そして次の日。水曜日は普段と同じに日野さんはやってきた。先週見に行った映画のことをチラッと話し、帰ろうとする。 「あの、日野さんって男もいけるんですよね。それとも男だけッスか」 「俺は両方いけるけど、なんでそんなこと知ってるんだ?」 かなり思い切って質問したのに、あっさりと肯定されてなんと言って返していいのか迷う。きょとんとしたその顔は不思議という言葉しか読みとれない。 うっ、ゴン太から話しを聞いたと思わないのかな。 「だっだって、昨日‥連れだって来た人が、恋人みたいだったって」 「それがなんで男もいける、になるんだ」 怒ってるようにも気分が悪いようにも見えず、本当に不思議そうだ。日野さんは変に勘ぐるとか、人を疑うとか、邪推することがないんだろう。顔の可愛さと同じで心も可愛い人なのだ。 「ゴン太が教えてくれたんだけど‥」 「俺、お前になんか言ったか」 きょとんとした顔は今度はゴン太に向かった。 「ええっ、あの‥誠司によろしくって言っただけです」 ゴン太も焦る。 「ほらいきなり核心突くなよ〜」 俺の背中をゴン太が指で刺す。後ろで恨めしそうに囁かれて、ごめんと謝った。 そこへ他の客が清算しに来たので日野さんはいったん離れる。俺はレジをゴン太に任せて日野さんと一緒に外へ出た。 「昨日一緒に居た人は恋人なんですか」 意を決して一番肝心なことを聞く。 「ああ、そうだよ」 ガーン。やっぱりそうなんだ。でも‥でも俺と日野さんは運命の相手。ノーマルな相手を落とすより、男もいけると分かってる相手を恋人から奪う方が可能性が高い。 「それでなんで男もいけるって分かったんだ」 「だって、その恋人って男だったんでしょう?」 日野さんは銜えたタバコにむせ返った。 「お前らなぁ、その何気ないひと言がどれだけ人を傷つけるのか分かってるのか。彼女は女だ。女性なの? 分かったか」 「ええっ、でっでもゴン太が日野さんよりも背が高かったって」 「身長は俺と一緒。でもヒール履くから外へ出ると俺よりも高くなる」 「日野さんって綺麗系が好きだったんじゃないの?」 俺はゴン太の言葉で漫画に出てくるような、もろ男〜って丸分かりなオカマを想像していたのだ。 「そうだよ。お前疑ってるな。ちょっと付いてこい」 そう言って俺を車の中に押し込めると、発車した。 「ちょっちょっと、俺バイトが‥」 「近くだから」 5分も走らないうちに、スナックが4軒並んでいる小さなビルの前に来た。そのうちの一軒に入る。 「きゃあ〜、いらっしゃい。どうしたの、こんな時間に珍しい。しかも可愛いお客さん連れて」 「こいつがえん子。俺の彼女」 たっ確かに‥。スナックのママらしいその人は日野さんが言う通り綺麗系でもあり、ゴン太が言うようにオカマっぽくも見えた。 とにかくデカイ。ハイヒールを履いているのか、182センチある俺と視線が近い。しかしモデルのように線が細いわけじゃないから、ゴツいと言ったゴン太の言葉は嘘じゃない。でもそれは平均身長の女性と比べての場合で、男と比較すればやはり細かった。細身の日野さんとはどっこいどっこいって感じだったけど。 そしてただ顔だけを見れば、水商売だからなのか少し化粧は派手だったが、そこそこ美人だった。 だけどやっぱりオカマに見えちゃうよなぁ。 呆然としている俺にその人はにっこり笑ってこう言った。 「ねえ、坊や可愛いからバーテンでもやらない? うちの娘たちも喜ぶと思うわ〜」 日野さんの方がずっと可愛い顔をしていると思うのだが、なんせ俺は高校生だから遊ばれているのだろう。その人はどう見ても30歳って感じだったから。 「ちょっとお前を見せに連れて来ただけだから。また今度来る」 「ええ、分かったわ。それじゃ」 にっこりと微笑まれて、日野さんと同じものを感じてしまった。 俺は偏見を持ってここへ来たのに、きっとそれも感じていただろうに、それでも心の底から優しく微笑むことが出来るこの人には敵いっこないと思った。 さっきまで絶対に諦めることが出来なかったのに、今は清々しいくらい綺麗サッパリ諦めることが出来たと思った。 帰りの車の中で日野さんに謝った。 「ごめん。俺、日野さんのことが好きだったんだ。