ふわふわ温かい朝の光。
ぬくぬくと温かいベッドの中。
パジャマ越しに触れる手は誰のもの?
体中を撫でられて、最後に柔らかいものが唇を覆った気がした。
「ドミンゴさん! 俺、朝食要りません!」
ばたばたと屋敷には似つかわしくない音を立てるのはクラウドだ。
テーブルに腰掛けて新聞を読みながら食事をしていたルーファウスは、元気な姿を見てクスリと笑う。
「朝から元気だな」
誰に言うでもなく呟くと、隣に立っていた執事のドミンゴが慇懃に礼をして、こう答えた。
「お起きになられるようで、良かったことです」
「どういう意味だ?」
「ルーファウス様は時折無茶をなさいますので……」
「ドミンゴ……」
言いたいことが判って、ルーファウスは溜息を吐く。
ドミンゴを始めとした、シェフのロドリゲス、女中のマカリス、運転手のケネスは、ルーファウスが実家から連れきた使用人達だ。当然、ルーファウスが以前にどのような生活をしていたかも良く知っている。
「クラウドは秘書だ」
「お言葉に反するようですが、普通、秘書は同じベッドに寝ないものです」
「……」
返す言葉もない。
一緒に住む為の屋敷を即買したのは一緒に住む為だが、キングサイズのベッドを部屋に入れたのは、別にクラウドと一緒に寝ようと思ったからではなかった。
なのに、最初の日にふとしたことで一緒に眠ってからは、どうしても別のベッドで寝かせたくなくなった。勿論、自分の事情で、だ。
「情が移られたのでしたら、いずれそういうことになる可能性もあるかと、あらゆる事態を想定しておりますが、ベッドに沈み込むあの子を、私達は見たくはないもので」
「成る程……」
要するに、襲い掛かるな、と釘を刺しているのだ。
聡明な老執事は、子供の頃からのルーファウスを知っている。
神羅に父の後継として入社する以前は、かなり色々なことをした。良いことも悪いことも、経験しつくしたのだ。
その際、様々な後始末をしてくれたのが、この老執事だった。
「お前達の気苦労を減らす意味でも、手は出さないようにする」
「いいえ、手は出しても良いのですが、過ぎるのはどうか、と申し上げているだけです」
「手は出しても良い?」
「ええ。こらえるのにも限界がございましょう。それに、クラウド様の方にも色がつき始めてございますよ」
「色だって?」
ルーファウスは首を捻る。
「お気付きになりませんか?」
「全く」
「そうですか。いずれお判りになりますよ。その時を逃さず、クラウド様に傷を付けないようにして下さいませ」
ルーファウスは意味が判らないまでも頷いた。
どたどたどた。
二階から激しい物音が響く。
直ぐに姿を現したクラウドは、慌てて着込んだスーツが乱れている。
「クラウド!」
呼び止めたルーファウスに、目を丸くしたクラウドが近寄ってきて。
「はい?」
小首を傾げる。
「スーツが乱れている。これから社長に会うんだろう? そのままではまずい」
「え!? あ! そうですよね。でも秘書室に最初に寄るので、そこでエレノアさんに手伝ってもらえば良いか、と思って……」
「男は家を出る瞬間からが仕事だ。身なりを気にするのも忘れるな」
「はい!」
スーツを直してくれるルーファウスに元気な返事を残して、クラウドは屋敷を飛び出していく。
「どっちが秘書か、判りませんな」
面倒見の良いルーファウスを笑った老執事は、空になったカップにコーヒーを注ぎ入れた。
遅刻だ!
