休日の過ごし方8

 でも知ってしまったから‥それを黙っているのは違反のような気がして、俺は狼帝の隣へ行ってこっそりと言った。
「俺ね、ずっと知らない振りを続けるから。だから今だけ、ちょっと聞いて。何も言わなくていいから」
 狼帝の顔は見ずに隣に並んだままで話す。

「狼帝も‥先輩のこと好きなんだよね? 分かってる、俺に言っても何にも力になってあげられないけど、でも俺だって狼帝の気持ちが他へ向けられるよう‥考えてもみるし‥、あんまり先輩とくっつかないようにもしてみる。狼帝、ごめんね。もしかしたら今まで見ていて辛かったんじゃない? 俺‥鈍感でごめん。でもね、これからはちょっと気を付けて‥そんで‥」
 そう話してる俺の両頬を、狼帝は両手でぐいっと摘んだ。俺はひよこみたいに唇を突き出す形になる。

「ひゃ、ひゃにするほ?」
「誰が虎王のことを好きだって?」
「ろーへがへんはいのほとを」
「お前なぁ、一体どうやったら俺が虎王のことが好きになるんだ」
「ひゃっへ、ひゃあうほほがひゃいっへ‥」
「言ってることが分からん」
 ようやく放してもらえて普通にしゃべれるようになる。
「だって、叶うことがないって言ったら、龍将みたいに兄弟かなって」

 狼帝はガックリと肩を落とし、深い深いため息をつき、俺の方を恨めしそうに睨んで、ひと言。
「虎王だけは違う」
 そっそうなの。てっきり先輩だと思ったんだけどなぁ。じゃあ一体誰なんだろう。
 でもさっき思ったばかりだ。聞いたって俺には何も出来ないなら、2人でため息ついてるよりも、知らない顔で楽しいことに引っ張り込んだ方がいい。
 俺は狼帝に分かった、とだけ告げた。


「王ちゃんも駐車場まで乗っていけばいいのに」
 龍将の声で話しの輪に戻る。みんなでぞろぞろと出口へ向かう。
「俺と冬哉はメシを食っていくから」
「そっか、わかった。それじゃ俺たちこれで」
「おう、またな。それからごくろうだったな」
「いいって。俺も興奮したし」
 みんな先輩にちょこっと挨拶しながら帰っていった。狼帝と鷹神もその後に続く。

「冬哉。また明日な」
「うん、狼帝も演説の原稿頑張ってね。鷹神も頑張って。でも鷹神が会長なんて似合わない感じ」
「あ、冬哉先輩酷いこと言うなぁ。俺が会長になったら生徒会室自由になるから、資料室へご案内しようと思ったのに」
「なに? 資料室って」
「あれ、狼ちゃんってそこへ引きずり込んでないの?」
「お前とも虎王とも俺は違う」
「へへ、悪かったね。どうせ俺は悪い奴だからさ」

「それで資料室ってなんなの?」
「くたびれたソファーが置いてあってね、セックスやりたい放題」
 がっ学校でなんて!
 俺はカッと顔が熱くなる。
「あれ、もう想像してるの? そんなに期待されたら当選するしかないなぁ。俺頑張るからね。当選したらやりまくろうね」
 鷹神は、俺が赤くなって口もきけないでいると、勝手にいいたいこと言って手を振った。

 もう、鷹神ったら。いっつもお気楽なんだから。俺は学校でなんて絶対しないからね。先輩とだって狼帝とだってしたことないのに。先輩には入学してすぐに部室で遊ばれたことはあったけど。でもあれっきりで二度と無い。
 それにあれは先輩が裏で糸を引いていて、策略の一環だったわけで、あそこで本気でやろうと思ってたんじゃない。俺がその気にさえなればよかったんだから。
 そう思ったら‥先輩って計画立てるの得意だよね。龍将たちを集めたのも先輩。手錠まで持ってきて何をするつもりだったのか。考えれば答えは一つしかないじゃん。

