月の儀式12



    §    §    §
     

「ルド様。いい加減にして下さい」
「何が」
「もう歩けるでしょう」
「んーん。まだ」

 ハイトの背中でルドは甘えていた。こんなに幸せなのに、もっともっと甘えたかった。首に回した腕に力を込め、顔を突き出すと、ハイトの頬に自分の頬をすりつける。

「ハイト」
「なんですか」
 返事はせずに小さな声を立てて笑う。

 実感すればするだけ心が弾む。ただ名前を呼ぶ、返事が返る、それだけが嬉しかった。

「俺、族長になるよ」
「えっ」
 ハイトはその言葉が一瞬信じられなかったのか、ルドの顔を見ようとして振り向いた。そしてルドは落とされた。
「いってー。ハイト酷いじゃんか」
 いつもならルドの身体を真っ先に心配してくれるのに気づきもしない。

「ほんと‥ですか?」
 ハイトの声が震えてる。
 困惑と歓喜とが入り交じった複雑な表情。
 そんな顔が愛しくて手で挟んで引き寄せると、唇を重ねた。ハイトの口内を思う存分侵すと満足して返事をする。
「うん、嘘はつかない。決心した」
 すっきりした顔で言うと、今度はハイトの方から口付けてきた。


 ギガが魔王と対決するため出て行ってから、ハイトが意識を失った。ルドはハイトが死んでしまったと思い大声をあげて泣いた。コゴが腕を止めていた鉄の棒を簡単に引き上げて取ってくれた。そしてギガの非を詫びるとやはり戦場へ向かっていった。
 やっとハイトが抱ける。ルドはハイトを抱きしめてその背中に頭を付けた。
 ‥鼓動が聞こえた。ハイトは生きていたのだ。だが安堵と共に解らない感情に支配され、しばらく背中でむせび泣いていた。
「なぜ、泣いているんです」
 低い、けれどよく通る大好きな声が聞こえた。
「ハイトっ」
 ルドの呼びかけに体を起こす。そしてルドを抱きしめる。ハイトの折られたはずの腕は元に戻っていた。
 ハイトは意識を失う前にルドの精を舐めていたのだった。

 出る物が無くなるまで搾り取られたあとではあったが、ハイトとの気の儀式で何度も達したときに、少しずつだが腹に精を出していたのだ。
 ルドが最後に必死で願ったことはそれであった。そしてハイトも消えゆく意識の中で辛うじて舐め取ったのだ。
 口から体に入れたことはなかった。消化されるのに時間がかかったのか。下から精を送り込んだときよりもはるかに治癒は遅かった。しかしルドの精は恐ろしく良く効いた。

 城が揺れている。やっと二人は状況に気が付いた。魔王を倒しに行かなくては。そうは思ったが、ルドは立てなかった。長らく足を使ってなかったためだ。
 ハイトにおぶされて聖剣を持ち外へ出た。町の方へしか出口が無くて、道を抜ける。途中で魔術屋を見つけた。マーサにハイト用の剣と、胸当てを二人分もらって魔王に向かった。

 聖なる力で光らせた剣を、ギガに気を取られまったく無防備な魔王の横っ腹に刺した。
 都の人々を苦しめた砂漠の魔王は一瞬で消え去ったのだ。


「ルド様、聞いていいですか」
「なに」
「なぜ長になることを決めたのですか。あんなに嫌だと言っていたのに」
「俺が嫌だった一番の理由ってなんだか解る」
「いえ、解りません。だいたい長になるのが嫌だと言うこと自体が私の考えになかったのですから」
 ハイトはそう言って苦笑した。
 ルドはハイトの固い頭じゃ無理かな、と思う。
「だって長になったら妃を貰わなきゃならないんだぜ。そんなの耐えられない。それだけじゃない。もう聖光が要るとき以外お前とこうやって過ごすことも出来なくなるんだ。ハイトは考えたこと無かった?」
「わっ、私は‥ルド様にふさわしい相手が必ず居ると‥」
 まだそんなことを言ってるのか。今度はルドが苦笑する。

「俺が他の女と気の儀式をしても耐えられた? ギガには耐えられないって言ってたじゃないか」
 ハイトの顔は血が集まってくるのかその色に染まる。
「あっ、あれはあの時のことで‥。ルド様が長になられるのであれば、それに相応しいお妃様が必要です」
 きっぱりと言い切るハイトが憎らしい。本音はもう聞けないのだろうか。
「耐えれるの?」
 ギガには見たくないから殺してくれとまで言っていたのに。
「耐えれるとか、耐えれないとかそういう問題ではありません。私はただの守り役ですから」
 悔しい。ルドは少し考えた。

