そんなこんなで真剣に始まった付き合い。 まだ海市の表情は硬い。と言うか元からの性格もあるんだろう。キャピキャピするタイプではなく、同い年の連中のことは「ふふん」なんてクールに笑ってみてるタイプ。 だが、その海市が時折見せてくれる十五歳らしい笑顔に俺は参っていた。 四月に会ってから一ヶ月が過ぎ、五月になった。 海市は俺の部屋に入り浸るようになり、出入りは女の子の格好に拘った。弟にしか見えないから大丈夫と言い聞かせてもダメだった。女の子の方が危ない奴って言われそうなんだけど。内心焦っていたが、オートロックのマンションなので、ここまでは入ってこないだろうと油断していたのだ。 そして五月五日。ああ、明日でとうとう三十の大台に乗ってしまう‥。海市との年の差がまた付いてしまうなぁ。 俺の誕生日はこんな名前なのだが、本当は六日なのだ。だけどお互い学校も会社も始まるので誕生祝いと言うことで少しリッチな食事をしてきた。 もちろん海市は女の子の姿だった。 帰ってきてもそのままの格好で、せがまれてキスする。まさしく服を剥ぐ一歩手前。 「兄ちゃん。おめでとう!」 玄関から大きな声が聞こえた。 慌てて海市から離れる。 どかどかと遠慮のない足音が聞こえ、天河(てんが)が入ってきた。 「えっ、お客さん?」 「えっと、そう。俺の恋人。海市、こいつは天河って言って俺の弟だ」 「海市卯月です。よろしく」 海市はまたとびきりの笑顔を浮かべて、挨拶をした。段々女の子の仕草も声の出し方も上手くなってきた。 弟は高校二年の十六歳。俺とはかなり年が離れている。本当に忘れた頃に出来た子で、弟と言うよりも俺の子供に近いかもしれない。 「お前なぁ、来るときは電話してこい、っていつも言ってるだろう」 全くこいつと来たら昼でも夜中でも遠慮なく合い鍵で侵入してくる。前の恋人に振られたのもこいつが一枚噛んでいるのだが気にしてない。最中に入り込まれたら、誰でも機嫌が悪くなるのは当たり前だろう。しかも帰っていかないからそれは途中で終わりになってしまうし。 それでも俺は天河には怒ったことがない。俺が育ててきたようなもんだから、邪魔されても天河に気がいっちゃうのである。それがまた相手にとっちゃ面白くないのだ。 あ、もちろん天河が悪いことをしたら、鉄拳制裁するけどな。 「兄ちゃーん。ようやく正道に返ったんかよ。やったなぁ」 そんな風に邪魔されているので、当然俺の相手は男だと知っているのだ。 「卯月ちゃん、よろしくね。こんな兄貴だけど、ほんと優しいから」 「それは‥知ってる」 「うあ〜、惚気られちゃった。兄ちゃん、ラブラブだね〜」 ちょっと照れた風な海市はそれはもう可愛らしくて。気が多くて面食いな天河はメロメロになってるようだ。 「ねぇねぇ、ほんとに可愛いね。歳はいくつなの? こんなおじさん止めて俺にしない」 「歳は十五。お‥じゃなくてあたしは端午がいい」 「えええ〜っ、十五なの〜。俺の方がピッタリじゃん。ねっほらこんなにお似合い。顔だって兄ちゃんと似てるしさ、同じ顔なら年が若い方がいいでしょう」 海市の肩を抱いて俺に見せつける。こいつ‥また背が伸びたな。きっと今、百八十センチある俺と同じくらいだろう。海市は百六十を過ぎたくらいなので、本当に可愛いカップルに見える。 天河はまだ肩を抱いたままで、学校はどこ? 家はどこ? なんてしつこく聞いていた。 「ええっ、H高校なの? 俺と一緒じゃん。なんて偶然! これから一緒に通おうよ」 う〜ん、いくら言ってもそれは不味いだろう。なんて返事をしていいのか困ってる海市を取り返すことにした。 「こら天河。いい加減にしておけよ。卯月は俺の恋人だって言ってるだろう」 「いいじゃん、いいじゃん、俺に頂戴、譲って〜」 「お前な、海市は物じゃないんだ。言っていいことと悪いことの区別も付かないのか」 ボキボキっと指を鳴らしてやると、ササッと海市から離れた。 「わっ分かったって。ご免なさい。だから殴らないで」 「なっ殴るの? 端午が?」 ビックリする海市。 「ああ、悪いことをしたら子供にはお仕置きが必要だ。そうじゃないとろくな大人にはならない。海市も悪いことしたら殴られるって覚えておけよ」 「ちょっちょっと待った! いくら言っても女の子を殴ったらまずいっしょ」 ああ、面倒臭い。そうだった、海市は女の子で通したいんだ。天河は弟だからばれても大丈夫なのに。