もしも本当に神というものがこの世に存在するなら、何故、生まれる人間の間に、差を与えるのだろうか?
幸福を得る者、不幸を得る者。
彼らの差は、一体何なのだろうか?
世界を救う為に命すらかけた人間に対し、これではむごすぎる――とキロスは思った。
震える手で持つメモは、ガーデンからの知らせ。
三ヶ月前に去ったスコールの体調に関しての……。
ガーデン側責任者に頼んで、以後もスコールの様子だけは極秘で知らせてくれるように。いざというときに責任が取れるように……とそう頼み、定期的に送られてくるその知らせから、スコールが漸く以前の日常に戻れたことを知って喜んだ矢先の出来事だった。
キロスは向っていた大統領執務室に入り、ラグナを前にする。
「知らせたいことがある……」
低く呻くような声に、数ヶ月ですっかり面変わりしたラグナは、鋭い視線でキロスを見る。
花嫁を寸前でさらわれたラグナは、あれから何度もガーデンにアクセスし、スコールを取り戻そうとしていたが、ガーデン側に全力で阻止されていた。
ガーデンは規模は小さいが、さすがに軍事要塞でもある。容易に攻略が出来ないからこそ、スコールを隠すのには格好の場所だったし、そもそもあそこがスコールの居場所だったのだ。
仲間達はスコールの存在を何より大切にしていたし、だからスコールを守るのに全力を尽くしただろう。
当然、ラグナが例え大統領でも、取り戻すには至らなかったのだ。
だが……。
「スコール君が妊娠したようだよ」
運命はあくまでラグナに祝福を与えるらしい。
「確実に、君の子だ……」
殺伐の雰囲気を纏っていたラグナの空気が、途端に柔らかくなる。
驚きに見開かれた目とは反して、表情は喜びに満ち溢れていた。
「俺の……子……」
「そうだ。君の子だ」
既にスコールの父であるラグナは、しかし短くはない人生で始めて、自分の子供の発生を知らされた。
レインがスコールを身ごもった時は、ラグナにその知らせが届くことはなかった。
それを知っていたエルオーネはエスタに捉えられ、ラグナ本人は世界を放浪していたからだ。
人生で初めての喜びの瞬間。
だが、キロスは表情を厳しく歪めた。
ラグナは、一度としてスコールの誕生を喜んだことはない。知らなかったのだから当然とは言え、出会ったその時も、ラグナは困惑し歓喜し罪悪感に揺れてはいたが、その誕生を喜ぶはことはしなかったのだ。
なのに今はどうだ?
自分の――本来なら息子で妊娠するはずもない――子に、さらに自分の子を孕ませ、その未来の誕生を喜ぼうとしている。
もしもその様子をスコールが見たら、どう思うのだろうか?
音を立てて仕事机から立ち上がるラグナを、キロスは止めた。
「君は行くな」
「なんで!? 俺の子だ!」
「スコール君だって、そうだろう!?」
「違う!」
ラグナは叫んだ。
「何?」
思いも寄らない答えに、キロスは呆然とする。
「どういう……ことだ? スコール君は確かに君の……」
「生まれてから十年以上会ったことのないのに、自分の子供だと思えるか!」
確かにそうだ。生まれた瞬間にも立ち会えなかった上、初めて会った時には既に青年の姿になっていた息子を、自分の子と認識するのには難しいかもしれない。
だが、確かにスコールはラグナの子なのだ。
「なら、何故? スコール君を女性にし、尚且つ自分の元におきたいと望んだ? 息子だったからじゃないのか!?」
「違う! 息子だったからじゃない! 口で息子だなんだ言ってたって、一度だってそんなことを思ったことはない! 愛したからだ。一人の人間として、スコールが欲しかった。けどあいつは俺のことが嫌いで、だから……」
キロスは呆然を通り越して、ぽかんとしてしまった。
「……冗談、だろう?」
「本気だ」
「本気で……まさか、一目惚れ……???」
ラグナはさっと頬を赤らめると、仏頂面になり、頷いた。
「仕方ないだろ? 感情は自分じゃ動かせねぇんだし……でも絶対に欲しかったから……」
女にして、子供を作り、逃げられないようにして?
「馬鹿……じゃないか?」
思わず呟いたキロスに罪はない。
「馬鹿で悪かったな! 他に方法思いつかなかったんだから、仕方ねぇだろ!」
「いやしかし……君、その気持ちをスコール君にちゃんと伝えたのか?」
「あ?」
「だから、愛してるんだと、そう伝えたのか?」
「え……?」
ラグナは呆然とキロスを眺める。
記憶にない――とそういうことだろうか?
いや、そうなのだろう。首を捻って記憶を引っ掻き回しているように見えるのが、その証拠だ。
即ち、ラグナは思い通りにスコールが側にいる状況が自分にとって余りにも幸せだったものだから、スコールに対して自分の気持ちをアピールするのを、思い切り忘れた――ということなのだろう。
反対にスコールは、ラグナに陥れられ女にされた上、ラグナの計画上である子作り計画が必要以上にねちこく、渋々結婚を受諾はしたものの、何故自分がその状況に追いやられたのかまるで判らず、しかもラグナの本心がどこにあるのかも判らなかった為に、気持ちの上でのストレスを溜めていったと……。
「……一番大切な部分をすっ飛ばして、どうする……?」
「え? いや……言ったつもりだったような? ないような?」
「確実にないだろう? さっさとガーデンに連絡を取りたまえよ……」
「お、おう……」
いそいそと通信機に向うラグナの背を見て、本当に馬鹿な奴だと、キロスは思う。
きっと、言って拒絶されたら怖かった――とか、そういうところなのだろうが……。
結婚が決まって尚、一番大切な一言を告げない男というのは、どういうものなのだろうか?
「あ、ども……エスタの大統領の……あっ!」
せっかく繋がった通信が、途中で切られたらしい。
当然だろう。ガーデンにとっても大切なスコールを散々コケにしたのだから。
キロスは溜息を吐き、事情を説明すべき自分が通信機に向った――が、ふと見やった窓の外に、笑みを浮かべて通信を止めた。
「覚悟しておきたまえよ」
にべもない通信遮断に呆然としているラグナに囁き、大統領執務室を後にする。
恐らく、今度こそ本当に行われるだろう結婚式を脳裏に描き、一度はキャンセルしてしまった準備を再開しなくてはならないだろう。今度こそ、幸福な新婚夫婦を迎える為に。
遠く背後でしたドアの壊れた音と、その後に響いた良く通る声。
「妊娠したぞ? 責任、とってくれるんだろうな?」
おどろおどろしいその声に、キロスは笑った。
数週間後。エスタ大統領の盛大な結婚式が行われた。
新郎の隣に立つ新婦は、その派手派手しいドレスがどうにも気に入らないらしく仏頂面をしていたが、年の離れた夫を一応は愛しているらしく、最後には笑顔で式を閉じた。
ガーデンからも多数の出席者が現れ、中でも学園長が笑顔でラグナを脅していたのが印象的だった。
この分だと、共働きの別居夫婦になりそうだ。
そして来年、新たなる年に、二人の子供が生まれる。
今度こそ、両親に見守れて育つ、幸福の子供が――。