「だから、どうして俺が呼び戻されるんだ……」
溜息をついてスコールは、不幸にも目の前に居てしまったゼルを見やる。
「いや、どうして、って言われても……」
理由を何度問われても、答えは一つしかありはしないのだ。
要するに、学園長がスコールをエスタから引き離そうとしているから。これのみ、である。
「嫁入りして半年にもならないのに、エスタで過ごした日数正味一年とちょっと。息子の子育ても終わってないのに……俺は……」
一人称が俺であるのに、息子の子育てと言われて、ゼルは不可解な気持ちになる。
目の前に立つ――顔だけはやたら綺麗に整った――元、男であり、現在の女性は、既に夫持ちで子持ち。しかも遠くエスタの大統領夫人である。
大統領夫人ともなれば、それなりに忙しい毎日を送るのだろうことが想像に易いのだが、目の前のその大統領夫人はなおかつSeeDの統括責任者などという身分まで持ち合わせ、本当に忙しい人物である。
もちろん、スコールがエスタに戻っている時は、実質責任者をSeeDの教育媒体であるガーデンの学園長シドがその代わりをするのであるが、元々スコールの結婚に良い顔をしていないシドである。事あるごとにエスタで過ごすスコールを呼び戻しているのである。
スコールもとんだ災難をしょい込んだものだ。
「それで? 今回はどうして俺が呼び戻されたんだ?」
「あ、ああ……」
嘆く人妻を他人事のように眺めていたゼルは、やっと仕事の話にはいったスコールに頷くと、先程厭味ったらしく統括秘書が持ってきたファイルを差し出した。
「ここ最近世界中を荒らしまわっている盗賊について、なんだけどな」
「それは、一般治安維持系団体の管轄だろう?」
それこそ国家単位で持っている警察や軍隊が動くべき仕事である。
「ところが、だ。この盗賊、世界をまたにかけて活動しているらしい。国家単位で扱えないから、SeeDに依頼がきたってことらしい」
「国際的な盗賊? 随分とバラエティに富んでいるんだな?」
スコールは妙なところに感心する。
当然だろう。
世界全国をまたにかけるとなれば、各国使っている言語だとてそれなりに違う。SeeDのようにあらゆる国家を相手に仕事をすることを前提にした団体ならば、各種言語をそれなりに学ぶのだが、盗賊となれば話は別だ。
「盗まれるものも多種多様。広場で遊んでた女の子のキャンディから、国家軍組織の武器庫の弾薬まで」
「それは……」
「何が目的なのかいまいち掴めない上に、神出鬼没とも言える活動状況に、正直お手上げな状態だな」
「……神出鬼没?」
「一所で活動しているわけじゃないみたいなんだ。バラムで目撃情報があったと思ったら同日にトラビアでも目撃情報があったりな」
「……大型の組織のようだな」
「っつーことで、SeeDの管轄なわけだ」
「成程……」
これは呼び戻されるのも道理かもしれない。
スコールは思いながらファイルを開いた。
ゼルの説明通り、被害状況から目的が知れない。さらに目撃情報も同時期に各国に散っていて、拠点も特定出来ない。
「まずは二部隊送る。セルフィの情報部隊とアーヴァインの連絡部隊。この二部隊で情報の確定を急いでくれ。同時にゼルは特殊部隊を三部隊選出して待機。この特殊部隊の総隊長をキスティスに任せる」
「了解!」
「情報部隊はトラビアから北回りで。連絡部隊はバラム周辺で情報部隊からの連絡待ち。情報が入り次第、待機中の特殊部隊に動いてもらう。詳細は通信機で」
「スコールはどうする?」
「俺は……」
スコールは至極嫌そうに自分のデスクを見る。
何故だろう? 確か一週間前にエスタに帰る際には完璧に綺麗にしていったそこに、書類が山と積まれている。まだ確認はしていないが、この中には急ぎがふんだんに含まれているだろうことが予想される。
「だな……」
言わなくても言いたいことは理解したのだろう。ゼルは頷いて「じゃ、特殊部隊待機に入ります!」と敬礼し、スコールの執務室を去って行った。
モニターの向こう側で、酷く拗ねた男が、うんざりする程にうざったいうめき声を上げている。
