腐った林檎たち  16













        「ブラッドレイが!?何故…」





        勘付いたのか!?いや、そんなはずはない…

        もしそうだとしても証拠は何もないのだ…







        「お通ししなさい。お会いしよう…」





        秘書にそう告げ、ユノーは自分を落ち着かせながら椅子に腰掛ける。







        落ち着くのだ…証拠は何もない…上手く切り抜けられる…

        あんな成り上がりの輩にこの私が負ける筈がない…





        コンコン…



        「どうぞ…」

        椅子から立ち上がり、望まない訪問者を穏やかな表情で出迎えた。





        「これは…大総統閣下。わざわざのお越し、恐縮です。」

        「やぁ…ユノー将軍。元気そうで何よりだ。」



        ブラッドレイの後ろからヒューズ、ハボック、そしてアルが続いてユノーのオフィスへと入ってきた。

        ユノーは一瞬眉をひそめるが、すぐににこやかに笑い、人数分の紅茶を用意させた。





        「いきなり大勢で押しかけてすまなかったな。」

        「いえ…しかし何故ヒューズ中佐があなたと?」

        「フム…この男から面白い話を聞いてね。折角だから君にも聞かせてあげようかと連れてきた。」





        ブラッドレイは差し出された紅茶をゆっくり味わいながらユノーの表情を伺っていた。     

        ユノーは表情一つ変えずに同じく紅茶を飲んでいる。





        流石だ…これくらいでは動揺しないか…





        「半年前から…有能な将校達が次々と行方不明になっているそうだ。」

        「ほう…何か犯罪にでも巻き込まれたのですかな…?」

        「中佐がずっと調査していたそうだが、さっぱり進展しなくてお手上げ状態だったっとか。」



        ブラッドレイがちらりとヒューズの方に目配せする。

        ブラッドレイの座るソファーの後ろで、ヒューズはただユノーをじっと見つめていた。

 

        本当に…?本当にこの方が黒幕なのか…?

        「平和主義」と謳われ国民にも人望厚いこの方が…



        穏やかな表情の下で非人道的な犯罪を犯しているのか…?





        「その行方不明者の中にロイ・マスタング大佐も最近加わったそうだ。知ってるかね?」





        カタンと紅茶のカップを置き、静かにユノーを見つめる。

        ユノーの動きが一瞬止まるが、穏やかな表情は変わらない。



        「えぇ、存じてますよ。失踪直前に私のオフィスに訪れましたから。」

        「なにやら怪しげな手紙を受け取ったからその捜査に協力して欲しいと…」

        「中佐がその手紙を持って私の所にも来ましたよ。そうだな。ヒューズ中佐。」



        はい、と小さく返事をして「先程お見せした手紙です」とブラッドレイに耳打ちした。





        「中佐にも捜査の協力を依頼されましてな。軍内部の不穏な動きを一層できるのならと

         私も協力を約束した所です。閣下。」

        「閣下はよせ。昔の馴染みではないか。名前で呼んでくれないか?ユノー。」



        にっこり笑ってまた紅茶のカップを手に取りすべてを飲み干すと、満足げな表情でその味を堪能していた。





        「ウン、君の所の紅茶はいつも上手い。私でもこう美味しい紅茶は手に入らないからね。」

        「ははは…我が家の自慢の紅茶ですからな。気に入って下さりこちらも嬉しいですよ。」

        「我がユノー一族に代々伝わる紅茶はいくらあなたでも手に入れる事は出来ますまい。」



        もう一杯いかがです?とにこやかに薦めると、ブラッドレイも「貰おうか」と応対した。







        ヒューズとハボックが肩をすくめながらその会話を聞いていた。

        成る程ね…アルの言う通り、俺達平民を見下したその言葉…

        由緒あるあんたの家しか手に入らない紅茶の葉。差別意識の強い貴族達の優越感の象徴だった。





        こんな奴がこの国の頂点に立ったら、また昔の階級が支配する国へと逆戻りだ。

       



