※虫の話しです!!
昆虫が苦手な方は要注意!

苦手1

「徹〜、腹減った‥。もう、どっか出て食ってこようぜ。前のラーメン屋でもいいし」
 銀次は節操なく、腹が満たせればどこでもいいとブーたれる。
「お前なぁ、一体誰のためにトシが買い物に行ってると思ってるんだ」
「だって、ここへ来ればなんか食えると思ってたから」
 ったく。銀次はトシのメシが旨いことに味を占めて、こうやってしょっちゅうたかりに来るようになった。今だって俺とトシだけなら普通に食べれる材料があったのに、銀次が来るって言うからわざわざトシは買い物に出たのだ。
 だから大人しくトシが帰ってくるのを待ってればいいんだけど、どうやら給料日前でトシのメシが目当てと言うよりは、何でもいいからタダで腹を膨らませたい、と言うのが本音のようだ。

「お前、朝から食べてないのか?」
「朝からっていうか、昨日から食ってねぇ」
 このデカイ図体、なにも食わずにどうやって動かしてんだ?

「なんか食う物くらいはあるだろう?」
「けど、昨日持ってた最後の金はビール代でドロンだし、家には米粒一つも残ってないし」
 確かにビールは旨い。こうして暑くなってきたらよりいっそう旨いと感じるのはわかる。だが、そのビール代で米が買えるだろうが。

「ほんっとお前ってバカだな。次の給料日まで計算して使えよ」
「俺だってそれくらい分かってるけどさ。あけみちゃんが」
「なんだよ、あけみって」
「新しく入ってきたキャバ嬢なんだけど、すげぇ可愛いんだよ、これが。徹も会えば気に入ると思うけど、ちょっと見栄張っていいもん食いに行っちゃったんだよな」
「ったく、お前はまた懲りずに女に貢いでるのかよ。そんなに可愛けりゃ、あっと言う間にナンバーワンになって、お前なんて見向きもしてくれなくなるぞ」
「うっ、徹って相変わらず酷い、きつい、意地悪。男の夢を壊すようなことを言うなよ」

 ほんとにこいつってどうしようもないな。どうして現実を見ようとしない?
 だからシンナーやドラッグに手が出ちゃったんだってことに、どうして気付かないのか。
 俺の物言いに傷付いたのか、それから大人しくなった。

 テレビを見るともなしに眺めていたのだが、腹が減りすぎて敏感になったのか、銀次は俺には分からないことに気が付いた。
「なんかいい匂いがする。ウナギか?!」
 開けっ放しのベランダの窓の方に向き直って、鼻をひくつかせてその匂いを嗅いでいる。

「そんな匂いはしてこないぞ。油の匂いはかすかにするが」
「徹、お前は味覚が悪いだろ」
「銀次、お前は頭が悪いだろ」

「えっ? なんで」
「お前が言いたいのは嗅覚だろ?」
「あっ、そうか‥。あはは」
「だからアンパンなんてやるなって言ったんだよ。歯だってないし、脳味噌溶けちゃったんだろ」
「徹がそんなこと言うから、トシなんて俺がシンナーでラリってた、なんて信じてるんだろ。訂正しろよ」

 まあ、実際の所はシンナーは一回か二回しかやってないと思われる。説明するのが面倒なので、ついそんな言い方をしてしまうのだが。
 歯がないのはシンナーで溶けた訳ではなく、シンナー吸ってた所を見つかって俺の親父に殴られたからなんだけどね。
「歯はお前の親父にやらたんだろ。けど、どうしてばれたんだろ」
 学校裏の雑木林なんて教師でもない限りは来ないからな。

「お前が何度言っても聞かないから、俺が密告ったの」
「なんだって、徹、お前かよ。犯人は!」
「犯人なんて人聞きの悪い。常習者になる前になんとしても止めさせたかったんだよ」

 うちの親父は当時から俺たちの年代の奴らには異常に怖がられていた。見た目ヤクザだし、そんな男に歯が折れる程の勢いで殴られちゃ止めるしかないだろう。
 それに銀次は見てくれのごつさと正反対でビビリだし。

