腐った林檎たち 12
朝になり、ベッドから飛び起きて軍服に着替え、中央司令部のヒューズの元へ急ぐ。
大佐からの連絡なんて当然なかった。あるはずがない。
あの人はきっと今電話なんか出来ない状態にあるはずなんだ…
どうしてあの人の一番近くにいながら守ってやれなかったんだろう。
どうしてあの人の様子が変だって事をわかってやれなかったんだろう。
後悔と悔しさがハボックの頭の中を占めていく。
絶対!絶対探し出して見せる!諦めるもんか!
で、見つけ出して俺が最初に抱きしめるんだ!
「おはようございます!ヒューズ中佐は?」
ガラガラと大きな音をたてながらヒューズのオフィスへ入っていく。
あっちでもう調べ物してるよ、といわれ急いで別室に向かった。
「中佐っ!なんか分かりました?」
バタンと乱暴にドアを開けながら息を切らせて部屋に入る。
ヒューズとアルは苦笑しながら忠犬ハボックを迎え入れた。
「お前が来るのはすぐに分かるな。もう少し静かに入ってこれないのか?」
「おはようございます、ハボック少尉…」
テーブルの上に写真が並べられている。行方不明の兵士たちの写真だ。
「サイファン中尉、見事にHITしなかった。偽名を使っていたようだ。」
「偽名…すか…」
ハボックががっくりと肩を落とす。折角唯一の接点だったのに…
「肩を落とすな。まだ希望はある。」
写真をすべて並び終え、ヒューズはアルに向かって質問を出した。
「サイファン中尉って奴は偽名だったかも知れないが、そいつが軍人である事には間違いねぇ。」
「何で…そう思うんです?中佐。」
「アルの話を聞く限り、そう感じるんだ。軍人の臭いがするって感じかな。」
ヒューズは写真を指差し、アルに良く見るよう告げる
「アル…その際ファン中尉って奴はこの中にいるはずだ。よく見てくれ…」
「え…?この人たちは…?」
「ロイやエドと同じ様に行方不明になっている人達だ。」
アルは写真をじっくりとよく見つめていた。そしてある一枚の写真を手に取った。
「この人だ!間違いない!中佐、この人がサイファン中尉って名乗ってました。」
「間違いないな。アル。」
「はい!!薄気味悪い人だなぁって顔をよく見てたんです。」
「中佐…この人は…」
「一番最初に行方不明になったグローム中尉だ。」
ハボックとアルが顔を見合わせ驚く。ヒューズも腕を組んで考え込んでしまった。
まずいな…この展開は。
最初に行方不明になった中尉に半年の間に何があったのか。
さらった相手の命令を忠実に実行する人形と化している。
となれば他の行方不明の兵士達もそうなっている可能性は高い。
一昨日俺が見た軍曹らしき人物も、おそらく本人に間違いないだろう。
手紙の封印も気になる…軍上層部がかなり関わっていると見ていい。
それも組織的に…
強大な陰謀の渦が軍内部に広がっている。
ロイとエドはそれに巻き込まれたに違いない。
果たして…俺たちで突き止められるのか…?
「う…ん………」
やわらかいシーツの感触に思わず顔を擦り付けてしまう。
あぁ…久しぶりだな…こんなフワフワのベッドの上って…
…?あれ…?俺…車の中で気を失って…
ハッと眼を開け飛び起きるとエドは大きなベッドの上に寝かされていた。
周りを見渡すと豪華な造りの寝室で一目でここが高級官僚の家か裕福な地主の家と分かった。
右手に違和感を感じ左手で触れようとする。
「なっ!!!」
あるはずの右手が失われている。だらりと下がった袖がそれを物語っていた。
「俺の右手が…」
エドの顔色がサーッと引いていく。右手がなければ錬金術は使えない。
敵もそれを知っているのだろう、右手を外されただけで他に拘束はされていない。
エドは片手で他におかしな所はないか確かめ、何もないと分かるとまず状況を把握しようと窓へ向かった。
木々が生い茂っていてよく見えないが、遠くに中央司令部らしき建物がぼんやりと見える。
街からそう離れていないみたいだ。
さて…どうするか…
敵は俺の右手を奪えば安心と思い込んでいるみたいだな。
確かに…錬金術は使えないが、俺の特技はそれだけじゃねぇって事おしえてやらなきゃな。
ここからの脱出はいつでもできる。その前に敵が何なのか…
何が目的で俺をこんな所に連れてきたのか探らなきゃ。
右手の修理代ぐらい貰わなきゃやってられねぇぜ!ウィンリーに怒られる俺の身にもなれってーの。
コツコツコツ…
ドアの外から複数の足音が聞こえてきた。誰か来た?
