※虫の話しです!!
昆虫が苦手な方は要注意!
1話よりグロテスクな場面が出てきます。

苦手2

「お前、女がいるときに出たらどうするんだよ?」
「今まで一度も出てないから。俺んとこはしっかり封がしてあるし」
「うちだって出たことないけど、今はなんで入ってきたんだ?」
「あ、玄関開けてきた」
「銀次ー! お前のせいか!」
「だって、暑いと思ったから」
「そこまで暑けりゃクーラー掛けりゃいいだろう?」
「そっか、徹んとこは節約‥なんて考えなくていいんだっけ」
 恐れながらもそんなことをしゃべっていたら敵はまた動き出した。

「うっ、動いた!」
 銀次が騒ぐとまたピタリと止まる。
「し、仕方ない‥。俺たちで戦うぞ」
「えーっ、絶対ヤダ。あいつ、飛んでくるんだぞ? 顔に向かって」
 うえっ、想像したらゾッとするけど、いつまでもこのままじゃいれないし、倒しておかねば住み着かれても困る。
 蚊とハエ用だけど殺虫剤がどっかにあったはず。それを探そうと立ち上がった、その瞬間!
「うあああああっ」
 銀次が大声で叫んだ。俺が動いたのを感じ取ったのだろう。逃げる時と判断したのか、敵‥すなわちゴキブリがこっちに向かって走り出したのだ。

 俺たちが居たところは居間で、ソファーが置いてある。その下に逃げ込めると思ったのか。俺たちは反対にゴキによって窓際まで追い詰められていたのだが。
 俺と銀次は網戸に添って立ち上がり、へばり付いていた。
 立つと部屋全体が見渡せる。そこでようやく棚にある殺虫剤を見付け、ソファーから離れた。

「これで追い出すから、お前が叩け」
「イッイヤだ。俺がそれやる」
 睨み合っていたが、しょうがない。
「分かったよ」
 俺が新聞紙を丸めソファーの前に立つと、銀次が窓の方からソファーの下に向かって殺虫剤を吹き掛けた。
 これでもかと言うくらい噴射を続けると、全然効いてないんじゃないかってくらいのスピードで奴は走り出してきた。
 こんな奴を叩く? 冗談じゃない。無理。追い付かないっていうか、追い付きたくない。

 そんな思いがどうにも俺の動きを鈍らせる。それでもなんとか新聞を振り下ろした。
 鈍い動きでは全然追い付かない。呆気なく逃げられると、なんと奴は飛び立ったのだ!
「うわぁっ!」
「ぎゃああ!」
 大の男が二人して情けなく騒ぐ。
 こちらは危ないと判断したのだろう敵はキッチンの方へと飛んで行く。
「拙いって」
 俺がそう叫んだ所で敵は簡単に叩き落とされた。床に叩き付けられてもまだ動きは衰えず、逃げだそうとしたところを今度は踏んづけられたのだ。

 えっ、っと思ってその足の主を銀次と二人で見上げれば‥、トシが俺たちを変な目で見ていた。
「どうしたんです? たかがゴキブリ一匹のことで」
 トシは悠然と素手でそいつを掴み、ビニール袋へ放り込んで二重にしてから捨てたのだった。
 変わらず網戸にへばり付いていた銀次と、ソファーの前にある低いテーブルの上に非難していた俺は、トシが靴下を脱ぎ手を厳重なほど洗った所でやっと動くことが出来た。

「お、お前‥。全然平気?」
「平気とかそんなのじゃないです。あれは超が付く敵で害虫。退治しなければなりません」
 おお、毅然とした態度が頼もしい。トシの実家は仕出し屋なので、ゴキブリが出るなんてあってはならぬこと。だから見付けたら即退治が当たり前で、当然のことらしい。そりゃゴキブリが出る、なんて評判が立ったらおしまいだからな。死活問題だ。

「と、徹。良かったな。これでこれからも安心」
「あ、ああ。ほんとよかったよ。トシが強くて」
 ホッとして両手で握り合ってる俺たちを見て、やっぱり変な顔をしてるトシ。なんとか落ち着いた銀次が説明を始める。

「俺はゴキブリ限定でダメなんだけど、徹は虫が全般に嫌いなんだよ」
「虫が嫌いとは聞いてましたが、そんなにダメなんですか? それに一番嫌いなのは青虫でしょう?」
「いや、悪い。ほんとにダメだから。あれでもまだ緑じゃないし足があるからマシなんだけどね」
「マシであの大騒ぎですか? 俺、徹さんが叫んでる所って初めて見ました」
 うわ、そんなところまで見られちゃったのか。
「そう言ってやるなって。とんでもない体験してるから」
 話すのもイヤな俺に変わって銀次が説明を続けてくれる。

