てくる答えは、風折ならば何をしたっておかしくないが、涼絡みでない限りここまでの面倒は起こさないという曖昧なもので、結局、弘樹は自分が確信した事だけを智史に告げた。
「わたしに言えるのは、お前がこの件に関わってないってことだけだ」


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