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秘書 2

 早朝、兵舎に呼び出しの放送が掛かる。
 クラウドは呼ばれた自分の名に驚き。
「一体何したんだ、お前?」
 心配そうにそう言ってくれる年上の同僚に「何もしてないと思いますけど……」言いながら、放送で指定された統括執務室へと向かうのであった。



 視察に出ていた統括が、今日戻ってきたのを統括秘書に聞いた。
「随分焦っていたわよ」
 美人の秘書はそう言ってクラウドを脅かす。
「止めてくださいよ。すごいミスしたような気がするじゃないですか」
「ところが、副社長も来てるから、その所為かもよ?」
「え? 俺、副社長に関するミス、しました?」
「じゃなくて。君、忘れたの? 前に副社長秘書の話がきてたじゃない」
「あ? ああ、そうか」
「忘れてたんだ」
 秘書は呆れる。
「だって、本気だとは思わなかったから」
「の割りに、タークスの人に『秘書になるくらいなら死んだほうがマシ』って思い切り言ってたわよね?」
 面白そうに目をくりくりさせる秘書に。
「俺、秘書の柄だと思います?」
 クラウドは首を捻る。
「全然。でも、こまごましてるし可愛いから、秘書にしたくなる気持ちは判るな」
「あのですね……」
「はいはい、怒らない怒らない」
 かなり年上の美女は、時々こうしてクラウドをからかう。
 統括なんて一般兵士から見ると雲の上の人のような見方をされることがあるが、この軍部に至っては、統括は兵士とかなり密接な関係にあった。特に、統括にはクラウドと同じ年の子供がいて、どうも息子のように見えるらしい。
 なのでクラウドは良く統括執務室に呼ばれ、故にこの秘書とも馴染みが深いのだ。
「ねぇ、副社長秘書になっちゃえば?」
「なんでです? 俺なんか秘書にしても良いことないでしょ?」
「別の意味で欲しいのかもしれないじゃない」
「別の意味?」
 訝しげに眉を寄せるクラウドに、秘書は顔を寄せてあまり良くないタイプの笑いを見せる。
「恋人、愛人。とかね」
「……まさか。俺、男ですよ?」
「今更じゃない。知ってるでしょ、ミッドガルの人口比重」
「男が女性のニ倍以上」
「そう。だからこの前同棲婚姻も認められることになったし、子供は遺伝情報から作れるようになったし。何も問題ないじゃない」
「問題……ないのかな?」
 クラウドはひたすら首を捻る。
 自分がこれまで、男相手に恋愛感情やらなにやらなんて、考えたこともないので今一そういう感覚が判らない。
「ないわよ。ちゃんとエッチも出来るし、今じゃ、性転換も簡単に出来るじゃない」
「俺は……女になろうとは……」
「そう? クラウド、顔綺麗だから、似合うと思うんだけどな」
「あのですね……」
 この美人秘書には適わない。口が達者で、その上人生経験も豊富ときてる。更に、実はとてもそうとは見えないが20を越えた息子がいて、先日男と結婚したのだそうだ。
「ま、何かあったら相談にいらっしゃい。最近暇で、仕事以外はフリーだから」
「どうもありがとうございます」
 一応礼を告げておいて、クラウドはただ苦笑する以外にない。
「っと。お呼びよ。あっちの話しが済んだみたい」
 ブザーが鳴り、統括からのメッセージが入る。
『クラウド、入室してくれ』
 の声に、秘書が統括執務室のドアロックを外す。
「いってらっしゃい」
「どうも……」
 クラウドはロックの外れたドアを押し開け、中に入るのであった。