 俺がいた小学校、地元はほんとに悪かったので、ガキどもも相当にガラが悪かった。だからイジメも半端なく酷くて、俺はいわゆるいじめっ子専門のいじめっ子だったのだ。虐められてる奴を助ける、とかそんな正義の味方ぶるつもりは毛頭なく、強い奴は俺一人でいい、くらいの考えだったと思う。子供だったしな。
 だから小学生の頃からケンカしてたんだよね。職業は戦闘職って言ってもいいくらいに大学へ入るまではケンカ三昧だった。

 それでケンカじゃ勝てない奴らが俺の給食に青虫を入れたのだ。俺はそれを知らずに食べて、変な味と感触がしたので吐き出してみれば、真っ二つになってもまだ蠢いている青虫が出て来て。その時は余りの気色の悪さに吐いた。それからもの凄いトラウマで、小学生の間は青虫見ただけで吐いてた気がする。
 俺のその姿を見て笑っていた奴らは真剣に殺した。この学校にいられなくしてやったもん。毎日殴ってやったけど、青虫に対する恐怖心は取れなかった。それから虫は嫌いっていうか、受け付けなくなった。あいつら見たら未だに殴ってやらなきゃ気が済まない。

 思い出しただけでゾッとしていたけど、銀次の言葉を聞いて少し気が済んだ。
「当然だけど、徹をそんな目に遭わせたんだ。同じことしてやったよ」
「えっ?」
 同じことって? そう思って銀次を見たら、突然狼狽える。

「あ、し‥しまった。純に内緒にしてって言われてたんだった。徹、純には言わないでくれよ。逮捕されちゃ敵わん」
 俺は知らなかったけど、激怒した純がその頃から破格にデカかった銀次と、俺と仲が良かった奴らで青虫を食わせて仕返ししてくれたらしい。
「純は徹に恐ろしい奴って思われるのが怖かったんだと思う。でも怖いものが何もなかった徹に怖いものを作ったそいつらが絶対に許せないって泣いてた」
「純‥」
 平和主義な純がそこまでしていてくれたなんて。

「純を虐めてた奴らだったからな。徹がいつも純を助けてたんだけど、まさか虐めてた相手に仕返しされるとは思ってなかっただろうな」
 そう、平和主義な純は何かされてもやり返さなかったのだ。それで余計に舐められてエスカレートしていったんだけど、俺がそいつらを止めていたというか、純がやられたことは倍にして返してやってたのだ。
「けどよ、そこまで出来るなら初めからやり返してりゃ良かったのに」
 銀次が疑問に思うのも無理はない。純も身体は大きかったし、力も強かった。それが出来るなら普通に対抗しててもよさそうだ。でも純は俺の前ではその力を使いたくなかったんだと思う。

 それは純が心は女の子だったから。
 純の本当の名前は純弥(すみや)なのだ。でもこれだといかにも男の子の名前だから嫌いだと言っていたので、俺が「じゅん」というあだ名を付けた。これなら女の子でもいけるだろって。でも残念ながら純は身体がごつかった。どうしてもオカマっぽい仕草に見えてしまって、それでイジメの対象になってしまったのだ。
 そのことについては自分自身もイヤだと思っているのでどうしても反抗出来なくなってしまう。気持ちが萎えてしまうのだ。おまけに暴力に訴えるのは男だけ。女は滅多に手は出ない。気持ち的にも無理だったのだろう。
 それにプラスして純はその頃から俺のことが好きだった。特別という意味での好き。友達とか仲間とかそんなのではなく。自然と女らしくしたいと思ってもしょうがない。

 純の兄弟は姉が3人。自分の行動や物言いがおかしいとは余り思ってなかったってのも大きかったんだと思うけど、でもそれじゃこれから生きていくのが辛いばかりなのである助言をした。
「女の子でも言葉遣いの悪い奴は沢山いるし、わざと男言葉を使ってる奴もいる。純もわざと男言葉を使ってると思えばいいんじゃない? 少なくとも俺はそう思うことにするから。ボーイッシュな子も好きだよ」
 それから純は頑張って男言葉を使うようになった。俺と二人だと女っぽい言葉遣いになっちゃうけどね。
 銀次は純が俺に惚れてることは知ってるけど、単純に純のことゲイだと思ってる。それ以上は言う必要もないしな。外から見たらどう見ても男なんだから、その男が男に惚れてるってんだからゲイと言うしかない。でも純からしたら、女が男に惚れてるんだから別に普通ということになる。今でも俺に惚れてると言う純はちょっと普通ではない気がするけど、飽きるまで惚れててくれていいと言ってある。応えられないから悪いとは思ってるけど。