思いながら、ルーファウスの使っている車に飛び乗る。
運転手のケネスが笑いながら行き先を聞いてくるのに。
「神羅ビルにお願いします!」
元気良く答えるクラウド。
「神羅? 今日は社長との会食じゃなかったか?」
「そうなんですけど、先に秘書室に寄らないといけないんです」
「大変だな、秘書も」
「そうでもないんですよ。俺、結構ルーファウス様におんぶだっこな感じで……」
秘書の仕事は、殆どエレノアの手に任されている。クラウドのしているのは、主にルーファウスのスケジュール管理と外出時の供だけで。
「余り役に立ってないみたいなんです……」
「そう落ち込むことはない。ルーファウス様は、クラウドが来てから随分と明るくなられた。良い傾向だよ」
「そうですか?」
「ああ、俺が言うんだから、間違いない!」
ルーファウスの連れてきた使用人の中でも、この運転手のケネスは若い。つい先日、長い片想いに終止符を打って結婚したのだが、その相手がなんと驚き、エレノアの息子だということが判った時は世間の狭さを実感したものだ。
年齢や本人の気安さもあり、クラウドは一番最初にこのケネスになついた。
以後、兄のように慕い、時々相談を持ちかける。
クラウドよりは余程人生経験のあるケネスは、クラウドの疑問に直ぐに答えてくれる。
「だったら、良いな。俺、ルーファウス様のお役にいっぱい立ちたいと思うから」
ふわりと笑うクラウド。
それを見て、ケネスは苦笑した。
何時からだろう。クラウドはこんな表情をするようになった。
主にルーファウスの話をしている時で。
慈愛に満ちた、母親のような、愛しくてたまらない恋人の話をする少女のような、そんな複雑な表情。
「今のままでも十分に役に立ってるとは思うが、まだ足りないって言うなら、甘えてやれよ」
「え?」
「ルーファウス様に思い切りわがまま言って、拗ねて、甘えてやれ」
「はい?」
クラウドは驚いている。
「そんなことをしたら、役に立つどころか迷惑になりますよ」
「ところがそうでもないんだな、これが」
男の心情は複雑だ。
通常のカップルなら、女性に対して深い愛情と安らぎを求めるのに、なのに女性から頼られたり甘えられたりしたら嬉しいのだ。
相反する感情の中、結局男は、愛していると実感するのが好きなのかもしれない。
「な、クラウド」
「はい?」
「ルーファウス様が好きか?」
唐突な質問に、クラウドは目をパチパチする。
「なんですか、突然」
「いや、好きか嫌いか、どっちか、と思ってな」
「えーっと」
次にクラウドは困ったような顔になり。
「好き……です」
消えそうな声でそう答えた。
「社長……」
「宝条か。何だ?」
「副社長のことで少し。年下の少年に入れあげているそうですね」
「そのようだな」
「よろしいのですか? ご子息がそんな、どこの誰とも判らないような少年に入れあげるなど……」
「ルーファウスには色々あってな。口は出せない」
「ならば、排除してしまえば良いでしょう? 邪魔者は排除する。これがあなたのやり方だったはずだ」
「ルーファウスのお気に入りを消すのか?」
「実験に使ってもよろしいですか?」
「……好きにすれば良い。ちょうどこれから会食がある」
「そうですか。それではこちらのよろしいように。くっくっく」
一路車は神羅ビルに。
クラウドはケネスに礼を言うと、秘書室に駆け込んだ。
「エレノアさん、時間、大丈夫?」
「ギリギリね。寝坊?」
「うん。ちょっと……」
エレノアは立ち上がり、クラウドにカードを渡す。
「じゃ、行きましょう」
「うん」
ここからは、神羅の鉄道を使う。
鉄道といっても、神羅カンパニーの内部を走る社用の鉄道で、主に荷物の運搬をするものだ。
会食は本社ビルからは少し離れた海上のレストランで行なわれる。
神羅技術の粋を集めて作られた、魔晄で海に浮かぶレストランで、試験的に作られたこのレストランが成功したなら、全国にチェーン展開する予定のものだ。
その内、ミッドガルの各所からシーレールが敷かれ、誰でも行き来が出来るようになる予定だ。
「だけど、どうして秘書が呼ばれて会食するんですか?」
「恒例行事よ。私達にとっての上司の評価を聞くなら、秘書が一番でしょ?」
「ああ、そういう……」
「名目は、神羅内部で最も忙しいとされる秘書への慰労ってことになってるけど、実際には上司の現状を密告しろ、ってところね」
「そうなんだ……」
数人の秘書を乗せて走る鉄道は、海にかかる線路に差し掛かった。
いずれ海底に魔晄炉が設置され、ミッドガルのコピーシティが海上に出来るのだろう。
「でも、この会食、結構好評なのよ? 食事は最高級だし、私達の上司だって、一日休みをもらえるんだから」
秘書がいなくては仕事にならない各部署の管理職達は、今日は休みになっている。
「そうですね。普段忙しいだけ、一日でも確実に休みを貰えるのは嬉しいですよね」
「私達は休みじゃないけどね」
「ですね」
顔を見合わせて笑う。
「副社長のことを聞かれたら、適当に笑ってれば良いわよ。私が答えても良いし」
「はい。お願いします」
「とにかく、豪華な食事を楽しもう!」
腕を振り上げたエレノアに、クラウドは笑ってみせる。
「俺も、楽しみにしてます」
レールは、終点を示していた。
水上とは思えない駅にたどり着いて、そろそろと連なる秘書達の後に続きながら、レストランに入る。
入り口でカードを渡し、本人確認をした後、中へ。
そこでクラウドは呼び止められた。
「クラウド=ストライフさんですね」
「はい?」
「副社長からご伝言がございます。こちらへ」
「あ、はい。じゃ、エレノアさん、後で」
「ええ……」
エレノアはクラウドの背を見送って、首を捻る。
副社長からの伝言?
