腐った林檎たち 10
夜遅く…西部から来た列車はセントラル駅に到着した。
時間も時間だったので、ホームにいる人はまばらで昼間のごった返しているセントラル駅とは打って変って
閑散としていた。
「やっと着いたよ!やっぱり疲れるよな〜列車って。」
「でも歩いて行く訳には行かないからね。」
くすくす笑いながら改札口へと向かい、そのまま駅構内を進んでいく。
出口付近まで来た所で、サイファン中尉がアルの前に立ち塞がった。
「な…んですか?」
「ここからは鋼殿のみをお連れ致します。あなたはここで…」
エドとアルが驚いて顔を見合わせ、真っ先にエドが噛み付いた。
「何でだよ!!さっきも言ったようにアルは俺の弟で、いつも一緒なんだ!アルも連れて行くぞ!」
「それは出来ません。命令に反します。どうしてもとおっしゃるなら強硬手段を取らせて頂く事になります。」
抑揚のない…人形のような口調にエドもアルも怒りよりも恐ろしさの方を感じていた。
この人…もしアルが普通の体だったら殺してでも俺を連れて行くかもしれない…
夜遅くとはいえ周りには一般人がかなりいる。ここでもめればその人たちを巻き込ませるかもしれない。
今のこの人なら躊躇なくやるだろう。
仕方がねぇな…これだから軍人さんって言うのは硬くて嫌なんだよな…
「分かった。俺だけ行くよ。アル、お前はどこかホテルに部屋とって待ってて。」
「兄さん…大丈夫?」
「大丈夫さ!いつもの所でいいから。後は頼むよ。」
ポケットから手を出して、アルに握手を求める。
アルは首をかしげながらも右手を差し出し、兄の手を握った。
「じゃ、行ってくる。エリシアちゃんに宜しく言っといて!」
右手を挙げて別れの挨拶をし、エドはサイファンが用意した車へと乗り込んでいった。
その車が完全に見えなくなり、あたりに監視の目がない事を確認したアルは、その右手に握られている物を
そっと開いてみた。
これは…手紙だ…兄さんが西部の町で受け取った…
エリシアちゃん…?それって確か…
ヒューズ中佐の娘さんの名前…中佐に見せろって事?
やっぱり兄さんも何かしら危険を感じていたんだ!
どうしよう…今更車を追いかけても無理だし…
こんな夜遅く…ヒューズ中佐はもう家かな…
アルは電話ボックスを探しに駅構内を歩き出した。
「中佐〜絶対怪しいって…もっと良く調べましょうよ…」
「バカ言うな。相手が悪すぎるし、将軍はそんな方じゃない。」
ヒューズのデスク周りで数人の仲間が資料を片手に意見を交わしていた。
半年前から行方不明になっている兵士達の経歴をもう一度洗い直し、彼らの接点を探す。
そして、昼間ユノー将軍のところで得た情報を整理し、一つの筋へと組み立てなおす。
だがその作業はさっぱり進まなかった。
接点は未だ見当たらず、また、白い封筒に赤い蝋の封印の手紙の手がかりも全く繋がらない。
大総統府の紋章を使うとなれば相当な地位の人物。
ユノー将軍がこの印を持っている者をリストアップしてくれると約束してくれたが…
リストを貰ったからと言って、自分がそこに出向き尋問する事など到底出来はしない。
「将軍」と名がつくだけで中佐である自分ですら容易に近づく事など出来ない。
親しい人物ならまだしも…全く知らない「将軍」に言える訳ないじゃないか…
ハボックはユノー将軍が怪しいなんてぬかしているがな。
「ハボ。ユノー将軍はこの国の実質No.2で、唯一大総統に意見を言える人物だ。
そんな人が何でこんな誘拐事件に絡む?」
「でもその人が大佐を最後に見た人だし…」
「それぐらいで疑うな。関わっていたら俺たちの捜査に協力するか?」
昼間訊ねた時事情を話し捜査協力を願い出た所、快く承知してくれた。
ただお忙しい方だから意見を聞くぐらいしか出来ないが…
「大佐…どこ行っちゃったんすか…」
ハボックががっくりと肩を落とし、ソファに座り込む。
「あんまり心配しすぎると、事件解決までもたないぞ。」
コーヒーを差し出し、笑顔でハボックを元気付ける。
すんません…中佐だって心配っすよね…なんてったって親友で戦友なんだから…
イシュバールで共に生死の境を潜り抜けた無二の友…
野望と夢を共有しあい、陰で支える唯一の理解者。
中佐が羨ましいっす…
俺と大佐の間には何があるんだろう…
忠誠…?信頼…?
