快楽のいばら街道 22


 俺は一冊の台本をもらって台詞を暗記する。と言っても俺の役は当然主役でもなければ、準主役級でもない。台詞なんて凄くわずかで、1日あれば楽勝だった。磯谷が言うには、そのわりには出演してる時間が長い、美味しい役所と言うことだった。

 俺としても顔が売れたら問題ないので、台詞の量や出番の多少は文句を付けないつもりだった。それに俺の今の立場では使って下さい、とお願いする方だし。プロダクションはまあまあ大きいのでへりくだる必要もなかったが、その事務所のおかげで転落したのも早かったので、俺はなるべく出過ぎないよう気を付けるつもりだった。もう今の俺は、売れない下積みみたいな時代で辛酸を舐めたこの道のプロだ。デビューと共にいきなり売れたアイドル時代の鼻っ柱の高いガキではない。
「おい、聡の相手役はあの藤原真路(ふじわら まさみち)だぞ」
「えっ‥、あの?」
「ああ、藤原真路が相手役なら充分に話題になるだろう。絶対怒らせるなよ。思いっ切り下手に出て媚び売っておけ」

 藤原真路=年齢49歳。劇団出身で、未だに舞台がメインの渋い役者だ。自分が座長の団も持っている。実力は日本の俳優陣ではダントツと言われている。身体も鍛えてあり脱いでもいい。背も高い。苦み走ったいい男でビジュアルも最高だ。

 ただ、若い頃からゲイだと言う噂が絶えず、未だに結婚もしていない。役者一筋なので派手な場所へ出てこないと言うのもネックで、それだけの人物なのに、一番売れてるわけじゃないのだ。
 今度の藤原さんの役は、ゲイの主人公が偽装結婚の奥さんと、男の愛人との間で揺れ動く、役者の実力がないと全部が転ける、と言われたくらい難しいものだった。
 そして俺はその愛人役だったのだ。写真集を見た甲斐監督がこれ以上この役に相応しい者はいないだろう、とまで言ってくれた。
 少し濡れ場もあるらしいが、見せる、という点では俺も曲がりなりにもプロだ。藤原さんを食うくらいのつもりで頑張らなくてはならない。
 この映画がヒットしたら、俺はまたスターの仲間入りが出来るだろう。輝かしいあの場所で光を浴びることが出来るのだ。

 どんなことをしても藤原さんに気に入られる必要があった。本当にゲイなら俺は身体を使ってでも取り入ろうと思った。この身体‥いまさら綺麗に見せる必要もないだろう。

 映画のタイトルは「ともに行く」、ベストセラーになった小説の映画化であった。だが俺はその小説を読んでなかった。監督にきつく言われたのだ。原作を読むなと。
 俺の役は脚本でかなり変えてあるらしくて、原作を読んでしまうとイメージが狂うらしかった。主役クラスではなくてもかなり重要なポジションなので、俺の役の解釈がおかしいと話しの筋からおかしくなるらしい。
 話しが決まってからはテレビも見せてもらえなくなった。その話題がいつ入ってくるか分からないからだった。
 記者会見も俺は出席させてもらえなかった。どうやらこの役を俺がやるというのは極秘扱いになってるらしい。
 だが複雑な気分だ。これが売れてる頃なら、フタを開けて驚かす、と言うのも納得がいくのだが、今の俺は再起に少し足がかかっただけのまだまだ底辺にいる売れてない芸能人だ。

 確かに知名度はあった。俺の名前を知らない人間はいないだろう。だけど最近はめっきり顔を見ない奴、とみんなが思っている。そんな俺が極秘で話題性があるのだろうか。

 磯谷が収集してきた情報によれば、あの藤原真路がこういう映画に出るのが珍しいと、話題性はそれだけで充分なインパクトがあったと言うことだった。
「藤原さんが出るのが珍しい内容なのか?」
 ちょっとドロドロした大人の恋愛モノだが、今までだって出てると思う。まあ得意というか一番はまってるのは極道役だけど。
「ゲイだと噂されてる奴がゲイの役で出たら、一生ゲイだと言われる。またこれがヒットしようがもんなら決められたゲイと言うレッテルは一生剥がれることがない。それなのに出たと言うことが珍しいんだろう」