「自分のためには動けないけど、徹のためなら何でもするんだよなぁ」
 銀次はそう言ったところでトシを見た。
「お前も一緒か」
「え、俺‥ですか。はい、俺も徹さんのためになるなら何でもします」
「ほんっと、徹に惚れる奴って半端ないよな。男でも女でも」
 銀次は盛大な溜息をつく。

「俺もそんなにまで惚れてくれる人が欲しい」
「いるだろ、ミコトこと大助くん」
「やっ、止めてくれ。女の子限定」
 銀次が勤めているキャバレーの近くにあるゲイバーの人で、銀次に猛アタックを仕掛けているのだ。銀次はそのゲイバーではもの凄い人気がある。ゲイ好みの体つき、顔付きらしい。

 俺が笑っていたらトシに話しを振りやがった。
「そっ、そうだ。トシもそこへ行けばすっごいもてるぞ」
「確かに。トシはいい男だしな。でも男との浮気は許さん」
「しっ、しませんよ。男は徹さんにしかこんな気持ちは持てませんから」
「女だったらいいのかよ?」
 トシと銀次が同時に話す。トシの答えは分かっていたので、銀次に答える。
「女だったらそっちへ行くよう仕向けるしかないだろう」
「ああ、徹って大人!」
 銀次はなにやら感動したようで『俺に抱き付いて』というか、端から見たら『俺を抱き締めて』きた。けどほんとのとこはいつも『抱き付いて』くるのは銀次なんだけど。
 はいはい、といつも通りに背中をあやそうと思ったら、トシに引き剥がされた。それはもう力強く。

「友達って分かってますけど、俺の前では止めて下さい」
 おお、トシにしては珍しい。
 どうやら散々昔話をしたので、間に入れないことが酷く苦しかったらしい。
「分かってるならいいだろ。俺が惚れてるのは」
 そう言いながらトシの胸ぐらを掴んで屈ませる。そして軽くキスしてやった。
「お前なんだから」
 それからニッコリと笑ってやればうっすらと赤くなって照れている。無表情がデフォなので分かりにくいけどな。
 ほんと扱いが楽でいい。
「だから早くご飯作って」
「あ、はっはい」

 トシがキッチンへ行ってから、居間でまた二人でテレビを見る。
「お前〜、せっかく大人って褒めてやったのに」
「大人じゃなきゃ出来ません」
「そりゃそうだけど、あれじゃトシが気の毒だろ」
「トシは喜んでるんだから別にいいだろ。気分良く料理してもらう。それで万事オッケー」
「ったく、絶対俺はお前にゃ惚れねぇ」
 俺のことは全てお見通しなくらいの幼馴染み。純もどうして銀次みたいにならないのか。結構黒いこともしてるのに。不思議でしょうがない。
 ちなみに手伝いに行かないのはトシのため。最初の頃はちゃんと手伝ってたんだけど、どうにも俺も銀次もトシの作法には反しているようで。逆にストレス堪りまくるらしいので、手伝うのは止めたのだ。トシもホッとしてたようだし。


 それからその晩。久し振りに青虫の話題が出たので、夢に見てしまった。もの凄い叫び声をあげてハッと気が付くと、トシの顔が目の前にあった。
「徹さん、どうしたんですか?」
 トシは隣の部屋で寝ているのだが、心配して見に来てくれたらしい。

「青‥虫の夢を見た。トシ、一緒に寝て」
「えっ、あの、俺明日は早番‥」
「分かってるって。なんにもしないから」
「わっ、分かりました。枕、取ってきます」
 枕を持って戻ってきたトシに質問する。

「一緒に寝るなんて暑苦しいか?」
「いえ、寝るだけならいつでも一緒の方が嬉しいです」
 ニッコリとされて、なんか「身体はいらねえ」って言われた感じがちょっとムッとしたけど、身体より心の奴なんだと言い聞かせる。

 それからトシに『抱き締められて』寝たのだった。

 銀次に言わないよう口止めしなきゃな。あんなに暑苦しいって言ってたのに、一緒に寝てもらった、なんて知ったらどれだけ笑われるか。俺の弱み握ったと思って、ことあるごとに言われるのが目に浮かぶ。
 暑苦しいけど、トシと一緒なら変な夢も見ることはないだろう。

終わり

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