休日の過ごし方10

 先輩に起こされた時はもう都築の家だった。
「どうする、狼帝の服借りて帰るか」
「え、泊まったらダメなの」
 先輩といる時間が少なくて寂しかったので、少し我が侭を言ってみる。
「今日はお袋たちも狼帝もいないぞ」
 狼帝はどうやらそのまま鷹神たちの家で泊まって来るらしく、帰ってこないと先輩の携帯へ俺が寝てる間に電話があったそうだ。先輩の両親は会社の都合で東京へ行っていていない。

「先輩がいるからいい」
 先輩は俺が泊まるのは狼帝に用事がある時だけだと思ってる。ほんとはそんなことはなくて狼帝も先輩も2人に甘えられるのが嬉しくてついつい泊まっちゃうのだ。俺は一人っ子なのでお兄さんが2人出来た気分になる。まあ狼帝は同い年なんだけど、向こうの方がしっかりしてるから。
 うちへ連絡しようとしてハッとする。
「ああっ、携帯無事かなぁ」

 腰のポケットに入れていたから直撃は食らってないはずだけど。格好は恥ずかしいままだったけど、車から降りてズボンを取って携帯を取り出した。そして電源を入れてみる。
「よかった。ちゃんと動いてる」
 それからうちへ電話を掛けて泊まることを告げる。俺の母さんは俺の顔が見れないとうるさい。でも今は母さんよりも先輩の方が大事なので、向こうの話しをほとんど聞かずに途中で切ってしまった。
「いいのか」
「うん、いつものことだし。都築の家だって分かったらほんとは安心してるんだよ」

 家に入って俺は狼帝のパジャマを借りて着た。先輩は俺の服を洗濯機にかけ、シャワーを浴びて部屋に戻ってきた。
「狼帝がいないからあっちで寝たらどうだ」
「そんなのイヤ。泊まった意味がないじゃん」
「冬哉は甘えん坊だな」
 そう言って先輩は俺の鼻を摘んだ。


 先輩と一緒に先輩のベッドへ潜り込む。いつも俺と寝る時は脇を下にして横になって先輩は寝る。俺はその先輩の胸に顔を埋め、縋り付くようにして眠るのだ。例え世界中が敵に回っても守ってくれそうな先輩のもとで、安心して熟睡する、この気持ち良さと言ったら。寝覚めが全然違うんだから。他の人じゃ味わえないと思う。

 狼帝とも一緒に寝ることはあるけれど、でも彼は寝るの意味が違う。ベッドに入るとまず一戦交える。それでも足りないのか、夜中に気が付くとパジャマを脱がされかけてたりするのだ。だから朝まで気が抜けない。とてもじゃないけど熟睡なんて出来ないのだ。
 その点、先輩は俺が「して」と言わない限り絶対そう言うことはない。絶倫ってイメージだけど、本当はとても淡泊なのだ。

 車の中でも寝たのに、先輩に子供をあやすように頭を撫でられて、あっさりと意識が無くなった。


 夢の中でモーニング娘のLOVEマシーンが鳴った。男ばかりのカラオケで、みんなでだみ声で歌うこの曲は元気が出て好きだ。一緒に口ずさんでハッとする。

「携帯じゃん」
 慌てて机の上に置いてあった携帯を取った。電源を入れるなり怒鳴られた。
『冬哉! お前何してたんだよ』
 えっええっ? なっなんで怒られなきゃならないの。
「しょっ省吾?」
『そうだ、俺だよ。お前今どこにいんだよ』
「どこって狼帝のうちだけど」
『ええーっ、そんな近くにいたんかよ〜。昨日の晩、お袋さんからどこ行ったか知らないかって電話掛かってきたんだぞ』

 あちゃ、しまった。ライブの会場で鳴っても気が付かないと思って電源切ってそのままだったっけ。母さん何か言ってたけど、連絡しちゃったから省吾が心配してる、って言ってたのか。
「だけど、狼帝にも電話してみたらよかったのに」
『そこへは何度も電話した。でも誰も出ないし、都築も電源切ってるのか圏外だし』

「あ、そうか。ごめん。狼帝ってあんまり携帯好きじゃないから、きちんと連絡が付く所にいると大抵電源切っちゃうんだよ。狼帝は従兄のうちに泊まりに行ってたし、都築の家には誰も居なかったんだ。俺も昨日はずっと切ってたし。母さんには夜の12時頃電話したんだけどね。省吾に電話するの忘れてた」
『ったく。一言いってくれたらいいのに』
「ほんとごめん」
 謝りながらベッドを見たら、先輩はいなかった。時計を見ればすでに8時。朝は大抵6時から7時の間にランニングに行っちゃう先輩は、もうシャワーでも浴びて下でご飯を食べているのだろう。

