大好きなあなたと、その後の自分
ある日の朝のことだった。
そろそろ始業する大学のことを考え、少しばかり服を新調したいから買い物に行く、と言った啓太に、中嶋が付いてくると言い出した。
「別に、一人で行けますよ?」
マンション回りの立地は覚えたし、服を買うのに都合の良い店も見つけてある。
そう言えば、中嶋は首を振った。
「俺も買い物がある。どうせついでだ、車を出そう」
「そうなんですか?」
「それに、車の方が良いと言うのに決まっている」
「はい?」
啓太は小首を傾げて、食後の情報収集タイムを過ごす中嶋を眺める。
コーヒーを飲みながら新聞を見ている中嶋の姿は、朝日に照らされ格好が良い。
思わず見惚れながらも時間を無駄にすることは出来ず、啓太は朝食の残骸を片付け始めた。
同棲生活が始まって既に四日。まだまだ料理にだけは慣れないが、その他の家事については中嶋の協力もあり、おおむね上手くいくようになった。
これなら、大学が始まってもやっていけるだろう。
水を無駄にしないようにシンクに溜めながら、啓太は手際よく食器を洗い始める。
行動がトロいように見える啓太であったが、実はそれ程でもない。のんびりしている性格が、行動をもそう見せているだけで、実際にはかなり要領は良い方だ。
水を溜める一方で、洗剤をつけたスポンジで皿などを擦り、溜まりかけの水の中に落としていく。
こうしておくと、後が楽なのである。
初春の季節に水はまだ冷たかったが、お湯を使う程でもない。
啓太はちゃっちゃと食器を洗うと、シンクの水を抜きその抜きかけの水で台布巾を湿らせた。
少し泡のついた布巾を硬く絞り、テーブルを拭く。
その後で乾拭きをすれば、朝の一仕事は終わりである。
テーブルを拭きながら啓太「今日はどっちにします?」と中嶋に問いかける。
「掃除機」
「じゃ、お願いしますね」
言うと、中嶋は新聞を畳み、新聞入れの中に。
これは啓太が考案したもので、新聞回収日にそのまま出せる優れものである。
中嶋は掃除機を物置から取り出しながら、辺りを眺めて感心する。
一人でこの部屋に住んでいた期間はそれ程長い間ではなかったが、それでも啓太が来て今までよりは余程長かった。
なのにその短期間で、驚く程に様変わりした部屋。
自分では考えもしなかった新聞入れに、洗面所の汚れ物入れ。布巾なんて必要だとは思いもしなかったから、タオル三本ある布巾掛けにはタオルしか掛かっていなかったのが、啓太が来てから三本ともに布巾が掛けられるよになった。
食器を拭く用と台布巾、それから予備の洗い立ての布巾。
キッチンのゴミ箱も分別用のものに変わり、燃えるゴミ、燃えないゴミ、還元ゴミに分けられている。
上げればキリがない変化は、まだところどころに至り、きっと中嶋も把握していないところも変わっているのだろう。
だが、一番変わったのは、自分の味覚だろうか。
料理があまり得意ではない啓太は、なのにずっと料理を担当してくれている。中嶋が忙しくしているからなのだろうが……。
初日はタマゴ焼きにも失敗した啓太は、その日の内にインターネットで料理のページを検索し、以後はそれを元に料理に挑んでいた。
なのだが、恐らく啓太本人の味覚が鋭い所為で、総じて料理は薄味。
最初は物足りなく思っていたそれも、次第に中嶋の舌に馴染んできた。
あれだけ濃い味を好んでいた中嶋が、だ。
ゆっくりと啓太が侵食してくる不思議。でも、悪くはない。
今もちょこちょこ視線の端を動き回っている啓太の姿は、一人で過ごしていた時とは違った充足感を中嶋に与えてくれて、生活が楽しいのだ。
「啓太」
呼べば、洗濯物を沢山詰め込んだ籠を持って啓太が振り向いた。
「お前、スカートははかないのか?」
「はい? スカートですか?」
啓太は困った顔をする。
これまで一度も、啓太は自分からスカートというものをはいたことがない。元男だったことが、その形状に嫌悪感を抱かせるのか、端に肌を露出する頻度の高くなるそれを恥ずかしく思っているだけなのかは判らないが……。
「やっぱりはくべきですか?」
「いや……別に服装はどうでも良いと思うが……」
はいたら可愛いのではないだろうか? ふいにそう思ってしまった。
啓太の外見なんて、どうでも良いと思っていた自分が、だ。
「……その内……機会があったら」
啓太はやはり困ったように笑うと、そそくさとベランダに去ってしまった。
ガラス窓の向こう、風にゆられて啓太が洗濯物を干している。
不器用そうに見えて、実は手際が酷く良い。長男だからだろう。
不思議なもので兄弟の一番上は、何をするのも器用にこなせるように出来ている。それはきっと、下に生まれる者の面倒を見る為のものなのだろうが……。
それが今、中嶋の為に使われている。
考えながらも掃除機を掛け終えた中嶋は、ベランダに出ると、最後の一つを干している啓太の腰を抱き寄せた。
「なんですか?」
笑いながら啓太が振り向く。
その頬に、唇で触れて「したい」と率直に言ってみる。