 ああ、そう言うことなのか。確かに甲斐監督の映画ならそこそこにヒットするのは間違いない。主演男優賞とかも夢じゃない。それがゲイの役ならもうその名は一生付きまとう。本当にゲイなら嫌気がさすかもしれない。
 それでも出ると言うことは、それだけこの映画に掛けてると言うことになる。
 主役自らそこまで気合いが入っているのなら、ヒットは間違いない気がしてきた。
 俺も頑張らねばなるまい。
 甲斐監督は気に入らなければ、さっさと降板させる、役者からはかなり恐れられている怖い人だ。いくら向こうが俺にピッタリだと言ってくれても油断は禁物だ。言われることは何でも聞く、その決意をしっかりして本日から始まる撮影へマネージャーの磯谷と一緒に出た。

 俺の出はほとんどが屋内なのでセットがあるスタジオへやってきた。顔見せもしていなかったので、スタッフと会うのも藤原さんと会うのも今日が初めてだった。
 監督にだけはすぐに挨拶する。甲斐監督は六十代半ばで肌黒く精悍な男だった。若い頃は役者をやっていたこともあり、その素振りは芝居がかっていて、外国人のような大げさな感じ。
「おお、聡。よく来てくれたな。いい映画にしような。藤原くんも張り切ってるから、相手役の君も頑張ってくれたまえ」
「はいっ、精一杯頑張らせて頂きます」
「あ‥それと‥、藤原くんは少し気難しい所もあるから、怒らせるようなことはしないでくれたまえよ」
「はい、分かってます。一応これでも芸歴だけは長いですから」
 そう言うと監督は豪快に笑って、我慢も出来るな? と確認も忘れずにしてから去っていった。
 きちんと紹介されるのを待っていたのだが、何故かそれはなく、昼過ぎからいきなり撮りに入ると言うことだった。

「出番が来る前に準備をしておくか」
 磯谷はそう言った。
 準備? 準備って一体何があるのだろうか。
 今日の場面はいきなりベッドシーンだった。と言ってもただベッドの上と言うだけで、絡みがある訳じゃない。
 俺は藤原さん扮する片桐征二郎(かたぎり せいじろう)教授の愛人役。奥さんがいるのでもちろん不倫だ。俺はアキラという名前で教授の教え子。入学してすぐからの関係で卒業と同時にそれを清算する予定なのだ。
 別れ話を切り出したアキラを教授が引き止めるシーンだった。

 磯谷に引っ張られて控え室へ行く。情事のあとの設定なので裸で出るのだ。バスローブ一枚になった俺に磯谷は擦り寄ってきた。
「こういう時は前貼りを貼るのが普通だと思うが、今回は使わない。それから色気が重要だと監督からのお達しだ。聡の色気を見せつけてやろうじゃないか」
 なにやら嫌な予感がする。磯谷はろくなコトを考えてなさそうで。
 俺は思わず後ずさりしていた。

「君が聡くんか」
「あっ、はい。初めまして。聡です。これからよろしくお願いします」
 磯谷に引きずられるように連れてこられたセットのベッドの上で、藤原さんと初対面した。
 噂通りの渋いいい男だった。49の年齢通りの存在感と重みを感じさせるのに、見た目は30代でも通ってしまうほどの張りと艶があった。
 こんな人が相手では俺は霞んでしまう。一瞬にしてそう判断を下すほどの人だった。スターオーラをこれだけ輝かせている人もそうはいないだろう。
「ちょっと私の役作りは特殊なんだが、お願いしてもいいかい」
「あ、はい。俺が出来ることでしたら」
「この役になりきるため私は撮りが始まったら普段も役のままなんだ。だから撮影が終了するまで藤原ではなく、いつも片桐征二郎と呼んで欲しいのだ。私も君のことはアキラと呼ばせてもらいたいのだが、いいかな」
「分かりました。それくらいならお安いご用です」

 一体何を注文されるのかとビビッたが、そんなに大したことじゃなくてよかった。たまに役から抜け出せれずに引っ張ってる人もいるが、大抵は疲れるからスタジオを出るときにはすっぱり止めてしまうのに。
 やっぱり何か人とは違うな、と感心した。それが壮大な罠だとは知らずに‥。

 俺は裸のままでベッドのパイプに手錠で繋がれた。四つん這いに近い形で腰を上げる。後ろが丸見えになってしまうのでシーツで隠されていた。
 情事の後の設定なので隣には藤原さん‥いや片桐教授が同じように裸になって寝そべっていた。
 みんなからは隠されているのでよかったのだが、同じシーツの中にいる藤原さんにはばれそうでヒヤヒヤしていたのだ。
 腰がもぞもぞと動いてしまう。ここは暗いシリアスなシーンなのに‥。何故監督は色気がいるなどと言ったのだろう。おかげで大変な目に遭っていた。
 そう‥磯谷は俺の中にローターを入れたのだ。


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