『でも受験だってのに、そんな所で遊んでていいのかよ。冬哉は大学行くんだろ』
「うん、行くのは決まってるんだけど」
『だけど何だよ』
「入れたらどこの大学でもいいかなぁって」
『なんだそれ。夢もなんもないのかよ。やりたいこととかは』
「先生になりたいってのは昔から変わってないよ」
『それに向かって何かしてるか? 今、お前打ち込めることあるの?』

 えっ‥ええっ、うっ打ち込まれるモノなら4本ほど‥。って、何バカなこと思ってるんだ俺は。
 そっか‥。俺ってそんなバカな考えがすぐに浮かんじゃうほど、エッチなことしかしてないんだ‥。虎王先輩も狼帝も夢に向かって頑張っているのに。

 先輩‥天才ってもてはやされてるけど、誰よりも練習してるし、狼帝だって秀才って言われてるけど、誰よりも努力してる。省吾だって夢の一歩を踏み出しているのに。

 俺‥何にもしてないや。

『冬哉‥、おい冬哉ってば』
「あ、ごめん‥。何にも取り柄がないなぁ、って思ったらちょっと情けなくなっちゃった」
『何言ってるんだよ。昔っから勉強だけは出来たじゃないか』
「だけ、なの?」
『アハハ、悪い。でも今何かやっておかないと損だろ』
「うん、そうだね。分かったよ。省吾の言う通りだ。俺も頑張るよ。だから省吾も頑張って」

『おう、また次のライブも来るだろ。決まったら連絡する。でも今度は会場でキスなんてしてるなよ』
「えええっ、しっしっ知ってたの?」
『都築の兄貴がムッチャ目立つから、お前等のいる場所はすぐに分かったぜ。そしたらずっと後ろ向いてる奴がいて気になってたんだけどよ。そしたら最後は都築がかがんだろ? 冬哉の顔もチラッと見えた。あの角度はキスしてる以外のなにもんでもないだろう』
「ごっごめん」

『いいけどよ、どうせ俺が冬哉にキスしちゃったから、それが原因なんだろ? 都築ヤキモチ妬いて』
「うっうん。なんで省吾にも分かっちゃったの」
『都築って中学の頃から冬哉に誰かくっついてると凄い目で睨むんだよなぁ。それが面白くてついついからかってやりたくなるんだけど』
「もっもしかして、昨日のキスってわざと!?」
『わはは、ちょっとはわざとかもしれないけど、キスしたかったからしただけ。冬哉の唇は柔らかくて気持ち良かった』
「しょっ省吾!」
『じゃな』

 言いたいこと言って切れちゃった。でも狼帝って中学の頃からヤキモチ妬いてたのか。う〜ん、ちょっと重症。もう少し友達作るよう、言ってやろう。俺だけだから、ヤキモチ妬いたりしちゃうんだよ。


「昨日演奏してた奴か?」
「うん。省吾」
 携帯を閉じた俺に、いつの間に戻っていたのか、虎王先輩が話しかける。
「何を頑張るんだ?」
「うん、俺だけボーっと過ごしてるわけにはいかないから。この時間が損だって言われたんだ。だから俺、ちゃんと先生になれるよう、虎王先輩と同じ大学へ入れるよう頑張るよ」
「そうか。やっぱり冬哉は賢いな。狼帝も喜ぶぞ」
「え、でも狼帝は他の大学へ行くって‥」
「冬哉がうちへ来るなら狼帝も来るだろう。どっちにしろ期間は少しだしな。とにかく頑張れよ」
 先輩に頭を撫でられてがぜんやる気が湧いてきた。
「うん、俺頑張るから」

「それでなんだ、そいつとキスしたのか」
「しっしたって言うよりムリヤリされたんだよー」
「だから狼帝があんなにムキになっていたのか」
「うっ‥うん」
「まあ、どっちにも公平にしたんなら文句はないだろ。狼帝も」
「でっでもさ、2人とも友達なんだよ。省吾は挨拶代わりに誰にでもするけど、狼帝もキスしたがるなんて思わなかったよ。ちょっと変じゃない?」

「そう‥言ってやるな。誰かがしたことなのに自分だけ出来なかったら悲しいだろう。冬哉にはそう言う経験はないか」
「ある‥けど」
「けど、なんだ」
「男同士でそんでもって親友なのにキスなんて‥」
「男女間で友達なのにキスしたら、もっと不味いことになるだろう。その点男同士なら冗談で済むからいいんじゃないか」
「そっそうかなぁ」

 確かにそう言われたら男女間で友達の方がヤバい気がする。でも友達同士でキスってのが無いと思うんだけどなぁ。ゲームとかならあるかもしれないけどさ。

「冬哉、それなら俺と試してみるか」
「えっ、先輩と?」
「キスしたいと思うか」
 そんな‥こと言われても‥。

 虎王先輩の整った顔がアップになる。この端正な顔の中にある少し薄めの形の良い唇。省吾の台詞が頭の中に響いた。

【柔らかくて気持ち良かった】

 喉がゴクッと鳴った。

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