着替え
「おい、起きろ!」
の一言で、啓太はたたき起こされた。
いや、本当にたたき起こされたのである。何しろ言葉と同時にパンチも飛んできたので。
「い、痛い……」
啓太は決して寝起きが悪いわけではない。これまでだって、中嶋の声だけで起きていたという実績があるくらい、どちらかと言うと、寝起きは良い方だった。
なのに何故だろう? 最近言葉だけではなく、パンチや平手や○○や××が加わっているのは?
「あの……中嶋さん?」
「なんだ?」
「俺、別に殴られなくても、起きられますけど……?」
「いや、俺がそうしたいだけだ。気にするな」
気にします! つーか、痛いんです!
とは、啓太は口にはしない。口答え一つで、それがどのような形になって倍返しされるか判らないからだ。
啓太は仕方なくベッドを降りると、着替えの為にクローゼットの前に。
何時ものごとく背後から凝視されている気配を感じながら、もう既になれてしまった下着の装着から、始めるのであった。
「それで、こんなに早くに、何か用ですか?」
視姦がごとく緊張感の中で着替えを終えた啓太は、まるで自分のものだとでも言うように啓太のベッドにふんぞり返っている中嶋の前に立つ。
引き寄せられるままにその隣に腰掛けさせられた後で、そう尋ねた。
「用といえば用か?」
「あの……?」
「とりあえず、これに着替えろ」
「…………は?」
差し出されたのは、巨大紙袋。街で良く女の子達が肩にかけているのを見る。
着替えろ、と言われたからには、中は洋服に違いなく。
しかし……。
「なんでさっき着替える前に言ってくれないんですか!」
着替えたばっかりなのである。二度手間ではないか。
「俺の前で脱ぐんだ。回数が多い方が良いのに決まっているだろう?」
ニヤリと中嶋。
何故だろう? 啓太の体が女性化してから、クールでスマートだったはずの中嶋が、オヤジ化しているような気がする。
啓太は脱力しそうになる体に何とか気力を込め、これだけは言っておかなければとばかりに勢い込んだ。
「あのですね! 中嶋さんが脱げって言うなら、俺はいくらだって脱ぎます。でもですね? 着替えを二度も三度もするのは、好きじゃありません。どうせ一度で済むものを、二度も三度もするなんて、時間の無駄じゃありませんか!!」
「そうか」
「そうです!」
「じゃ、脱げ」
かちーん。
啓太は凍りついた。
「――は?」
「俺が脱げと言えば脱ぐんだろう? なら、脱げ」
ニヤニヤと笑う中嶋の、何気に楽しそうな顔。
「あのですね……」
「どうした? 俺が言えば脱ぐんだろう?」
「それは……」
いや、確かに。それが中嶋の本当の望みなら、かなえないこともない。
中嶋相手に今更隠すものでもないし。既に最終工程までいたしている仲であるのだから。
だが、着替えろと言った、その舌の根も乾かないうちに「脱げ」?
一貫性のない言い分に、啓太は困惑する。
「あの……着替えるんですよね?」
「脱いでからで良い。全部脱いで、俺に見せろ」
そりゃ、脱いでみせるのもやぶさかではないのだ。
だが……。
「着替えろって言いましたよね?」
「言ったな」
「それって、着替えてどこかに出かけるつもりだった――とかってことでは?」
中嶋は微かに目を見開くと、次に目を細め、啓太を眺めた。
「なかなか着眼点が良いぞ?」
「いや、そこで褒められても……」
全然嬉しくない。
「午後に迎えがくる。俺の実家に向かう」
「は? 中嶋さんのご実家?」
「先日父親に、結婚相手を見つけたと報告したんだが、相手を連れて来いと命令されてな。一応名のある病院の院長だからか? 相手を見ておきたいんだろう」
「はぁ? 中嶋さんのお父さんに会うんですか? 俺が?」
「母親と姉も待っている」
「………………」
それって、いわゆる結婚を前提に、とか、そういうことなのか!?
