ある時、ラグナがガーデンを尋ねてきて、こう言った。
「どうしたら、俺のものになる?」
「は?」
「だから! どうしたら俺のものになる?」
スコールは不審をあらわに眉根に濃い皺を寄せると「あんた、一体、何言ってる?」と非常に冷たい――ラグナの体温が一気に下がるような声で、言った。
「何って、言葉通りだろうがよ」
「あんたの言うことは、時々酷く意味が判らない」
とは言っても、言ってることの殆どは、そのテンション故に突っ走り、何もかもが理解不能な場合が多い。だから何時もはキロスが通訳さながら傍に居る。
だが、今はいなかった。
「物事は順序立てて、用件をメインに、相手も理解出来るように伝えるものだ」
「ま、そーだな」
納得したらしい。
では、ともう一度聞く体制を整えると、スコールはラグナの、年の割には若若しい上、年齢が乗って凄みを増した整った顔を見やる。
本当、無駄に良い男だと思う。馬鹿なのに。
ラグナはいまだに、実の息子を捕まえては”妖精さん”と呼ぶ。
恥ずかしいから絶対に人前では言うな、と言い、それに納得したように頷いたのに、エスタを訪れる度に補佐官共がわんさかいる中で”妖精さん”呼ばわりをする。
まったく忌々しい限りだ。
そして今、更にスコールを苛立たせている男――ラグナ。
「手っ取り早く言うとな」
「ああ……」
「お前――女になれ」
「はい?」
スコールは耳を疑った。
この世に生を受けて十七年。
女の腐ったみたいな奴――といかにサイファーに馬鹿にされようが、ついてるものはついている、男真っ盛りの青年――スコール。
何が悲しくて女になど……。
「科学が行き過ぎて、エスタのマッドが開発したのが、これだ」
「これは?」
「性転換薬」
「………………」
確かに、世の中には好き好んで女になりたい男もいることだろう。
勿論その思考を否定するつもりも、存在を疎ましく思うつもりもない。
スコール自身、自分が酷く世間から規格外扱いされている自覚がある。だからこそ、多少通常から外れれた人間がいることは許容出来るし、むしろその方が人間は楽しそうで良いと思うのだ。
己を知る者は、人生を楽しむことを知っている。
これは、長く魔女を倒す為に方々を旅した結果得た、持論だ。
だが、多少変わっているスコールには、残念ながら女性変身願望はない。
「冗談だろ?」
「いーや。それに、お前が女になってくれると便利なんだよ」
「何が?」
「いや、一応大統領だろ?」
「……あんたがな」
「そう! で、大統領にはやっぱり奥方が必要だってことでな」
スコールはコメカミを行き交う血流が、血管を破りそうになるのを感じた。
「……俺はあんたの息子だ」
「まぁ、対外的にはな」
「事実だ!」
切れちゃいかん。
スコールは必死に己をなだめる。
思い切り、遠い昔に忘れた高等教育の数式まで思い出してしまったくらいだ。
「血の繋がりくらい、どうにでもなるだろ? この薬は遺伝子も操作するからさ。飲んで女になって、俺の子供生んでくれよー」
自分こそが子供のように、唇を尖らせて拗ねるラグナに、スコールは――切れた。
「おとといきやがれ! 何が子供だ! てめーが子供になれ! むしろもう二度と俺の前に姿を見せるな、この外道!!!!!!」
ぜいぜいぜい。
肩で息をしながらラグナを睨むスコールを、ラグナは面白そうに見上げた。
「で、返事は?」
「い・や・だ!!!!!!」
あくまで抵抗するスコールに。
「さすがに息子相手は悪いか」
呟きながらラグナは手元の薬を弄ぶ。
「ところで、俺、客なんだけど? お茶とかないわけ?」
客も何も、招かれざる客だと言うのに、厚顔無恥にも茶を所望するラグナに、スコールは真っ赤な顔をして茶器に向かう。
勿論、怒りの為に赤くなっているわけであり、別にラグナ相手に恥ずかしがって――とか、そういう色っぽい意味ではない。
陶器製のそれらを、叩き割らんがばかり勢いで扱うスコールを横目に、ラグナはこっそりと薬の蓋を開け、スコールの仕事机の上に乗っているコーヒーカップの中に数滴たらす。
「後は仕上げを……」
笑うラグナの視界の端。
スコールがやっと入ったお茶をラグナに投げつけた。