参戦9

「だからってこれは何だよ?」
 来なくてもいいのに、鷹神はわざわざ俺のそばに近づいて胸にくっついてる物を掴んで動かす。
「やっやん‥」
 さっきから虐められてるそこは、たったそれだけのことで快感を運んでくる。
「これはクリップ。その辺にごく普通にあるゼムクリップだよ。それをちょっと変形させてハートにしてあるだけ」
「そんなことは分かってるの! どうして乳首にこんなの付けるの」
「その方が感じたでしょ」
 ニヤリとされて反論が出来ない。もう、こういうとこ、虎王先輩そっくりなんだから。

「じゃっ、じゃあ今は取ってもいいじゃん」
「だから俺と付き合う証しって言ってるでしょ。それともピアスでも付ける? その可愛い乳首に穴空けてもいいよ。痛痒くてすんごい感じると思うよ」
 感じるってところにはちょっと惹かれちゃうけど、穴なんて空けたら俺の両親卒倒しそう‥。
「そ‥それはイヤ」
「でしょ、だったら素直にそこに付けておいてね」
 こんなの絶対付けていたくなかったから、勝手に取ろうとして、まだ枷の付いた両手首の間の鎖を引っ張り上げられた。
「ちょっと!」

「ダ〜メ。俺の言うこと聞いてくれないとどうなるか分かってる?」
 鷹神はさっきまでの二枚目半の顔を引っ込め、この辺を仕切っている好戦的な番長の顔に変化させた。
 そして引っ張り上げた鎖を俺の腕ごと窓際へ持って行く。すなわち俺もそっちへ引き摺られるということで。窓より上の方、俺が背伸びをしてようやく届く位置にカギ状フックがあり、そこへ鎖を引っかけられた。
「ヤダッ、鷹神取ってよ」
 まるでこういうことをするためについているんじゃないかと思わせる金具。一体なんでこんな所にあるんだろう。

 俺の疑問を見透かしたのか、鷹神は勝手に説明を始めた。
「ああ、これはね、看板作るのに王ちゃんが付けたらしいよ。ほら、向こうにももう一つある」
 なるほど、文化祭なんかで使う看板の大きさ分向こうにも同じ金具が付いていた。
「イベントあると看板ってもの凄く邪魔なんだよね。だから王ちゃんが力尽くで付けた奴だからよっぽど暴れない限りは取れないよ」

 まだ前も閉じられてない姿で窓のそばに吊される。余りにも情けなくてせめて背中側を向けたかったのに、短い鎖じゃそれも叶わない。
 焦っている俺のことなんてすっかり無視して鷹神は自分の身なりを整え、後ろから抱き付いてきた。

 そしてそのまま両手は両胸に忍び寄る。すっごく拙い気がして身体を捩って暴れてみるけど、目一杯背伸びした姿では些細な抵抗にしかならず、あっさりと目的の物を摘まれる。
「やんっ」
 外から丸見えなのに‥、お願い止めてよ。
 しかもくっついてるゼムクリップが刺激を倍増してくれる。おまけに見られるかも‥との意識が重なってとんでもなく感じてしまう。

「やっぱり見られてる方が感度いいねえ」
 鷹神は指先だけで俺を弄び、そして有無を言わさず自分の言うことを聞かせる。
「いいこと教えてあげようか。6時限目って俺たち体育でサッカーなんだよね。グランド中走り回るから、どっからでも見えると思うよ」
「うっうそ‥」
 ピンと張った皮膚からちょこんと出ているものはクリップで堰き止められて、指先で弾かれるだけで身体中が震えてしまう。なのにそれを摘んで揉みほぐされたら堪ったもんじゃない。どうしてこんなに小さいのにこんなに感じでしまうのだろう。こんなちょっとのもので男1人が言いなりになってしまうなんて。
「嘘なはずないって分かってるくせに‥。このまま俺の言うこと聞くか、ここに吊されっぱなしか、どっちがいい? 当然、裸って分かるようブレザーもシャツも頭の方で一纏めにするよ」
 うっく。戦いに勝つためには手段を選ばない戦士になってしまった鷹神は言ったことは必ずやるだろう。そんでもって虎王先輩みたいに逃げ道を作ってくれるようなこともないだろう。

「ほんとはバイブでも後ろに突っ込んでおけばもっと気持ちいいんだけどね。冬哉先輩もきっとベタベタになるくらい感じまくっちゃうよ」

 やっぱ鷹神は怖い。もしここにそんなオモチャがあったらどうなっていたか。
 このまま鷹神が去ってしまったら、どんなに恥ずかしくても生徒会が始まるまでこのままだ。
 んんっ? まだ鷹神が一番に来てくれたならいいけど女の子が先に来たらどうなるの?!
「わっ、分かったよ。言うこと聞くから」
 鷹神は俺が降参するのを見越していたようで、シャツのボタンを嵌めてる最中だった。全部を嵌めても下から手を伸ばし、クリップの状態を確認する。
「やっ‥、あっ‥あん‥」
 もう、たまんない。さっき2回も出したのに、またすぐにイきたくなってしまう。

「ふふん、こんな色っぽい冬哉先輩ずっと愛してあげたいけど、音楽の合唱が俺を呼んでるんだよね」
「おっ音楽〜?」
「そう、音楽」
「だっ、騙したんだね!」
「騙したなんて酷いなぁ。俺のクラスがなくても他のクラスがあるかもしれないでしょ。でも今日はね、雨上がりでグランドは使えないんだよね」