忠犬と言われてもいい。あんたの傍にいられるなら。
だから信じて待ってて下さい…俺はこの鼻で必ずあんたを探し出して見せますよ…
RRRRRRR!!
突然デスクの電話が鳴り、一同がビクッと驚き目線を向けた。
部下の一人が電話にでる。こんな夜遅くに何だ?
まさかロイが…?
「中佐、お電話です。アルフォンスと名乗っておりますが。」
アルフォンス…?アルじゃねーか!?
パッと受話器を取ると、ヒューズは電話口のアルに向って話し始めた。
「何だ?セントラルに来ていたのか。珍しいなお前がここに電話なんてするのは。」
「…ん?あぁ、まだ残業中だ。エドはどうした?」
受話器を持ちながらにこやかに話していたヒューズの表情が、みるみる険しくなっていく。
その表情を読み取る限りでは、何かあったに違いないと誰もがそう思った。
「分かった。すぐに車をよこす。こっちで詳しく聞こう。」
受話器を置き、部下にセントラル駅にアルを迎えに行くよう指示を出す。
「何かあったんすか?中佐。」
「…今度はエドがターゲットだったらしい…」
どしりとソファーに腰を下ろし、眼鏡を掛け直して一息入れる。
「大将が??だってエドは軍人じゃ…」
「だが、軍の中では優秀な狗だ。ターゲットになってもおかしくはない。」
「現にセントラルに来てそのままどこかに連れて行かれたらしいからな…」
唯一の共通点…「優秀な軍人」…
何だ…一体何が繰り広げられているんだ…
セントラルからどんどん遠ざかる黒い車。
流石のエドも少し心配になってきた。
「ねぇ、中央司令部に行くんじゃないのかよ?俺、招集されてるんだけど。」
「私は命令通りに鋼殿をお連れするだけです。」
「ちぇっ!さっきっからそれしかいわねーじゃんか!」
後部座席で不貞腐れながら窓の外をじっくり眼に収める。
街から随分離れてる。このあたりは住宅街の方…?
家の造りが平凡じゃない。一般の家に比べて豪華な造り。
高級住宅街…こんな所で会議でもあるのか…?
ま、あの封印を使うくらいの地位ならここに住んでてもおかしくはない。
どこに行くだろうとも、何を企んでいようとも、俺が返り討ちにしてやる!
折角大佐に会いに行こうとしていたのを邪魔しやがって!!
人の恋路を邪魔すると馬に蹴られるって事を教えてやる!!
「鋼殿!」
いきなり声をかけられ、エドはとっさに顔を上げた。
シュゥゥ…
白い煙を吹きかけられ、エドが口に手を押さえてゴホゴホと咳き込んだ。
「何すん…だ…」
そう言いかけ、目の前がぐらりと歪んでいく。
しまった…油断…した…
ドサッと座席に倒れ、そのまま静かな寝息を立てる。
サイファンは顔色を変えずにそのまま運転を続け、住宅街の奥へと進んでいった。
人里離れた屋敷の玄関に到着すると、一枚のメモを使用人に手渡す。
そのメモは、ユノー将軍の居る部屋へと運ばれていった。
宴で思いがけず不愉快な思いをしたユノーは早々に部屋に引き上げ、そこで豪華な夕食をとっていた。
マスタングを服従させるのは他の者に任せ、自分は良い頃合を見計らってその忠誠心を示させればよい。
屈服させる過程も面白いのだがな。まぁ、いい。
自分もそうそうここには来れない。1週間後の会議の件もある。
マスタングがどれほど我らに服従できるかにかかっている…
ユノーがある資料を手にし、中を入念にチェックしていた時、ノックが鳴り一枚のメモが手渡された。
そのメモを見るなり、厳しい表情だったユノーの顔がたちまち笑みに溢れていく。
『金色の仔猫、捕獲』
メモにはそう書かれていた…
To be continues.