ゴン太から相手がオカマだって聞いて、男もいけるなら俺にだって望みはある、振り向かせてみせる、とか思っちゃって。俺もバイだから」 「なんだ、それじゃあの映画はほんとにデートの誘いだったんだな」 「うん、そう‥」 「まっ、そんなに落ち込むなよ。誠司には可愛い連れがいるじゃないか。ゴン太くんがどんな目でお前のことを見てるか、気付いてもいいんじゃないのか」 「どんな目って?」 「それくらいは自分で考えるんだな。ほら、ついたぞ。バイト中に悪かったな」 日野さんだって仕事中だったのに。しかも俺の誤解が原因なのに。人のせいには一切せずに、相手の立場で物が言えるなんて。なんて凄い人なんだろう。やっぱり俺が惚れるだけのことはある。そしてその日野さんが選んだ相手なのだから、あの彼女も凄い人なんだ。 運命の相手じゃなかったけれど、後悔するようなことも一切なかった。むしろ誇りに思ってしまう。 「ね、軍服好きなのって彼女?」 「ああ、そうだよ」 そうだよなぁ。あの年で親の言いなりってことないよなぁ。もっと早く気が付いても良かったのに。でもそうしたらこんなにスッキリはしなかったか。 日野さんの車を見えなくなるまで見送って、店に入った。その途端、 「誠司! どこ行ってたのさ。早くレジに入ってよ」 ゴン太から怒鳴り声が飛んできた。 夕方の混んでるときに抜け出してしまったので、レジの前にはお客さんが列をなしていた。まっまずい。 俺はもう一つのレジを開けると、客がいなくなるまで無心で勘定を続けた。 その日は俺と交代で入るはずのバイトが風邪を引いて来れなくて、ゴン太と一緒に11時まで残っていた。いや、ある程度の時間になったら誠司は帰ったら、と言ってくれたのだが、何となくゴン太と一緒に帰りたかったのだ。 日野さんに言われた言葉が引っ掛かっていたのかもしれないし、やっぱり振られたには違いないので多少は落ち込んでいたのかもしれない。 近くの公園でブランコに座って、ペットボトルのお茶を飲みながらゴン太に聞いた。 「なあ、落ち込んだら慰めてくれるって本当か」 「なんだ、誠司ったら落ち込んでるの? 珍しいんじゃない? いつも図々しいくらいに自分に都合のいいようにしか取らないのに」 「あんなにキッパリしっかり振られたことないから」 そう言ってから少し考えた。 「あ、そんなことない。そういやゴン太。お前にもしっかりキッパリ振られたんだった」 「でも俺の時は落ち込んだりしなかったでしょ」 「え〜、そんなことないぜ。顔で笑って心で泣いて。そんな男心を分かって欲しかったなぁ」 「落ち込んで‥た?」 「そりゃもう、思いっ切り」 「今とどっちが落ち込みが深い?」 いつもと違って少し真剣なゴン太に違和感を感じる。 「今回はなんか終わった〜って充実感があるって言うか満足してるって言うか。でもゴン太の時にはノーマルは落とせないって厚い壁があったからかなりだった。そうだ、それがあるからノーマル落とすより、恋人から奪う方が簡単って思ったんだ」 「でもあの時は全然真剣に思えなかった。試しにって感じだったもん」 「だって男にコナかけたのって初めてだったから。実験的でも仕方ないだろう」 済んでしまったことを今更もめても仕方がない。俺は深くため息をついた。 その俺の様子を見てゴン太はブランコを降り俺の前に立った。 「ほんとに落ち込んでるんだ」 「嘘付いてどうするんだよ」 「慰めて欲しい?」 「うん、ほしい」 俺が顔を上げるとゴン太は両手を差し出した。俺の顔を挟んでそっと口付ける。前と違ってゆっくりとしたその動きが凄く色っぽい。 俺は両手でゴン太を抱き締めてもっと深く口付けた。ゴン太も俺の身体に両手を回し、体重を預けてくる。 その途端、バランスが崩れブランコから後ろ向きに落っこちた。ゴン太を抱えたまま背中を強打する。歯と歯も思いっ切りぶっつけた。 「いった〜」 「いってぇ」 二人で痛いと呟いて、目が合ったら吹き出していた。地面に寝転がったまま爆笑する。 「あはは、ゴン太お前ってほんとにイイ奴だよな。おかげで元気になったよ」 「イイ奴なだけで男にキスなんてすると思うの?」 「え、どういうこと‥だ?」 いつも掴めないゴン太が、何を言わんとしているのか、全く予想が付かなかった。 |