「鷹神酷い!」
「先輩、約束したからね。ちゃんと守ってね」
 鷹神が話し終える頃にはすっかり俺の身支度も済んでいた。そして抱き抱えてくれたので、俺は必死になって鎖を外した。
「早く手錠も取って」
「これはダメ。教室の前まで行ってから」
「そんな‥。こんなのして歩けない」
「だって人目に付く所まで行かなきゃ、いつ外されるか分かんないじゃん」
 ‥ったく。用心深いというか、抜け目ないっていうか。ちょっと外しておいて、鷹神と会う前にまた付けておけばいいと思ってたのに。

 6時限目開始のチャイムが聞こえ、仕方なくそのまま生徒会室を出た。3年の教室は3階で、2年の教室は2階なんだけど、音楽室は今いる4階にある。どうやら鷹神はさっきお願いしてた子たちに教科書も頼んであるみたいで、ほんとならこのまま音楽室へ行けばいい。
 俺も次は美術だから道具さえあればすぐそばなんだけど、やっぱ教室まで戻らないといけない。
 そのまま行けばいいのにわざわざ付いてきた鷹神と階段まで来たときだった。下から上がってくる気配がする。ヤバイってんで2人で顔を見合わせ、慌てて手錠を外した。
 間一髪、手錠が外れた時にバッタリ鉢合ったのはなんと狼帝だった。

「冬哉‥‥、お前、どうしてここに。ていうかなんで鷹神と一緒にいるんだ?」
 ひえっ、ヤッヤバイ‥。虎王先輩と一緒にいることになってるのに。

「おかしいと思ったんだ。あいつがこっちに来るなんて話しは一切出てなかったし、一緒に授業を受けるくらいのことはしても、冬哉にサボらせるなんてことするわけがないし」
 狼帝は俺をジロリと見た後、鷹神を睨み付ける。
 ああっ、鷹神はまた好戦的な笑みを浮かべてる。

 はっ、早く‥、なんか言い訳しなきゃ。狼帝を怒らせたら怖いし、鷹神と狼帝が争ってる所なんて見たくない。でも俺‥、とっさに嘘がつけるほど機転が利かないんだよね。
「そう言う狼ちゃんこそ珍しい。サボるつもりだったの?」
「俺は冬哉の机を元に戻してただけだ」
「うわっ、狡い。じゃあ冬哉先輩にサボりはついてないわけね」
「当然だろ。冬哉は皆勤賞狙ってるのに」
 えっ‥と、別に皆勤狙ってるわけじゃないんだけど‥。なんだか丈夫でここまで来ちゃっただけなんだけどね。
 でも鷹神には通じた話が俺には見えてこない。

「話しは後だ。とにかく早く授業に出るぞ」
「でっでも俺‥、なんにも持ってないから一度教室へ戻らないと」
 狼帝に腕を引っ張られながら、少しだけ抵抗してみる。
「ああ、冬哉は今日は何もいらないから」
 そうして俺は怪しい状態の身体のまま、美術室へ連れ込まれてしまったのだった。
 やん、ほんとヤバイって‥。

 狼帝は遅れた非を先生に詫びると、俺を美術室の真ん中に座らせた。
「えっ、なに?」
「冬哉は今日のスケッチのモデルだ。そこに座ってるだけでいい」
 おお、さすが狼帝。先生に冬哉か俺がやる、と宣言していたらしい。
 でも今回だけは狼帝の心配りは余計なお節介だった。だって胸に変なモノが付いてるんだもん。
 そりゃなんにもなかったら俺だって、人から見られただけで何かを感じることなんてないよ? ほんとだよ。名誉のために言っておくけど。
 でも今はなんにもしなくても脈を打つ度に、ずきん、ずきん、と快感が走るんだ。それを他の誰が知ってる訳じゃないんだけど、視線が快感を増幅する。

 ドクン‥、ドクン‥。

 心臓の鼓動と共に、微弱だけど身体中に走る電気。

 ああっ‥。あんっ‥。

 ダメ‥、マジでヤバイって。下が勃ち上がってきそう。って言うかトランクスに引っ掛かってなかったら終わってたって。女の子も見てるのに。
 おまけに推薦理由が大変だった。
「冬哉なら自然な笑顔が作れるから」

 そっそんなの今の状態じゃ100パーセント無理。狼帝をマジで恨んでしまいそうになる。
「どした冬哉。いつもヘラヘラしてるくせに」
 先生にまでそう言われて余計に焦る。引き攣った笑いを浮かべた所で、先生は美術室の隅っこへ逃げるようにして引っ込んだ。

 ハッと気付いて狼帝を見れば、その視線だけで人を殺せるんじゃないかと思うほどの怖い顔をして、先生を睨み付けていた。
 ろっろーて‥。俺のこと庇ってくれたのは分かるけど、先生を睨んでどうするんだよ。仕方ないので先生の代わりに俺が狼帝を睨み付ける。

 あれ‥。
 狼帝の顔を見ていたら、疼きが少し弱くなった気がする。
 どうしてだろう。
 狼帝の顔を見たら絶対ヤってる所を想像しちゃうと思ったのに。
 でも‥そっか。狼帝とは学校でしたことがないから。そっちへ頭が切り替わらないんだ。

 はっ、そうそう。笑顔だったよね。狼帝になら自然に微笑むことも出来る。
 狼帝はあんなに怖そうな顔をしていたくせに、俺が睨んでるのを知った途端、しまった、って顔になったんだ。ちょっと吹き出しかけちゃったよ。いっつも言ってたことが効いたんだよね。
 むやみやたらと人を怖がらせちゃダメって。狼帝は本当は優しくていい奴なのに、大損してるよってさ。
 怖い顔をする度に注意してたからね。さすがに最近は気を付けてるみたい。でも他の子に言わすと、地顔が怖いからあんまり変わらないって言われちゃうんだけど。そんなことないのになぁ。

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