おかしいと思った。
一緒に暮らしているのに、わざわざ伝言を寄越すものだろうか?
それに……。
エレノアは考えた末、電話を取り出した。
妨害電波を出しながら、ルーファウスの自宅屋敷の番号をプッシュする。
『お待たせしました。神羅でございます』
出たのは執事。一度、息子の結婚式で会ったことがある。
「私、グリーグと申しますが。覚えておいででしょうか?」
『ああ、ケネスの……ケネスでしたら』
「いいえ、副社長をお願いします。クラウドのことで……」
『クラウド様の?』
執事の声が訝しげになる。
『お待ちくださいませ』
暫く待った後、ルーファウスの声が。
「副社長、クラウドに伝言なんて、しましたか?」
『いいや。伝言するまでもなく、屋敷を出る前に全て言い渡してある。それが?』
「先程、副社長から伝言があるという人物がクラウドに接触してきまして、どこかに連れて行かれたんです」
『……何時の話しだ?』
「つい先程。五分も経っていないと思います」
『判った。君は会食に出ろ』
「はい」
「ドミンゴ。出る。用意だ」
「はい」
側で電話を聞いていたドミンゴは、既にルーファウスの衣装を持ってきていた。
「良くないことが起こらねば良いのですが……」
「十中八九、良くないことだろうな」
こういう場合、ルーファウスは楽観視しないことにしている。
あらゆる状況を想定して、最悪の結果を見れば、動ける範囲が広がるからだ。
「社長が、絡んでいるのでしょうか?」
さすが老執事。神羅一家に遣えて長いだけある。
「そうだろうな」
ルーファウスは頷いた。
家を出る時、事実上神羅の社長である父親には、ただ一人暮らしをするとだけ告げて出たきた。
実際にはクラウドと共に暮らそうと、その時には決めていた――というよりも、順番としてはクラウドと暮らしたいと思ったから屋敷を買い、家を出たのだが……。
その時点では一人暮らしと言っていたのが、後にクラウドの存在を見つけたら、父としても社長としても複雑だろう。
恋人のようにクラウドを扱うつもりはないが、実際にはかなり気に入っているし、クラウドさえその気になってくれれば、準備は万端なのだ。
だが、それを誰かが歓迎してくれるとは思ってはいない。
特に、プレジデント=神羅には。
むしろ、会社の重役連中の言葉に振り回され影響されることが多いプレジデントのこと。クラウドの存在を邪魔なものとして排除しかねない。
老執事が懸念したのもこの辺りで、彼はプレジデントが幼い日々より執事をこなしている関係上、プレジデントの性格を見抜いていると同時に、ルーファウスの現状を熟知もしている。
将来は社長。その為にはやんごとない家系の娘と縁談を結び。
プレジデントから一度聞いたルーファウスの人生設計だ。
正直ごめんだ、と思った。
社はついでやっても良い。だが、それ以外は自由がないなら、生まれてきた意味もなくなってしまう。
人間はコマではない。生きているからには、限られた中にも自由が必要なのだ。
もう一つ欲しいものはずっと手に入らなくて、やっと手に入れた。その得たものを、もう一つの求めて得られないかもしれないものの為に失くしたくなかった。
「ドミンゴ。神羅科学部門生体科学研究所へ向かう。私に何かあったら、緊急信号を出せ。信頼する筋が、動く」
「承知いたしました」
慇懃に礼を垂れるドミンゴ偽を向けて、ルーファウスは屋敷を出る。
門前に止まる車からケネスが顔を出して。
「お供します、ルーファウス様」
人の良さそうな笑みを見せた。
「戻ってこないわね……」
エレノアは会食が進む席で、空いた隣に視線を向ける。
注意深く周囲を見回すと、秘書席にも空席が他に二つ三つあるのに気付いた。
結婚式がごとく配布された席順を眺める。
空いているのは、科学部門生体科学と、科学部門医療科学の統括秘書の席。
