誕生日プレゼントは? 2

 体育館へ入ると他の誰も目に入らず、いきなり視界へ飛び込んできたのは虎王だった。何故こいつはこんなに目立つのだろう。普段は抑えてる焼け付くようなオーラを全開にしているからだろうか。
 オーラなんて見えるはずがないと思うかも知れないけど、虎王に関してだけは違うのだ。もちろん回りに色が付いたりしてるわけじゃないが、摩訶不思議な力によって引き寄せられ、虎王を見てしまう。そしてその残像を目を閉じて思い浮かべるとそこに色が付いているのだ。虎王の回りには青白いオーラが揺らめいている。それを目を閉じたり開いたりしていると、本当にオーラが漂ってるような気になってしまうのだ。
 一目で人とは違う、と思わせるカリスマ性。それがオーラの正体だと俺は思ってる。

 隣でいた冬哉は当然ながら虎王しか見ていない。練習だけど動きの一つ一つが美しく魅了する。腕や足の筋肉がボールに反応して動いている様が色香を放っていて堪らない。
 虎王は俺と冬哉に気が付くとその場を抜け、近づいてきた。
「お、なんだ。珍しいな」
「先輩の誕生日だったから、遊びに来たよ」
「そうか、なら練習が終わるまで待ってくれ」
「うん、分かってる。我が侭言って見学させてもらったんだ」

 今年も白坂先輩から連絡をもらってこちらまでやってきた。けど今年も冬哉は虎王がバレーをしているところが見たいと言うので体育館まで来たのだ。
 つい先日までやっていたVリーグでの活躍で虎王の人気は凄いものになっていた。虎王が出る試合のチケットはいつでも完売。Vリーグの宣伝のポスターにも登場し、テレビにも出ずっぱりだったようで、バレーの顔となっていた。

 それは人気男性アイドルを凌ぐもので、この体育館に虎王がいるとばれているらしく、入り口の前にはもの凄い数の女の子が群れていた。俺たちが入るにも証明するのが大変だった。白坂先輩が案内してくれなきゃ、警備員に止められてここまで辿り着けてないだろう。去年と同じつもりでいたのが大間違いだ。こんなことなら素直に先にマンションで待っていればよかった。
 冬哉もその凄さに圧倒されていたが、さすが先輩と言って納得する。そして抱えた大量のサイン色紙を見て呟いた。
「先輩、こんなにサインしてくれるかな。先輩の誕生日を祝いに来たのに、なんだか無理なお願いしにきたみたい」
 人がいい冬哉は虎王に会うと話してしまった女の子の友達にサインを頼まれ、断れずに全部受けてきてしまったのだ。
「大丈夫だろ。冬哉が頼めば虎王は断らないと思うぞ」
「でも‥、先輩腐るほど書いてるよね」
「そうでもないと思う、あの虎王だぞ。そんなにホイホイとサインしてるとは思えないが」
 冬哉の心配に付き合いつつ、2人ともが虎王しか見ていなかった。何故こんなに人を惹き付けるのだろう‥と思いながら。

 俺たちが入ってから1時間ほどで練習は終了した。出て行く他の選手にも挨拶し、俺たちは虎王と3人だけになる。すると冬哉も出て行った。
「兄弟水入らずで話したいでしょ」
 冬哉は俺の気持ちの変化を既に読み取っていて、行動を起こせと後押ししているのだ。俺だっていつまでもこのままじゃいけないとは思ってる。それに最近になってようやく虎王の取った行動も、俺がそれに乗せられてしまったことも、受け入れることが出来るかもしれないと思い始めていたのだ。

 それは鷹神に言われたことがきっかけだった。
「プライドや見栄を優先してるうちは本気じゃないってことだよ。相手のためを思って、なんてそのいい見本。体のいい逃げ言葉に乗っかって、結局は自分が惨めなところを相手に見せたくないだけ。見栄張ってるだけ。そんなのおかしいでしょう」
 確かに俺は冬哉のためにと言いながら、自分が格好の悪いところを冬哉に見せたくないだけかもしれない。
「ほんとに欲しかったら見栄もプライドもかなぐり捨てて、泣いて喚いて欲しいと訴えてるはず。それが出来ないのはそこまで本気じゃないんだよ。ただ、これは振られるって決まってるときの最終手段だけどね。狼ちゃんの場合は冬哉先輩、まだ応えてくれそうだもんね」
 俺は冬哉が他の誰かとくっついても友達でいなけりゃと思っていた。だが本気で欲しかったらそこまでしなきゃ嘘なのか。

「もし本気で相手のためを思うなら、一切の関わり合いを断ち切って相手の声も届かない所へ消えなきゃ」
 最後のこれには頭を殴られたような気分だった。俺は虎王の所為にして、結局は冬哉を抱いて甘い汁を吸っている。本気で冬哉のことを考えているなら、冬哉の交際を邪魔したりせず、冬哉と関係なんて持たず、省吾と同じような友達に徹するべきだろう。
 そんなことができっこないと虎王は分かっていたんだろうな。俺は気が狂いそうになる所を寸前で救ってもらったのだ。もし冬哉を抱けてなかったら、俺は冬哉を殴りつけ、身体の自由も抵抗する気力も奪い去り、強姦していたかもしれない。
 それくらいに惚れていることだけは自信がある。そんな自信‥あってもしょうがないのだが‥。
 しかし鷹神はいつも軽そうに見せてるくせに、何故そんなに老成しているのか。あいつはどこか諦めている風なところがある。人生悟ってしまい、そんな風になってしまったのだろうか。そう言えば夢も希望も聞いたことがない‥。