男だってばらした方が楽だし、弟に変なヤキモチを妬かずに済むし。天河はドノーマルだから。 「分かってるよ。パチンと張るだけだ」 「怒られるの? お‥あたしが?」 「そうだ。だが悪いことをしたらな」 「へー、それじゃ学校呼び出しとかされたら端午が顔を出してくれる?」 かっ海市‥。何故か目が輝いてるぞ。まさか君はわざと万引きなんてして俺を学校へ呼びつけようとか、俺に怒られようとかしてないだろうな。 「学校呼び出しはマズいっしょ〜」 普通はこう思う。だけど家族から見向きもされないで育った海市は怒られることにも憧れているのかもしれない。 こうして見比べてみれば、天河が今までよりももっと子供に見えてきた。海市が凄く大人に見える。 海市はそれだけ苦労してきたんだ。そう思うとまた切なくなる。天河と一緒に家族ぐるみの付き合いがいいかもしれない。なんたって歳が近い方が話しも合うだろうしな。 男だってばらしてもいいだろう。 「海市、送っていくから帰ろう」 海市は俺を睨む。そりゃそうだろうな。これからエッチするところだったんだから。けれどセックス自体が出来ないから不満な訳じゃなく、抱かれることが自分の存在の全てだと思ってる海市はしていないと不安なのだ。これから俺がその不安を取り除いてやれればいいのだが。 海市は充分に時間を掛けて解してやれば、ソコを使ってのセックスも大丈夫だった。ただ、感じるかというとまだイけるほどではないらしいが。とにかく海市がアナルセックスに拘るので、結局あんなに大見得切ったくせに海市の中へ入り込んでいたのだ。 だけど前戯の最中は本当にいい顔をするようになった。これが海市の快感に酔った顔なのだろう。俺はそれだけで幸せを感じていた。 海市を送って行ってから戻ると、天河はボケーッとしている。 「ん? どうした」 「卯月ちゃん、マジで可愛い。どこであんな子見つけたの」 「えっと、どこでって言われても‥。そっそうだな、街角でナンパした」 「兄ちゃんがナンパ! 女だってだけでも珍しいのにナンパ! それだけ卯月ちゃんが可愛かったってこと?」 「ああ。マジで可愛かったな」 俺は初めて見たときから少年に惚れていたのだ。一目惚れだったのだ。 「ねぇ、ほんとに俺にくれない?」 「おっお前‥マジ?」 「もう超マジ、大まじめ。あの可愛さにクラクラッス」 「俺の恋人だからな。間違っても手を出したりするなよ」 でこピンをして釘を刺す。 「分かってるけど、卯月ちゃんが俺がいいって言ったら兄ちゃんの方が引いてね」 全く‥、どこのどいつが育てたんだ。親の顔が見てみたいわ! ちぇっ、俺かよ。けど見事好みは一緒になったんだなぁ。そう思うとなんだか笑えた。 ちなみに俺の両親は人が良さそうさ丸出しの顔していてね。譲り合いの精神だけで生きてきた凄いお人好し。歳喰ってから出来た天河が可愛くて可愛くて、もちろん俺も天河が可愛くて。家族揃ってみんなで天河を甘やかした。その結果がこんな我が侭勝手なガキになってしまったのだ。 まあ明るくてめげない性格はこの世の中を生き抜いて行くにはいいと思う。だがもう少しだけ人の気持ちや立場に立って考えるようになってくれたら。本気で恋愛したら変わるかと期待しているのだが、心配だ。 「兄ちゃん。ケーキ買ってきたんだからそのお金頂戴」 「お前なぁ、俺の誕生日だから買ってくれたんだろう。それなのにそのケーキ代をせびってどうする」 「だって金欠なんだもん。それでも兄のプレゼントを買ったこの気持ちを分かって欲しいなぁ」 まったく‥。いつもいつも口が達者なんだから‥。 仕方ないので財布から五千円を出す。 すると天河はサッとその札を取り、おまけに財布の中から一万も抜いた。 「こらっ」 「毎度っ」 ほんとにこいつの半分でもいいから図々しさと、口があれば海市ももっと楽に生きられるのに。 けど俺はそんな海市だったら好きにはなってないかな。硬いけど壊れるときはもろいガラスのような海市だからここまで惹かれているのだ。 「卯月ちゃん‥、明日学校で捜すからね〜」 本来の目的を果たした天河はそう言って寝室へ消えた。 一人になった部屋で考える。はぁ、あいつは本気なのかいっときのものなのか全然分からないが、一応あれも恋と言っていいのだろうか‥。 終わり
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