完璧な男 −4−
あのまま駅から走り続けて、いつもなら10分はかかるはずの道を半分の時間で駆け抜けた。
校門が見えてやっとほっとする。
息を整えながらゆっくりと歩いて校舎に入ろうとすると横から声をかけられた。
「お前朝から元気だな」
振り返ると邑井が眠そうにあくびをしながら立っていた。
「おはよう邑井。元気って・・・?」
「ああ、おはよ。さっきすげー勢いで走ってただろ。」
「遅刻しそうだったから」
とりあえず嘘ではないと心の中で言い訳する。
痴漢にあったことなんて知られたくなかった。
校舎に入り、下駄箱から上履きを取り出し靴と履き替えようと屈むと、横にいた邑井が「おい・・・」と珍しく声をひそめた。
上履きに履き替えてから見上げると腕を引っ張られて、そのまま部室棟にある今は使われていない部屋に連れて行かれた。
プレートはほこりでよく見えずなんの部室だったのかも分からない。
邑井は鍵を取り出すとガチャリと部屋を空け、樹の腕を掴んだまま中に入った。
部屋の中は意外に綺麗で、定期的に誰かが掃除しているようだった。
「なんで鍵持ってるの?」
不思議に思ったことを聞くが邑井は不機嫌そうに「内緒」としか言ってくれない。
「どうしたの?授業始まっちゃうよ。折角間に合ったのに。」
だが邑井は何も応えずにむすっとしながら、言葉を捜しているようなしぐさをするだけだ。
「ねぇ、俺もう教室行くよ?」
痺れを切らした樹がそう言うと邑井はようやく口を開いた。
「お前、制服・・・。」
「制服・・・?」
「だからっ、制服!!ケツんとこ汚れてる・・・っ!!」
やけになったように叫んだ邑井の言葉にギョッとして樹は自分のお尻を恐る恐る見た。
「・・・・・っ」
ガクランの上着を持ち上げると、そこはべっとりとしたもので濡れていた。
なんだろうと少し考えて、次の瞬間はっとする。
今朝の痴漢の精液だろう。
「なんなんだよ・・・っ」
泣きそうになりながら樹が言う。
邑井は困惑したように頭をかきながら、樹を見ている。
「それって、その、アレ・・・だよな?」
そりゃ困惑もするだろう。男友達がお尻に精液をひっつけて歩いていたら樹だって困惑する。
仕方なく樹は今朝のことを邑井に話した。
「それは・・・災難だったな」
話し終わると哀れむような目で見られて樹は余計に泣きたくなった。
「次からは遅刻してもいいから、すいてる電車乗れよ?」
だが本気で心配してくれてるであろう邑井に恨み言を言うわけにもいかず、樹はそうすると呟いた。
「それ脱げよ。」
事情のつかめた邑井はとりあえずの励ましを終えると唐突にそう言った。
「え?」
聞き返すと邑井が眉を顰める。
「お前そんなもんいつまでも穿いてたくねぇだろ。」
その通りだ。
樹は頷くとズボンをベルトに手をかけたが、お尻についているものの事を思い出してぴたりと止まった。
自分ではどの辺にそれがついているのかがよく分からない。
普通ズボンを脱ぐ時にお尻に触ることはないがもし、万が一にもそれに手が触れたりしたら・・・と考えると動けなくなってしまう。
「しゃーねぇなあ」
樹の心をよんだかのように邑井が呟く。
「ほら、上着の裾持ってろ。」
樹にガクランの裾を上げさせて、邑井がかちゃかちゃとベルトを外す。
そしてズボンに手をかけ一気に引きずり落とした。
「あっ!!」
「わ・・・・ぁっ!!」
二人そろって声を上げた。
邑井の勢いが良すぎたらしく樹のパンツまで一緒に下ろしてしまったのだ。
「わ、わるいっ」
叫ぶようにあやまった邑井だが、相当慌てたのだろう。
慌てて樹にパンツを穿かせようとして、バランスを崩し樹の上に倒れこんできた。
小柄な樹では標準体型の少し上を行く邑井の体を支えることは出来ない。
しかも足下にはズボンとパンツが絡まっている。
そのまま邑井と共に床に倒れてしまった。
「いたいよ〜!!」
「いってー!!」
「もう、邑井ってば速くどいて!!」
「ああ・・・」
上に圧し掛かっている邑井に苦情をあげると邑井も慌ててどこうとする。
ガチャリ。
・・・・・・・開く筈のないドアがきいっという音を立てて開いた。
扉の向こうの人物は中の様子に驚いて、目を見開いている。
「樹・・・・・?」
扉の向こうに立っていたのは敦彦だった。