 鷹神に言われたのも手伝って虎王の行動を理解しかけてるくせに、まだ虎王の前では素直にはなれなかった。どうしても虎王が手出しをしなければ普通でいれたかもしれない、冬哉は男の味なんて知らずに過ごすことが出来たかもしれないと思ってしまうから。
 こいつは人の気持ちを全て把握してるくせに、本気でその立場には立ってないと思わせる。それが無性に腹立たしかった。何故冬哉のことをもう少し考えてやらないのかと。
 でもそれは違うのだ。虎王は全て俺の立場に立って考えている。冬哉の立場には微塵も立ってないのだ。だからこんな結果になってしまった。
 俺が冬哉に惚れなければ。それだけは一生思い続けることかもしれない。

 そんな気持ちの変化はあっても、突然こんな風に2人きりにさせられると焦ってしまう。
 タオルで汗を拭いていた虎王は荷物を持って俺のそばへ来た。
「ん、冬哉はどうした?」
「冬哉は先に外へ出てるって」
「なんだ、俺ももう出れるぞ」
 虎王はそう言って外へ出るよう促した。
「いや、冬哉は俺が話しやすいように席を外してくれたんだ」
「珍しいな。冬哉がいたら話せないことがあるなんて」
「違うんだ。全然大したことじゃなくて」
 言ってみろと目で催促され、なんとか切っ掛けを掴む。
「誕生日おめでとう。Vリーグでの活躍もおめでとう。俺も頑張るけど、虎王もオリンピック目指して頑張ってくれ」
 いつも高い位置から見ていると思わせる目が円形に近くなる。こいつの驚いた顔なんて珍しい。でも俺も珍しいことを言ってしまったのだから仕方ない。
 もの凄く照れ臭くなって虎王の顔が見れず後退る。その俺を虎王は抱き締めた。
「なっ‥」
 一瞬、焦って抵抗してしまうが、外人が挨拶代わりに軽く抱き合うのと大差ない。背中をポンポンと叩きつつ、虎王はありがとうと言ってくれた。
 何故だかその瞬間、目頭が熱くなり、俺は虎王を抱き返していた。

 短時間ではあったが抱き合ってしまい、余計に照れ臭くなる。虎王は腕を解くと俺の顔を両手で挟んで間近で見つめた。
「少し痩せたんじゃないか? しっかり食ってるか?」
 いつも俺の心配ばかり。どうしてこんなに俺のことばかり考えてくれるのか。
 綺麗な瞳が本当に心配してると告げている。
 虎王が俺の顔を間近で見ていると言うことは、俺も虎王の顔を間近で見ているということで。眼力のある目に捕らえられて身動きが取れなくなる。虎王の瞳の色は一般日本人よりも少しだけ薄い。全般にほんの少しずつ色素が薄い。そしてそれが綺麗系東洋人と印象づける。俺は典型的な日本人らしく、髪も瞳も黒い。その俺と一緒だと言われる目も虎王はちょっとだけ茶色がかっている。
 そのほんの少しの色の薄さが透明度を増し、瞳に深さをあたえてる。吸い込まれるかと思わせるのだ。
 神様が作った傑作。それが虎王。その虎王に見つめられて心酔する。

 龍将が美姫姉を好きなのはそう言う対象になるから。もしも龍将がゲイなら鷹神が対象になっているのだろう。俺はどうなんだろう。ゲイなのだから充分虎王は対象になる。そして下手をすれば惚れているかもしれないくらい虎王に心酔してた。
 そうだ、冬哉がいなければそのまま矛先は虎王に向いていたかもしれないな。けれど俺は冬哉に出会ってしまった。これは魂の叫び。俺は冬哉が欲しくて堪らない。

「どうした。誕生日のプレゼントにお前自身をくれるのか?」
 あんまりにも見つめすぎていたのだろう。虎王は俺がループにはまっていることを察したのか冗談を向けてくる。両手で挟んだまま動かすことが出来ない俺の顔にもっと近づいてきた。
 キスする寸前まで近づいて、それからまた顔を離す。
「本当にどうかしたのか。抵抗もしないなんて」
 わっ、しまった。すっかり忘れていた。なんだかキスくらいならしてもいい気がしてしまって。
「いっいや、だから、本当に俺がプレゼントとしてここへ来たんだ。一番喜ぶって皆が言うし‥。だっ、だからってキスしたいとかそんなことは思ってないからな」
 虎王はクスリと優しく笑うと、俺の両頬へ軽くキスをした。欧米の親しい身内のように。