「それは‥、俺のことを‥思って?」
「そう、銀次のことを思ってだ」

 胸ぐらを掴んで憤っていた銀次は、俺の顔をマジマジと眺め真剣さを窺っている。真面目な顔で返してやるとその手を離し、それからすぐに抱き付いてきた。
「徹!」
「はいはい、俺はその時止めて(とめて)くれて良かったと、今現在思ってくれたら満足だから」
 抱えきれない銀次の背中をあやすように叩いてやれば、子供のように満面の笑みを浮かべた。
 ったく、これだから銀次がいくらお馬鹿だと思っても切れないんだよね。こいつはでかくて可愛い。自分が信頼してる者の言うことなら無条件で聞いてしまう所がある。忠犬のようで離すことができない。
 それが銀次の得な性分で、こんなにお馬鹿でもこうしてなんとか生きてきてるわけだ。

「ほら、鬱陶しいからいい加減に離れろよ」
「徹〜、お前ってこの感動的なシーンにどうしてそんな冷たいコトが言えるんだよ。それに男だってオッケーだろ」
「暑苦しいだろ。冬なら暖かくていいけど、今は夏」
 ピシャリと断ってやると渋々手を離した。
 実際の所、冬なら抱き合って寝てもいいし、キスしてもセックスしても別にいい。俺は何とも思わないから。セックスってそんなに神聖視してないし、する意味もない。出したけりゃ出す。それは公衆トイレで排泄してくるのとなんら代わりがない、と思ってるんだけど、銀次やトシには通用しないってのも分かってるから言わないけど。
 まあ、銀次で勃つかって問題はあるけどな。

「トシなら暑苦しくてもいいんか?」
「トシでもダメ。暑苦しいものは暑苦しい」
「ひっでぇな、お前‥。女ならいいのか?」
「う〜ん、女の子ならちょっとは考える」
「うわ〜、トシに言ってやろ。可哀想に」
「はいはい、好きにしろよ」
 トシだって暑いときにセックスの意味ではなく、抱き合おうとかは思ってないだろうから、それを阻止する気はサラサラなくて。

「あいつって何であんなに精神力が強いってか、精神的にタフなんだ? 忍耐力、自制心、半端ないよな? まだ若いのに」
「ん〜、そうでもないらしいぞ。いや、元々はしっかり溜め込む性格だったのかもしれないから、もしかしたら元に戻っただけなのかもしれないけど、この町に来る前は相当荒んでたらしいから。因縁つけてくる相手、全部とケンカしてたみたいだな」
「えっ、ケンカ‥するんだ? あのガタイで」
「凄い怖そう、とか思っただろ? 一度対戦してみたらどうだ?」
 ビビリ気味な銀次を、面白そうだったのでもう一つ脅かしてみる。

「重量級の重い重い戦い。メチャクチャ迫力あるな!」
「いっ、イヤ。ほんとマジで止めて。あんなのとケンカしたら死ぬって。それよりも徹がケンカしてみたらどうよ? さすがの徹もあいつには勝てないんじゃないか」
「はあ? お前‥、俺がただデカイだけの奴に負けるってのかよ?」
「うあっ、マジで勝つ気満々? いや、だってあいつのパンチは重そうだし、軽量級の徹なら一発当たったら吹っ飛ぶぜ?」
 ま、普通はそう思うよな。前にトシの顔を殴ったときだって全然効いてなかったし。タッパが違うからどうしても体重が乗らないんだよね。
「ふん、確かに。スポーツなら重量別に分けられてるのが当然。だけどケンカなら違う。生きるか死ぬか。殺す覚悟でやれば一撃で決まる。デカイ相手ならそれなりに戦い方はある」
 だから真剣に倒そうと思ったらボディにいかないとダメ。急所狙って殴る、蹴るで対抗するのが常套手段。あ、そこで勘違いしてる奴! 言っておくけど急所ってのは金玉のことではなく、みぞおちとかのことだ。

「うっ、お前本気になったらマジで怖いもんな。でもトシだって迫力あるぞ? 本物のヤクザだと思ったもん、最初に見たときは。あいつも修羅場くぐってきてるんじゃないのか? あの迫力は経験してないと出ないだろ?」
「だから、売られたケンカを全部買ってるうちについたんじゃないの?」
「あ、そうか。やっぱり経験値がものを言うわけだな」
「だが経験値って言うなら銀次、お前だって相当なはずなんだけど」
「まあそう言うなって。俺は見てるだけの方が多かったから」
 俺たちが通っていた高校は隣の高校ともの凄く仲が悪くて、しょっちゅう大人数でのケンカをしていて、俺はいつの間にか番長に仕立てられていて毎日のようにケンカしてたんだよね。土地柄も悪かったしさ。でもいざ出向いて行くと大抵銀次が番長だと間違われてるんだけど。
 この町で俺たちくらいの年代の奴に「トオル」って名を出せば殆どの人間が知ってる、ってくらいには有名。でもその後に大抵は「あのデカイ奴だろ」ってついてくるのが笑えないんだけど。

