俺は教室へ入ると、まずあいつの顔を捜す。 するとなぜか必ず目が合う。 そして今日もガンを飛ばす。 一瞬火花が散った後は、いつものように、絡む。 「毎朝お早いこって。よっぽど暇なんだナァー。アホ侍ってば」 俺より早く来ている奴にちょっかいをかける。 「オウよ。おめえと違ってうちから、のらりくらりと来てるわけじゃねぇからな」 「何だと。じゃお前、また‥」 「ふふん、決まってんだろう。女の所からに。まっ、バカ馬には出来ん芸当だな」 俺の全身に火が注がれる。 「けっ、次から次へと猿と一緒だな」 「何がだ」 「知ってるか? マス掻くこと覚えたサルってのは死ぬまでシコシコやってんだぜ。お前と同じ」 俺は勝者の笑みを浮かべてやる。 「‥っんだとー。やるってのか」 「いいぜ、いつでも」 ガッターン、っとイスが倒れる。互いに速攻でファイティングポーズを取り合う。目と目を見合ってジリジリと距離を詰める。 もう一歩で手が出る、という瞬間、ちょうど先公が入ってきた。 「こら、沢田生馬(いくま)、赤城鋭侍(えいじ)。まあたお前らか。よくもマアそんなにしょっちゅうけんかしてて飽きんなぁ。鬱陶しいから廊下で立っとれ。あっ、ちゃんと離れてろよ」 担任の中村に教室から追い出されてしまった。毎度の見慣れた光景である。 とにかくこの、赤城鋭侍という時代劇に似合いそうな名前の奴は、小学校からの腐れ縁なのだ。クラスも多かったのに、12年間でなぜか8回も同級生なのである。工高に入ってからは、二人とも2クラスしかない機械科に入ったので、3回とも外していない。こういう言い方は仲がいいみたいでいやだが、幼なじみと言っても間違いないだろう。知りたくても知りたくなくてもいろいろ知ってしまっているのだ。 横を向いて、教室の後方に立った奴の顔を見る。いや、睨むと言った方が正しいか。 気の短さを象徴するようなきついまなざしは、女のハートにも突き刺さるようでとっかえひっかえしてもまだついてくる。肌は浅黒く、あくが強くなりそうなところを、すっきりと通った鼻筋が緩和している。不適に笑った唇と相まって、悪そうないい男、を演出している。背は俺より2p低く186p、その代わり体重は10キロ近く多い。がっちりとした体格なのだ。おかげで18の年相応に見えることはない。しかし別にゴツイわけじゃない。着痩せするタイプなのだ。 で、さっきも奴が言ってたように社会人が相手の時が多く、朝帰りもしょっちゅうだった。 「何だよ。なにガンつけてんだ」 俺の視線に気がついたようで、目が合うとそんな言葉しか出てこない。 「今日の女ってまだ九月から続いてる奴か?」 「おっおめぇがそれを言うかっ」 元々吊り上がっている目が一段と上がる。そういや、前の女は盗ってやったんだっけ。まっ、あの女だけじゃないけどな。 いつが一番最初だったか。そうだ、あれは小学六年の夏、仕込んでやったのは俺なのにに、このアホ侍は中学二年の女に告白されて付き合いだしたんだ。その頃すでに170近くあった俺たちはランドセルなんて、とても似合わない小学生だった。相手の女は真面目とは言いがたい奴で、連れて歩くのに丁度いいと言ってたらしい。 あいつと対照的で一見優しそうな顔の俺も、人気を二分していた。だからその女が鋭侍を待ってるときに、「俺と付き合ってよ」そう言ったらあっさりとオーケーしやがった。俺のことを同い年だと思ったらしい。そして鋭侍の方を向かなくなった頃別れてやった。 それが分かったときのあいつの顔。忘れられないぜ。それから盗ったり盗られたりは年中行事だった。 「そういうお前だってS女はなんだってんだよ」 「ああ、あれか。めんどくさかったぜ。なんせ処女だったからな」 「めんどくさいだぁ。横取りしといてっ。ひでぇことするよナァ」 「おめぇがグズグズしてるからだろ。それに俺の方が好きだったんだとよ。そんな女なんだからいいじゃねぇか。大体高校生なんか相手にしてるからだ」 ちっ、気にいらん。俺は男は自分だけってのが好きなんだ。独占欲が強いんだよ。他の男にやらした奴には用がない。 「そうだよな。社会人だと金もあるしな」 そういいながら腕の時計を見せてやる。 