結局日野さんと電話で話すことは一度もなく、コンビニへ来てくれたときに日にちが決定した。仕事中は電話してくるな、と言われていたこともあり、日野さんの方はコンビニへ行けば俺と会えると思っていたのだろう。 「中々休みが決まらなくて悪かった。お盆は家族で旅行か?」 「それほど子供じゃないです」 「それじゃ、来週の水曜日でどう」 それは誘ってから半月が過ぎた、盆休みのまっただ中。夏中バイトの予定だったので、ここの都合さえ付けば大丈夫。俺はゴン太に目だけで物を言うと、向こうも目だけで返してきた。しょうがないね、って顔はその日は俺の代わりに出てくれるってことだ。 一日中いる俺と違ってゴン太は夕方からだけなのだ。 「いいです。行けます。でも日野さんほんとに仕事が忙しいんだね」 日野さんは俺のその言葉に返事をせず、ちょっと不思議そうな顔をして、それから自分の胸元を見た。そして納得の顔をし、まっいいか‥と呟いた。 俺が名前を知っていたことに、驚いたのだろう。 「ああ、納期が9月1日なんだ。だから今はかなり忙しい。盆休みもほんの少ししかとれなくて」 「俺‥そんなときに誘っちゃってよかった?」 「バカだな。ダメならダメってハッキリ言うぞ、俺は。ガキはそんな心配しなくていいの。分かった? 誠司くん」 えっ、俺も名前を呼ばれてビックリする。あっそうか、俺も胸に名札を付けていたんだ。 「誠司でいいッスよ」 そう言ってお互いに笑った。 朝からずっとソワソワして、耐えられずにゴン太に電話したりして、俺の代わりで忙しいの、とか怒られたけどちゃんとちょっとだけ相手してくれて、午前中の時間を潰した。それはもう楽しみで仕方なかった。 お昼を軽くすませ、1時の待ち合わせ10分前に映画館へ着いた。 日野さんは1時ピッタリにやってきた。だけど初めは日野さんだって分からなかった。だって、初めて私服を見たんだから。好みのタイプ〜、なんて見てたらなんと日野さんだったのだ。 作業服を脱いだ日野さんは、中学生のようだった。アメリカ空軍調の腕章とかついたきっちりした半袖シャツにジーパン。整っているけどきつめの目を配した小さな顔に、その姿はまたコスチューム萌えしそうなくらいに似合っていた。 日野さんだと気付いてからも自分から声をかけることなく、きょろきょろと周りを見回すのをずっと眺めていた。 すれ違った二人連れの女の人が、可愛い〜、と通り過ぎてからはしゃいでいる。 やっぱ誰が見ても可愛いよなぁ。 「誠司、見つけたんなら声くらいかけろよ」 俺に気が付いて、ムッとした顔をされる。 「あ、すんません。ちょっと‥」 「ちょっと、なんだ?」 「えと、見とれてたんで」 「見とれて‥?」 日野さんはさっきの二人連れを指さして、納得した。いや‥まあ‥、誤解だけどそう思ってくれた方がいいのか。 「美人だったよな」 「どっちが?」 「俺は右の方が好き」 ふーん、日野さんの好みは可愛いよりも綺麗ね。 「誠司が見とれてたのはどっちだ」 答えない俺にツッコミが入る。 「え、俺は左の方が可愛くて良かったかなって」 「なんだ、可愛い感じの方が好きなのか」 日野さんに軽くこづかれて、笑いながら映画館の中に入った。 「もしかして軍服とか好きなの」 「ああ、この格好か。こういうの着せたがるんだよ。ワッペンとか小細工してあるのが好きで。俺は別に着れりゃなんでもいいからさ」 お母さんが好きなのかな。でも自分で服って買わないのかな。俺なんか工高入ったくらいから、服は自分で買うようになったけど。 つうか、日野さんって一体いくつなんだ。 「会社って何年目?」 「ん、3年目」 「大卒? 高卒?」 「大卒‥、ってお前。俺のこといくつだと思ってるんだよ」 大卒で3年目ってことは‥。怒ってる雰囲気に素早く考えて答える。 「25」 「あ、今計算しただろ。ついこの間25になった。ほんとはいくつだと思ってたんだよ」 ええ〜っ、マジですか。25かぁ。俺よりも7歳も年上なんだ。 まさか20歳くらいとは言えず、ごまかす。 「ほっほら、もうじき始まるから。俺ジュースでも買ってきます。コーラでいいッスか」 「あ、じゃあ」 なんとか追求は逃れたみたい。ホッとした俺に日野さんは千円札を出した。 「要りませんよ。俺から誘ったんだし」 「だけど映画代もそっち持ちだったろ。ガキは素直にもらっておく」 ちえ〜、顔だけ見たら俺の方が年上に見えそうなのに。 日野さんがガキ扱いするので、結局は早めの夕飯も全部おごってもらって帰ってきた。 でも映画は楽しかった。ほんとに笑うツボが一緒って重要だよな。同じ所で笑ってるし、あとから感想を話していてもやっぱり同じ所で感動していて。 またコメディがあったら見に来ようって約束も出来た。 しかし次の映画まで待つなんて気が長すぎるよなぁ。これじゃただの映画友達じゃん。いや、店員と客って関係からは随分進歩したけどさ。 なんとかしてまたデートに誘わなくっちゃ。そう考えていたら、突然ゴン太が止めておけと言い出した。