 クラウドは呆然としている。
 広すぎる部屋。何時の間にか運び込まれた自分の荷物。
「少し狭いか? 嫌なら別の部屋を用意するが……」
 白いスーツを小粋に着こなした美丈夫は、そう言ってクラウドの顔を覗き込む。
 成長不良のクラウドは、彼よりかなり背が低い。
「いえ、狭いんじゃなくて……」
 むしろ広すぎるんです。
 の言葉が出てこない。
 嬉しそうにクラウドの荷物を持って屋敷の中を案内するのは、副社長のはずのルーファウス=神羅。
 先日資料室で話しをしたのも、この相手であった。
 まさか副社長とは知らず、いろいろと軍部の愚痴のようなことまで言ってしまったのを後悔する間もなく、資料室の拡大と端末の導入を約束してもらって、その上、資料整理の腕が良かったという理由を並べ立てられ、まるで告白しているようなその熱心さについつい秘書異動への話しに頷いてしまったのが、つい一時間程前のこと。
 その後は兵舎に戻って荷物の整理をすることも出来ず、車に乗せられミッドガルでは最高級といわれる土地の屋敷に連れてこられた。
 何故か整理もしてないはずの自分の荷物は既に部屋の中。
 見事にアンバランスに変化した部屋に、絶句すること暫く。
「これからはこの屋敷で暮らしてもらう」
 断言したのは、恐いくらいに整った顔の微笑であった。
 残念ながら、元来から女性である統括秘書の、数倍美しい顔であった。
「何か足りないものがあったら、遠慮せずに言ってくれ。昨日購入したばかりだから、まだ私の荷物も殆ど運び込んでいないんだが、どうせ二人暮しだ。使いやすいものを二人で選んで揃えていくのも良いだろう」
 って、それってなんか新婚みたいなんですけど……。
 な言葉は、恐くてクラウドの口からは出なかった。
「隣の部屋は書斎になっている。好きなように使ってか構わない。一階の主な部屋には、神羅に繋がる端末と電話があり、他は図書が入っている。何か購入したら、そこに入れておいてくれれば、私も読めるな」
「はぁ……」
 十五のクラウドの読むものが、まさか副社長の好みに合うとはとても思えないのだが……。
 クラウドは思ったが、言明はしなかった。
「では、まずは食事を取って買い物に出かけるか」
「はい? あの……今日の仕事は?」
「今日は二人で休暇をとってある」
「はぁ……」
「今日明日中には、家の手伝いも入るはずだ。明日からはシェフが食事を作るが……今日は外で取ろう」
「はぁ……」
 手伝い、シェフ。世界が違いすぎる。
 クラウドはただひたすらに、ルーファウスとの価値観の違いを、これでもか、という程に教えられた気がしたのだった。



「あの……」
 夜。ルーファウスの家から派遣されてきたという、執事とシェフと女中が紹介された。
 驚いたことに、誰もがクラウド「クラウド様」と呼び、ルーファウスと同列の扱いをする。
「あのですね」
 せめて、様はやめて欲しいと思ったクラウドは、ルーファウスの寝室に抗議に行き――抗議にきたはずなのに、何故かルーファウスの巨大なベッドで並んで横になっている。
 なんだか違うんじゃないか、と思うクラウド。
 しかし……。
「何?」
 眠そうなルーファウスの顔を見ると、下らない――とも言えるかもしれない――ことで睡眠時間を減らさせるのも悪い気がして……。
「なんでもありません……」
「そうか。じゃ、お休み……」
 欠伸を一つした美丈夫は、クラウドをくるんと抱きしめると、直ぐに寝息をたてる。
 驚く程の寝つきの良さに驚きながら、目を閉じると年齢以上に幼い顔に、なんだか見入ってしまう。
「可愛い……のかな?」
 しげしげと見つめるクラウドは、ルーファウスに抱きしめられて眠ることに何の違和感も感じていない。
「お休みなさい、ルーファウス様」
 自身は嫌った様付けでルーファウスを呼び、クラウドも目を閉じる。
 もう随分と人肌を感じて眠っていない。
 懐かしい温もりに包まれるように、クラウドも直ぐに、夢の中に入っていった。


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