ミッドガルを出て三日。
既に二日を費やした二人は、現在ゴールドソーサーにいた。
「遊んでて良いんでしょうか?」
コイン片手にスロットに興じるルーファウスの傍らで、ちょこんと椅子に腰掛けてジュースを飲んでいるクラウド。
前二日はちゃんと魔晄炉の調査をしたものの、不穏な噂の究明に至らず、順路を辿った結果、ゴールドソーサーの宿に泊まることになったのだ。
が。
「一日くらいは良いだろう。前二日は本当に調査だらけで、旅行のりょの字もなかったからな」
「そうですね……」
確かにそうだった。
ミッドガルを出ての二日間。本当に調査だけしていて、一日中仕事していたから、夜は疲れきって感想を言い合う暇もないまま眠ってしまったのだった。
この、一応は旅行に出る前、ルーファウスと約束をしたことがあった。
副社長とその秘書という間柄ではあるが、二人は一応告白まで済ませた恋人同士である。
多分に年は離れているが、それでも愛し合う二人には違いない。
なのに、だ。
日々の仕事に追いまわされて、まだ一度として、恋人同士では最も盛り上がるであろう初セックスを済ませていないのだ。
毎日一緒にベッドに入る間柄である。一緒に寝る機会があるなら、盛り上がってしてしまうのが普通なのであるが、時期が悪かった。
現在神羅では、新規プロジェクトが進行しているのだ。
ミッドガルから北方向の海上に、ミッドガルのコピー都市――水上都市――を建設し、そこに新たなる街を作ろうというのである。
その新規プロジェクトの陣頭指揮を取っているのが、ルーファウス。
本来なら開発部門が請け負う仕事ではあるのだが、その水上都市の管理全体をルーファウスが請け負い、そこに新たに作られる神羅ビルの総責任者となる為に、絶対に外せない人選であったことは否めない事実である。
となると、当然ルーファウスの仕事は増え、同時にその秘書であるクラウドの仕事も増えていた。
まずは都市の開発状況と照らし合わせて、神羅のどの部門を移転するかの会議は毎日。
同時に新規事業と業務拡大の為の人選やその他、やることは山程あり、日々が目の回る程の忙しさだったのだ。
そんな中でいたしてしまったら、殆ど行為初心者のクラウドは身体のダメージで翌日は確実に仕事は出来まい。
ルーファウスにしたら、それはそれで構わないと思っているのだが、真面目なクラウドがそれを了承するわけもなく。
なのでずっとお預け状態を食らっていたのである。
この旅行にしたって、実際には、水上都市移転に関しての目処がつかないままでは、実行にも移せないものであった。
「そろそろ部屋に戻るか……」
コインを使い切ったルーファウスが、飲みきったジュースのグラスを戻しに行ったクラウドを追いかける。
何か軽食でも、と考えているらしいクラウドが、店のメニューを眺めているのを、その手を引いてエリアを移動する。
「食べるなら、ホテルで夕食を取ろう」
「もう良いんですか?」
クラウドは先程までルーファウスのプレイしていたゲーム台を見る。
山程あったコインはもう一枚も残っていず。
「使い切った」
「あんなにあったのに?」
「途中で交換したからな」
ほら、とクラウドの手の中に落ちるのは、リング。
「これは?」
「この辺りの幸福のお守りだそうだ。素材はプラチナで、モチーフは鷲だそうだ」
中央に薄いグリーンの石。その石を囲むように鷲の羽根がリング状に広がっている。
「凄い――綺麗ですね」
「私もそう思った。お前にやろう」
「え? ありがとうございます!」
クラウドは嬉しそうに右手中指にはめようとするが。
「違うだろう?」
ルーファウスは笑ってリングとクラウドの指を取る。
恭しく取られた左手。その薬指に、リングがはめられる。
「ちょっと大きかったか?」
「中指のサイズですね」
「仕方ない。直しはミッドガルに戻ってからだ」
「中指で良いじゃないですか」
不思議そうなクラウドに、左手薬指の意味を知らないのか、とルーファウスは呟いて。
「そうだな。ならそれは中指にすれば良い」
婚約指輪には、安すぎるかもしれない。
