「乙女の肖像」事件 −4−
「本当に助かったよ。ありがとう」
言いながら渡した書類を大げさに胸に抱え込んで見せた叔父に、小林少年も照れたように笑った。
明日の朝、本社で開かれるという会議に出席する為に、今夜は会社から直接出張する予定だった叔父から電話がかかってきた。いわく、「大事な書類を忘れたから、今から急いで持ってきて欲しい」と。電話を取ったのが小林少年だったので、彼が書類を届けることになったのだ。
「本当に悪かったね。そうだ、晩御飯でも一緒に食べようか」
まだ予定の新幹線には余裕があると、叔父が誘いをかける。もちろん小林少年は大きく頷いた。
家にいる叔母に電話を掛けると、「私もお友達とお食事に行こうって言ってたところなの」とのことで。
「あいつには内緒だぞ」と叔父は高そうなお店に連れて行ってくれた。
時間になり、叔父を駅のホームまで送り、時計を見ると8時過ぎで。
まだそんなに急ぐ必要はないと判断した小林少年は、近くにある美術館に少し寄ろうと考えた。
今は海外の有名な画家の絵が飾られていて、確か公開が今日までだったはず。
美術館は9時までしかやってないので少し急ぎ足になる。
信号が赤に変わり、仕方なく足をとめる。
ふと見上げた空には満月が美しく輝いていた。
(満月だ・・・。あれ・・・?満月・・・?)
「あっ!!」
思わず声を上げた小林少年に周りの人が何事かと視線をくれる。
(そうだよ、満月!!次の満月にまた、ってバロンが言ってたんだ・・・!!)
だが、新聞にはなにものっていなかった気がする。
(明智刑事に教えた方がいいのかな。でも違うかもしれないし・・・。)
その時信号が青に変わった。
迷った末、そのまま歩き出した。バロンは予告状を出すと言われているのだから、今日のことではないのだと思ったのだ。
だが、目的の美術館の前で思わぬ人物を発見することになった。
前と同じようにスーツを着て、立っているその男は間違いなく明智刑事だった。
と、小林少年が声をかける前にこちらに気付いたらしく明智刑事が手をふってくる。
バロンのこともあるので小林少年は明智刑事に駆け寄った。
「こんばんわ」
「こんばんわ。あれから全然電話をくれないから心配してたんだよ」
少し責めるように言われて小林少年は困ってしまった。
(だって・・・。事件でもないのに刑事さんに電話する人なんてあんまりいないよね)
「本当にいつでも電話してきてくれていいんだからね?ケータイに掛けにくかったら家の電話にでもいいよ?留守電もついてるし・・・・。」
「ありがとうございます。」
放って置くと今すぐ電話しないといけなくなりそうな気がしたので取りあえずさえぎる事にする。
「あの、実はバロンのことで思い出したことがあるんですけど・・・。」
まだ電話について何か言いた気な明智刑事だったがバロンと聞いてすっと厳しい顔になった。
「あの、別にたいした事じゃないんですけど・・・」
また次の満月にとバロンが言ったことを伝えると、明智刑事は考え込むように腕を組んだ。
そして小林少年を手招きし、耳元で小さく話し始めた。
「実は、またバロンから予告状が来てるんだ。今日の10時。乙女の肖像を盗みに来るらしい。」
乙女の肖像は今美術館に飾られている画家の代表作だ。小林少年もそれが見たくてやってきたのだ。
「でも、新聞にはなんにも・・・」
「まだ報道関係には知らせてないんだ。パニックになるといけないからね。」
「やっぱり満月に・・・・。ごめんなさい・・・僕、もっと前に思い出せてたら・・・。」
しょぼんとなった小林少年にあわてて明智刑事が言葉を続ける。
「いや、日だけ分かっても、狙いが分からないとなかなか・・・ね。それより、小林君は今日、どうしてここに?」
「僕も乙女の肖像を見に来たんです・・・。」
二人の間に微妙な空気が流れたが、明智刑事がぐとお手を握り締めにっこりと笑った。
「じゃあ、尚更盗られるわけにはいかないな。小林君のの好きな絵ならね。」