完璧な男 −3−



結局、美奈子は夜まで居座ったらしい。
その分夜ご飯の準備にしわ寄せが行ったのは、目の前の焼き飯を見れば一目瞭然だった。
昨日の残りであろう焼き豚と、野菜が入った焼き飯が大盛りでテーブルの上にドンと置いてある。
「ごめんねー、美奈ちゃんとおしゃべりしてたら遅くなちゃって、ご飯これしかないの。」
たいして悪いとも思っていないであろう母親はそう言って、いそいそと出かける準備をしている。
「どこか行くの?」
樹の問いに母親は再び「ごめんねー」と言った。
さっきまで美奈子と盛り上がり、その会話の中で久しぶりに外に飲みに行くことになったという。

「じゃ、お母さん行ってくるから。あ、お父さんも一緒に飲むから、ご飯、樹が全部食べていいからね」
にこにこと笑顔で出かけていった母親に樹は苦笑いをした。
母と美奈子は今でもとても仲がいい。
それに比べて・・・・。

そこまで考えて樹はその考えを振り払うように軽く頭を振り、テーブルに着いた。
一人では食べきれないような量の焼き飯をもそもそと口に運ぶ。
母の作る焼き飯は簡単な割にはおいしくて樹も大好きだが、これはさすがに食べ切れそうになかった。

月に一度は必ずこういう時がある。
樹を一人残していくことをさすがに少し申し訳なく思っているのか、ご飯が大盛りなのもいつも通り。
こういう日は美奈子も同じようにご飯を大量に作っていくとそういえば昔聞いたような気がする。
今ごろ敦彦も一人で大盛りのご飯を食べているのだろうか。
そう思い、樹は小さく笑った。
結局、また敦彦のことを考えていることには気付いていなかった。




翌朝、樹は寝坊した。
昨日の夕方少し寝てしまったのが悪かったらしく、夜なかなか寝付けなかったのだ。

「樹、朝ごはんは!?」
バタバタと階段を駆け下り、そのまま出て行こうとする樹に母が声をかける。
「ごめん、時間ないからいらないっ!!」
叫んで外へ駆け出した。
今から全速力で駅に向かえば、まだ間に合うかもしれなかった。

駅に着くと、丁度電車がやってきた。
この電車ならぎりぎり本鈴には間に合う。
樹は必死に息を整えながらぎゅうぎゅう詰めの電車に身を捻りこんだ。
どうにか乗れたものの、あれよあれよと人に流され反対側の扉の前まで流されていた。
(あ、らっきーかも。)
樹が降りる駅ではこちらの扉が開く。満員電車では乗るとき同様、降りる時も大変なので樹は小さな幸福を喜んだ。

しかし。
後ろにいるサラリーマンだろうか?スーツ姿の男が樹に乗りかかるように圧迫してくるので少々息苦しい。
(だから、この時間帯は嫌なんだ・・・。)
心の中で文句をいってからそのサラリーマンに完全に背を向けるように身を捩る。
扉に完全に向き合うように立って一息つく。
だが次の瞬間、樹はビクリと体を震わせた。
後ろにいるサラリーマンの手がさらりと樹の尻を撫でたのだ。
(な、なに・・・・?)
身を捩って避けようとするが、男がぐいっと体を押し付けてくるので、扉と男の間に挟まれて、樹は身動きできなかった。
そうしてる間も男は樹の尻を撫で回している。
(痴漢だ・・・・!!)
その少し少女めいた容貌のせいか、樹は満員電車に乗るとかなりの確立で痴漢にあった。
だからいつもはもっと早い時間に家を出ているのだが。

男は樹が騒がないと確信したのか、段々と大胆な動きをしだした。
初めは撫で回していただけの手を、尻の割れ目にぐっと押し付けてくる。
そしてもう片方の手は樹の前に回り、股間をゆっくりと撫で摩る。

「・・・・・・・・っ!!」
きゅっと前を握られて思わず息を呑む。
(最悪・・・・・っ!!)
樹が心の中でいくら毒づいた所で男の手は止まらない。
大声を出そうか?
そう思うが、なかなか出来ることではない。
男の自分が痴漢にあっていると知られるのも屈辱だった。

学校がある駅までは電車で20分。その間こちら側の扉は開かない。
いつもはそう長く感じない時間も、今日は本当に電車は動いてるのかと疑いたくなるほど長く感じる。

男の手はさらにズボンのファスナーにまでのびる。
(いやだっ・・・!!)
男の行為を止めようとその手を掴むと、反対に握り返される。
気持ち悪くて振りほどこうとすると、さらにきつく握られた。
両手を使って男の手を剥がそうとすると、両手を前で拘束される。
男は余った方の手で、尻の中心をぐいぐいと刺激し、かと思えば股の内側をするっと撫で上げる。

窓の外を見ると見慣れた景色が近づいてくる。あと少しで駅に着く。
ほっとしたのが悪かったのか男は力を抜いた樹の前に手をのばしファスナーをさっと下ろしてしまった。
なかに手が差し入れられ、更に男の手は下着の中まで侵入を果たす。
直に触られ、樹の体がピクンと揺れた。
「気持ちいいんだろう・・・・?」
耳元で囁かれ、樹は唇を噛み締めた。

もう我慢できないと、涙を浮かべた樹の視界に見慣れたホームが入った。
電車がききぃっと音をたてゆっくりと止まると同時に男の手も体からすっと離れた。
樹は素早くファスナーを上げると、開いた扉から一番に飛び出し、階段を駆け上った。





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