それは映画を見に行ってから6日後の火曜日のことだった。 「なんだよ、お前。昨日までは一緒に、次はどこへ行くか考えてくれてたじゃないか」 「昨日は昨日。今日から俺は反対」 「なんでだよ」 「誠司と日野さんじゃ釣り合わないよ。向こうの方が随分年上だったじゃない」 「年なんか関係ねーだろ」 「それにフリーかどうか聞いたの?」 「聞いてないけど。でも相手がいたら俺とデートなんてしてくれっこないじゃん」 「日野さんはデートだなんて思ってないよ。誠司自分でデートじゃないです、って否定しちゃったじゃない」 「なんだよ、ゴン太の言うこと聞いてると、日野さんに恋人がいるってことかよ」 「え、いやだなぁ。俺はそんなことひと言も言ってないよ」 ゴン太は鼻をピクピクさせて目を反らした。 「お前な、一体俺たち何年付き合ってると思ってるんだ。もう6年だぞ、6年。お前が嘘付いてるかどうかくらいはすぐに分かる」 グッと胸ぐらを掴んでゴン太を正面から見据える。至近距離で見つめられてゴン太は降参した。 「分かったってば」 そう言いながら俺の両頬を両手で摘むと、ぐにっと引っ張った。 「そんな怖い顔しないで笑って。いい男が台無しだよ」 まったくゴン太は俺の扱いが上手い。にっこりと可愛い顔で微笑まれて、つられて笑ってしまった。 「そうそう、その顔。いい? これからその顔じゃなくなった時点で、俺は話しを止めるからね」 そんな前置きをしてゴン太は話しを始めた。 昨日は日野さんは何故かコンビニには来なかった。月曜日はいつも来るのに。ゴン太は夕方の5時から入ってるので、夜の11時までいる。俺は朝の8時から入ってるので、夕方の一番忙しいときが済んだら上がる。日によって違ってるのだが、昨日は客足が鈍くて6時には上がってしまった。 そしたら日野さんがゴン太が上がる寸前に来たらしい。 「最初は分からなかったよ。俺、作業服姿以外見たことなかったし。誠司から聞いたジーパンでもなく、スラックスに半袖Yシャツにネクタイだったから。その格好も似合ってて誠司に見せてやりたいなぁって思ったけど、次の瞬間いなくてよかったって」 「どうして」 「だって‥、日野さん‥恋人と一緒だったから」 言い辛そうにするゴン太から出た言葉に俺は一瞬で反応する。 「なんで恋人だって分かるんだよっ」 「ほら、顔が怖いよ」 今日は店長が来たので、ゴン太は休憩、俺は上がりで店の裏で話していたのだが、ビールケースに腰掛けていたのに立ち上がってしまった。なんとか気持ちを落ち着かせ、また腰を落とす。 「日野さん、相手の人と腕組んでた」 ええっ‥そんな‥。 もう立ち上がる気力も無くなって頬杖をついた。 「なんだ‥。日野さん、恋人いたんだ」 浮かれていただけに、ショックが大きい。でもまだそれは口の端に乗せるだけで、心を上滑りしていく。 しかしさらに追い打ちをかけるようなことをゴン太は言う。 「その相手って言うのがオカマなんだよ。背は日野さんより大きくて、デカくてゴツいのに、しっかり化粧してスカートはいてた。だけど足は割と綺麗だったかな。あ、日野さん、誠司によろしくって言ってたよ」 「ひっ日野さんって、そう言う趣味だったんだ」 「な、だから止めとけって」 「だっだけど‥。そんなら男もいけるってことじゃん」 「もう、誠司ったら諦め悪すぎ」 「だってそんなオカマなんかより俺の方が格好いいだろう」 ショックで倒れそうだったけど、そう思ったらなんだか元気が出てきた。 「そうだ、俺の方がいいって分からせてやる。俺と日野さんは運命の相手なんだから」 ゴン太はガクッとしてずっこける。 「マジ? 誠司ってお気楽なだけじゃなくてアホなんじゃない?」 「お前なんて酷いこと言うんだよ。俺は前向きなの」 「うんもう、どうなっても知らないからね。落ち込んだら慰めてあげようかと思ったのに」 「慰めるってどうやって」 「こうやって」 ゴン太は俺の前に立ってひょいとアゴを持ち上げると、チュッと音をさせて唇にキスをした。 「それじゃ、俺は休憩終了」 店へ戻ろうとするゴン太の腕を引っ張った。 「もうちょっと慰めて」 「だからアホだって言うの。落ち込んだらって言ったでしょ」 ピシッとおでこを張られて一瞬手が緩んだ隙に、ゴン太はスルリと抜けて行った。 相変わらずゴン太だけは掴めない。何を考えているのかよく分からないのだ。 前に口説いたときも、実はついでにキスを迫った。だけどその時は絶対にイヤだって言って断られたのだ。そりゃノーマルなら男とは罰ゲームでもない限りしたくないのは分かるけど。 なのになんで今はいいんだろう。 でもゴン太のおかげで俺はすっかり元気になっていた。あとからそのことに気付く。 やっぱり俺の扱いが上手いんだよな。 そして、新たに日野さんゲットに闘志を燃やす俺だった。 「オカマには負けない」 別にオカマだからって馬鹿にしてるとか、そんなことはないんだけど、今の俺は嫉妬に駆られその人を敵対視していたのだ。 |