作業服で×して 4

「俺はね、昔っから誠司のことが好きだったの。それくらい気が付いてよ」
「だっだって‥。あんなにしっかり振ってくれたじゃないか。おまけにお前ノーマルだろ」
「当然だろ。全然本気に思えなかった。作業服着てるの見て言ったじゃないか」
「そりゃ勢いってモノがいるからさ。作業服着たゴン太があんまり可愛かったから」
 それを聞いてゴン太は少し考えていた。

「今はどうなの。まだ俺のこと好き?」
「好きに決まってるじゃないか」
「日野さんが好きだって夕方まで騒いでたくせに?」
「日野さんのことはすっぱりと諦めた」
「じゃあもし日野さんとまとまっていたら、俺のことはどう思ってたの」
「う〜ん、それは難しいなぁ。ゴン太のことは好きでも、今はやっぱり友達って思いの方が強かったから」
 ゴン太はそれを聞いてにっこりした。

「誠司って凄く正直だよね。口にも態度にもそれが出る。だから今は、好きって言ってくれるその台詞は信じられるよ」
「ほんとか。それじゃ今度こそ付き合ってくれるか?」
「うん、いいよ。誠司だけは性別関係なく特別に好きだから」
 地面に寝たまま、ゴン太を抱えたまま、もう一度キスをした。

 ゴン太‥凄く可愛い。ずっと俺のことを思ってくれたなんて。でもそれじゃ日野さんのことはどう思っていたんだろう。

「なあ、それならどうして日野さんのことは協力してくれたんだ」
「俺は誠司がしたいことをやらせてあげたかっただけ。誠司が誰を好きでも、俺が誠司のことを好きな気持ちは変わらないから」
 なっなんて大きな愛情。ゴン太も凄い奴だったんだ。
「それにいつも付き合いが終わると俺の所に戻ってくれたから。それは自信があったんだ。男の人が振り向いてくれるとも思わなかったし、まさか日野さんが男もいけるなんて予想外だったけどね」
 ニコリとするゴン太に、俺はちょっと早まったかな、とか思ってしまった。もしかすると俺はずっとゴン太の手の平の上で踊らされていたのかもしれない。
 すっすると俺はサル並みってことか‥。

 う〜ん、ちょっぴり悔しい気がするけど、なんかすげぇ幸せだからいいか。
「ゴン太。23日から旅行しような」
「それは前から決まってるでしょ」
 ずっとバイトしていたのは車を買うためだった。夏休みの最後の一週間は、その買った車でドライブ旅行をする予定だったのだ。
 それでなくても楽しみだったのに、もっと楽しみが増えた感じ。

「ああ、俺って世界で一番幸せかも」
「まったく誠司ってお気楽なんだから。でもそこが好きなんだけどね」
 可愛い顔でしれっとそんなことを言うゴン太は、ちょっと虐めてやりたい心境にかられる。
「旅行中は思いっ切りやりまくろうな」
 耳に口を付けてそう囁いてやったら、ゴン太は珍しく顔を真っ赤にして鼻をピクピクさせ焦っていた。
「や、ヤダって。そんなこと」
「だ〜め、もう逃れられないの」
 そのまま抱き締める腕を強くすると何度も唇を重ね、日付が変わるまでその公園でイチャイチャした。


 それから9月が過ぎるまで日野さんは店に来なかった。納期は1日と言っていたけど、延びたり設変が入ったりしたんだろう。今までにもたまにあったし。
 10月になって久しぶりに会うと、あっさりと俺とゴン太がくっついたことを見破られた。
「良かったな」
 と心から言ってくれたのに。日野さんの方は何故だか、年末には破局を迎えていた。
 幸せでいっぱいの俺から慰めることも出来ずに、ただ店で顔を会わす状態が続いた。

 いつの間にか3月になり、俺とゴン太はバイトを止め、それぞれ就職した。
 俺は大手自動車会社の生産管理に、ゴン太は整備工場に勤め、仕事着はオレンジのツナギだった。またそれも堪らなく可愛くて、俺は休みの度にゴン太の工場へ遊びにいった。


 すっかり日野さんのことを忘れていた8月。俺はゴン太と映画を見に行くつもりで一緒に歩いていた。そしたら前方に日野さんがいた。Tシャツにジーパンで相変わらず中学生みたい。何やらでっかい男ともめている。
「絶対日野さんだよな」
「うん、きっとそうだよ」
「日野さーん」
 声を張り上げて呼びかけるとすぐに振り向いてくれた。

 ああ、やっぱり可愛いなぁ、と思った瞬間。その可愛い顔は見えなくなり、身体ごと隠されてしまった。
 日野さんの前にかばうように立って、デカイ男が邪魔をする。

 ヤッヤクザ? ジロリと睨んだその顔は三白眼でムチャクチャ迫力があった。
 しかも182ある俺が上を向かないと視線が合わないなんて。190は超えてるな。肩幅とかもしっかりしていてかなりごつい。
 そして何故だかずっと睨まれ続けていた。こっ怖い。ほんまもんのヤクザなんだろうか。前髪で隠れてはいるが、額の引きつれたような大きな傷も恐ろしさに拍車をかける。よく見たら、こっ小指がない! チノパンにデニムのシャツなんてカジュアルな格好してるけど、キッパリはっきりヤクザだ。

