参戦11

 今度はバス停に並んだんだけど、鷹神が何故か肩を組んで離さない。おまけにその長い手は時々胸を触って悪さをする。
「やだ、鷹神、止めてってば。離してよ」
「もう、照れなくていいのに」
 こんな風に女の子とイチャイチャしてる鷹神はよく見るけど、男の俺相手でなんか楽しいんだろうか。

 そこで俺の代わりにクリップを外してと代弁してくれて以降、口を開いてない狼帝がようやく言葉を発した。
「鷹神と付き合う‥のか?」
 そんな訳ないのは百も承知だと思う。なんか裏があるだろうな、とも思ってると思う。だって、俺の態度は鷹神に惚れてないもん。そんな当たり前のことが狼帝に判断できないはずがない。

 だけどその聞き方は余りにも真剣でちょっと身構えてしまう。すると鷹神がすかさず返事をする。
「だからそうだって昨日から言ってるじゃん。そうだ、そんなに疑うなら王ちゃんに聞いてもらったらいい」
 鷹神はしゃべりながらもう既に虎王先輩へ電話を掛けていた。鷹神の言葉が終わった丁度その時、虎王先輩が出た。
「あ、王ちゃん。おはよ。王ちゃんからも聞いてやってよ。冬哉先輩が俺と付き合うかどうかを」

 虎王先輩に聞かれたら付き合ってると答えるしかない。だって白坂会長に惚れてる鷹神のためだもん。でもどうして俺がこんなに苦しい思いをしなきゃいけないのかな。こんなの付けたままで一日中いたらどうかなっちゃう。
 嘘は心苦しかったけど、この嘘で誰が傷つくわけでもなし、俺は自分さえ我慢すればいいと思っていた。でも虎王先輩に嘘を付いてしまった訳で、ばれたらマジで後が怖い。

 虎王先輩は電話だけで俺の表情を見た訳じゃないから、すっごい嬉しそうで楽しそうな鷹神のしゃべり方と、嘘が苦しい俺の辿々しい言い方とでなんだか信じてくれたみたい。けれどその場で俺の顔を見ている狼帝は分かってると思い込んでいた。だって、昨日だってあんなに分かってくれてたから。それに本気で鷹神と付き合うなら、あの後すぐに狼帝としたい、なんて言うわけないもん。
 とにかく虎王先輩も引っ掛かってくれたので、鷹神と顔を見合わせて微笑み合ってしまった。
 それも狼帝を打ちのめす要因の一つになってしまったのだけど、その時は全く気が付いてなかったのだ。


 バスの中でも先輩を引っ掛けることが出来たという喜びで俺ははしゃいでいた。
 もちろん、嘘は心苦しいし、ばれた時は怖いんだけど。でも俺が鷹神と付き合おうがそうじゃなかろうが、先輩を困らせたり、傷付けたりする訳じゃない。そんな言い訳が出来ることが俺の罪悪感を和らげる。
 それに何よりも、あの鋭すぎる虎王先輩を騙せたことに興奮していた。
 だって、あの虎王先輩だよ? あの先輩が俺の嘘にコロッと騙されちゃったんだよ?
 青天の霹靂って言うか、もうこんなことは二度とないって言うか。余りにも有り得ないことが有り得てしまって、俺は混乱していたのかもしれない。

 間違った方向に興奮した俺は、俺だってやれば出来る、的な気力が漲っていた。
 回りはすっかり見えなくなって、鷹神のみが秘密を共有する仲間であって。
 互いに目が合うとニッコリしてしまう。
 この姿を俺たちが付き合ってる、と思って見たら、きっともの凄く仲がいいとしか思えないだろう。
 とにかくそんなことを考えられる余裕は全くなくなっていて、普段の俺とは違っていることですら分かっていなかった。

 バスを降りて校庭で各昇降口へ別れる。まだ興奮していた俺は鷹神に一番の笑顔を向けて手を振った。
 そして鷹神から言われた、放課後のデートとやらも笑顔で了解していたのだった。だってそれは恋人同士に見せるため、昨日から言ってたことだし。
 カップルと思って見れば、限りなく幸せそうで楽しそうにしか見えない俺と鷹神。でもカップルという思いがないのだから、そんな風に見えるなんて微塵も考えつかなかったのだった。

 だけどその笑顔も1時間目が終わってなくなった。だって、胸の飾りが悪戯してくるんだもん。もう、絶対に我慢できない。
 それで俺は休み時間の間にトイレで取ろうと席を立とうとした。
 そしたらそれを邪魔される。
「せ〜んぱい」
 立ち上がるばかりの俺の後ろから抱き付く男が一人。
「えっ?! たっ、鷹神?」
 後ろを振り返ればやっぱり鷹神で、ほんと鷹神の声って危ないよね。けど3年の教室まで来て何してるんだか。
 その訳はすぐに分かった。

 鷹神は後ろから抱き締めていた手を交差させると、そのまま素早くブレザーの中へ突っ込んできた
「なっ、なに?」
 身構えた時には既に遅し。
 長い指は胸の飾りに到達していたのだ。
 右胸はシャツの上から引っ掻かれ、左胸はボタンの間から中指だけ差し込まれて直で触られる。

「やっ、やん‥」
 そうじゃなくてもずっと挟まれていて興奮しきっていたそこは、いつもより数倍刺激に弱かった。
「お、ちゃんと付いてるね。俺の証」
 鷹神の指が悪戯を仕掛ける度に、身体中が震えてしまう。短い息が吐き出すばかりに思えてしまう。
 クリップから突き出ている部分をギュッと摘まれた時だった。余りにも感じてしまって、顎を上げ喉を晒け出して喘いでしまう。