「俺はいつまでもお前の兄のつもりでいる。だからお前はお前のやりたいようにすればいい。何か困ったことがあっても俺が付いてることを忘れるな。俺はお前の財産だと思え。高い資産価値があるよう努めているから。本当に困ったことがあればいつでも売り払えばいい」
「う‥ん。分かってる、分かった‥よ。兄さん」
 なんだかもうなんでもよくなって、どうにでもなれと思って虎王に抱き付いた。ギュッと抱き締めて、それからすぐに離れる。もう、メチャクチャに照れ臭くて冬哉の元に向かって走り出してしまった。
 後ろから笑ってる気配がしたのは言うまでもない。


 俺は小さな頃から虎王ベッタリの弟だった。小学校へ入学した時も、虎王と一緒に学校へ行けることが嬉しくて嬉しくて。普通はランドセルが嬉しいとか、おニューの学習机が嬉しいとか、違うことに喜んでいると思うが俺はそんなことは心の底からどうでもよかった。ただ虎王と、兄さんと一緒に学校へ行けることが嬉しかったのだ。
 しかし分団で登校するとなると問題が発生した。1年生の俺の世話係は当然ながら6年生で。兄さんと一緒に学校へ行きたい俺は兄さんと並んで、兄さんに手を引いてもらって行きたかったのだ。
 しかも運が悪いと言えばいいのか、6年生が男だったら無理に手なんて繋ぎたいわけがないから、そうは揉めなかったと思う。それが2人いた6年は妙に責任感の強い女の子だった。1年生が1人しかいなかったのも災いした。その女の子たちにとっては、分団長として班を引っ張るのは名誉で張り切っていたのだろう。
 分団長が新1年生と手を繋ぐのは安全面から言ってももちろん正論。理路整然と理屈を述べる6年生。でも俺にはそんなことは分からない。俺の自慢の兄とその6年生とどう違うと言うのか。どうして兄と学校へ行くのにみんなが反対するのだろうか。
 ムキになって怒られて、こっちもムキになってしまう。
「絶対お兄ちゃんとしか手を繋がない」
 おまけに酷い言葉も投げつけてしまう。
「お兄ちゃんと一緒の方が安全なんだから」
 暗に虎王の方が出来がいいと仄めかされていい気分がするはずがなく。意見の対立は溝を深め、俺は泣いて喚いて集合場所で踏ん張った。
 すると虎王は解決策をあっさりと出した。
「それなら俺が弟と手を繋いで、その俺を恵(めぐみ)ちゃんが連れて行ってよ。それなら安全でしょ」
 小学生とはいえ6年生ともなれば女の子は早熟だ。虎王は3年生だったが既に5年生クラスの体格だったし、頭も中身もしっかりしていた。男として意識できるレベルにいたと思われる。
 まずは照れてしまって繋げない男の子が簡単に手を差し出したのだ。ちょっと赤くなってその手を受け取る。それで全ては丸く収まったのだった。虎王はその頃から自分が人からどう見られているかが分かっていたんだと思う。

 それから2年が経ち、俺が小学校の3年生になろうとしていた時だった。2年上の虎王は5年生になる前で。
 大好きだった自慢の兄に、喜んでもらえるものがあげたくて、でも虎王が何を欲しがっているかなんて全然解らなくて。
 内緒にして驚かせたいと言う思いと、現実的に欲しいものをあげたいという思いと、そのくらいの年齢から毎年闘っていた気がする。母親と一緒に誕生日会は準備するのだが、母親もまた何をあげたらいいのか分かってなかった。
 だが母親は現実的な思いが勝っていた。虎王に直接何が欲しいか聞いたのだ。
「誕生日プレゼント? 俺は狼帝が欲しい。だからもう産んでくれたからいいよ。母さん、ありがとう」
 聞いた答えの物を一緒にあげよう、と言われこっそり覗いていたけれど、俺が欲しいと言われてはなんともしようがなく。母親は虎王に有り難うと言われ、それが逆にもの凄いプレゼントだったみたいで涙ぐんでいた。
 母親はそれでいいかもしれないが、3年生の俺は混乱してしまった。どうすれば兄さんが喜んでくれるのか。
 そうして俺は今考えるととんでもないものを虎王に渡してしまったのだ。
 ‥‥そう言えば、あれはどうしたんだろう。
 虎王がメチャクチャ喜んでくれたので、調子に乗って5年生まで同じ物をあげた。虎王はそれを一緒に行っていた習い事へ俺が行かないとぐずったときに使った気がする。でも俺は虎王と‥、兄さんと出かけられるのが嬉しくてそんなにサボりたいと思ったことがない。だから数は残ってるんだよな。今持っていたら拙いよな。

 昔のことを考えつつ、赤い顔をして戻ってきた俺を見て冬哉はニッコリした。
「ちゃんと色んな話しが出来た? 狼帝、頑張ったね」
 冬哉はどうして俺と虎王が仲違いしてたのかと言う理由はまったく知らないくせに、俺の方が勝手に意識して突っ張ってると思っている。だから俺が虎王にきちんと対面するのが大人になった証拠だと言うのだ。
 う〜ん、まあ、確かにそうかもしれないな。

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