書類をフルスピードで片づけながら、スコールはそれを聞かされ、正直滅入っていた。
「だから、俺の所為じゃないと……」
「それは判ってるんだけどよぉ……」
判っていたら、少なくともこんな風に愚痴らないだろう? と口に出して言えたら楽なのに。とスコール。
そのうざったい男の後ろでは、元気な息子が笑顔で手を振っていた。
遠く「ままぁ、がんばってぇ!」と激励されるのに、夫より息子の方が余程理解がある、と思ってしまう悲しい妻。
「で? 今日は何の用で連絡入れてきた?」
しかも超高性能モニター通信でもって。
このモニターを使った通信は、エネルギー消費が並でないので、あまり使用を推奨されていない。
ただでさえ、このところのエスタの技術開発は並みでなく高度で、世界単位でのエネルギー消費量が前年の二倍以上に膨れ上がっているのだ。
今現在、世界に関わる問題として上げられているのが、エネルギー消費による環境問題である。
「おお。そうだった。今日は珍しく仕事の話だ」
自分で珍しいと言ってしまっている時点で、もう終わっているような気がしないでもないスコール。
「どんな?」
「そっちにも情報は言ってるんじゃねーか? 盗賊団のことだ」
「盗賊団……というと、世界をまたにかけるとかなんとか、あのバラエティに富んだ盗賊か?」
「いや……そこまでは判らないけどよ……」
大体盗賊にバラエティに富むって形容詞使うか? と背後のキロスに話しかけているラグナ。
「それで、その盗賊団がどうした? とうとうエスタでも目撃情報があったのか?」
「いや。脅迫状がきた」
「は?」
思わず仕事の手が止まるスコール。見開いた目でモニターのラグナを見ると、何時になく真剣なラグナの表情があって、更に驚く。
「……脅迫状の内容は?」
これはただごとではない、と慎重にといかければ、ラグナから返ったのは意外な一言で。
「エスタの中心地に建てた電波塔覚えてるか?」
「ああ。電波通信が復活した後にテレビ放送をしようって建てたやつだろう?」
現状、電波通信が復活したとしても、モニター起動でエネルギー消費量が跳ね上がることが判った為、使われることは少ないが。
「その電波塔を、閉鎖しろってさ」
「電波塔を? 何か意味があるのか?」
問えば、ラグナは非常に困ったような顔になった。
どうやら大統領夫人であっても、殆どエスタにいないことがアダとなり、自国のはずの情報に疎かったらしい。
「……去年……か? お前の出産直前のことだったと思うんだが……その時に電波塔にエネルギー発生装置を組み込んだんだ。覚えて……ないよな?」
「ないな」
「そのエネルギー発生装置が正常に稼働すれば、現状のエネルギー不足を補って余る程の電力を得られる予定だった」
エスタの技術はその電力なくしては無用の長物だ。役に立たない技術を保有する程エスタはのんきではない為、もちろんエネルギー源についての開発も進められていた。
現状、エネルギー問題を解決出来るのはエスタの研究のみという状態で、だからエスタの技術者達は最優先でそのエネルギー源の研究を進めているのであるが……。
「その発生装置は、何か問題があったのか?」
「ありすぎて使えなかったんだよ。だから置きっぱなしになってるんだ」
「どんな問題なんだ?」
「摩擦から電力を生み出す装置で、基本はこれまで使っていた発電状況と同じだ。だが、より多くのエネルギーを生み出そうとした結果、摩擦を起こすだけでなく酸素まで分解しちまう」
それでは人は生きていけない。よって、その装置そのものが凍結されたままで放置されているのである。
「……で?」
「ん?」
「脅迫なんだから、それだけじゃないんだろう?」
「んー。まぁな」
「その電波塔を閉鎖しなければ、どうするって?」
「…………」
モニターの向こうが沈黙する。
余程無理難題を押し付けれそうか? と懸念したスコールに、しばらくの後に答えたのは、ラグナではなくキロス。
「……スコール君の命をもらうと……」
「は?」
「大統領婦人の命は保証しない、ってよ」
すなわち、スコールの命、であった。