 その瞬間を前の席の狼帝が振り向いて目撃する。
「や、ろーて。助けて」
 俺はその快感の嵐から何とか逃げ出したくて、狼帝に助けを求めた。
 するといつもなら鷹神を止めてくれるのに、今回は変なことを言う。
「楽しそう‥だな」
 俺には意味が分からなかったけど、鷹神は即座に応答する。
「そりゃ楽しいよ。ラブラブだからね」
 こっ、こんな所で変なこと言わないで欲しい。焦って回りを見渡すけれど、次の時間は英語の小テストがあるので誰も俺たちのことは気にしてなかった。先生も厳しいしね。さすがに2年生の生徒が入ってきた時はちょっとざわめいたけど。
 でも狼帝が前の生徒会長だった訳だし、鷹神は現在の生徒会長だし、狼帝と鷹神は従兄同士だし、俺たちとは仲が良いのはみんな知ってるからね。その入ってきた2年生が鷹神だと認識したら、気にならなくなったみたい。

 だけど鷹神ったら。楽しい、までは分かるよ。こんな風に俺を虐めてるんだから。でもラブラブは余計でしょう。
「ねえ、気持ち良くて仕方ない?」
 鷹神はずっと弄り続けている指をその台詞に合わせて弾く。
「んんっ」
 まるでその質問にイイと答えてしまったように喘がされる。
 顔を横に付けて、耳のそばで気持ちいいかと繰り返されれば頭がぼーっとしてくる。
 胸からの刺激と、耳からの攻撃とで撃沈しそうになる。
 そんな俺を表情を一切変えずに眺めていた狼帝は、ふいっと前を向いてしまった。

 えっ、狼帝‥。助けてくれない‥の?
 狼帝の態度にショックを受けつつも、鷹神の攻撃に衝撃が走り続ける。
「ほら、気持ちいいんでしょ? 素直になったら?」
 散々弄られたそこはもうなんともならなくて。
「お、お願‥い。もう‥ダメ」
 その時、狼帝の背中が少し動いた。俺はてっきり昨日狼帝が言ってくれたことをしてくれるのかと勘違いしたけれど、狼帝はそれっきり動かない。

「ダメならまた生徒会室でも来る?」
 そう悪魔に囁かれて乗りたくなる。行くと言いかかった時に丁度チャイムが鳴った。
「あれ、もうこんな時間。それじゃまたね」
 鷹神は俺のほっぺにチュッと音をさせながらキスをした。もちろんうちのクラスにだって鷹神のファンはいるから、動向を窺っていた女の子から小さな悲鳴が上がった。
 やっヤダ‥な。もう、鷹神って人の目が気にならないんだろうか。

 そして教室を出るときに先生と鉢合わせる。
「おい、こら。都築弟の弟。生徒会長たる者が何をしている」
 先生にだって有名な鷹神は、やっぱりみんなが顔も名前も知っている。でも先輩から美姫さんから狼帝まで都築だから、名前で呼ぶ人もいれば、虎王先輩と狼帝の弟って感じで今のように呼ぶ人もいる。もちろん美姫さんの弟ってことで、単純に都築弟って呼ぶ人もいる。
「先生。例え生徒会長でも愛おしい恋人とは離れられないんですよ。だから大目に見てね」
「ったく。お前の恋人なんて限定したら色々と困るのはお前自身じゃないのか」
 鷹神がプレイボーイだと知ってる先生は、結構核心を突いてきた。クラス中でクスクス笑いが漏れる。

 けれどこの吉田先生はほんとは厳しいことで有名なんだよね。40代半ばの一番怖そうな時っていうのか。経験値も高く、体力も有りそうなこの年代の男性教師ってそうじゃない?
 でもそんな厳しい先生も、鷹神にかかるとあっさりこんな風になっちゃう。
「え〜っ、先生。どうしてそんなことまで分かるの。もしかしたら先生も昔は遊んでたの?」
「はぁ〜?」
 先生が鷹神の余りの返答に変な声を出して、クラスは爆笑の渦に包まれた。
「早く授業に出ろ」
 先生にきつく言われて鷹神はようやく撤退する。
「冬哉先輩、愛してるよ」
 去り際に投げキスと共にとっても困る台詞を残して。
「おぉ、なるほど。一番角が立たないか」
 女の子の手前、俺の名前を出しておいたら大丈夫、と言う風に取られたみたいで、俺もちょっと安心する。

「しかし冬哉は都築の兄弟全員に好かれてるな。いいことなんだろうが、俺は少し同情するぞ」
 そこでまた大笑い。ほんとみんな俺のことをオモチャだと思ってるみたい。
「前生徒会長はどこの学校へ出しても恥ずかしくない程品行方正だったのに。少しはしつけてやれよ」
 狼帝に助けを求めるように話し掛けると、またみんな爆笑。なんだか吉田先生のイメージが変わりそう。
 けど狼帝に頼んでもちょっと無理かも。狼帝は鷹神の所行を怒ったりしてるけど、結局は許してるんだよね。やっぱり可愛いのかな。
 だけど俺は鷹神には完璧にオモチャにされてるよね。ちょっとは先輩らしいところも見せなきゃ。
 そうは思っても向こうの方が出来がいいもん。何なら先輩らしくできるかな。その考えに縛られ、ずっと考え続けることになり、その結論は放課後まで持ち越されることになる。

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