啓太は混乱する。
「ちょ、ちょっと待ってください。俺、男ですよ?」
「どの辺が?」
「………………」
そう、啓太は今、自覚ある女だ。体も心も。
しかしながら、実際には男で、当然のように男として戸籍に登録されているわけで。
いかに今、体が女であろうとも、実際には男であるべきなのだ。
それに。
「俺、男に戻りたいんですけど」
「無駄な努力は徒労だな」
「って、ずっと女のままですか!」
中嶋はきっぱりと「当然だろう」と言い切る。
啓太は「わっ」と泣き伏すと。
「俺の人生を返してください!!」
叫んだ。
「馬鹿だな。お前の人生は、俺と出会った瞬間から、俺のものだ」
「う……」
何という傲慢。何という我侭。
啓太はさめざめと涙を零した。
何というか――悪魔に魅入られたら、こんな感じなのかもしれない――と。
だがしかし、このまま流されるわけにはいかなかった。
それは中嶋のことは好きだし、本当にこのまま成す術もなく女性体のままだったなら、結婚だって何だって考えても良い。
だが、まだ可能性はあるはずなのだ。男に戻る、微かな可能性が。
「中嶋さん、俺!」
やっぱり自分の気持ちははっきりと告げておくべきだ。
と身を起こした啓太は、何故か次の瞬間。中嶋の腕の中に捉えられていた。
しかも、両手を巻き込むように腕に縛られた為、抵抗も出来ない。
「あれ?」
一体何が起こったのか、瞬時には理解出来なかった啓太は不思議そうに首を捻り――。
しかし、その一瞬後には、せめて何がしかの抵抗をするべきだった、と激しい後悔に駆られた。
ブチブチブチ、と嫌な音が響いたと思いきや、さらにブチリと妙な音がしたと同時に、体正面がすーすーと涼しくなる。
見なくても判る。服を破られた上、下着を――ブラを引きちぎられたのだ。
「ちょ、中嶋さんっ!」
そのブラ、高かった――と考えてしまう辺り、啓太の思考が庶民というべきか、既に女の子になりきっているという言うべきか。
しかしそんな暢気なことを考えている暇など、啓太にはないのである。
やはり腕が巻き込まれたまま全面に回された中嶋の手が、両端から啓太の胸を掬うように揉み上げる。
乳首を巻き込んでのその動きは、ダイレクトに啓太に、快感の始まりを与えてしまい――。
――感じやすい。
男の身であった時に中嶋に下された評価は、女の身になってからは更に一歩進み。
「感じすぎだろう?」
言われる程に、陥落は早かった。
「朝っぱらから、これですか……」
息も絶え絶えの啓太の愚痴に、朝からすっきりの中嶋は満足気に頷く。
「本当は着替えさせてからヤるつもりだったんだが、ま、手間が省けたか?」
「そういう問題じゃ……ありません……」
そう。全然全くそんな問題じゃないのだ。
「大体、着替えてからって……」
「いや、染みの一つも作っておいた方が、信憑性があるだろう?」
「何の信憑性ですか!!!!」
「当然、既に引けない関係だという証明だが?」
「………………」
何ゆえにそんな証明が必要なのか、啓太には判らない。
むしろ、清楚な少女が相手の方が、結婚相手とするならば、余程信憑性が――と考えて、相手は中嶋の家族なのだ、と思い出す。
そう、相手はあの中嶋の家族なのだ。
「もしかして中嶋さんのお家って……事前にそういう相性も確かめた上でないと、結婚相手と認めてもらえないんですか?」
「いや、そういうことはないと思うが……奴らは一般では計りきれない不可思議な常識の下で生きていてな。何しろ、理想の結婚第一位が、出来ちゃった結婚だ、と言い切る馬鹿な奴らだ」
「……馬鹿って言うか……」
非常識。
蛍光塗料でかかれたようなキラキラの文字が、啓太の脳裏に飛来する。
「俺……中嶋家にお嫁に入るのは、嫌になってきました」
「ふぅん……」
中嶋は短くそう呟くと、早々に啓太を捨て置いてベッドを抜け出した。
――あれ? 随分と引き際が……。
考える啓太の耳に、げに恐ろしい呟きが入ったのは、次の瞬間のことだった。
「伊藤英明か……ま、悪くない……」
「…………………………」
どうやら、嫁が無理なら自分が婿養子とでも考えているようだ。
どうあっても啓太と籍を入れたいらしい中嶋。
「あの……中嶋さん? 冗談――ですよね?」
恐る恐る問いかけた啓太を、くるりと振り向いた中嶋は、例によって例のごとくニヤリ笑いを浮かべると。
「心配するな。お前とお前の家族ぐらい養える甲斐性はあるつもりだ」
きっぱり。
――冗談じゃ、なかったんだ……。
しかも、伊藤一家を養うつもりの口ぶりな中嶋に。
「少なくとも、家の家族の平安を奪わないでください……」
懇願するのが精一杯な啓太。
だがしかし、そんな啓太の言葉など、中嶋が素直に聞くはずがない。
「まずは挨拶だな。どちらにしろ実家に出向かなくてはならないか……」
「いや、だから、そうじゃなく……」
「まずはスーツと、啓太はどうする?」
「いや、だから……」
「学生なら、制服で十分だが、啓太の場合はそうはいかないな」
「いや、そうじゃなく……」
全然会話はかみ合っていない。
どんどん部屋から離れていく中嶋を、痛む腰がネックとなって追いかけられない啓太は、ベッドの沈み込み、やはりさめざめと泣くしかない。
こうしてどんどん、自分の余り望まない方向へ、流されていくしかない、伊藤啓太(16)なのであった。
2007/03/02
女体モノ、行動・行為編