夢なら冷めて欲しくない 2

「均ちゃん、均ちゃんだろ」
 何の偶然か、均ちゃんは同じ機械科にいた。
「えっ、お前‥、健太郎か。尾上(おがみ)‥健太郎?」
「そう、そうだよ。小学校で世話になった、鈍くさい健太郎だよ」
 均ちゃんは男らしくなったけど、人なつっこい笑顔は変わらなかった。
「あはは、お前相変わらずだなぁ。自分で鈍くさいなんて言うの健太郎くらいだぞ」
「だって本当にそうだったし‥」
「健太郎は鈍くさい訳じゃなくて、ちょっとのんきで、人が良いだけだ」

 ああ、やっぱり均ちゃんだ。自分で鈍くさいと思い込んでいた俺は随分叱られたのだった。そう思ってるからそうなってしまうんだと。

「均ちゃんはなんで突然引っ越しちゃったんだ。俺はすごく悲しかった」
「あっ、ああ、親父が突然海外転勤になってさ。何も言う暇もなく日本から離れちゃったんだ」
「でも手紙くらいくれてもいいのに。俺はおかげでグレるところだった」
「うん、ごめん。でも俺も辛かったから」
 俺は自分のことしか考えてなかった。均ちゃんも辛かったなんて。当たり前だよな。12歳のガキがいきなり外国に放り込まれて辛くないわけがない。
 明るい均ちゃんに辛そうな顔をさせてしまったことを後悔した。

「でも均ちゃん、勉強できたのに。何でここなんだ?」
「中学はほとんど行ってなかったから。俺もグレてたし。それにここは家の真ん前なんだ。それからもうガキじゃないんだから均ちゃんは止めろって」
 外国でもグレれるんだろうか。いや、それよりもあの均ちゃんがグレるなんてそんなにイヤなことがあったんだろうか。


 訳はすぐに分かった。均ちゃんは膝を痛めていたのだった。
 大好きだったサッカーが出来ない。活発な均ちゃんが静かな生活を余儀なくされたなんて、どれだけ辛かったことだろう。
「おい、健。健太郎ってば。お前が泣くなよ」
「だって、だってそんな大変なことがあったなんて。その時なんでそばに居れなかったんだろう。少しでも力になりたかったのに」
 均ちゃんはスッとハンカチを出してくれた。
「じゃあさ、これから力になってよ。歩けないときがくるかもしれないから」
「そっそんなに大変なのか?」
「うそうそ、もしそんな時が来たらだって」
 均ちゃんはなんでもなかったように笑う。

「うん、俺が毎日おぶってやる。歩けなくなったってどこへでも連れてってあげるから」
 均ちゃんは少し照れくさそうに笑った。


 普段生活してる分には何も不都合がなさそうだった。時折立ち止まったりはしていたが。体育は全て見学だったが。
 俺やクラスのみんなが均ちゃんの膝のことを忘れていた。とても軽く思っていた。均ちゃん自身もそう思っていたのかもしれない。それとも軽いと思い込もうとしていたのか。
 体育の授業はサッカーだった。
「先生、俺も出たい」
 均ちゃんはそう言ってサッカーに参加してしまった。先生は5分だけだぞと念を押していたのだが。

 均ちゃんはボールを取ると走り出した。みんなが走れるじゃんか、そう思ったときだった。均ちゃんはボールをパスするとそこに立ち止まった。すごく息苦しそうだった。そしてそこに倒れた。膝を胸に押し付けて。
 俺もみんなも何が起こったのか分からなかった。分かっていたのか、先生だけがもの凄い勢いで均ちゃんに駆け寄った。
 先生に頭だけ起こされて、遅れて駆けつけた俺に均ちゃんは真っ青な顔で「大丈夫だから」そう言った。
 先生に指示されて職員室へ行ってた奴が帰ってきた。
「うちへ連れて行けばいいそうだ」
 俺が均ちゃんを抱き上げた。均ちゃんの家は本当に目の前だ。そこまで抱いていくと、すでに車を出してきたお母さんがいた。
 車に乗せると心配している俺を置いて発車した。
「健、お前は学校があるんだから」
 こんな時まで人のことなんか気にかけなくていいのに。


「はまったらすぐに帰ってくるから」
 苦しげな呼吸の中でそう言っていたのに、均ちゃんが学校へ復帰したのは10日も経ってからだった。
 どこの病院かを頑として教えてくれなかったので、お見舞いにも行けなかった。でも前と違って電話をくれた。検査で長引きそうだからと。
「手術とかで直らないのか?」
「ああ、やっちゃうと半年とか歩けないし、リハビリもしなくちゃならない。だから高校卒業するまでだましだまし暮らしていこうと思ってるんだ」
 俺は決意した。均ちゃんの恩に報いるときが来たと。
「大丈夫。どんなときでも俺が支えてあげるから」
 均ちゃんからの返事はなかった。少し鼻を啜ってる音が聞こえただけだった。