ガチャリ、と鍵が外される音がして、数人の兵士と偉そうな将校が3人入ってきた。
「おや、やっと目が覚めたようだね、エドワード君。」
「…あんたは?」
「こらっ!ユノー将軍閣下に向かって何て口を!!」
ユノーの隣にいたフェルゼ少将がエドに向かって叱責する。
勿論、そんなことでエドがひるむ訳もない。
「まぁよい。まだ子供だし、私を知らなくて当然だ。」
「それより気分はどうかね?ずっと眠り続けていたから少し心配だったんだよ?」
ニコニコ笑いながらエドに近づき親しみを見せる
エドは終始厳しい眼でユノーを見続けていた。
「俺はどのくらい寝てた…?」
「そうだね、丸一昼夜。あまりにも眼を覚まさないから薬の量を間違えたかと思ったよ。」
「軍医によると相当疲れていて、睡眠ガスが人よりよく効いてしまったそうだ。」
西部の砂漠を歩き続け、すぐに列車に乗り込み硬いイスに数時間揺られ…
確かに疲れていたかもしれないな…お陰で気分はすっきりしたが。
気にいらねぇな…
「で、俺の右腕は?ちゃんと大事に扱ってんだろうね…」
物怖じしないエドの態度にフェルゼだけではなくリーゼル少将も怒りを露にする。
「貴様っ!こちらが下手に出ればつけあがりおって!」
「人をこんな目に合せておいて何だよ!!俺だってかなり抑えてんだぜ?」
でなければあんた達をなぎ倒してここから逃げ出すさ。
鼻で笑いながら窓際に置かれたイスにどかっと座り、足を組む。
右手を奪われてさぞかし怯えているかと思えば…
これはかなり度胸の据わった男かも知れんな…
流石…切り札にふさわしい…
見目のよい優秀な錬金術師…
これですべての駒がそろったわけだ。
「手荒な事をしたのは私からも詫びよう。そうでもしなければ私の話を聞いてくれないと思ってね。」
「話?」
「我らの偉大なる計画…それに君に是非とも協力して欲しいのだ。」
計画…?会議の事?
バカバカしい…そんな事のためにこんな大掛かりな事してんのか?
「だったら何でアルも一緒に連れてこなかったんだよ。俺の大事な弟なのに!」
「俺達はいつも一緒なんだ。今頃きっと心配してる…」
ユノーはにっこり笑いながらエドの傍に立ち、その金色の髪にすっと指を絡ませた。
エドの髪は解けていて、肩までさらりと流れ落ちている。
子供をあやす様に頭を撫でているのか…それとも…?
ユノーは明らかに欲望の眼差しでエドを見つめていた。
エドも敏感にそれを察する。
その手をバシッと振り払い、キッとユノーを睨みつける
その生きの良さにユノーも苦笑せずにはいられなかった。
「弟君の件はすまなかったね。このグローム中尉は命令を忠実に実行できるのだが、それ以外に頭が回らなくてね。」
「鋼の錬金術師殿をお連れしろと言ったらそれしか出来ないのだよ。」
要するに命令どうり動くあんた達の人形ってわけだ…
軍人としては優秀だろうけど、人としてどうかね…
「とにかく、俺はあんたらに協力するつもりもないし、話を聞くつもりもない。」
「さっさと帰らせてもらうよ!」
すくっと立ち上がりドアの方へつかつかと歩いていくエドに一瞬みんなの動きが止まる。
真っ先に我に返ったのがフェルゼ少将だった。
「待て!貴様の右手は我らが保管しているんだぞ!?」
「別に。俺の整備士んとこ行けばまた作って貰えるモン。」
めちゃくちゃ殺されるかもしれないが…
リーゼル少将と他の兵士達がエドを押さえ込もうと手を伸ばした。
一人の兵士がエドの肩を掴むとエドは左手でその兵士の腕をそっと触る。
そしてにっこり笑いかけると、いきなりその腕を掴み投げ飛ばしてしまった。
「うわっ!!!」
自分よりはるかに小さいはずのエドに、いとも簡単に投げ飛ばされ兵士は驚愕の声をあげる。
「体術にも自信があるから。俺を押さえるのは難しいよ!」
にっこり笑いながらエドはドアに向って走り出した。
迎え撃とうと身構える兵士をことごとく投げ飛ばしていく。
「何をしている!早く捕らえよ!決して逃がすでない!」
ユノーが焦って大声を上げる。今ここで逃げられてはすべてが水の泡だ!
家中から兵士が集まってきてエドを捕らえる為、拡散して追いかける。
う〜ん、やっぱり片腕だと不利だな。右腕を探さないと駄目か…?
前後から迫る兵士をかわし、出口目掛けて走り出す。
数人がかりで押さえ込もうと飛び掛ってくるが、エドがするりとかわし蹴りや左手で性格に急所を突いていく。
だが次々と兵士が現れ、流石のエドも逃げ道を塞がれてしまい、とっさに傍にあったドアへと手をかけた。
慌てて鍵を閉め、重たい椅子やテーブルをドアの前に置きバリケードを作る。
この部屋の窓から抜け出せるかな?
そう思って部屋の中を見渡すと誰かがいる気配がして、エドがさっと身構えた。
「誰かいるのか!?」
部屋の奥にあるベッドからゆらりと影が起き上がる。
ゆっくりと近づいてくるその人影が姿を現すと、エドは言葉を失ってしまった…
「なっ…大佐…?何でここに…」
白いシャツだけを羽織ったロイがエドを見るなり優しく笑いかける。
それは今まで自分には見せた事のない安らかな笑顔…
「大佐…?」
エドが話しかけてもロイは何も語ろうとはしない。
右手をすっと前に出し、エドの頬に優しく触れる。
そのまま抱き寄せ、ロイはエドの唇を奪いとる。
舌を絡ませる大人のキスに、エドの思考が狂わされた。
な…んで…?どうしたの…?一体何が…?
痺れるような口付けにエドは逃げる事も忘れて夢中でロイにしがみ付く。
部屋のドアの外には大勢の兵士が集まり、ドアを打ち破る準備が出来ていた。
To be continues.