「あぁっ、それ俺が欲しいって言ってた、まさか‥おめぇ雪絵とも」 互いの行動は知り尽くしてる。相手の娘に関わるのは何でもないことだった。 二人ともだんだん声が大きくなってくる。いつの間にか距離も縮まって手を出せば届くところにいた。鋭侍が俺の胸ぐらを掴む。俺もすぐに掴み返す。 「やるかっ!」 バッと離れると今度はきちんと構えをとる。二人とも空手は初段なのだ。 「そこまでっ!」 またしても邪魔が入ってしまった。朝のホームルームが終わったようだ。 「お前らなぁ。いい加減にせぇよ。寄ると触るといがみ合って、幼なじみなんだろう。ちっとは仲良くしたらどうだ。あぁ?」 中村は簡単に言ってくれるが、俺たちの仲は年季が入っているのだ。そう簡単に仲良く出来るわけがない。 出会いは小学一年生だった。俺はその頃からでかくて、幼稚園でも飛び抜けていた。それが俺と同じぐらいの奴がクラスにいたのだ。いやでも目に付いた。初日からライバル意識が芽生える。奴も同じ気持ちだったに違いない。 そして身体測定がすんで、背の順を決めるときがきた。忘れもしない。131p、まったく同じだった。当然どっちが後ろにくるかで揉め、取っ組み合いのけんかまでした。そこでも男ばかりの四人兄弟の末っ子だった俺と対抗できる奴に初めてあって、面食らった。大抵は泣かして終わりだったのに。もちろん体格の差がものを言っていたのだが、その頃は同学年の中では自分が一番強いと思っていたのだ。 ショックだった。それからは鋭侍ばかり見てきたような気がする。あいつと俺はよく似てるのだ。体格だけでなく、性格までも。一人っ子と末っ子、どっちがわがままだろうか。似ているので気に入らないのだろうか。とにかく何かにつけ難癖を付けて、けんかをふっかける。そして昔は泣いた方が負けだった。 つまり泣かすまでやるので相当な怪我をして家に帰ることがたび重なった。あまりにそれがひどいので両方の親が空手を習わせた。本当は柔道とか、合気道をやらせたかったらしいのだが、あいにく近所には習うところがなかった。勝つためではなく、防御と武道の精神を教えたかったのだ。しかし空手は形から練習する。半端に覚えてきた内は、勢いばかりがついてやはり生傷が絶えなかった。 それでもだんだん上手くなり、勝敗は試合の組手と同じように、寸止めで決めるようになってきた。けんかではあるが本当に殴るより、いかにも余裕があります、ってところで止めるのだ。この優越感はもうたまらない。だが逆に隙をついてピタッと寸止めされたときの悔しさと言ったら、それはまた言葉に出来ない。 元はスポーツであるから絶対に当てないこと、が厳守で、感情的になってはいけない、のである。しかし思いっきり感情的になってる俺たちは、いまだに失敗して怪我するときがある。最近のことでは、俺は鼻を折ったし、鋭侍はあばらを折っている。 「おし、放課後まで預けるぞ」 「オー、えーぞ。いつもの所でのしたるからな」 中指を立て了解の意を示される。そうナシをつけるとクラスの奴らが乗ってくる。 「おい、またやるぜ」 「赤城が女変えると必ずだもんな」 「でもそれって沢田のせいだろう」 「逆もあり、じゃんか」 「オイ、前島。賭けするんかー?」 「あっ、やるやる。一口五百円から。はいみんなのったのった」 わらわらと前島に集まると五百円玉が積み重なる。 「どっちが多い?」 「うーん、こないだお前が負けたからリベンジってことで少し多いぞ」 よし。今回は絶対に勝ってやる。 「バカ馬に俺が負けっかよ」 「そうは言うけど三年になってからの勝敗は7勝8敗で負けてるぞ」 前島がそう言うと鋭侍は渋い顔になる。 「今日勝てば引き分けじゃねぇか」 「そっ、万が一のことがあっても引き分け。つらいなぁ、弱いと」 また勝者の余裕を示してやると滅茶苦茶に怒ってる。互いに睨み合うと授業が始まったので席に着いた。 今日は何を賭けようか。そういや、硬さ試験のレポート書いてない。明日が提出日だから、あいつあせるぞー。ニヤニヤしながら勝った時のことだけ考える。 いつの頃からか、勝った方が負けた方に何か言いつけるようになった。それが当たり前になってくると、けんかの前に賭けをするようになった。宿題や、おもちゃにゲーム、あらゆるモノがやり取りされた。