完璧な男 −7−



「お母さん達明日から1週間ほど旅行に行ってくるから。」
母親がのんびりとそう言ったのは、樹が敦彦と家の前で言い争いをしたちょうど1ヵ月後のことだった。
今日がテストの最終日で、明日は全校集会があるから行かないといけないが、それさえ行けば一週間ほどテスト休みがある。

「え・・・?一週間も?」
「そうなの。お父さんが珍しく1週間も休みが取れたから、この機会に旅行に行こうってことになったのよ。」
久々の旅行に浮かれて言う母親に樹は溜息をついた。

「その間俺は留守番?」
「そうよ。樹は明日も学校じゃないの。」
「でも明日行ったらそれから1週間テスト休みだよ。」
「なら、ちょうどいいじゃない。学校あるなら朝ごはんとか心配だけど。」

一日待って樹も連れて行こうという考えは浮かばないらしい。
しかたない、と樹は頷いた。
「でもおみやげは買ってきてね」
せめてそれくらいは、と土産をねだった樹に母親は「はいはーい」と本当に分かっているのかと言いたくなるような軽い返事をしただけだった。




「なんで?俺一人だって大丈夫だよ」
もう17歳なんだから、と主張する樹に母親は「まだ、17歳よ」と言い返した。
「じゃあ、俺も連れて行ってよ」
それならばと、今更ながらに旅行に連れて行けと言ってみるが当然、母親は頷かなかった。

夜になって旅行の支度を終えた母親が思い出したように言ったのだ。
「そういえば、今回は美奈子達も一緒に旅行に行くの。だから樹はおとなりであっちゃんと一緒に留守番しててね。」
それに樹が素直にうなずける筈もなかった。
つい1ヶ月程前に、あんなに気まずい言い争いをしてしまったというのに。
しかもあの後、敦彦は余程ゲイと言うものに耐えられなかったのか、樹が邑井と一緒にいると何かと絡んでくるのだ。
そんな状態なのに1週間も一緒に留守番なんて、樹には耐えれそうもない。

「樹は学校があるでしょ。・・・・それに、いい加減あっちゃんと仲直りしなさい。」
その言葉にピクリと眉をひそめた樹に母親は優しく「いい機会でしょ?」と笑った。
あれほど仲の良かった樹と敦彦が疎遠になってしまっていることを、母親と父親そしてきっと美奈子達もとても気にしているのだろう。
これ以上心配をかけるのも良くないと分かっている。

それにこれは確かにいい機会かもしれない、と樹は思った。
ゲイであることを認めてもらえなくても、それはそれで仕方がない。
だが、自分の言葉で何の説明もせず、敦彦を避けるのはもう止めよう。
不思議と素直にそう思えた。だから樹は母親に笑顔で頷いて見せた。







学校から帰り、樹は一度家に帰り着替えてから敦彦の家へ行った。
ちょうど夕食の時間になっていたので、軽く二人分の料理を作り皿に入れていった。

インターホンを押そうとゆっくり指を伸ばす。
そう言えば昔はインターホンも押さずに勝手に家に入って、ドアをあけて「あそぼー」って叫んでたな。
そんなことをふと思い出して樹は小さく笑った。
ゆっくりとインターホンを押すと、数秒の沈黙の後、玄関のドアが開いた。

「なんだ、樹か。」
出てきた敦彦にそう言われ、誰か人でも来る予定があるのかと樹は焦った。
「入れよ。」
黙って立っていると苛立ったように敦彦が言うので樹は慌てて門を開けた。



「お邪魔します・・・」
靴を脱ぎ、玄関にあがるときに樹が小さく言うと、敦彦がぎろりと睨み付けた。
その視線に樹は気付かないふりをした。
だが、心の中では早くも敦彦に自分の言葉で説明したいという決意は崩れそうになっていた。

「それ何?」
リビングルームに入りテーブルの上に皿を置くと敦彦が興味深そうに聞いてきた。
「あ、ご飯まだでしょ。軽くだけど作ってきた。」
味の保障はしないけど、と樹がてれながら言うと敦彦はじっと皿を見つめていた。

「何時の間に料理なんてできるようになったんだよ・・・」
敦彦は離れていた間に樹が料理を出来るようになっていることにとても感心したらしい。
樹が持ってきた料理を二人で食べている時も、「うまい」と本当においしそうに食べてくれた。
それ以外の会話はなかったけれど。

少し多めに作りすぎたかとの樹の心配をよそに敦彦はかなりの量を食べ、結局全て二人でたいらげてしまった。
食べ終わった後は敦彦が洗い物をしてくれた。
その背中を見ながら樹は(新婚みたい)などと思っていた。
かなわぬ夢ではあるけれど毎日がこんな風だったら幸せなのにと、樹は思わずにはいられなかった。

敦彦が食器を片付け終わり、リビングに戻ってくる。
時計を見るともう、8時になっていた。
この後はもう何もうすることがない。
2人で留守番をしろとは言われたが要するに夜ご飯くらいは一緒に食べなさい、という意味だと樹は思っていた。
だから、「そろそろ帰るね」と腰を上げたのを引き戻すように敦彦に腕を引っ張られた時はとても驚いてしまった。

「泊まるんじゃなかったのか?」
「え・・・・?」
「泊まって行けばいいだろ。それとも何か泊まりたくない理由でもあるわけ?」
「ち、ちがうよ。」
「じゃあ、泊まれよ。俺の部屋にもう布団出してあるから。」
そこまで言われれば断ることも出来ず、「部屋行くぞ」とさっさと階段を上り始めた敦彦の後を慌ててついて行った。

部屋に入ると突然「プレステするぞ」と突然コントローラーを渡され、何故か2人で格闘ゲームをし、気付けば12時を過ぎていた。
時計を見た敦彦が風呂に入ってくるといい、10分後、お前も入れとバスタオルを渡され、樹も風呂に入った。
風呂から上がればもう布団が敷いてあり、樹は布団の上にぺたんと座った。
すると髪が濡れたままの樹に敦彦が怒り、そのまま髪を乾かされた。
その後はもう寝るぞ、と敦彦が電気を消してしまったので、樹も仕方なく布団に入った。

敦彦は樹のことを嫌がっている筈で。
なのに、髪を乾かしてくれたりと、優しくしてくれる。
樹には敦彦が何を考えているのかさっぱり分からなかった。





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