        ブラッドレイ大総統がその地位になってからは、家柄よりも実力が物を言う様になり、

        だからこそ大佐のような人が台頭に出れる様になったんだ。



        実力さえあれば軍のTOPだって狙える…





        だがそれは弱肉強食の世界をも生み出している。

        強い者が弱い者を踏み越えて上を目指す。イシュバールの惨劇もそれの延長線上にあった様なものだ。





        ブラッドレイ大総統の統治がいいか、ユノー将軍の統治がいいか…







        政治の話はよく分からないな…

        そうっすね…







        今はそんな事よりも親友を救い出すほうが先決だ。

        それがブラッドレイ大総統の側につく事になるなら、迷わずそうするさ。



        だからといって今の大総統を選んだ訳ではない…できる事なら相打ちしてくれた方が助かるんだがな。





        この狸と狐の化かし合いにロイとエドや他の大勢の兵士達が巻き込まれているんだ…

        冗談じゃないぜ…全く…







        「どうした?飲まないのかね?」

        ブラッドレイとユノーが二人してヒューズ達の方を見てそう告げた。



        愉しそうに…





        愉しいのかい…そりゃ良かったな…

        こっちは今にもあんた達の胸座掴んで言ってやりたいよ…



        いい加減にしろってな…







        ヒューズが無表情で「いいえ」と答える。

        ハボックもアルも首を横に振った。





        そうか。君達の口には合わないようだね。すまなかった。





        以前なら優しい気遣いに聞こえる言葉も、裏を知ってしまえば侮蔑の言葉に聞こえてしまう。

        ヒューズは眼を細めながら、ブラッドレイの話術に期待するしかなかった…





        「手紙には大総統府の印が押してあったそうだな。私も見たがあれはかなりの上の者でないと持ってない印だ。」

        「そうですね。中佐にその印を持っている人物のリストを今朝手渡しました。」

        「それでかなり絞り込めるのではないかね?中佐。」





        「はい。既にめぼしい人物をピックアップしております。」

        白々しい、と言う状態はまさに今だな…





        「私もリストを見せて貰ったが…少々抜けていたようだ。」

        「はぁ?それは私とした事が…」









        「ユノー…君の名前が抜けていたよ…」







        鋭く光る隻眼が、ユノー将軍の身体を突き抜ける。

        だがユノーは微動だにしない。

        ただじっとブラッドレイと視線を反らさずに見つめていた。





        緊張感が部屋中を包み込み、中にいるものは皆息が詰まってしまいそうなくらい空気がぴんと張り詰めていた。





        「君も確かその印を持っていたね…」

        「ええ。持っていますよ。あなたが直接私に渡してくれましたからね。」

 

        「行方不明者が出始めたのは半年前。軍事演習をすると君が提案したのも半年前。」

        「そう言えばそうでしたね。」



        「マスタング大佐を最期に見たのは君だ。」

        「探せば他にいるはずですよ。私のオフィスから出て行きましたから。」









        「軍事演習で何をするつもりだ…ユノー…」









        いきなり核心を突いたセリフに、ヒューズもハボックも驚きを隠せなかった。

        そんな事を聞いてもこの将軍が口を割るはずがない!



        それよりこっちがそこまで情報を握っていると判ってしまう!



        ロイやエドに危険が及ぶ事を判って尋ねているのか!?





        ヒューズはブラッドレイに目を向ける。薄く笑いながらユノー将軍をじっと見据えていた。

        判らない…この方は何を考えているのか…







        「…報告書に書いたつもりでしたが…読んで頂けなかったのですかな。」

        穏やかな表情は崩さず、しかし眼はブラッドレイに負けず劣らず鋭く光り、目の前の戦友を突き刺していた。





        「読んだよ…じっくりとね…総司令官から主だった将校達…すべて君の息のかかった者達だ。」

        

        ゆっくりとカップを持ち紅茶を飲む。

        だが視線は決して反らそうとはしなかった。



        「演習とはいえ、セントラルの街中で行うのです。慣れ親しんだ部下の方が連携が上手く行くでしょう。」

        優しげな表情で微笑み返す。ユノーはブラッドレイの鋭い追及にもうろたえる事はなく、淡々と事実を説明していった。





        お互いのせめぎ合い…飲まれた方が負けだ…





        「ユノー…マスタングはどこだ…」

        「存じません。私も危惧しておりますよ。あれは中々優秀な人物ですな。」





        早く見つけ出してあげなさい、中佐。期待しているよ…



        平然と答えるユノー将軍にヒューズは拳を握り締め、今にも怒鳴りそうな自分を抑えるのがやっとだった。





        

        「…信じてよいのだな…ユノー…」

        真剣な表情でかつての戦友を見据えるブラッドレイ…

        鋭く突き刺さるような視線は後ろにいるヒューズ達でも感じる事が出来た。



        この方に追求されたら誰もがすべて自白してしまうだろう…

        それを耐え、平然と嘘を並べるユノー将軍もたいした人だ…



        「えぇ…すべてはわが国と大総統である…レイ…あなたの為に…」



        ふとユノーはカップに目を向け、残っていた紅茶をすべて飲み干した。





        「…やっと愛称で呼んでくれたか…ユノー…ふふっ…その名で呼ぶのはお前だけだ…」

        にやりと笑いながらソファーの背もたれに寄りかかり、深い溜め息をついた。





        「すまなかったな。この者達が君が何やら企んでいるのでは?と不審に思っていたそうだ。」

        「閣下!?」

        「嫌疑を晴らそうにもお前の地位が高すぎて調べられなくて困っていたので私が一役買って出た、と言う訳だ。」

        「閣下!?ちょっと待ってください!それでは…」



        流石のヒューズもこのブラッドレイの気の変わりように焦り、思わず身を乗り出してしまった。

        その身を片手で制し、下がる様命令する…



        馬鹿な…こちらの手の内をみせるだけ見せて、将軍の言い分を信じるのか!?