 先輩と2人になってから、思わずさっき考えた答えを言ってしまった。
「先輩ってもしかしたら、ライブに行くって決まったときから、俺にああ言うことしようって思ってたの?」
「ん? なんか不満なのか。最近は冬哉が興奮することしてなかったからな」
「そっそれで龍将に手錠渡したりしたの?」
「手すりからぶら下げるのも一案だったんだがな」
 ニヤリとする先輩。狼帝が手を出さなくても、結局は同じ事をされていたのか。

「ひっ酷いよ。あんな所で裸にして」
「だが興奮したろ」
「気が狂いそうなくらい恥ずかしかった」
「気が狂いそうなくらい気持ち良かった、の間違いだろ」
「もう絶対イヤだからね」
「ふーん、あれだけ興奮した冬哉は久しぶりだったがな。ほんとにもうヤらなくていいんだな」
 そっそんな、決めつけて言われたらイヤだって言えなくなるじゃない。先輩にイヤだと宣言したら、本当になんにもやってくれなくなる。先輩は言ったことは絶対なのだ。

「どうなんだ」
「あ、あんな‥酷いことはもう二度とやりたくないけど、でっでも‥程々に興奮することは‥した‥‥い‥かも」
「だが冬哉が興奮することなんて、あれくらいのことじゃないともうダメだろ。慣れちゃって」
「なっ慣れてなんかない。凄く凄く恥ずかしいんだから」
「でも冬哉は恥ずかしければ恥ずかしいほど興奮して、嬲られるのが気持ち良くなるからな。俺はいつでもお前に最上の快楽を与えるだけだ」


 先輩はどうやったら俺が興奮するか考え、一番気持ちが高揚する方法で嬲る。
 しかしそれは気持ちや身体を傷つけることのない方法だ。
 俺は結局、いつもみんなに守られている。最大限に恥ずかしいことをして、俺が一番興奮するようにして、でもそれは安全と判断された守りの中で。

 いつも先輩は言う。
「俺はお前が悦ぶなら、悪魔とでも手を組むよ」

 それはすなわち俺に快感を与えるためなら何でもすると言うことなのだ。でも先輩は悪魔と手を組んでも、悪魔には俺に手出しさせないと言う意味も含まれている。
 つまり先輩は汚れるのは自分だけでよくて、俺は汚さないようにしてくれているのだ。これだけのことをされても、いつも俺はムリヤリされた被害者面が出来る。どれだけ興奮して快楽に浸っていても。恥ずかしかった、イヤだったと、喚いていればいいのだから。俺は普通にしていればいいし、普通の学生だと思っていればいいのだ。自分からこんなことして、とか悩まなくていいようにしてくれてる。
 俺はいつでもいいわけができ、逃げられる出口が何処かに必ず用意されているのだ。


 しかしそんなに俺に恥ずかしいことをさせて喘がせて、先輩はそれで興奮するのだろうか。
 こんな時でも先輩のセックスはいつもと変わらない。溺れるほどの快楽を求めたりしないのだろうか。それくらいに高まったことはないのだろうか。男の俺相手ではあれが限界なのだろうか。

「先輩はあんな所でやって気持ち良かったの?」
「俺か? 俺は冬哉と出来るならいつでも気持ちいいぞ」
「嘘つき。先輩は俺とするって思っただけじゃ勃たないじゃん」
「ほー、お前この俺に向かってそんなことを言うか」

 しまったっ。
 と思ったときにはすでに、通り沿いの喫茶店の壁に押し付けられていた。

 先輩は例の悪魔の笑みを浮かべつつ、片腕で胸を押さえつけ、もう一つの手は俺のベルトを触る。俺とぴったり密着して。
「いいか、俺はここでお前を抱けって言われても抱けるぞ」
「やっヤダ。ご免なさい」
 先輩なら本当にやってしまいそうで怖い。
「ほら、もっと喚いてみろ。お前が嫌がるほどこなす回数が増える」

 怒った先輩は死ぬほど怖い。表面は微笑を称えているけど、この怖さは直面しないと絶対に分からない。先輩のオーラに包まれて、じっくりと食らわれるのだ。背中を寒気が走り、俺は喚きそうになるのを必死で堪える。先輩は抵抗すると萌えるから。両手で口を塞ぎ、声が漏れないよう踏ん張った。