 戻ってきた均ちゃんはやっぱりまた普通の生活を始めた。ただ薬を飲む量が劇的に増えた。
 そして外れそうな感じって言うのが分かってきたみたいだった。
「健、ダメみたい」
 そう言って俺だけに頼ってくれる。不謹慎だけど、その時は震えるくらいに嬉しかった。そして力だけは有り余ってる俺は均ちゃんを抱いて保健室へ行くのだった。

 そんな怪我を抱えていても均ちゃんの性格は変わらなかった。
 ある時実習が終わった後、俺は電気科から借りてきた機材を返しに行くところだった。実習は班ごとに別れてやるから均ちゃんとは別々だったのだ。
 先生も俺には頼みやすかったのだろう。2人一組で使っていた電気の測定器は5台あった。1つの大きさはビデオデッキくらいで、レーダーのような緑の窓が付いている。それをいっぺんに持っていたのだ。
「またお前は〜、なんでそれを1人で持ってるんだよ」
 その台詞を聞いた途端、昔が蘇ってきた。
 均ちゃんは俺から2台を取ろうとする。
「だっ大丈夫だから」
 俺は焦って渡さないようにする。
「俺も運んでやるから」
 そう言われて仕方なく1台だけ渡した。
 膝のことなんかまったく気にしてない。
 俺はしみじみと均ちゃんのことが好きなんだと思った。



 そんな感じで半年が過ぎた。当然のように柔道部に入ってた俺は、学校が終わってから均ちゃんが何をしているのか知らなかった。
 グラウンドをランニングしているときだった。お兄さんではない男と車に乗り込む均ちゃんを見た。
 何故か嫌な感じがした。
 そしてその光景は何度も見ることになった。
 均ちゃんに聞いたら、リハビリの看護士さんと言うことだった。でもそんな人がなんでわざわざ家まで迎えに来るのだろうか。それに無駄に均ちゃんに触ってる気がしてならない。看護士なんてそんなことまでするのだろうか。

 12月に入ったある日、とうとう俺は我慢できずに後を付けてしまった。
 自転車で車を追うのは無理があるかと思ったが、大きな道ばかりを走っていて、信号でつかまる。思ったより楽について行けた。
 この辺では一番大きな総合病院へ来て、外科の方へ行く。そしてリハビリルームでも、診察室でもない部屋へ入っていった。

 外で1時間は待っただろうか。部屋を出てきた均ちゃんの顔はどう見ても泣いた後だった。
 俺は生まれてきてから現在まで、キレたことがない。だからそう言う感覚が分からなかったが、今ハッキリと分かった。
「均ちゃんに何をしたんだっ!」
 叫ぶとほぼ同時にその相手に背負い投げを喰らわせていた。
 いきなりのことで受け身も取れなかったそいつはすっかりのびていた。
「均ちゃん、大丈夫?」
 やっと自分が戻ってきて均ちゃんの方を向くと、平手が飛んできた。
「ばかやろ、お前なんてことするんだよ」
 俺は均ちゃんに叩かれたショックで狼狽える。

「だっだって、均ちゃん泣いてたみたいだった」
「そっそんなことあるわけないだろう」
「じゃあ、部屋で一体何してたんだよ」
 均ちゃんは言葉に詰まる。
「何か言われたんじゃないのか、それとも変なことでもされた?」
「何を勘違いしてるんだ。お前は」
 あまりにも呆れた顔をされて、また俺はおかしくなる。続きを言おうとした均ちゃんを抱きしめると、無理矢理キスをした。
 足掻く均ちゃんを押さえつけ、深く深く口付ける。頭を殴られて目が覚めた。

「こら、そう言うことは余所でやってくれ」
 のびてた看護士の兄ちゃんが気が付いて、俺の頭を叩いたのだった。
「バッバカヤロ‥」
 均ちゃんは走り出す。
「ダメだ。走っちゃ」
 そう止めたのは2人の手だった。
 俺の役目を取られたようで悔しかった。こんな奴に均ちゃんを渡したくなかった。

 病院を出ると均ちゃんは重い口を開いた。
「なんで‥あんなこと‥」
「俺は均ちゃんのことがずっと好きだった。でも友達として好きなんだと思ってた。それが、あいつといる均ちゃんを見て気が狂いそうになった。俺は特別な意味で均ちゃんのことが好きだ、そう気が付いたんだ」
「健太郎‥。男同士だぞ?」
「ごっごめん。気持ち悪いか?」
「ううん、嬉しいよ」
「えっ?」
「俺も健太郎のことが好きだった」
「ほっほんとに?」
「ああ、ほんとに」
「特別な意味で?」
「そう、特別に」
「きっ均ちゃん‥」
 俺は出てくる涙を拭うよりも先に、また均ちゃんにキスをした。

「こら、こんな往来で」
 だって嬉しくて。
「それから泣くな。男のくせに」
 だけど嬉しくて。またハンカチを出してくれる。
「それといい加減、均ちゃんは止めろ」
 均ちゃんに怒られるのは気持ちがいい。いつも俺のことを思ってくれてるから。でも今は照れ隠しのようでもあったけど。

「でもキスは2回だな」
「なんで数なんか」
「ほら、歌にあるだろう。『あなたのキスを数えましょう』って」
「ふ〜ん」

 俺は知らなかったのだ。その歌が失恋の歌だなんて。

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