「誠司(せいじ)、来たぞ。おい、誠司ってば」 「ええっ、ちょい待ち。お前ここ替われ」 俺は悪友のゴン太に牛乳を並べる作業を交代してもらうと、慌ててレジの方に向かった。 あ、ちなみに分かってると思うけど、ゴン太はあだ名だから。NHKで昔やってた『出来るかな』、って番組のフゴフゴって言ってるかぶり物の犬‥かどうかはよく分からないけど、それの名前。和倉 虹彩(わくら こうさい)って格好いい名前があるし、別に顔が似てるってわけでもないんだけど、ゴン太って呼ばれてる。どうやら鼻を動かすのがクセで、その仕草がゴン太に似てるところから来てるらしい。和倉は可愛いし、なんだかイメージがピッタリなんだよね。 ああっ、いたいた。俺の大好きな人が。毎週月曜日と水曜日は週刊マンガを立ち読みに来るのだ。しかも作業着のままで。格好いいんだよなぁ。ちょっと大人って雰囲気で、なのに顔はすんげぇ可愛らしくてさ。ゴン太よりちょっとだけ大きそうだから、170くらいの身長かな。そんで顔が小さくて、足は長くって、スタイルいいんだよね。 そしてなんと言っても明るい! このコンビニのバイトは高2の時からもう1年になるんだけど、その前から来てるみたいで、前のバイトの人とも仲良さそうにしていた。俺が入ってすぐも、本の整理してる隣でジャンプ読んでて、あはは、なんて声上げて笑い出すから、ついつい覗いちゃったんだよね。そしたら前のバイトの人と間違えたのか、それとも誰にでもあんな風なのかは分からないんだけど、声掛けてくれて。 「これ読んでる? ここ見てみろよ。めっちゃ笑える」 「ああ、ここ、ここ。俺も笑ったって」 両さんは俺も大好きだったし、普通の人は気が付かないくらいに作者の小さな拘りの部分だったので、そこを解り合えて妙に嬉しくって。 笑顔で応えたら、極上の笑顔で返してくれて。もう心臓をピストルで撃たれたみたいに、ズキューンって来たよ。 「お〜い、そこのホモ林ホモ司くん。仕事して下さい」 牛乳を並べ終えたのか、ゴン太が裏から出てきて俺をこづく。 「ヤメロって。俺はホモじゃねぇ。バイだ。女の子だって好きなんだから。かわいけりゃどっちもオッケー」 「可愛いって言ってもあの人、日野さんだっけ? 見た目より年上っぽいけど」 「けど可愛いだろ」 「うん、まあね。でも誠司の場合は作業服フェチでもあるし」 「いいじゃねぇか。特にあの色。日野さんに似合ってる。俺らの工高もあんなのにしてくれりゃいいのにな」 「無理だろ〜。金のかかる私立ならともかく、貧乏県立じゃ一色刷」 日野さんの着てる作業服は最近の流行なのか、ファスナーを隠すために重なるところの裏側が青色になっていて、襟を折るとそれがチラッと見える。地の色も灰緑って感じでかなりおしゃれっぽい。 そして胸のポケットはフタを被せても切れ込みがあって、そこからペンとか定規とか出せるのだ。日野さんはいつもステンの15センチ定規かミニ三角スケールを入れている。右袖の二の腕の所に付いているポケットには製図用のシャープが入っている。 もうメチャクチャ仕事が出来る〜、って感じが堪らないのだ。 それからその作業服には胸ポケットの上に、『日野』と名前が刺繍してあった。 「うちの学校の女の子にしときゃいいのに」 「だっていくら作業服着て可愛さ3割り増しでも、元が悪けりゃどうしようもないぜ」 工業高校へ来る変わりもんだけあって、たいして可愛い女子はいないんだよね。 「あいつらと付き合うくらいならお前の方がずっと可愛いぞ」 ゴン太はまあね、って顔して得意げに鼻を動かした。 「よっ、毎日元気そうだな」 日野さんは夕食にするのか、残業なので晩飯までのおやつ代わりなのか、軽めの弁当をいつも買っていく。俺たちは夏休みなので、毎日バイトに精を出していた。 「今日はタバコは?」 「う〜ん、今日は3箱」 お決まりのセブンスターを出す。 「またパチンコ負けたんだ?」 「ったく、ガキのくせに生意気。でも昨日は惜しかったんだぜ」 レジを済ませると、ありがと、ときちんとお礼を言い、頑張れよ、と励ましてくれて出て行った。 一年でこれくらいの会話が出来るほどには顔見知りになっていた。 日野さんはパチンコで勝つと景品でタバコを取ってくるらしくって、負けるとうちのコンビニで買っていくのだ。別に俺が無理に聞き出した訳じゃなく、レジで弁当を暖めたりしてるうちに勝手に話してくれたのだ。