成る程、クラウドを攫ったのはあの連中か。
科学部門ともなれば、密接するソルジャー部隊が動いている可能性もある。
エレノアは隣の席の秘書にトイレに行くと告げて会食の場を抜ける。
トイレへ向かい、秘書なら誰でも持っている端末――を更に自分で改造した端末を開き、携帯電話につなげた。
副社長の開いていた緊急回線を使い、調査部主任の専用端末へ情報を飛ばす。
エレノアを副社長の第二秘書に抜擢したのが彼だった。
ツォン。 以前に副社長秘書だった男。
能力はどちらかというと秘書よりも調査部に突出していて、恐らく誰よりもルーファウスに近い。
社内の情報を殆ど握っている口ぶりの彼ならば、恐らくエレノアが元調査部にいたことだって知っているだろう。
主任を呼び出す手はずまで整えて、一応水を流す。
「あーあ」
深い溜息。
女性的には問題の行動だが、これで「大」に困って篭っている風に聞こえるだろう。
水の音に紛れて回線が開いた。
文字での応答。
――何か用か?
――クラウドが拉致された。
――誰に?
――おそらく科学部門。秘書二人が会食に出ていない。
――数人を向かわせる。
――宝条博士が絡んでいるかも。
――了解した。
これで一応安心出来る。
敵はソルジャー部隊かもしれないが、そのところはタークスなら判っていることだろう。こっちがとやかく言う必要もない。それに、タークスには絶対的な武器がある。
法外特殊権利。
いわゆる、彼らがそう判断したら、法を無視して軍をも動かすことが出来る、絶対的な権力だ。
この権力を封じるのは、社長以下副社長までで、タークスは、必要ともなれば重役連中すらを黙らせることが出来る。
「あら?」
ちょっと待て、とエレノアは思う。
まさか、向かわせるその数人の中には、自分の息子も入ってるのじゃないだろうね?
エレノアは限りない不安に思わず真剣に唸ってしまったのだった。
体に触れる手は誰のもの?
体中を撫でられて、最後に柔らかいものが唇を覆った気がした。
のは、事実だった。
すっきりと目覚めたその場所は、クラウドの知らない場所。
だが、見覚えだけはあって。でも何処で見たのか記憶にない。
ただ、手術台のような場所が、病院を彷彿させる。
問題なのは、すーすーする体と、両手足の不自由。
「ここは……」
最後に見た景色は、海上レストランの中。
そこでルーファウスからの伝言があると言われて――。
ついて行った後の記憶がない。
「目覚めたかね?」
覗きこんできた顔には、はっきりと見覚えがある。
科学部門生体科学研究の宝条。
「社長のお許しを貰って、君をこれから実験材料にするんだが……君、ルーファウス副社長と一緒に住んでいる割に何の経験もないようだね?」
卑下た笑みを浮かべて宝条が腕を動かすと、とんでもないところに感覚が走った。
「な、何!?」
驚くクラウドの声も気にせず、宝条はとんでもないところをに触手を伸ばす。
「ここがまだ綺麗など、考えられないな。ルーファウス副社長は案外と手が早いことで有名なのだがね」
「俺は、その為に一緒にいるわけじゃない!」
「そうかね? 君はそうでも、あちらは違うかもしれない。まだお子様だから、大人になるのを待っているのじゃないのかね?」
「嘘だ!」
高く響く声を何度も放っているのに、誰も来る様子がない。
手術台。
科学部門生体研究には、手術台のある実験室があると聞いている。
「俺を、どうするつもりだ?」
「ん? 実験の説明をして欲しいのかね? では説明してやろう」
宝条は云うと、クラウドに禍々しい雰囲気を放つ肉槐を見せた。
「これは現在神羅で利用実験を進めている、ジェノバという細胞だ。これにはなかなか面白い特徴があってね。相手の思うがままに思念や形態を変化させることが出来るんだ」