思いなおしたルーファウスは、夕食後、きっちりと左手薬指のサイズを測り、その場でミッドガル一の彫金師に電話注文を入れた――らしい。
ゴールドソーサーのホテルは、とても――そう、とても、不気味な様相を呈している。
ゴーストホテルと名付けられたそこは、美しい音楽の代わりに悲鳴やらうめき声が。室内に作られた屋敷なので、窓の外には作られた景色が並んでいるのだが、中には墓があり、時々特殊効果だという雷まで演出される。
「嘘だと判っていても、恐いものですね」
「そうか?」
食後のコーヒーを飲みながら、ルーファウスはさらりとしたものだ。
元が現実主義で、得体の知れないものは目で見ないと信じないという性質のルーファウスにしたら、作り物は作り物に過ぎず、恐怖など感じないらしい。
しかし、クラウドの方は違った。
恐いものは恐い。
雷が鳴るごとに身を竦めるクラウドを、面白そうに笑ったルーファウスは、「なら、風呂には一人で入れないな」と言った。
「お風呂ですか……」
まだ見ていないが、こちらも凝った造りをしているのだろう。
「どうする? 一緒に入るか?」
「え? 一緒……?」
「一緒なら、恐くないだろう?」
「それは……恐くはないですけど……」
でも、恥ずかしいとは思う。
まだ一度も致したことがないので、互いの全裸というものを見たことがない。
それは、一人エッチまでは見られているのだから、クラウドの下半身ばかりは二度程見られているのだが……。
「なら、一緒に入ろう」
思い立ったが、という勢いで、コーヒーを飲み干して準備を始めるルーファウスに、クラウドは戸惑う。
凄く恥ずかしい。恥ずかしいのだけど……。
でも、一緒にお風呂は入ってみたい。
軍役についていた頃は、大浴場に皆で入っていた。
みんなが家族みたいなつながりで、勿論、上下関係は厳しかったが、背中を洗ってあげたり洗われたり楽しいことが色々あった。
「ほら」
と促されるのに頷いて、クラウドも着替えの用意をしてルーファウスの後に続く。
入ってみた風呂場は、酷く広く見事で、でもやっぱりホラー感覚な装飾も外していなかった。
窓にかけられたカーテンはギザギザ。風呂桶には所々血のり。
人の手型の蛇口にシャワーヘッド。
各種ソープのボトルの中は全て赤い液体。
「まるで吸血鬼だな」
半ば呆れ気味のルーファウス」
「え? 吸血鬼って……」
「夜な夜な処女の血を吸うといわれる、伝説だかの生き物だ」
湯船に湯を溜めながらルーファウスは説明する。
因みに、湯船に溜まっていくお湯も、赤い色をしている。しかも、なんだか粘度が高いような……?
「本当にいるんですか?」
「いや。実際には、猟奇的殺人の実物モデルを、それ風にアレンジして小説化されたものだ」
「猟奇的殺人……ですか?」
「そう。人の血には生命活動を活発にする何かがある、と、昔の愚かな人物は考えたようだ。実際にどの程度効果があるのか知らないが、この吸血鬼のモデルになった女性は、血液の風呂が美容を保つ秘訣だとし、若い女性達を攫ってはその生き血を抜き、風呂にして入ったそうだ」
「そんな……」
クラウドは思わず溜まっていく赤い湯を見る。
「この湯は血じゃない」
「そうなんですか?」
「ああ……ほら」
湯を指先に救い、クラウドの口元に運ぶ。
「え?」
「舐めてみろ」
「えっと……」
大丈夫かな、と思いながらクラウドはペロリと舐めてみる。
「甘い……?」
「ゼリー風呂だ。甘味は砂糖じゃないらしいが……」
「ゼリー風呂……?」
「説明にあっただろう? シャワーは普通の湯。風呂はゼリー湯。どちらも体内に摂取しても問題ありません」
「本当ですか?」
「ああ」
湯船の八部まで埋まったバスに、先にルーファウスが浸かる。
「結構粘度が高いな」
「ゼリーですから」
「クラウドも入れば良い」
「でも……狭くないですか?」
「私の膝の上に座ると良い」
ルーファウスは嬉しそうに手を差し伸べてくる。
クラウドは仕方なく、ルーファウスの腰を跨いで向かい合わせに膝の上に腰掛けた。