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インターハイが終わると普通の高校では部は引退だが、先輩はそれでここに来ているのだ。卒業するまできっちり部活はこなす。 「一緒に居れる時間が少ない。絶対大事にするから剣道部に入ってくれ」 そう、お願いされたのである。 そして大事にすると言う言葉は、多々どこかへ飛んでいっては先輩はここに俺を連れてきて謝っていた。 既に選抜に向けて始動している2月に入っていた。 「嘘つくなんて許せないなぁ」 「悪かった。何でもするから」 「何でも?」 「ああ、金のかからんことで俺の出来ることなら何でも言うことを聞く」 「ふ〜ん。いいんだね。そんなこと言って」 「ああ、男に二言はない」 先輩〜。すっごく男らしくて好きなんだけど。その単純なところは直した方が生きやすいと思うよ。 「今日さ、うちへ来ることになってるでしょう。宿題は教えて欲しいし、夜は寂しいから一緒に寝てね。だけどヤらないから」 「やっヤらないって。セックスさせてくれないのか。一緒に寝て、それでもジッと我慢するのか。あっあんまりじゃないか。それって」 「男に二言はないんでしょう?」 「そっそれとこれとは話が別だろう」 「うんにゃ、一緒。大体先輩って俺に惚れてるって言うけどさ、もしかしたら身体だけが目当てなの?」 「そんなわけないだろう! 剣のその顔にやられちゃったのが最初だったけど。剣ほど可愛い奴はいない。いつでも剣のことを1番に考えてる」 「だから俺が嫌なときはしない。しないときは部屋に入れるな、だったよね。でも俺のことを1番に考えてるんなら、我慢も出来るはずでしょう」 先輩は苦虫を噛みつぶしたような顔をして「我慢する」と一言言ったのだった。 うちは母親と俺しか居ないのだが、母親は大抵男と出かけており、1週間に1回くらいしか顔を合わすことはなかった。だから週末は大抵うちで先輩と一緒に過ごす。と言っても昼間は剣道部へ行かなきゃならないけど。 勢いで仕方なく付き合いだしたのだが、先輩は顔に似合わずとても優しく、一緒にいると安心できた。父親の居ない俺は少しファザコンが入ってたのかもしれない。まあ先輩に父親を求めちゃ、まだ18歳なのだからちょっと失礼かもしれないけど。 それに剣道部ではあんなに恐そうなのに、俺だけの前に来ると情けないくらいに小さくなる。先輩は俺にべた惚れだったから。そのギャップが俺のことを想ってる証明のような気がして、とてもいい気分だった。 想われて悪い気のする奴はいない。 俺を守ってくれて、安心感をくれて、見ていて飽きない楽しみをくれて、一緒にいて寂しさから解放してくれて、そして俺を想ってくれる。 こんな都合のいい相手って居ないだろう。 陳腐な言葉で言い表せば、だから俺だって先輩に惚れていたのだ。 男同士と言うことに抵抗はあまりなかった。あの母親をみてるから女は信用できなかった。父親が死んでしまったらすぐに何故他の男に乗り換えることが出来るのか、理解できなかったのだ。しかし今なら分かる。もし先輩が居なくなったら‥‥。俺は嫌っていた母親と全く同じことをしているであろう。 「ねえ、冷凍のピラフでいい?」 「ああ、何でも」 「あ〜あ、ここで女の子なら私が作ります〜、とか言ってくれるのになぁ」 「ああっ、もう。分かったよ。俺が作ればいいんだろう」 お互いこういう事情なので家事一般はこなせる。 「ふふん、これは俺が作ってあげるから、その代わり宿題やっといて欲しいなぁ」 「ったく。お前って何でそう我が侭なんだ?」 「でもそこが好きなんでしょ?」 「あ〜あ、そうだよ、そうですよ。俺は剣の下僕ですから」 先輩は自分の教科書をしまうと、俺のカバンを開ける。さっきのぬいぐるみに気付き、取り出すといそいそと俺の部屋へ持っていった。 飯を食い終えると風呂を沸かす。 「お風呂入ろっか?」 「うっ、お前意地悪だぞ。俺は勉強してるから先に入ってこい」 いつも嫌だと言っても一緒に入りにきて、散々悪さしてくのに。可哀相に‥。思わずほくそ笑んでしまった。 夜を2人きりで過ごす機会に恵まれていれば、肉体関係を持つのは早い。 キスを交わし、身体をまさぐり合い、肌を重ね、抱きしめ合う。先輩は一生懸命俺をイかそうとする。 男同士だとどうすればいいのか初めは悩んだ。お互いに気持ち良くしてあげれば、アナルセックスまでする必要はなかったのかもしれない。だけど先輩は俺を欲しがった。 「そんなこと言うなら俺だってやりたい」 「分かった。それなら交代でしよう」 一応そう話しはついた。