今ではレポートや製図、果ては女までも、それに加えて暗黙の了解になってることがあるのだ。 今日の授業はすべて終わり、俺たちは賭けの参加者と一緒に裏庭までやってきた。ここはたばこを吸う場所にしてるところで、先公はやってこない。 「今日は何を賭ける?」 「ふふん、俺は硬さ試験のレポートだ」 「げっ、おめぇまだやってないんか」 鋭侍は顔とやることに似合わず、割合まじめなのだ。成績はすばらしくいい。 「いいだろ。今日やるつもりだったんだから。それにお前はもうやったんなら楽ちんだろう」 「バカ野郎。班が違うじゃねぇかよ。また俺にグラフを書けってのかよ」 「ふーん。もう負けるつもりでいるわけね。しょうがないか。弱いんだから」 あおってやると顔を真っ赤にして怒り出した。 「誰が負けるかよ。今度這いつくばるのはおめぇだ」 「じゃ別にいいだろう。明日提出のレポートだって」 「おう、かまわん。俺の方は弁当を寄こせよ。一週間分だ」 こいつの親は共働きで、弁当を作ってもらったのを見たことがない。奴の母親はいわゆるキャリヤウーマンってやつで、かなりの地位にいるらしい。だから男と同じような仕事量でほとんど家にいない、帰りも遅い。 もちろん彼女作ってのはあるが、母親には皆無と言っていい。だから高校に入ってからは弁当を賭けることが多かった。 「いつもだな」 「いいだろう。おばさんの料理はうまい」 俺の母親は当然ながら専業主婦である。 「分かってるよ」 少し怒りのテンションが落ちる。そういった点ではかわいそうなんだ。泊まれる女の所へ行ってしまうのも、寂しいからだと思われる。 「おーい、いい加減に始めないか?」 前島が声をかけてきた。 「ああ、こっちはいつでもいいぜ」 「俺もだ」 すると前島は俺たちの真ん中に立っていつものように合図をする。 「始めっ」 掛け声がかかるとそれまで自然体でいたのを不動立ちに変える。突きを出せる間合いを取る。鋭侍も前屈立ちから手を出そうとしている。 俺たちの勝負は動き出してからすぐに着く。お互いの癖が分かり切っているので前兆が見えたら終わりなのだ。 だから動き出すまでが時間がかかる。『空手に先手なし』という言葉にもあるとおり、先に動くことは非常に危ない。だがけんかなので試合と違って口で動かそうとする。 「いい時計貰っちゃったなー。彼氏にあげるんじゃなかったの? って聞いたら別にぃ、だってさ」 構えは崩さず、鋭侍の動きにも細心の注意を払いながら腕をちらつかせる。奴の眉がピクピクと動く。 「ふっ‥ふん。そんな言葉にはのらないぞ」 こいつは俺より卑怯者ではなく、そして気が短い。とは言っても奴が正義漢であったり俺の気が長いわけではない。ほんの少しの差なのだ。 「あっちもな、あなたの方が断然上手いわねってさ」 「こんの卑怯ものっ!」 くる。 怒鳴ると同時に右上段回し蹴りを飛ばしてきた。しかしこの動作に入る寸前はためようとする反動で、俺にしか解らない程度に左手が引けるのだ。俺は少し身を縮め、左手刀で受ける。鋭侍が足を引く瞬間ふところに飛び込んで、右エンピで顔面を打つ。俺の攻撃もばれてるのですれすれの所で避けられた。そして空いた腹に正拳を打たれそうになる。出した右でそれをそのままたたき落とし、当たった瞬間ひじから先をとばして、右裏拳を打ち込んだ。 鋭侍の鼻の真上でそれを止める。 その形のままでしばらく止まる。 「おーし、沢田の勝ちだぜ」 俺に賭けてた奴が騒ぐ。前島から配当金を受けるため、教室へ帰っていった。鋭侍に賭けてた奴らはこいつをなぐさめている。 「レポート、頼むな。教室行ってデータ渡すわ」 「ちっくしょー、バカ馬の卑怯者め」 「俺が勝ったんだからその呼び方はやめて貰おうか。生馬様と呼べ」 「くっそー、生馬、覚えてろよ。次は勝つ!」 俺は鼻歌にのって教室に戻り、鋭侍にデーターを渡し、七時までに家に持ってくるように言いつけ学校を後にした。 レポートはやらせると言っても、全部書いて貰うわけにはいかない。筆跡でばれるからだ。結局は自分で書かないといけないのだが、丸写しをするのは早い。だって何も考えなくていいんだもんな。しかも字、以外の面倒なグラフや表は全部やらせるから非常に楽ちんなのである。 |