「ねえ、妃を貰うのはなんで?」
 また突然、当然のことを聞いてくるルドにハイトは首を傾げた。
「それは当然子孫繁栄のため。その次の長を産んでもらうためじゃないですか」
「じゃ、子供さえできればいいんだよね」
 ルドは満面の笑みで返す。いたずらをしかけた子供のように瞳が輝く。
「だからです‥ね。男同士では‥‥えーっ、もしかして。あの?」
 ハイトは思い当たることがあったのか、かなり引いている。やはりルドの目を見ただけで解ってくれるのだ。
「そっ、これこれ」
 ルドはそう言うと、腰に結んであった大きな巾着を取り、紐をほどくと中を見せた。

 その中には‥血の色をした玉が三十とか四十とか、数え切れないほど入っていた。
 それをハイトに聞こえないよう話をして、マーサに魔王を倒す代わりと言ってもらってきたのだ。ギガに言われていたのか沢山作ってあった。
「ハイトだって女だったら妃になれる血なんだから、二人の子供だったら間違いないだろう。もうすでに一人この中にいるんだし。そうじゃなきゃ俺、長になんかならないからね」
 勝ち誇った顔でハイトを圧倒する。

 そう、この勝負は端から先が見えていたのだ。ハイトがルドに勝てるわけがないのだ。
 あまりの案に腰が引けていたハイトも笑い出した。
「まったく‥あなたって人は」
「ねっ、良い考えでしょ。俺は本当はハイト以外は何も要らないんだ。だけどギガ達が必死で闘っているのを見て思った。聖光を持った奴がいないとあんなに苦労するんだって。だからやっぱりみんなのために居なきゃならないんだって」
 ハイトは優しく微笑んだ。ルドのその、ものの言い様はまさしく長そのものであった。
「それでは、私も一つぐらいは男らしくいきましょうか」
 ハイトは姿勢を正すと片手、片膝を付いてルドを真っ直ぐに見た。

「ルド様。私と契りの儀を行っていただけますか」

 あの頑固なハイトがこんなことを言ってくれるなんて。

 契りの儀を行うとなれば一族の猛反対を喰らうだろう。ハイトが辛い立場に立たされるのも目に浮かぶ。当然、ハイトだってそのことは解っているはずだ。それを押しても儀式に拘ってくれたことが嬉しい。
「ハイトっ、もう契りだろうが血の儀式だろうがなんでもやるよ」
 ルドは感激してハイトに抱きついて続ける。
「そんでどんどん子供を作って早く隠居して、二人でずっと楽しく暮らそうな」
「お腹を貸してくれる女性がそんなに居るとは思えませんが‥」

 ルドの勢いでしりもちを付き、それでも抱きしめる手をゆるめずに、またハイトは苦笑する。

「目一杯気持ちよくしてやるからな」

 ハイトの目が点になる。しっかりくっついてるルドを引き剥がすとうわずった声を出した。
「えっ、わっ私が玉を入れるんですか?」
 まじまじとルドを見つめ何か想像しているようだ。

 受け身になるのは今までと変わりがない。しかし実際はその行為にあまり感じてなかったようなのだ。だからやはりそんなときでも平静を保っていた。
 ルドは自分が抱かれるときにだけ見せてくれる、熱いハイトが好きだった。それで何度も抱いて欲しいとねだったのだ。
 きっとルドに乱れる姿を見られたくないのだろう。感じすぎるのはルドを抱いて分かっているだろうから。
 でもルドはハイトが我を忘れて乱れ、自分に溺れてくれる姿を見せて欲しかった。本当はルドに手を出した時点で生真面目なハイトの性格を考えれば、相当ルドに溺れていることが分かったはずなのだが。

 そしてそれは一度っきりでもよかったのだ。しかし今は言わずにおこうと意地悪く思った。

「当然だろう。俺はもうあんな思いはしたくない。それにギガとのことも思い出したくないからな」
 ハイトはかなり情けない顔をした。
 ルドは嫣然と微笑んだ。

「もう、自分で歩いてくださいね」
 ふてくされたのかハイトは一人で歩き出す。ルドの言う事に逆らえるはずがないのだ。しかしこんな風に感情を表に出すハイトは自分と同じぐらいの年に思えて可愛かった。平静を装うのは止めたのだろうか。
「あっ、ハイト待ってよぉ」
 慌ててルドは自分で立ち上がり追いかけた。

「やっぱり歩けるんじゃないですか」
 仕返しのように怒られた。しまった、とは思ったが治っていることがばれてしまって背中にはもう乗れない。それでもどこか触れていたくて仁王立ちになってるハイトの腕に手を絡ませる。
「ハイトの隣ならいつでもどこへでも歩いていけるよ」
 幸せで溶けそうな顔のルドだった。


 その横で自分に素直になったらしいハイトがブツブツと何かを呟く。
「だってルド様の子供なんだから‥。ルド様の中にいた方がルド様に似てきっともの凄く可愛い子が出来るはずで‥。力だってルド様の中にいた方が継ぎやすいはずで‥‥

 一体ハイトの苦悩はいつになったらなくなるのだろうか‥。
終わり

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