「乙女の肖像」事件 −2−
「だからあそこであんな時間に一体何をしていたんだ?」
狭い空間にスチール製の小さな机が1つと小さなイスが二つ。
その小さなイスの一つに座りながらどうしてこんなことになったのだろうと、少年、小林太郎は何度目か分からぬ溜息をついた。
机をはさんだ向こう側には熊のように大きい男と、狐のような顔の男。
どちらも鋭い目でこちらを睨みつけていて小林少年は泣きたくなった。
何をしていたと言われても塾の帰りだったのだ。
だがそれを何回言っても目の前の二人の男は信じてくれない。
どんっ
目の前の机を熊のような男がこぶしで叩く。
「黙ってたら何にもわかんねぇだろうがっ!!」
机を叩く音と、男の大きな声に萎縮して、小林少年は開きかけた口を閉じ、きゅっと唇をかみ締めた。
「おいっ、口がきけねぇのかっ!?」
また熊のような男が机を叩いた。
「だっ、だから塾の帰り・・・っ」
やっとの思いで口を開いた小林少年が全てを言い終わる前に今度は狐のような男が口をはさむ。
「じゃあ、何であんな時間になったのかな?調べたら君の受けていた授業は10時には終わってるらしいじゃないか。だが、我々が君を見つけたのは12時過ぎ。塾からあそこまではどんなにゆっくり歩いたって30分はかからないだろう?」
「だから、それは・・・っ。」
「近くの公園のネコに餌をやっていた・・・?」
「そ、そうです!!」
意気込んでそう主張するがまた目の前の机にこぶしが振り下ろされた。
今度は熊の出番。
「そんなんじゃ、アリバイにもならねぇんだよっ!!」
お次は狐。
「あそこであんな時間になにをしていたんだ?」
また同じ繰り返しだった。
さっきからもう3回は同じ会話を繰り返している。
「おいっ!!」
熊がまた大声を張り上げた瞬間、取調室の扉がぎぃっと開いた。
「その子の言っている事は本当ですよ。その子が猫用の餌とミルクを買っていったとコンビニの定員が証言しましたし、公園にいたホームレスもその子がネコに餌をやる姿を見たといっています。」
りんと響いたその声に小林少年は縋るように視線を向けた。
小林少年の視線を受けた男は一瞬うろたえた様に息を詰めたが、すぐに熊と狐に視線を戻した。
「こんな小さな子にあんな大声を出して・・・。ここは私が引き継ぎますから、お二人は事件の方をお願いします。間違ってもまた無実の少年を連れてきたりしないで下さいよ。」
熊と狐はその男の言葉に顔色を変え、何か口の中でもごもごと言いながら慌てて出て行った。
よくは分からなかったが、どうやらやっと解放されそうだと、小林少年はほっと胸をなでおろした。
だが次の瞬間にはぽろぽろと涙がその瞳から零れ落ちていた。
「き、君、大丈夫かい!?」
男が慌てて駆け寄ってくる。
「ごめんね、なんの関係もないのに・・・。怖かったんだろ?」
「ご、ごめんなさ・・・。なんかほっとしたら急に・・・。」
慰め、頭を撫でてくれる男が差し出してくれたハンカチで涙を拭く。
「いいんだよ。こんな小さな子に大人があんな大声を出したりして・・・。」
だが、落ち着いてきた小林少年に掛けられたその言葉にすこしばかりムッとする。
「もう、大丈夫です・・・。でも、あの、僕もう高校生なんですけど・・・。」
だから、小さい子、というのは・・・と拗ねる小林少年に男は慌てて頭を下げてくれた。
「あ、ごめんね。いや、ほら、私から見たら君は若いというか、その・・・」
本気で言い訳を始めた男が可愛らしく思え小林少年はくすりと笑った。
「いいんですよ。よく中学生に間違われるし・・・。でもこれでも受験生なんですよ?」
少年が笑ってくれたことにホッとした男はにっこり笑って自己紹介をしてくれた。
男の名前は明智 圭一郎。年齢28歳。職業、警視。
自己紹介の後、今回の騒ぎについて教えてくれた。
最近、巷を騒がせている怪盗バロン。
そのバロンが今夜予告どおり、宝石店から宝石を盗んでいったというのだ。
そこまで聞いて小林少年は、さっき出逢った男の事を思い出した。
(そういえば、バロンってタキシード着てるって新聞にかいてあったよね・・・?ってことは・・・。)
「あの、僕、バロンを見たかもしれないです。」
小林少年の言葉に明智は驚いたように小林少年の腕をぐっと掴んだ。
「詳しいことを聞かせてくれるかな?」
もちろん小林少年に断る理由はなかった。