しかし先輩のように色々と奉仕するのは面倒だった。 まっ、いいか。 そして俺はマグロでいる代わりに、先輩は俺の中に入ってきたのだ。味を占めた先輩は週末ごとにやりたがった。 それで最近は俺のことより身体の方を求めてるんじゃないのか、って疑問が湧いてきたのだ。そりゃ俺だってあれだけ一生懸命手を尽くされたら、気持ち良くて堪らなかったけれど。 ベッドを見ればさっきのぬいぐるみが、まくらのそばにちょこんと座っていた。 何でこんなものを。 なけなしのお金をはたいてまで。 先輩に抱きしめられて寝るのは気分がいい。とても暖かくて、とても幸せだ。まだ俺にもこんな温もりをくれる人がいるのだ。本当はそんな奇跡のようなことに感謝しなくちゃならないのに。 先輩が俺のことを想ってくれるほど、俺は我が侭になる。そして我が侭を聞いてもらえるたびに幸せのレベルが上がり、またその上を行く我が侭を言ってしまう。いつでも先輩を困らせていたかった。どんなときでも俺のことだけ考えていて欲しかった。 安心感ですっかりまどろんでいたのに、先輩はもぞもぞと落ち着きがない。 「先輩、そんなにゴソゴソしてたら寝られない」 「あ、ああ、すまん。しかしこれは拷問に近いぞ」 拷問だなんて大袈裟な。 「早く寝てね。明日も部活あるんだから」 「分かってるって。おやすみ」 なんて言ったくせに寝返りをうったり、あっちを向いたりこっちを向いたり。そうでなくてもベットは狭いのに。 「ああ、もう! 先輩鬱陶しい」 イライラが頂点に来て怒鳴る。 先輩はしょんぼりと出て行こうとする。 「どこ行くの?」 「ソファーで寝る」 暫くすると居間から盛大なくしゃみが聞こえてきた。 全く手が掛かるって言うか。律儀って言うか。ちょっと無理やりでもヤっちゃえばいいのに。そんなに我慢しなくたっていいのに。 自分で我慢しろと言っておいて、そんなことを思う。 可哀想になったので、先輩の所へ行く。 「うん、もう仕方ないなぁ。一回だけだからね」 まさしくその時先輩は犬だった。待てと言われてお預けを喰らわされていた犬に、食べていいよと言ったみたいに。ワンと鳴いて俺に飛びついてきたのだ。 やっぱり俺も相当きてるな。 そして今度泣かされるのは俺の番だったのだ。 しかし2月の1番寒いときに布団から放り出されたり、頑張ったりしていた先輩はしっかり風邪を引いてしまった。 俺の前では隠していたのだが、月曜日に学校へ行ったら先輩は休みだった。 住所を頼りに先輩の家に行った。一度も先輩の家に行ったことがない。2人っきりで居れる俺んちといういい場所があったのでその必要がなかったのだ。 熱を出して寝込んでいるというのに、先輩の家には誰も居なかった。お母さんもお姉さんも仕事を外すわけには行かないのだろう。それは分かっていてもちょっと胸が痛む。自分も幾度1人の時を過ごしてきたか。どんなにえらくても、不安でも、かまってくれる人は誰も居ないのだ。 木造のアパートは2DKだった。6畳の部屋は真ん中にカーテンが引いてあり、お姉さんと分けているようだ。 おみやげに買ってきたアイスクリームを食べているとお姉さんが帰ってきた。 先輩の所を通って自分のスペースに入る。 カーテンを開けたとき、狭い部屋にはかなり邪魔であろう、大きな物が目に付いた。 「お姉さん、それって‥」 「ああこれ。これはね、本当は義己の物なのよ。お父さんに買ってもらった唯一の物だから」 「おっ、おい。いらんこと言うなって」 先輩は熱で赤い顔をもっと赤くした。 先輩のお父さんは物心が付いたときには既に入院していたらしい。 その父親に買って貰った物。すごく一杯の思いが詰まっているんだろう。 それは外国のアニメで見たことがあった。何とかパパという奴だ。ひょうたんみたいな形をしていて、アメーバーみたいに自在に変化できるのだ。いつも家族揃って仲が良かったように覚えてる。そしてパパは色々な形になって家族を守ったり、喜ばせたりしていたのだ。 ピンク色だったはずの体は、既に色が無くなっていた。汚れてとてもみすぼらしかった。 先輩がくれたピンクのぬいぐるみ。それはここにあるぬいぐるみと同じ物の小さなパパだった。 もしかしたら先輩のお父さん代わりだったの? 小さな頃の先輩はこれに抱きついて寝ていたのかもしれない。そばにいない父親の温もりをこれに求めていたのかもしれない。 男が持つ物じゃないかもしれないけれど、こんなに大事な物だったんだ。 「先輩、あのぬいぐるみ。ちゃんと大事にするからね」 先輩は照れくさそうに笑った。 ずっとずっと俺のそばに置いておくよ。 終わり |