「誰だ、この人はお前が呼んだ人じゃない」
 低い声で睨みながら言われて思わず後退る。すると後ろから日野さんがそのごつい男を押し退けた。
「誠司、久しぶりだな」
「しっ‥知ってる奴なんですか」
 俺を睨んだ顔とはかなり違って、ちょっと情けなさそうにする。
「ああ、だからどいて」
 日野さんに言われてその大男は後ろへ引っ込んだ。でも後ろからジッと睨まれて居心地が悪い。

「相変わらず仲良さそうだな」
「日野さんのおかげでずっとうまくいってます」
「そっか、良かったな」
「日野さんは? その後どうなの?」
「俺? 俺はほらこの通り」
 日野さんは後ろの大男を親指で指さした。
「もっもしかして‥その人恋人ですか」
「そう」
「綺麗系が好きだったのに」
「それも好みだけど俺ってデカイ奴が好きなんだよね」

 そうなのか。だからあの彼女も大きくても気にならなかったんだ。確かに今度の大男も顔は怖いが男前だった。
「日野さんも幸せなんだ。良かった」
 俺が日野さんと言うたびにその大男は変な顔をする。よっぽど惚れているのだろう。他の奴には名前も呼ばせたくないってことなんだろうな。
「お前、さっきから日野さん、日野さんって‥」
 馴れ馴れしいとでも言いたかったのだろう男の口を手で塞いで、日野さんは、黙ってろと言った。

 その日野さんの手を大男は、太い腕に大きな手で簡単に掴んで引き剥がすと、
「だけど、トオルさん」
 まだなにか言いたそうにする。日野さんってトオルさんって言うんだ。あれだけ騒いでいたのに名前すら知らなかったなんて。
「いいから、トシは黙ってろって」
 そして俺の方を向いて、
「いい映画があったら、また見に行こうな」
 そう言ってくれた。
「まっまたって。トオルさんっ、どういう関係なんですか」
 なんだ、まだ焦るくらいの関係なんだ。

「いいッスね。是非、4人で見に行きましょう」
 あんなに怖そうだったけど、やたらと可愛く思えてきた。日野さんにかかるとヤクザだってこんなになっちゃうんだ。
 ちょっと意地悪がしたくなって、わざとトシと呼ばれた人に向かって笑いかけた。
「2人で行ってもいいですけど」
 ビシッとこめかみに筋が立ったのが分かった。うわ、キれちゃったかな。
 と思ったかどうかで、俺の方も後頭部に激痛が走る。
「いてっ」
「‥誠司」
 しまった。ゴン太が一緒だったんだ。
「じょっ冗談だって」
 焦る俺を尻目にゴン太はひと言。
「分かってる」
 くそ、ゴン太の奴。

「バカだなトシは。ちゃんと相手がいるんだから」
 俺たちの横で日野さんもトシさんを叱るように慰めていた。デカイはずなのに、叱られて日野さんより小さくなった気がした。
 う〜ん、ゴツい怖い男がいいなりになるってのも、ある意味凄く可愛いかもしれない。ギャップがいいよなぁ。俺の可愛いリストにプラスされそう。


「ほら行くぞ」
「だっだからトオルさん、今日はうちへ帰りましょうって」
「ふ〜ん、別に俺一人で行ってもいいんだぜ」
 これでずっともめていたのか。日野さん、パチンコ好きだから。
「‥分かりました。俺も行きます」

 トシさんが諦め、そばのパチンコ屋に入ることになった日野さんたちと別れた。
 見送っているとすぐにトシさんの質問が聞こえた。
「なんで日野さんって?」
「作業服は定規入れてると後ろが隠れるからさ。出先でもそう呼ばれるからそんなに気にならないし。名字は‥」
 なんて会話は、そのパチンコ屋に入って聞こえなくなった。
 日野さんは日野さんなのに、一体何が気に入らなかったんだろう。


 それから俺たちも映画館に向かって歩き出した。
「なんかあのヤクザの人。可愛かったね」
「やっぱりゴン太もそう思うか」
「うん、初めはめっちゃ怖そうだったけど」
「日野さんって凄い人なんだよ」
「だよね、年上のヤクザだってものともせず」
「ほんと格好いいなぁ。ヤクザだって言いなりってか。でも絶対あれは向こうから言い寄ったんだぜ。こんな俺にすら焼きもち妬いてるんだから」

「俺だって妬いたよ」
 急に立ち止まられてビックリした。
「え、だってさっきは冗談だって」
 ゴン太は何も言わずに下を向く。
「ごっごめん。ゴン‥太?」
「あはは、誠司もさっきの人と一緒」
 思いっ切り楽しそうに笑うゴン太。
「こらっ」
 俺が手を挙げるとゴン太は嬉しそうに逃げていった。


 ああ、みんな幸せになって良かったなぁ。
 でも俺もあのヤクザな人と、上手く操縦されてるという点が一緒なのか。と言うことは俺もゴン太からは可愛いって思われてるのかなぁ。
「なあ、ゴン太。もしかして俺のこと可愛いって思ってる?」
「思ってる」
 ちぇ〜っ、そう言うことか。
 格好いいって言われる男になろう。
 日野さんのように。
 日野さんが可愛いのは見た目だけで、きっとそこら辺の男の中では一番格好いいから。

 あれ‥待てよ。と言うことはゴン太もかなり格好いいということになるのか。
 くそ、なんか悔しい。一回くらいはゴン太から格好いい〜、って言われたい。

 運命の相手はゴン太だった。
 今度から俺の目標は格好いい男になることに決めた。
 そしてゴン太から格好いいって言わせてみせる!
終わり

前へ ・分校目次 ・愛情教室 ・あとがき

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