想像した通り触れたばかりの頬が赤く染まった。
「だ、駄目ですよ。今日はこれから買い物に行くんですから」
「後で良いだろう?」
「だけど、でも……っ」
何とか状況を変えようと懸命になる啓太の、うるさい口を塞ぐ。
最初は触れるだけ。次第に深くなる口付けに、啓太の強張っていた力が抜ける。
もう体は中嶋に慣れている。そういう風に、中嶋が仕込んだ。
かくん、と落ちた体を抱き上げると、小さな声が「一回だけ……」と囁いた。
日の当たる寝室のカーテンを閉めて、薄明かりの中で素肌を重ね合わせる。
最初にしたときとは違う、柔らかな感触が中嶋の体をやんわりと受け止め、細い腕が首に回された。
「本当に一回だけですよ?」
念を押すように言う啓太に笑いで答え、早く言葉を喘ぎに変えるべくその肌にむしゃぶりついた。
我ながら、自制がきかないと思う。
男女取り混ぜて関係は多かった。なのに、ここまで余裕がなくなるのは、啓太の体だけだ。
男であった時も、女になった今も。
微かな吐息にさえ正気を乱され、中嶋は文字通り余裕なく、啓太の全身に愛撫を送る。
少し手荒な動作でも、啓太は感じて悶える。
合っている――のだと思う。体の相性が……。
啓太の手が伸び、中嶋の肩を掴んだ。
「中嶋……さん」
吐息交じりの呼び声に、誘われるように触手を秘所に伸ばした。
熱を放ったそこが、中嶋を待ちわびているように蠢いていた。
しとどに濡れたそこに、つるりと指を滑らせ、そのまま奥へ。
「……あ……」
ぴくんと小さく跳ねた体を愛しく思いながら、潜めた指で中嶋の指に絡む肉を掻き分ける。
濡れた音とさせながら、動きに答えるように顫動する奥壁と、魅惑的な体。
直ぐにでも押し入れてしまいたい欲望に駆られる。
一回では済まないかもしれない。
触れる指を増やし、少し荒く出し入れさせた後、数度抱き合った時に知った、啓太の良いところを強く押す。
「いっ……あ、あぁ……」
ビクビクと痙攣した体と同様に、中嶋の指への締め付けもきつくなった。
どろりと大量の愛液が放出だれ、指の動きも更に滑らかになる。
中嶋は指を引き抜くと、既に昂ぶって先走りを滲ませている己を、啓太の入り口に。
直ぐに押し込むことはせず、入り口を数度その先端で擦り、もどかしさを覚えた啓太が淫らに身をくねらせるのを見てから、最初はゆっくりと。
男の身とは違い、どんな凶刃でもすんなりと飲みこめてしまう肉に歓喜しながら、中嶋は包まれていく自身を心地よく思った。
一点で繋がる下肢を少しだけ前傾させ、啓太の前壁を意識してこするように挿入角度を変える。
そこの終点近くに啓太の良いところがある。
「ひ……ぁ…っや……」
呼吸もままならぬように、小さい悲鳴を上げる啓太を、その顔を見下ろしながら責める。
強い反応を返すその場所を、奥まで到達しないまま数度責めて、その度に声を上げるのに楽しんだ。
「や……も、おかしくっ……なる」
懇願する声が、中嶋の戯れを責める。
辛いのだろう、荒い呼吸が時々止まる。
「判った……」
中嶋も掠れた声で答え、戯れをやめ、今度は啓太の望むまま、強い腰をスライドさせた。
ぐいぐいと押し込まれる肉に、啓太は歓喜に震え自身も反応を強く返す。
中嶋は一杯に開かれた啓太の入り口のその近く、つぷりと膨らんだ核に指を絡め、同時に擦り上げた。
「あっ……や…だ……だめっ!」
数度の責めで、啓太の体が硬直した。
中嶋を受け入れている場所もきつく締め上げられ――。
ぜいぜいと余韻に喘ぐ啓太を、中嶋は抱きしめた。
本日も思い切り中出しし、子造りに余念のない中嶋に、啓太は呆れて声も出ない。
「本当に……責任、取ってくれるんですよね?」
思わず不安になり尋ねると、中嶋はらしくもなく満面の笑顔を浮かべ。
「当然だろう?」
と言いながら、まだ抜かれていないそれで、啓太を鳴かせ始めた。
「一回って……言ったのに……」
抗議は無駄だ、と啓太が思い知るのは、夕方に車で買い物に出かけてから。
腰の辺りが重くて、車が便利だなぁと感じていた時。
「だから言っただろう?」
と言われて首を捻ると、ニヤリ笑いが返ってきた。
「朝食の時に、『車の方が良いと言うのに決まっている』と言っておいたじゃないか」
と――。
啓太は唖然として、その時の言葉の意味を知った。
最初から予定通りだったのだ。中嶋の。
「……俺、何か間違ってない?」
思わず呟いてしまった啓太に、薄く笑って中嶋。
「全て予定通りだ」
「そうですか……」
言っても無駄だ。
いや、最初から判ってはいたのだが……。出来るならもう少し、啓太の予定も考慮に入れて欲しいと思うのは、わがままなのだろうか?
何にせよ、これからも中嶋の予定通りに行くのだろうことは間違いなく。
何時か絶対、反乱してやるんだ。
思った啓太だったが、やってきた店で中嶋が嬉しそうに選んだスカートを見て、がっくりと肩を落としたのだった。
2007.06.02
女体化10題