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お互いの気持ちを確認してから、何故か均ちゃんは急いでいた。 「別にそんなに急がなくても」 「お前はセックスしたくないのか?」 「いっいや、そりゃ均ちゃんと一緒にイけたら気持ちいいだろうけど。 でもまだ高1だよ。それにどうやってやるのさ、男同士って」 2月になって夏頃のことを思うと、均ちゃんを保健室へ連れて行く回数がかなり増えていた。 「手術するかもしれないんだ」 でもあれだけ苦しそうならした方がいいと思う。 「恐いんだ」 均ちゃんがそんな風に思うなんて。よっぽど大変な手術になるんだろうか。 「やらずに過ごせるのなら、やらないでおきたい」 「何を言ってるんだよ。均ちゃんらしくないよ。そんなの。 いつも俺のこと怒ってくれてた均ちゃんなら絶対こう言ってるよ。 『失敗するって思うからダメなんだ』って」 「健‥‥」 均ちゃんは心の整理を付けてるみたいだった。 「だからさ、そうなると当分出来ないだろ。だから早くしちゃおう」 いきなり明るい口調で言われると付いていけない。 俺はそんなに器用じゃない。 俺が何も言えずにいると雑誌を出してきた。 「ここに書いてある」 ゲイ向けの雑誌で『これでアナルはあなたのものに!』なんて書いてある。 「そんでもってローションも浣腸も用意した」 「えっ、なっ何。もう準備万端なわけ?」 「そう、そう言うこと。後はどっちがヤられるかってことだ」 俺はあまりのことに声も出ない。どう行動すればいいのか分からない俺は、 パラパラと雑誌をめくる。すると体験記みたいなところが目に付いた。 「きっ均ちゃん。別に無理にそんなことまでしなくてもいいじゃん。 ほら、互いにフェラをするとか、え〜っと、あっほら、 性器を擦り付け‥とかも書いてある」 「ダメだ、ダメだ、ダメだ。そんなの」 「なっなんで?」 「しっかりヤったって証が欲しい」 「お互いが、お互いの手でイけばセックスしたって言うんじゃない?」 「ヤられるのが嫌なのか?」 「そんなことないよ。俺は均ちゃんが好きだから、均ちゃんがしたいって言うんなら別にいいよ」 「すごく痛くても?」 「すごく痛くても」 俺は嘘なんか言わない。本気で均ちゃんが望むなら別にいいと思った。なのに‥。 「あはは、だから健太郎って好きだよ。俺はね、ヤられてみたいから。だからして」 均ちゃんは誘うようにキスを仕掛ける。もう突っ走るしかなかった。 無事とは言えなかったけど、初体験を済ますと均ちゃんが拘ったのが分かった気がした。 だって身近さが全然違うのだ。均ちゃんの全てを知ってる自信。 俺を受け止めてくれた自信。絶対に切れない固い絆が出来たと思った。 3月に入って均ちゃんはあまり学校へ出てこなくなった。 そして例の看護士が頻繁に出入りするようになった。 俺が学校の帰りに寄ってみても病院へ行ってる。あの男と一緒にだ。 仲良く帰ってきたのも見た。ひどく親密そうな周りを寄せ付けない独特な雰囲気が嫌だった。 この時均ちゃんは病院へ通っていたわけではなく、本当は入退院を繰り返していたのだった。 病院へは絶対に来るなと言われていた俺は、バカみたいに真面目にその言いつけを守っていたのだ。 そして理由を教えて貰えない俺は気持ちが不安定になり、看護士のことを妬いた。 だって前の時だって結局何をしていたか、教えてもらってないのだ。 「なんであいつがそんなに親切なんだよ」 「仕事だからだろう」 「下心があるかもしれない」 「なんだよ、健太郎は俺があの人と何かあるって思ってるわけ?」 「だって、そうじゃなきゃ納得がいかないだろう」 「じゃあ、俺が誘った。こう言えば納得がいくのか?」 俺は息がつまる。ただ否定して欲しかっただけなのに。 「きっ、均ちゃんのバカ野郎!」 「あなたのキスを忘れましょう、か‥」 駆けだした俺の背中に残った台詞はこれだった。 春休み中均ちゃんと連絡を取らなかった。 2年になって始業式に出てない均ちゃんがどうしても気になり、家に行った。 表札がなかった。 呼び鈴を押しても誰も出てこなかった。 俺は慌てて学校に戻ると先生に詰め寄った。 どんなに言っても先生は引っ越したとしか答えてくれなかった。 どうして! どうして! どうして、どうして! 俺は均ちゃんの家に戻ると玄関を叩いた。壊れるくらいに叩いた。 そして大声を上げて泣いた。声が嗄れるくらいに泣いた。 均ちゃんはまた突然に居なくなってしまったのだった。 俺が悪かった、そう嘆いても遅かった。 