 通行人が遠巻きにヒソヒソ言ってるのが聞こえる。俺は周りが凄く気になるのに、先輩は全然気にならないのだろうか。これで俺が喚き続けたら、本当にセックス出来るのだろうか。
 試してみたい気もちょっとだけしたけど、この怖い虎王先輩を前にして、反抗するなんてとんでもなくて大人しくしていた。

「俺が嘘を言わないと分かったか」
「うっうん。先輩‥マジでここでもやれそうだった」
「そう、俺は嘘は言わない。抱く必要があるのなら、誰が見ていようと、どんな場所であろうと、冬哉がこんな所じゃイヤだ、と一言嫌がれば俺はお前のことが抱ける。覚えておけ」
「うっうん‥分かった。これからちゃんと覚えとく」

 先輩はくっついていた俺から離れた。
 今まですぐそばにあった逞しい身体が離れてしまって、体温がなくなって寂しい。先輩をもしかしたら怒らせたかもしれないと言う思いもあって、俺はすぐ先輩を繋ぎ止めようと思った。
 先輩の腕を掴んで、その腕を抱き締めた。それは腕を組んでいる、に近い感じだけど、先輩の腕を抱き締めて歩いている、が正解だ。

 先輩の顔から悪魔は退散し、口の片端が上がった楽しいときに出る顔に戻る。
「なんだ、女みたいな事をして」
「だっだって、何か寂しかったんだもん。先輩合宿帰ってきてからも忙しくてあんまり会えなかったし」
「その間頑張ったか?」
「うん。俺ちゃんと頑張ったよ」
「そうか、頑張った冬哉にはご褒美をやらないといかんな」
「えっ、ご褒美? くれるの?」
「今から飯を食って、それからドライブに行くか」
「わーい。やったあ、先輩とドライブ。2月以来だね」
「そうか‥もうそんなになるのか。早いな、時間が経つのは」


 それから近くのレストランで食事をして、高速へ乗った。
 先輩の車にはETC車載機が付いている。高速を軽快に走り抜け、料金所もスルリと抜けた。
「うわー、先輩。相変わらず気分いい〜」
「本当にこれは楽だな」
「先輩‥女の子乗せてこれ見せつけたりしたの?」
 先輩のサファリにはきっと大量の女の子が乗ったに違いない。俺的にそれはちょっと面白くなくて。

「見せつけて、と言われるほど高速自体に乗ってないぞ」
「え、ほんと」
「ああ、乗るのはこれが2回目だ。1回目は忘年会の時だから」
 へーそうなんだ。俺が乗ったときだけなんだ。何だかそう分かったらとっても嬉しくなった。

「それにこの車に乗った女と言えば‥、おふくろと美姫だけだぞ」
「ほっほんとなの?」
「俺は嘘を付かないと言っただろう」
 でも‥でも先輩は相手を気分良くさせるためなら平気で嘘を付く人だ。またどう言えばその相手が喜ぶか、怒るかを凄くよく分かってる。先輩の目は人の心まで見透かしていると思える。

 つい俺は浮気を疑う彼女のように、車の中をキョロキョロと見回してしまった。
「冬哉。お前俺を疑っているのか」
 ヤッヤバいけど今の先輩は運転してるから何も出来ない。
「まあいい、仮に俺が嘘を付いているとしてだな。ここまで言い切ったのに、それがばれるようなミスを犯していると思うか」
「おっ思いません‥」
 そうだよね。この先輩に限って簡単にばれるような嘘を付くわけがない。もし付くなら完璧に裏まで押さえてからだろう。

 女の子にあれだけもてている先輩が、車に女の子を乗せてないわけがないんだけど、でも断言されるとやっぱり嬉しい。うーん、それともそう言う気になってくれたことが嬉しいのか。自分の気持ちもよく分からなかったけど、嬉しいからいいや。

 そんなことを話していたら、あっと言う間に海沿いの道を走っていた。

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