宝条は言うと、その肉槐をクラウドのむき出しの胸に滑らせた。
表皮にブツブツしたものがつているジェノヴァという肉槐は、クラウドに不快な感覚を与える。
「表面に触れただけでこれか……なかなか面白い」
触れられたところが粟立っていくような感覚。
そこだけ肉が液化して溶けているような気になる。
実際には泡のようなものが浮かび上がっているだけだ。
「皮膚には浸透圧があり、高濃度のものを弾き返す。で、これを粘膜に触れさせたらどうなるかな?」
宝条はクラウドの足の戒めを片方だけ解くと、高く抱え上げた。
「何をする!」
慌てて自由になった足を振り回すが、宝条の戒めは解けない。
大きく開かれた足の奥――本来は排出器官である、先程まで宝条にいじられていた場所が肉槐で押される。
「ちょっ……!」
「黙って。細胞を噛み切るなよ。これでもかなりの値打ち品だ」
ぐい、と先端が押し込まれる。
肉槐に触れた内部がゾクリと粟立ち、不快さと別の何かが同時に全身に回る。
「やっ……っ!」
押し込まれる肉槐を、肉圧で何とか押し返そうとするのに、出来ない。
宝条の渾身の力で押し込まれる肉槐は、クラウドの内部を溶かし、不可解な痛みと不快感と快感を運ぶ。
クラウドは意識せずに涙をこぼしていた。
何故自分がこんな目に合うのか、そもそもそれが判らない。
それに――。
手が早いルーファウスが、自分には手を出していない事実と衝撃。
毎日優しく起こしてくれて、額にキスを落とされるあれは、恋人を求めるというよりはどちらかというと肉親を求めるそれに近いと思う。
それが何故だかショックで。
もしも誰かとこんなことをするなら。絶対にそれが決まっているなら、こんな不可解な肉槐ではなく、ルーファウスが良かった。
ふとそんなことを考えて、クラウドは愕然とする。
今――何を思った?
瞬間、衝撃をもたらす音が響いた。
「そこまでだ、宝条!」
声と同時に、複数の気配が踏み込んでくる。
「神羅科学部門統括兼、生体科学研究所最高責任者の宝条博士。あなたを、調査部法外特殊権利適用下において拘束します」
調査部――タークス。
宝条は笑ってクラウドから離れる。
「私を拘束出来ると思っているのかね? そんなことを出来るのは、社長。もしくは副社長くらいのものだ」
「では、その副社長がお前の拘束を認めよう」
ルーファウスの声。
黒い支給制服を着たタークスの一人が、クラウドの両手両足の戒めを解いてくれる。
差し込まれた肉槐も取り除かれ、安堵すると同時に絶望やら哀しみやらがクラウドを泣かせる。
「大丈夫。泣かないで」
頭を撫でてくれた人物は、タークスの制服を着ていたけれど、やはりどこかで見覚えが。
呆然と顔を見つめるクラウドに気付いたか、柔和な顔の青年は笑うと。
「ケネスとエレノアがお世話になってます」
と言った。
「あ!」
そう、青年の顔は、エレノアに良く似ていた。
「じゃ、あなたが……」
「ケネスの妻にして、エレノアの息子のジャックです。どうぞよろしく」
ふわりと笑った顔はとても綺麗で、ケネスが欲しがる理由が良く判った。
なのに、タークス。
「副社長、このままクラウドは屋敷にお連れになりますか?」
ジャックが叫んでいる。
慌てて近寄ってきたルーファウスは、クラウドの惨状を眺め、顔を歪めた。
「すまない。私の所為だ……」
意味は判らない。捕まったのはクラウドが油断していた所為で、決してルーファウスの所為じゃない。
そうは思っているのだけど、それを告げることはクラウドには出来なかった。
ぎゅっと抱きしめられたところから、望んだ温もりが伝わってきて、口を開く前に涙が溢れた。
「こ、恐かった……」
結局言えたのはそれだけで。
クラウドが泣き止むまで、じっとルーファウスは細く小さい幼い体を抱きしめ続けていた。