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§ § § 兵士達の怒号が響き渡る。 ギガは砦を兼ねた城の屋上に立っていた。二階建ての城は砂漠に向いた都の三方を四角に囲んでいた。その上に全ての兵士が立ち、弓を引く。 魔王はその二階からでちょうど視線が合うのだ。形は蠍を大きくしたようで、それが立ち上がったと思っていいだろう。毒針の付いた長い尻尾と、沢山の脚と、ハサミの付いた腕を持っていた。 ギガに潰された左目は完全に塞がっており、残された右目で兵士達を睥睨する。 「ひるむな。今回の矢は必ず刺さる」 ギガは兵士達に発破をかける。皆が携えている矢の鏃の部分は、ルドの精を元にした魔薬に浸してあった。 前回の闘いでは硬い殻に当たって攻撃がほとんど効かなかった。だが今回は違う。当たった矢のほとんどが魔王の体を溶かし突き刺さっていた。 それでも魔王は城に少しずつ近づいてきた。 対魔王用の武器を持ちギガとその兄弟が並んだ。自分たちの丈の倍はある長剣を持って。その中にはコゴも居た。日の者は女も男と同じように闘うのである。 皆、気を込めると軽々とその重たい剣を持ち上げた。 日の一族の力とはその身体と、常人を外れた馬鹿力のことだったのだ。コゴも女性でありながら、月の一族で一、二を争う上背のあるハイトに近い背丈であった。 ルドやハイトを鉄の棒で繋いだのはギガであり、ハイトの足に針金のように巻かれていた太い鉄を取ってくれたのはコゴであったのだ。 王家の者にはその力が備わっていたのである。だからこそあの、日の石が嵌め込まれた建物が一年という短い時間で作られたのだ。 とうとうハサミが届く距離まで魔王がきた。闇雲に振り回していたハサミをギガ達に狙いを定めて振り下ろしてきた。硬い殻と石造りの城とがぶつかる。床にヒビが入る。 素早く避けたギガ達は城で止まったハサミを攻撃する。当然、長剣にも魔薬が塗られており、ハサミに無数の傷が付いた。 魔王は左右のハサミを代わる代わるぶつけてきた。前回やられた記憶があるのだろうか。致命傷を負わせることが出来るほど近寄ってはこない。適度な間を置いたまま攻撃を繰り返す。 兄弟達も頑張ってはいたが、城の内側に少しずつ弾き飛ばされ数が減ってきた。一カ所に繰り返された攻撃は城を壊し始めた。 ギガは焦った。ここを崩されれば後ろには万という民がいるのだ。何とかしなければ。 一瞬の逡巡のあと自分に引き寄せるため屋上から飛び降りた。 「来い」 ギガはハサミだけを気にしていた。自分をめがけて飛んできた右のハサミに刃を立てた。かなり痛めつけられていたハサミは割れたのだが‥。 「お兄さま。危ない」 しかし時間差の攻撃で尻尾が横から襲ったのだ。コゴの叫び声で気が付いたときには遅かった。 思いっきり吹っ飛ばされた。 全身に激痛が走る。衝撃で頭も揺れている。 「逃げてー」 コゴの悲痛な声が聞こえる。だが身体が思うように動かない。魔王が向かってくるのは解るのに。 ギガは観念した。今度こそもう駄目だと思った。魔王に食われその成長の糧となるのだと。 不思議なことにあれだけ執着したルドのことは頭になかった。自分のことを心配してくれているコゴのことが浮かんでいたのだ。 ルドのことはあまりに二人の仲が良かったので軽い嫉妬から始まったのだ。そしてあまりのまぶしさに目がくらんだのだ。他人の物がどうしても欲しい子供みたいな感情に突き動かされていた気がする。なぜあんなに欲しかったのだろうか、ルドはハイトの物だと言うことは解りきっていたはずなのに。今となっては不思議なぐらいだ。 ギガはコゴを幼いときからずっと妃にするんだと決めていた。禁忌の血は跡を継ぐ者にのみ許されることである。自分はそのために継承の儀を勝ち抜いたのだ。 なぜそんな大切なことを忘れていたのだろう。 コゴが駆け寄るのが見えた。魔王が迫る。 「来るなーっ」 もう動かないと思っていた身体が動く。コゴを抱きしめ魔王の手から庇う。コゴだけでも助かってくれ、そう願った。 力いっぱい抱きしめて、長い時間が経ったような気がした。固まっていた体を無理に動かし振り向いた。 そこに魔王はいなかった。 目を凝らし左右も見渡した。どこにも魔王の姿がない。 「えっ‥」 代わりに違う者が目に入った。 「どうして‥だ」 その者たちはギガに近づいてきた。 「なぜ‥?」 助けてくれたのか、ここにいるのか。ギガにはまったく理解が出来なかった。 |