        「いえいえ。疑いを自ら晴らして頂き恐縮です。行方不明者の捜査、これからも協力は惜しみませんよ。」

        紅茶のカップをカタンと置き、満面の笑顔で微笑み返す。



       



        心の中でしてやったりと笑っているのが判らないのですか!?閣下!





        ヒューズの心の叫びも空しく、ブラッドレイはすっと立ち上がり、ユノー将軍と握手を交わして肩を叩きあう。

        戦友への非礼を詫び、軍事演習の成功を労っている。







        最強の味方の筈が…最悪の敵へと回ってしまった…



        ヒューズもハボックもがっくりと肩を落とし、ユノー将軍に敬礼をかざしてブラッドレイの後に続き部屋を出て行った。











        廊下を歩くブラッドレイの後ろでハボックが大声で文句を言っていた。



        「閣下!判らないのですか!?あの人は絶対黒ですよ!あの人が行った事は全部嘘っぱちなんです!」

        「だが証拠はない…彼の言い分はすべて筋が通っている…」

        「でも!俺は信じません!大佐は絶対あの人の所で捕まっているはずです!俺達じゃどうにもならないから

         あんたに託したのに!何で判んないんだ!」





        ブラッドレイがぴたりと立ち止まる。ハボックはビクっと身体を震わせた。

        しまった…いつもの癖が…この方は東方司令部の将軍じゃない…この国の独裁者だった…



        不敬罪で銃殺されてもおかしくない…







        「…確証が欲しかったのだよ…君達の話だけでは信じるには不足だったからね…」





        ブラッドレイは静かに振り向き、その鋭い隻眼でハボック達を見据えていた。



        「嘘をついている人間はこの私の眼力に耐える事は出来ない…ユノーは一度だけ私の視線から眼をそらした。」





        ヒューズとハボックがはっとしてブラッドレイを見つめている。

        そうだ…確かに目線を一度だけ反らした…









        信じてよいか…?と訊ねた時…











        「ユノーは黒だ。これで私の確証は得た。だが確たる証拠は何一つない。」

        「あなたの権限で逮捕する事は出来ませんか?」

        「それは出来んよ。ユノーは国民や軍部に人望があるからね。私よりも…」



        何の落ち度もない将軍を逮捕してしまったら、それこそ不平不満が蔓延して自然にクーデターが勃発するだろう。



        ユノー将軍を長として、悪の象徴となったブラッドレイを討ち果たす為に…







        「それに下手に動けばマスタング大佐やエドワード君の身も危うくなる。」

        「ユノーの様な権力者なら士官が死のうがどうなろうが全く気に留める事はないだろう。」





        「ではどうすれば…このまま将軍を放っておくおつもりですか…?」



        ヒューズが冷静を保ちながらも、言葉に僅かながら怒りが込められていた。

        黒幕を掴んだのに何も出来ない悔しさと…こんな悪党を敬愛していた自分への怒りと…





        「先程君が言っていたろう…現行犯逮捕が一番だと…」

        「閣下!?」

        「軍事演習はこのまま行わせよう。そこで尻尾をつかませる。君達は一刻も早くマスタングやエドワード君が

         監禁されていそうな所を探し出だしなさい。」

        



        はっ!と敬礼をかざし、ヒューズは拳を握り締めた。



        やっぱり、最強の味方だった…これでロイを救い出せる可能性がグッと高くなった…





        「だが…一つ言っておく…」

        「は…?」



        「マスタングが自らの意思でクーデターに関わっているのなら、彼を救い出す必要はない…」

        「閣下!?」



        「マスタングが私に向かってくるなら…私は全身全霊で迎え撃ちたいのだよ…」

        フッと笑いながらヒューズを見つめる。それは愛しい者を思い出す時の様な潤んだ瞳だった。



        ヒューズはくすくす笑いながらブラッドレイにこう告げる。











        「そんなこと絶対ありません…ロイはあなたを倒すなら誰かの下につくはずがありません。」

 





        「必ずあいつのその手であなたを引きずり降ろしますよ…」



         誰の手も借りず…たった一人であなたに挑むでしょう…











        ヒューズのその言葉を聞いたブラッドレイはさも満足げに微笑み、「後は任せよ…」と告げ大総統府へ帰っていった。













        To be continues.





  
   






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