人懐っこいって言うか、やっぱり可愛いのである。 完璧に姿が見えなくなるまでボケーッと見送った。 「お〜い、ホモ林くん、帰ってきて下さ〜い」 「だからあ、俺は小林。そんでもってホモじゃねえの」 「これ、教えてよ」 全然俺の言い分を聞いてないゴン太は、宅急便の荷物の処理の仕方を覚えようとしている。何やる気出してるんだろう。ゴン太は俺が日野さんに惚れてると知って、顔を見てやる、と来てそのままここのバイトまで決めてしまったのだ。 「もっもしかして‥ゴン太、お前も日野さんに惚れちゃったのか!」 「なに訳の分かんないこと言ってんだよ。俺はノーマル。しかも好きな奴はいるの」 「うっ嘘‥。誰だそれ? 俺、教えてもらってないぞ」 「だって誠司ってばバイト先の可愛い人、の話ししかしなかったじゃん。自分のことばっかり」 少し拗ねた顔をするゴン太は可愛い。下から上目遣いで睨まれてぞくりとした。中学からの連れなのだが、もちろん既に口説いていて、しっかり振られている。でもあの時はここまで真剣だったかどうかは分からない。 「ごっごめん。ちゃんと聞くからさ。教えて。協力できることはするし」 「う〜ん、そうだな。誠司の日野さん熱が冷めたら協力してもらおうかな」 「え〜っ、誰だか教えてくれないのかよ」 「あはは、気になる?」 「気になるに決まってるだろ。でもゴン太なら告れば即オッケーもらえるような気がするんだけど」 ジャニ系の可愛らしい顔は、女の子受け良さそうだったし、実際うちの工高にいる全校合わせて60人ほどの女子からは人気があった。 「それは誠司も一緒だろ。素直に女の子にしておけば即ゲットできるのに。お前背も高くて格好いいって人気あるんだぞ」 中学まではなりふり構わずで、気に入った奴はすぐに落として、そしてすぐに飽きた。工高に入ってから作業服に萌え、男でもかまわずに落としてみようとして、初めて挫折した。 ノンケは簡単には落ちない! その隙間を街でナンパした女の子で埋めて過ごしてきたんだけど、去年日野さんと出会ってしまった。 これは運命なのだ。そもそもこのコンビニにバイトしたのだって偶然だった。面接の約束を取り付けたのは、斜め向かいに建ってるライバル店だったのに、間違えてこっちにバイトしたいんですけど〜、なんて入っちゃったのだ。そしたら丁度人手が足りなくて、即採用となったのだ。 日野さんと出会うためじゃなかったら、一体なんだって言うんだろう。 「大丈夫。俺と日野さんは運命の相手なんだから」 「まったく誠司ってお気楽でいいよね」 ゴン太はため息を一つ付くと、宅急便のマニュアルに目を落とした。 お気楽でも何でも決まってるモノは決まっているのだ。よし、これは一発デートに誘ってみよう。運命の相手なら絶対オッケーしてくれるはず。ゴン太の態度に奮起した俺は、次に日野さんに会ったときに映画に誘うことに決めた。 「ゴン太、見てろよ。日野さん、絶対オッケーしてくれるから」 その次の月曜日。いつもと変わらずに日野さんはやってきた。外すことの無いよう、コメディー映画で誘ってみる。 「これ、見たいと思ってたんだけど一緒に行きませんか」 しっかりと前売り券を握りしめ、日野さんの目の前に差し出した。 「なんだなんだ、なんだかデートに誘われてるみたいだな」 「ちっ違いますよ。男同士じゃないですか。同じギャグを分かる人と見に行ったら楽しいと思って」 焦る俺を見て、楽しそうに微笑んでいた日野さんはすぐに返事をくれた。 「確かにそうだよな。同じ所で笑えるって結構重要だよな」 「え、じゃあ行ってくれますか?」 「ああ、いいよ。でも俺仕事が忙しいから、いつって約束できないけどいいか?」 「そんなの全然構いません! 暇が出来たときに電話して下さい」 それから電話番号を交換して、日野さんは帰っていった。 嬉しくてニヤニヤしていたら、またゴン太にこづかれた。 「なんだよあれ? 運命の人なのに、お友達から、なんだ?」 「いっいいだろう。例え運命の人でもいきなりって訳にいかないだろうが」 「ふ〜ん、随分弱い糸で結ばれてるんだね。それともやっぱり繋がってないとか」 ちょっぴり勝ち誇った顔をされて悔しい。 「大丈夫。このデートで決めるぜ!」 握り拳の俺をやっぱりため息をついてひと言。 「ほんと誠司ってお気楽」 くそ、みてろよ。俺は運命を証明してみせる。 |