「ったく、気が弱いにもほどがある。みんなで戦ってるんだから、お前も最初から参戦しろよ。俺や止めに入った純が怪我してからしか参加しないなんて。遅すぎんだよ」
 銀次は気が弱い。だからケンカなんてしたくないからしない。でも俺が心配だからついてくる。相手は銀次のことを番長だと思ってるから簡単に手出ししてこないからそれでも何とか済んでいた。ほんとは番長らしく、ドンと構えてジロリと睨んでくれりゃ、相手がビビッたと思うんだけど。けれど俺か純が怪我すると、本当は気のいい奴だからブッツリ切れて暴れるんだよ。遅いっつうの。
「でっ、でもよ。怖いもんは怖いんだからしょうがないべ」
「そのガタイでそんなこと言われても困る」
「だからいいじゃん。その分、徹が強かったんだから」
「本来は俺が守られてもいいくらいだけどな」
「なんだよ、実際守ってもらったりしたら、カチンとくるくせに」

「そりゃそうだけどさ。顔だけで判断されてる気がして面白くないんだよね。あ、でもトシには俺がケンカ強い、とか言うなよ?」
「なんだ、あいつ知らないのか?」
「ああ、この見てくれ通りに普通だと思ってるから。それどころか、もしかしたら弱いって思ってるかも。これで俺がケンカも強いなんて知ってみろ。自分の存在意義を失って、そうでなくても自信がないのに、もっと『俺がいる意味なんてないですよね』、とか言っちゃって落ち込むのが目に見えてるからな」
「あはは、あいつなら言いそう。どうしてあんなにデカイくせにもっとこう、自信満々とかじゃないんだろ」
「そういうお前はどうなんだよ!」
「あっ、えっ、おっ俺? ‥‥ま、まあ、確かにそうだな。身体の大きさってあんまり関係ないかもしれない‥」
 あはは、と力なく笑う銀次と、どうにも自信の持てないトシと。どうして二人とも身体と反比例して心は縮こまってるんだろうか。

「なんでもっとドーンと構えた、身体に似合った心意気の男にならないのかねぇ」
「徹は身体に似合わず、気構えはデカイよな」
「身体に似合わず、ってのは余計だろ。お前ら見てるから何だか小さい気がしちゃうけど、俺は日本の男の平均なの。分かった?」
「ああ、そっか。純も180あるしな。徹が小さいって思っちゃ‥‥うああああっ!」
 銀次はしゃべってる途中で大声を上げ、それこそ図体に似合わない俊敏な動きで後退ると窓際に張り付いた。

「なんだよ、お前‥」
 と銀次が凝視してる方向を見た俺も言葉途中で固まった。そしてジリジリと後退すると、銀次の隣でピッタリ寄り添う。
「‥なんで止まってる?」
 銀次が聞くので答える。
「‥やっぱ野生の本能って奴じゃね? ヤバイ気配がしたら決して動くなって」
「徹、今こそデカイ気構えって奴を見せてくれよ」
「俺が虫苦手って知ってるだろ? お前こそこんな時くらい役に立てよ」
「こいつは緑じゃねえぞ?」
「緑なら俺は今頃ベランダに飛び出してる」
「足も生えてるぞ?」
「足がなかったらベランダにもいない」
 俺の部屋は一階なので出て行くのは簡単だ。しかし裸足で、こんな部屋着でフラフラしていては格好が悪い。

「睨んでる‥」
「ああ、睨んでるな」
 互いに動きが取れず、じっとりと汗ばんできた。暑いからなのか、冷や汗なのかは分からない。
「ゆっ、譲(ゆずる、徹弟)呼べよ」
「あいつはもういない」
「それじゃ親父さん」
「親父も仕事」
「それじゃどうすんだよ!?」
 銀次の声は恐怖の余り裏返っている。

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