病院まで行って看護士の兄ちゃんを見つけだし、真相を聞いてしまったのだ。 「君が手術を勧めてくれたんだろう。だからあの子は受ける気になった。 私は感謝していたのに」 「だけど、そんなの俺が言わなくても受けてたと思う。 均ちゃんはそんなことで負けない」 「じゃあ、君は死ぬかもしれないって思ったらどう? 恐くない?」 「えっ、どういう‥」 「あの子はね、心臓が悪かったんだよ。拡張型心筋症と言って 移植するしか助かる方法がない病気だったんだ。 だから心臓の移植手術を受けにアメリカへ行ったんだ。 心臓を取り替えるんだよ。恐くても仕方ないだろう。 だからカウンセラーの私が付いていた。 君にいっぱい勇気を貰ったからって言ってたよ。 なのになんで信じてあげられなかったんだい?」 「そっそんな‥、そんなこと一言も‥」 喉が渇いてカラカラになる。あまりにも重大な発表で俺は気が遠くなる。 「どうしても君には言いたくなかったみたいだね。 それどころかこうやって別れた方が君のためだと思ってたみたいだよ」 「なんで! 言ってくれれば力になれたかもしれないのに。死んじゃったらもう会えないのに」 俺の握りしめた拳にボタボタと涙がこぼれる。 「君を悲しませたくなかったみたいだよ」 「だけど、何も知らずにいたのも辛かった」 こんな、こんな大変なことを均ちゃんは1人で抱かえて居たのか。 あの変わらない態度で。一体どれだけ悩んだんだろう。 死ぬかもしれない恐怖と戦ってきたんだろう。 「これから力になってあげたらいいじゃないか。変わらずに好きでいるから、 元気になって帰ってきて欲しいって。そう信じてあげることが彼の力になるよ」 そう言えばセックスしてから一番幸せだった頃、よく分からないことを言っていた。 『また留学するかもしれないから、それでも卒業式には学校へ行くから。 その時会おう』って。 「俺あと2年待ちます。絶対信じてます。均ちゃんは元気で帰ってくるって」 「そう、それがいい。それから彼の思いは、彼の好きだった歌を聴いてみたら分かると思うよ」 俺は儚い記憶を頼りにCDを買ってきた。 その女性ボーカルの歌声は、抜きんでた歌唱力と、心を揺さぶる迫力があった。 悲しい歌なのに生きる力をわけてくれるような。 『あなたのキスを忘れましょう 嫌いになって 楽になって 夜を静に眠りたい』 別れ際の台詞はここの歌詞だったのか。 こんなに俺のことを思っていてくれたのに。 『あなたのキスを数えましょう 1つ1つを思い出せば 誰よりそばにいたかった』 初めから別れるつもりだったのか。だからキスの数を数えて‥。 それは俺のために? 『あなたのキスを捜しましょう あんな近くに触れたのに 出逢わなければよかったの?』 いつもこんな思いを背負っていたのか。 出逢ってよかった。 心の底から。 絶対、絶対待ってるから。 俺の願いがまた「均ちゃんに会いたい」になった。 切ないままに2年が過ぎ去り、工高の卒業式がやってきた。 均ちゃんは来なかった。 卒業証書を渡し終わり、教室で先生の挨拶も終わった。 それでも均ちゃんは来なかった。 均ちゃん、遅れてるだけだよね。 絶対来るよね。 俺はみんなが帰ってしまってもまだ校庭に残っていた。 均ちゃんが好きだったサッカー。 足は悪くなかったんだ。あれだけ顔色が悪かったり、具合が悪いなんて、 足だけのはずがないのに。あんなに近くにいて分からなかったなんて。 均ちゃんには時間がなかったんだ。それで無理にセックスしたんだ。 そしてイッちゃうことに心臓が耐えられなかったんだ。 そこまで俺のことを思っていてくれたのに、 なぜ俺はあんなくだらない嫉妬をしてしまったんだろう。 俺は悔やんでも悔やみきれない思いで一杯だった。 サッカーのゴールにもたれて座り込んだ。 均ちゃん、駄目だったのか。 お空の星になってしまったのか。 一体どれくらいの時間が経ったのだろう。俺は眠ってしまったのだろうか。 これは夢なのか。 焦がれた人が俺にもたれて寝ていた。 起きた俺に気が付いたのか、その人も頭を上げる。 「俺の学校の籍ってまだあるかな‥」 質問とも独り言とも取れる呟き。 俺は必死で返答をしようと思うのに声が出ない。 「なんだよ。何か言えよ」 ああっ、やっぱり夢なんだ。だって俺の視界はぐにゃりと歪んだから。 「健太郎ってば相変わらず泣き虫だな」 ハンカチを出してくれると、極上の笑顔を見せてくれた。 均ちゃん‥。 帰ってきたんだよね? 夢なら‥冷めて欲しくない。 終わり
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